第二十話
上位種を倒す、そう宣言したものの、まどかは震えていた。戦いの記憶が、痛みが心の底で戦うことを拒否しているようだった。それに、目覚めてからというもの力がまったく入らないのだ。
「そんなんでよく大見得を切ったなぁ、お前。大樹の加護と魔力両方切れてるんだろ。ちゃんと休んでいれば回復するけど、しばらくは時間がかかる。震えてても何してても、それでもまどかが上位種を倒すっていうなら、やれないこともないけど、まずはちゃんと動けるよう休め。俺もちょっとちょっと考え直したいことがあるから休ませて貰うわ」
「考え直す?これからどうするかを考えるんじゃなくて?」
「俺達が撤退するのを助けてくれた仮面の人がさ、全てを疑えって言ってたんだ。何のことかわからないけど、もう一度最初から整理してみる」
「黒い、仮面の人?夢の中で逢った、ような……」
「お前らがやるってんなら、俺は是非もねぇ。あいつらをぶっ殺す」
「ふむ、まどか氏にあぁも言われては、それがしも引くわけには行きませんな。必ずやまどか氏の期待に応えてみせましょうぞ」
「あたしも行くしかないわね。でも!ちゃんと全員しっかりと休んで、回復することが条件よ。今の状態じゃ上位種所じゃないからね」
パーティーの意思が固まった所で、食事を取ることにした。エーレは目覚めてからずいぶんと調子が良いため、エーレが食事を作る。といっても、荷物は湖に置いてきてしまっていた。全員が携行していたパンと干し肉程度しかない。幸い、ジュワ山脈からの湧き水でできた湖から流れる川がある。水は綺麗で飲み水には困らないし、スープを作ることはできた。みんなから少しずつ干し肉を徴収し、スープに入れる。そのスープでパンを湿らし、全員もくもくと食事を終えた。
二人が目覚めるまでに行っていた応急処置をした所にまどかが回復魔術をかける、つもりだったのだが、通常の魔術・ショートカット共に発動できなかった。魔力切れはわかっていたことだが、ショートカットが使えなくなっており、まどかは戸惑った。以前に懸念の一つとして考えていたが、実際にこうなるとショックは隠せない。ショートカットがなければ正直上位種を倒すことは彼女には不可能だからだ。通常の魔力と同様に元に戻るかはわからないが、回復することを祈るしかない。
「昼間はどちらにしろダガーウルフは活動してないだろうから、見つけるのも難しい。昼過ぎまではここで休んで、夕方までに湖まで戻る」
全員が頷き、睡眠を取ろうと体を休める。テントは湖に置いてきたままのため、柔らかい草の上で寝るしかなかった。
「ガチ野宿……。人生初だよ……」
「それがし達は冒険者ですからな。こういうことも時にはあるでござるよ。いずれ慣れるでありましょう」
「いやだぁ!慣れたくない!おっさんしっかり稼いで!!」
「求婚でござるかっ!?」
「はぁ?おっさんきもいわ~!」
暗い空気も何のその。こんな時だからこそいつも通りに振る舞う。が、ウィズとエヴィンは難しい顔をしたままだった。エヴィンは自責と他のメンバーへの苛立ちを。ウィズはずっと考え事をしている。思い思いに過ごして、昼になるとまどかの調子も戻ってきた。通常のヒール、ショートカットのヒール共に使用できるようになったのだ。三人で話した結果、通常の魔力とは別にショートカットをするための魔力が存在し、どちらも休息をとることで回復するのだろうと結論づけた。
そして、一行は森へと再度向かう。道中は特に変わったこともなく、夕方前には昨日の野営地点へと辿り着いた。撤退した時と状況はほとんど変わっていない。テントはそのままになっており、ダガーウルフの死体がそこらに転がっていた。が、その死体は心臓の部分を中心に無残な状態になっていた。他のダガーウルフが魔石を食い吸収したのだろう。魔物同士の争いが起こった場合、倒した相手を食うのは珍しいことではない。生きていればもちろんそんなことはないのだろうが、同種でも起こるとは考えていなかった。
「これが、目的なのか……?。そもそもいくら群れを成す魔物だと行ってもあれほどの群れは聞いたことがない……。やっぱり、人為的?それに、あの時の言葉は……」
「何か、わかったの?」
「いや、ちょっと引っかかることがあるだけだ。まだ確証が持てない。もう少し考えさせてくれ」
「おいウィズ、ここでまた奴らを待つのか?こっちから仕掛けたほうがいいんじゃねぇか?」
未だ苛立ちが収まらないのだろう。エヴィンが低い声でそう言った
(確かに待つだけじゃ何も得られそうにないな……。少し動いて手がかりを探すか?)
「そう、だな。まずはガルゲドが言っていた山側にあるっていう洞穴に行こう」
一行は山へと歩を進める、洞穴はそう時間かからずに見つけることができた。入り口に近づくと洞穴から血の匂いが漂っていた。
「ストップだ。ここからは俺とエヴィンさんで行こう。全員で行くには狭すぎるし、まどかにはこの匂いはきついだろ」
実際に洞穴は然程広くない。横幅で言えば数メートルで大人二人が並ぶのは少しきつい。深さもそれほどではないようで、入って然程しないうちに最奥までたどりついた。そこには、ガルゲドの死体と小さな魔物の死骸があった。ガルゲドはその小さな魔物を守っていたのだろう。しかし、ガルゲドが果ててからその魔物も殺されてしまったようだ。一人と一匹はやはり心臓の部分を食い荒らされていた。
「こっちじゃ、なかったか……。てことは……」
「なんでこいつが死んでんだっ!こいつが笛で魔物を操ってたんじゃねぇのかっ!?」
「実際、操ってたはずだ。だけど、それはダガーウルフの群れじゃなかったってだけの話だよ」
「あぁ?どういうことだ?何かわかってんならさっさと話しやがれっ」
「らしくないぜ、エヴィンさん。それに、何もわかっちゃいないよ。ただの推論でしかない。だから、今言うわけには行かない」
ウィズとエヴィンは中の状況を他の三人にも共有した。まどかはガルゲドと魔物の死を聞いて、ビクリと反応していた。死が急に身近になった。日本ではそう簡単に自分が知っている人が死ぬとは思ってなかった。事故で急に人が亡くなってしまうことは知識としては知っていても、実感が湧いてなかったのだ。それが今や、冒険者として生きていくだけで死が隣にいる。そのことをとても怖く思う。
同時に、ガルゲドを疑ってしまったことに少しだけ罪悪感を持つ。魔物を庇っていたことから、おそらく何かしら人に言えないことをしていたのだろうが、自分から積極的に悪さをするタイプの人ではなかったのだ。どちらかと言えば、クラスの他の子達の中に紛れて歩調を合わせつつ、裏でこそこそするタイプ。ダメだ、やっぱりガルゲドはダメな奴だったと思考を反転させる。
「ここにもダガーウルフがいない以上、やみくもに探しても体力を消費するだけだ。昨日の野営地にもどって迎え撃つ準備をしよう」
「また襲ってくるのかな?」
「俺の考え通りなら間違いなく、な」
「俺も襲ってくるとは思ってるが、お前はなんでそう思う?」
「群れが異常に大きすぎる。まぁありえないことはないんだろうけど、森が最近になって異常が出てきたことを考えると自然に群れが大きくなっていったとは考えづらいんだ」
群れの数が多ければ当然、多くの餌が必要になる。餌を求めて森を荒らしたから、森の浅い所でワイルドボアが迷い込んできた。が、それがここ最近になって起こっていることが不自然なのだ。群れの数が少しずつ増えていったのなら、もっと前から生態系が崩れていっているはず。そうでない以上、自然的発生的な物ではないとウィズは断定した。そして、自然発生的でない以上、同じ場所で野営をしていれば必ず襲ってくると主張した。
「それで、どうやって上位種とまどかを一対一にするの?」
「今回は守る戦いじゃない。上位種だけを倒せればそれでほぼ片が付くはずだ。だから、こっちから上位種に対して攻勢をかける。小型も昨日の段階で数を十匹程度まで減らしている。それくらいなら俺達四人でまどかを守りながら進むこともなんとかなる。ただ、数は数匹増えている可能性はある」
「どういうことでござる?」
「おそらく、上位種は小型を生めるんだ。そのための力を、魔石から吸収している」
「あたしは魔物の生態には詳しくないけど、そんなこと、あるものなの?」
「実際に魔族は魔石の力を使って魔物を生むって言われてるだろ?それが上位種にもできないとは断じれないはずだ。もちろん上位種だけじゃできなかったかもしれないが、そのための方法を与えた者がいるかもしれないなら、なおさらね」
「黒幕に検討がついってるって感じね」
「一応な。俺の推測が当たってないことを祈るばかりだけどさ。あとは、まどか、上位種と一対一になった時のことで話がある」
一行は、決戦に備えて食事と休息を取る。食事の内容は昼と同じだ。ただ夜で冷えてくる中で、火にあたり、暖かい物を取るのは緊張をほぐすのに一役買っていた。程よい緊張感の中、夜は更けていった。
そして、複数の足音が近づいてくる。全員が準備をしていたため、すぐに戦闘準備を整える。ダガーウルフの群れが近づいて来た所でウィズが一歩前へ出て、告げる。
「いるんだろ?クク。出て来いよ」




