#9 逢引
母と私が働き、弟は家でじっとその帰りを待っている。
……のは、さすがに不憫だから、何か弟にも出来ることがないか、探すことにした。
が、意外にあっさりと、それは見つかった。
この街の人が帝都に住む人々を対象に、教室を開いていることを知った。これはこの星の人々が将来、それなりの知識を有し、自立できるようにするために地球122政府が行なっている施策だそうだ。
弟には昼間の間、その教室に通ってもらう。学問が身につくし、弟にも人脈ができる。これは一石二鳥だ。
「えーっ!?学問なんて要らないよ!」
「いいのよ!あんたは教会の学問所に行けなかったんだから、ちょうどいいわ。文字や算術くらいは身につけないと、これからの時代やっていけないわよ」
「えーっ!めんどくさいなぁ……」
私は嫌がる弟に、教室に行くように促す。私は、教会がやっている学問所に通っていたことがある。そこで算術と文字を習った。それゆえに、司令部である程度の仕事ができるほどの知識がある。
だが、弟は教会の学問所にほとんど通ったことがない。父が亡くなり、そんな余裕がなくなったからだ。それゆえに弟はほとんど文字も読めず、算術もできない。
でも、これじゃ買い物もできない。この先、仕事をすることもできないだろう。だから、そろそろ教会の学問所に入れようかと思っていたところだった。そんな時に地球122が開いている教室の存在を知る。この街の門のそばの平民街で行われるそうで、弟には慣れた場所だし、ちょうどいい。
平民街に住む人々が中心だが、貴族や騎士、それに豪商の子供もいるらしい。そこで学べるのは、この街での文字や数字、そして知識であるから、身分の高い人々であっても無視できない内容だという。
そんな教室に、弟はこの月曜日から通うことになった。私と母は司令部へ、弟は教室へと通う日常が始まった。
母と司令部へと向かう。ちょうどそこに、駆逐艦6190号艦が上から降りてくる。私を宇宙に連れて行ってくれた、この灰色の大きな船は、この一週間、宇宙に行っていた。
ゆっくりと下降し、静かに繋留ロックに接続する。この船の航海士は、とても運転が上手だ。入港時に大きな音や揺れが、まったく起こらない。下手な航海士の乗る艦だと、地震でも起きたかのように激しく揺れる。私にも操艦の上手い下手が、多少は分かるようになってきた。
母と2人で、司令部の建物に入る。母は4階で降りて秘書室に向かい、私はいつも通り8階に向かった。
そして、いつもの作業が始まる。
「さてと、今日は帰ってきたばかりの駆逐艦6181から6185号艦の補充をちゃっちゃとやるわよ!できれば、残りの6186から6190号艦も、やれるところまでやっちゃいたいところね!」
「はい……頑張ります」
「リリアーノさん、今回もビームのエネルギー源ってやつは、補充なしでいいんですか?」
「いや、今回は補充あるわ。砲撃訓練をやった後らしいから、エネルギー粒子がすっからかんらしいわよ」
「そうなんですか、じゃあ、グッチオさんにお願いして、タンク車を手配してもらわないといけませんね」
打ち合わせが終わると、作業開始だ。私は台車を引いて、倉庫から出る。
グッチオさんのトラックで、第10番ドックに連れて行ってもらう。駆逐艦6181号艦に着くと、すぐに入り口を昇り艦内に入る。
午前中に2隻の補充を終わらせた。3隻目の6183号艦での作業途中でお昼休みになった。私は台車をその艦内に残したまま、司令部の食堂に向かう。
「あれ?オルガレッタさんじゃないですか」
司令部の入り口付近で、声をかけられる。振り向くと、そこにいたのはキースさんだった。
「あ、キースさん。お久しぶりです」
「オルガレッタさんも、お元気そうで。でもさっき、メイド服着てませんでしたか?」
「あ……それってもしかして、司令部の外の車乗り場じゃないですか?」
「ええ、そうですよ」
「それ多分、私の母です。おそらくフェデリコさんの用事に付き添うために、そこにいたんだと思います」
「ええっ!?お、お母さん!?でもあれ、どう見てもオルガレッタさんでしたよ?そんなに似てるんです?」
「はい、よく言われます」
などと話しながら、キースさんと食堂に向かう。
「そうなんですか、お母さんが働きたいと言われて……」
「はい。でも弟もいるし、本当のこというと、家にいて欲しかったんですけどね」
「でも驚いたな。あれがお母さんだったなんて。てっきり、オルガレッタさんだとばかり思っていました」
食堂で食べながら、キースさんと話していると、私の横に座ってくる人がいた。
「オルガレッタ、何を話してるの?」
「あ……お母さん。いや、単なる世間話だよ」
「そう。楽しそうに話してるから、どうしたのかなぁって思ってね」
メイド服のまま、グラタンを持って現れた私の母。
「ところで、こちらの方は?」
「えっとね、こちらはキースさんといって、哨戒機という乗り物のパイロットというのをしている方なの」
「あら、そう。随分と親しげに話しているから、同じお仕事をされているのかと思ったけど、そうじゃないのね」
「この間、私が宇宙に行った時にお世話になったんだよ。ここにきたばかりの頃、初めて駆逐艦の中で1人作業した時にも、私に駆逐艦の中のことを教えてくれたし」
「あらあら、そのようなお方だったとは……ご挨拶が遅れました、いつも娘がお世話になっております。オルガレッタの母、マルガレッタと申します」
「ええと、あの、キース中尉と言います!こちらこそ、お、お世話になっています!」
母がキースさんに挨拶する。キースさん、妙に照れているな。
「……それにしても、驚きですね。失礼ですが、オルガレッタさんが2人いるように見えます」
「そお?娘と私じゃ、歳も違うし、背丈が同じで顔がちょっと似ているというだけで、全然違いますよ」
「そうですかね……こうしてみるとお母さんも、若いですよ」
「あら、ありがとうございます。でも、娘と違って私、占いはできませんよ」
「そうだ、そうでしたね、オルガレッタさんは占いが得意なんですよね」
「あれ?オルガレッタ、キースさんを占ったこと、ないの?」
「ああ……そういえばまだ、ないよ」
「ダメじゃない、お世話になってるんだから、それぐらいはしてさし上げないと」
「ええと、でもお母さん……オルガレッタさんの占いって、こう手を……握るんですよね?」
「ええ、そうですよ。するとこの娘、その人のこの先に起こる出来事が見えるんですって」
「はい、聞いたことはあります。ですが、いいんですかね……その、手を握ってもらっても」
「いいんじゃないですか?特に、キースさんは。ね、オルガレッタ」
「そうですよ。いつでも占ってあげますよ」
「そ、そうですね。じゃあ、そのうちお願いします」
すると、母は私に言った。
「今、占ってあげなさい」
「ええっ!?今?」
「何?なんかまずいこと、あるの?」
「い、いや別にないけど……」
「だったらいいじゃない、減るものじゃないし。ただ触るだけなんでしょう?」
「は、はい……じゃあ」
「ええっ!?ほ、本当に占うんですかぁ!?」
「あら、キースさん。私の娘に触られのが、お嫌かしら?」
「い、いえ!むしろ願ったり叶ったりですが……じゃなくて、こんな大勢の人の前で!?」
「いいですよ。問題ありませんわ」
母に押し切られる形で、私はキースさんの手を大勢の前で握ることになった。だけど、なぜか私は少し抵抗を感じている。他の人だとなんてことないのに、キースさんの手を人前で握るのは、ちょっと恥ずかしい。
でも母が勧めるし、せっかくの機会だから占ってあげたいと思った。
「それじゃあキースさん、手を出していただけます?」
「あ、はい……お、お願いします」
キースさんも顔が真っ赤だ。私同様に、恥ずかしいようだ。私だって少し恥ずかしい。
キースさんが差し出した右手を、私は握る。キースさんの手って、こんなに大きいんだ。フェデリコさんよりも大きいんじゃないか。そんなキースさんの手を握って、私は目を瞑る。
◇
ここは、どこだろう。
ぼんやりとした風景が、だんだんと鮮明になっていく。
ああ、ここはショッピングモールの入り口だ。すぐ横に、あのパン屋が見える。
入り口からすぐのところにある、エスカレーターという動く階段に向かって歩いているようだ。その時、キースさんはちらっと横を見る。
視点が切り替わり、一緒に歩く人物が映る。それは……私だ、キースさんの横に私がいる。
以前、ショッピングモールで買った服を着て、キースさんと一緒に歩いている。そこに映る私は、キースさんの顔を見てニコッと微笑んでいる。
そこで急に、場面が変わる。今度は、真っ暗闇だ。
いや、よく見ると目の前に、文字が下から上に流れている。ああ、これは映画館だ。あれは、エンドロールというやつだ。戦艦の中の街で、見たことがある。
そこでまた横を見るキースさん。そこにも私がいる。
しかしその私は、泣いている。涙をボロボロ流して泣いている。でも、なんでこんなに泣いているの?音が聞こえないため、この状況がまったく読めない。
そこでキースさんは、私にハンカチを渡している。それを手に取り、涙を拭う私。
で、またまた場面が変わる。めまぐるしいな、今回は。
今度は、ずらりと黒く四角いものが並んでいる。ここはどこだろう?見たことのない店だ。
また、横をちらっと見るキースさん。そこには、その黒いものの一つを指差す私がいた。
さっきとはうって変わって、今度はとてもいい笑顔だ。私は、何をこんなに喜んでいるのだろう?
◇
なぜだか分からないが、要するにショッピングモールを私と一緒に巡り歩いているようだ。
そういえば、こういうのをリリアーノさんは「デート」と表現していたことを思い出す。
「あの……どんな光景が見えました?」
キースさんが尋ねる。私は、応えた。
「はい、私とキースさんが、デートしてました」
私がそう言うと突然、急に周囲がしんとなった。この食堂の空気が、一瞬で凍りつく。そして、周りの視線が一斉に私の方に集まる。
私をみる人々の唖然とした表情を見て、私は悟る。おそらく何か妙なことを言ってしまったらしい。実に気まずい雰囲気だ。
キースさんの方を見る。彼も目を大きく開いて、顔を真っ赤にしてこちらを見ている。
母だけが、私の方を微笑みながら見ている。が、その場にいた他の人は皆、明らかに驚いた顔で私の方を見ている。
「ででで、デート、ですか?」
「は、はい。その、キースさんと私が一緒にショッピングモールを巡り歩いているんですが……こういうのって、デートっていうんじゃないですか?」
「え、ええと、その……いや、そうですけど、なんていうんですか、いきなり人前でおおっぴらにしていい言葉ではないかと……」
しまった。どうやらデートという言葉は、あまり人前で使ってはいけない言葉だったんだ。
「す、すいません……そういうこと知らないで、思わず口走ってしまいました。ごめんなさい」
「い、いや、謝ることではありませんよ。そうですか、デートですか……」
私をかばってくれるキースさんだが、よほど恥ずかしいことだったようで、顔が赤い。キースさんには、申し訳ないことをしてしまった。
「要するに、キースさんとオルガレッタがショッピングモールで一緒に出歩くことになってるって、そういうことなんでしょう?」
母が私に尋ねる。
「そう、そういう光景だったの」
「じゃあ、今度の休みに、2人でショッピングモールに行けばいいじゃないの」
「はい、そうですね、キースさんがよければ」
「いや、私はいいですよ。むしろ週末にでも、お誘いしたいと思っていたところでして……」
「じゃあ、決まりね。いってらっしゃい、2人とも」
「はい、行ってきます」
母にも押されて、私とキースさんは次の土曜日に、ショッピングモールでデートすることになった。
「聞いたわよ!キース中尉に、デートを申し込んだんですって!?」
昼休みが終わって早々、駆逐艦6183号艦へ向かう途中、リリアーノさんに突っ込まれた。
「いえ、そういう光景が見えたっていう話をしたんですが……結果的に、そういう話になってしまいまして」
「あはは、面白いわね。よく恥ずかしげもなく、自分のデートの話をあの食堂でぶちまけたものね」
「でも、すでにキースさんとは戦艦でご一緒しましたし、初めてと言うわけではありませんよ、キースさんとのデートは」
「ああ、オルガちゃん、デートの言葉の意味をあまりよく分かっていないのね。そうねぇ……こっちの言葉で言えば『逢引き』の方が近いかしら」
「ええーっ!?あ、逢引きぃ!?あの、身分の違う男女が周りに内緒に出会ってお茶をして、夜はお布団で一緒になってごにょごにょしちゃうっていう、あれのことですか?」
「うーん、そこから身分の違う人が会うというのと、お布団でごにょごにょというのは含まないかな。でも、人に話す後ろめたさという意味では一緒かもね」
「うわぁ……私、ものすごく恥ずかしいことを口走ってたんですね……」
「まあ、今さらどうしようもないでしょう?第一、もう司令部中に広まってしまったし、こうなったら元を取るために、土曜日は楽しんで来なさい」
「は、はい……そうします」
ああ、やらかしてしまったようだ。デートという言葉に、そんな際どい意味があっただなんて、まったくもって不覚だった。
でも、ということはキースさん、やっぱりデートの終わりに私を部屋に連れて行きたいとか、そういう願望があるのだろうか?私は、それに応えなきゃ行けないのだろうか?でも、キースさんの手からはそういう光景が見えなかった。さすがにそこまでの関係にはならないのだろうな。
とはいえ、結局、土曜日まで悶々としながら仕事を続けることになった。
そして迎えた、土曜日。
「お、お母さん!どっちを着たらいいと思う!?」
私は母に、気に入った2着を見せて尋ねる。
「どっちも何も、あんたがキースさんの手から読み取った占いで見た通りの服を着ればいいじゃないの」
「いや、別にあれに従わなきゃいけないわけじゃないし」
「そうかしら?占いと違うことをすると、別の結果になるかもしれないんでしょう。どうなっても、知らないわよ?」
と母が言うので、私は結局、占いで見たとおりの方を着ることにした。
そして、私はショッピングモールの前に立っている。
西側の入り口前で、開店時間の10時にキースさんと待ち合わせ。だけどその時間の10分以上前には着いて、そこでキースさんを待っていた。
でも、ちょっと不思議。3か月前までは私、この街で働いて、こんな格好でデートすることになるなんて、考えたこともなかった。
キースさんとの「デート」は、これが2度目。戦艦の街以来だ。
あの時は戦艦の街が珍しくて、周りばかりを見ていたけれど、今度は比較的慣れたショッピングモールだ。しかも、リリアーノさんがデートのことを「逢引き」と言ったのを思い出し、妙に意識してしまう。胸が高鳴るのを感じる。
「おまたせしました!」
そこに、キースさんがやってきた。でも、現れたのはいつものキースさんだ。私服を着ているが、あの丁寧な言葉遣いなところ変わらない。それを見て私は、少し安心する。
「では、そろそろ開店ですね。行きましょうか」
「はい。行きましょう。で、どこに行きます?」
「そうですね……じゃあ始めに、2階に行ってみましょうか」
「2階……ですか。何かあるんですか?」
「ちょっと面白いものがあるんです」
なんだろうか?キースさんが薦めるがままに、2階へ行くことにする。
ショッピングモールが開店し、待っていたお客が一斉に入り口から中へ入る。私とキースさんも、入口をくぐる。
2階に上がるには、入口すぐのところにあるエスカレーターを使うのが早い。キースさんと私は、エスカレーターへ向かって歩く。
「そういえば、オルガレッタさん」
「はい」
「今日の服、とってもお似合いですよ」
なにげない一言だが、私の顔が満面の笑みに変わっていくのが、自分でも分かった。
「えっ!?そうですか!?お気に入りが2着あって、どうしようと思ったんですよ!でも、こっちの方が明るくていいかなぁって思って」
「ええ、そうですね。オルガレッタさんらしくていいですよ」
「そ、そうですか?あはは、やっぱりこっちにして、正解でしたね」
「今度、もう1着も見せてもらえませんか?オルガレッタさんのお気に入りならば、私もきっと気にいると思います」
「そ、そうですか!?じゃあ、今度また……」
そうか、次回はもう一方の方をを着ればいいのか。次は服で悩むことはなさそうだ。キースさんも喜ぶし、私も楽だ。
キースさんに服を褒められ上機嫌となった私、そのままエスカレーターで2階に上がる。そこから少し歩いて、ある店の前にたどり着く。
なんだろうか、ここは?その店の奥には、カーテンが下された仕切りがたくさん並んでいる。そのカーテンの間から、人が出入りしている。
ここは一体、何をするところなのだろうか?店の入り口で、キースさんが店員と話している。
「さ、参りましょうか」
キースさんに連れられるままに、私はその区切りの一つに入る。中は、真っ暗だ。
中に入ると、キースさんがカーテンを閉める。真っ暗で、何も見えない。何が始まるの?私は少し、不安になる。
「ちょっと待ってくださいね。すぐに明るくなりますから」
と、キースさんが言ったその直後に、急に明るくなった。
目の前を見て、ハッとした。
目の前は、海だ。青い海に、白い砂浜。少し離れた場所に、小さな島が見える。
右に目をやると、ずっと続く砂浜の向こうに、高い建物がたくさん見える。司令部、高層アパート、いや、それよりももっと高い建物が、ずらっと並んでいる。
「あ、オルガレッタさん。あまり歩いちゃダメですよ。ここは遠くの風景を体験できるお店でして、このとおり周りの風景は海岸ですけど、実際にはここ、あの小さな仕切り部屋ですからね。壁にぶつかっちゃいます」
「はあ、そうでしたね……ところで、ここは一体……」
「これ、私の故郷の近くにある有名な海岸なんです。綺麗でしょう?近くにたくさんのビルが建っているのが難点ですが、真っ白な砂浜に、この透明な海が、とても美しいんですよ」
「ほんと……綺麗です……」
そうか、これがキースさんの故郷の風景なんだ。遠くの星だと聞いているけど、こんなに綺麗な場所があるんだ。
「ここにはかなわないかもしれませんが、帝都から少し離れたところにある海岸も、とても綺麗だと聞いたことがあります」
「へぇーっ、そうなんです?じゃあ今度、一緒に行きませんか?」
「ええ、行きましょう」
目の前にあるのは、本物ではない。けれど、まるで本当にその場所に来たかのような、そんな錯覚を覚える。こんなものを見せてくれるお店が、ショッピングモールにはあったんだ。
そしてキースさんと私は、映画館へと向かう。なんでも今、話題沸騰のすごい映画が上映されているのだという。
入り口では、その映画の予告映像が流れていた。それを見る私。
『全宇宙が泣いた、愛と勇気と感動の物語!』
などと言う映像が流れる。私は思わず、その映像に見入る。
舞台は宇宙のとある星、平和に暮らしていたその星に、突如宇宙からたくさんの「化け物」が現れる。
ネフィリムと呼ばれたその化け物たちは、地上にいる人々に襲いかかる。なすすべもなく、倒される人々。
だが、その化け物たちの欠点が分かる。反転攻勢に出る人々。そして、最後の敵が現れて……
だが、そこで映像は途切れる。続きは映画にて、というわけだ。
『この結末に……あなたはきっと、涙する……』
うーん、そうなのかなぁ。怖い映画だけど、泣けるほどのものではない気がするな。でも、続きがとても気になる。
「どうしますか……ちょっと怖そうな映画ですけど、他のにします?」
「いえ、いいです。観ましょう、この映画!」
私はキースさんに応える。そして2人で、その映画を観ることになった。
劇場内は真っ暗になる。そして、映画が始まった。最初は、先ほど2階のあの店で見たような、綺麗な海岸が映し出されていた。
が、予告編通り、宇宙から化け物が攻めてくる。綺麗な海岸はあっという間に真っ黒になり、地上は、地獄と化した。
とまあ、怖い光景がしばらく続くが、ついに人々はそのネフィリムという化け物に対抗する武器を作り出す。
この物語には、5人の主人公が登場する。このネフィリム対抗の武器を手に取った5人は、何度も危機に出会いながらも、敵を倒して追い込んでいく。
その5人の中のひと組の男女が、戦いを通して恋に落ちていく。戦いが終わったら、結婚しよう、そんな展開になる。
だが、いよいよ、最後の敵が現れた。
ところがこの敵が、とてつもなく強い。
なにせ、5人の持っている武器が、まったく効かない。硬い鎧で守られて、まるで歯が立たないのだ。危うし、5人の主人公。
ところが、である。先ほどの結婚の契りを交わした男女の男の方が、捨て身覚悟の戦いを挑む。
なんと、その敵の口の中に飛び込み、その武器を放つというのだ。
当然、それをやったらその男は確実に死ぬ。他の4人、特に結婚まで約束したその女は、男に思いとどまるよう説得する。
だが、男は意を決して、飛び込んでいく。
最後に、女に一言残す。
「来世で会おう」と。
そして、その男の捨て身の戦いは成功し、最後の敵は死ぬ。その星に、平和が訪れた。
だけど、残された女は、帰らぬ男に涙する……
それを見た私は、思わず胸が締め付けられるような思いに駆られた。
戦場で亡くなった父も、同じように母を思い、死んでいったのだろうか?
私が見た通りの光景ならば、父は誰を倒すことなく、無念のままに死んでしまった。
そう思うと、私の目には、涙が溢れてきた。
エンドロールが流れる。だけど、涙で文字が見えない。ぐにゃぐにゃだ。
私の顔も、きっとぐにゃぐにゃなのだろう。
キースさんの驚く声が聞こえる。
「わっ!お、オルガレッタさん!どうしたんですか!?」
まったくもって、私は不覚だった。まさか本当に涙するとは、思ってもいなかった。私はキースさんに応える。
「うう……あ、あの男の人……なんだって女の人残して……あれじゃ女の人、かわいそうじゃないですかぁ……」
「いや、オルガレッタさん!大丈夫ですよ!あれは映画!本当の話じゃありませんから!」
「でもでも、私の父もおんなじように死んでいったんじゃないかって思ったら……私、泣けてきちゃって……」
もう、何をいっているのか、自分でもよくわからなくなってきた。こみ上げる感情を、ただただ口にするだけのダメな娘になってしまった。
キースさんからもらったハンカチを目に当てて、なんとか涙を止めようとする。でも、これがなかなか止まらない。
「うう……もしも、もしもですよ、私の目の前で、キースさんが飛び込んでいくのを見たら、私、私……」
何を言っているのだろう。なぜかキースさんが、化け物に飛び込んでいくことになってしまった。
だが、キースさんは応える。
「大丈夫です!飛び込んだって、私は死にはしません!」
それを聞いて、私は思わずきょとんとなる。私はキースさんに聞く。
「で、でも、そんなこと……あんな化け物に飛び込んで、本当に死んだりしないんですか!?」
「はい、パイロットは、どんな戦場からでも、必ず帰ってこられるよう訓練されているんです!例え化け物の口の中であろうが、宇宙空間だろうが、森の真っ只中だろうが、生きて帰ることが任務なんです!私は、捨て身の行動など取りません!必ず私は、帰ってきますよ!」
「ほ、本当ですか?パイロットって、そんなすごいんですか?」
「そうです!すごいんです!駆逐艦が被弾して、皆が宇宙に放り出された時、我々哨戒機パイロットは、その宇宙に投げ出された人々を集め、他の船に移乗させる任務もあるんです。私どころか、みんな助けるんですよ、パイロットは」
「そうだったんですか……頼もしいです、キースさん!」
「い、いや!任務ですよ、任務!当たり前のことなんですよ、パイロットにとっては……」
と言いながら、照れ臭そうに頭を掻くキースさん。でもキースさんって、やっぱりすごい。初めてあった時から、どことなくただ者ではないと思っていたけれど、考えてみれば、あの魔王の集団である連盟軍と戦っていらっしゃるお方なのだから、すごくなかろうはずがない。
そして、2人で近くのカフェに行く。そこで司令部の話をして、盛り上がる。
「あははは、あの駆逐艦ドックの真下を、泡だらけにしちゃったんですか!」
「そうなんですよ、もう焦ったのなんのって。銀貨はなくすし、リリアーノさんは怒鳴るし、グッチオさんは嫌そうな顔をしているし、あれほど腹立たしくて気まずい出来事は、なかったですよ」
その会話の最中、話がスマホに及ぶ。
「えっ!?オルガレッタさん、まだスマホを持っていないんですか?」
「はい、そうなんですよ。どこに売っているかも知らなくて」
「それは不便ですよ。絶対に一つ持っていた方が、いいですよ」
「そうですよね……でも、どこに売ってるんですか?」
「このショッピングモールだと、3階の家電屋に行けばあるはずですよ。きっと」
「そうですか、じゃあ今度、行ってみますね」
そう私が応えると、キースさんは少し考えて、口を開く。
「……オルガレッタさんのスマホ、私が買いましょうか?」
あまりの突然の申し出に、口に入れたコーヒーを思わず吹き出すところだった。
「え、ええっ!?いや、いいですよ!高いものじゃないですかぁ!?」
「いえ、それほど高いわけではないですよ。それに、さっきのあの映画に誘ってしまった手前、何かお詫びをしないと」
「いや、お詫びだなんて、いいですよ!そうでなくてもキースさんからは、今まで十分すぎるものをいただいてますし!」
「でも、やっぱりオルガレッタさんのスマホ、買いますよ。その方が今夜から連絡を取り合うことができるわけですし」
「そ、そうですか?」
「そうですよ。まあ、私に任せてください」
とキースさんが言うので、私はキースさんに連れられて、家電屋に行く。
そこには、ずらりとスマホが並んでいた。真っ黒な四角い画面のスマホ。でも、皆同じにしか見えず、どれがいいのかまったく分からない。
「あの、スマホって、どうやって選べばいいんですか?」
「そうですね、基本的にはどれを選んでもほとんど同じです。使いやすいと思う大きさや、背面の色で選ぶといいですよ」
「そうなんですね。分かりました。ちょっと見てみますね」
まずは大きさだ。よく見ると、私の手のひらに収まるものから、両手で抱えるほどの大きさのタブレットほどのものまである。
一つ一つ、握ってみる。すると、少し小ぶりなやつが私の手にぴったりだと言うことがわかった。
そして、色だ。色なんてあまり考えたことはないけれど、そういえば普段着がベージュの服なので、白っぽい色の方が合うかなと思い、選ぶ。
「これです!これがとてもいいです!」
私は、選んだスマホを指差した。それを見たキースさんは、そのスマホの下にある札のようなものを取り、店の奥に向かった。
そして、スマホの入った箱を、私に手渡す。
「はい、オルガレッタさん。今日からこれが、あなたのスマホですよ」
「ほ、本当にいただいていいんですか……嬉しい……」
箱を開けると、そこには黒い画面のスマホがあった。透明な包みが覆っていたので、それを剥がして手に取る。
裏を返すと、白い色をしている。電源を入れてしばらくすると、画面にはアイコンが現れた。
普段、タブレットを使っているから、大体の使い方はわかる。でも、これは私専用のスマホなんだ。タブレットと違い、司令部をでても持ち歩くことができるし、写真も撮れるし、知らないことをその場で調べることもできる。
ああ、なんだかとても感動だ。ついに私は、帝国貴族ですら手に入れている人が少ないと思われるスマホを、私は手に入れることができたのだ。
キースさんとも、メールやメッセージをやり取りすることができる。電話でお話しすることだって可能だ。たったそれだけの自由が、今の私には、かけがえのない幸せだ。