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#8 引越

 私は今、司令部の入り口をくぐったところだ。

 今日の出勤は、私1人ではない。私の他に、もう1人いる。

 それは、私の母だ。この司令部に、フェデリコさんの面接を受けるために、特別に入門許可をもらってやってきた。

 話は、2日前に遡る。


「ねえ、あんたの勤める司令部に、私の仕事ってないのかな」

「ええっ!?お母さん、司令部に勤めたいの!?」

「だって、あんたが喜んで勤めているところでしょう?そういうところに、私だって勤めたいなぁって思うのは当然じゃない」

「そうだけど……」

「ダメだったら、ショッピングモールで勤め先を探すだけね」

「そっか。じゃあ、一応フェデリコさんに聞いてみるね」


 で、翌日、フェデリコさんに母のことを聞いてみた。


「……そうか。機織りの仕事がなくなってしまったのか。まあ、時代だ。仕方がない」

「そうなんです。私は別に、今の収入でも十分暮らしていけるから働かなくてもいいと言ってるんですけど、そういうのは嫌みたいで」

「ところで、貴殿の母親は、何歳だ?」

「はい、35歳です」

「……思ったより若いな。貴殿は確か18だと言っていたが、じゃあ……」

「はい。母が17の時に産まれました」

「そうなのか。この帝都の住人は、結婚が早いのだな」


 フェデリコさんのように、28歳で未婚という人はあまりこの帝都ではみられない。けど、こっちの街ではフェデリコさんのような人は珍しくない。

 それはともかく、これがきっかけでフェデリコさんが母を面接をしてくれることになった。そういうわけで今日、私は母と一緒に司令部に入る。

 エレベーターが来るのを待っていると、リリアーノさんがやってきた。


「おっはよー!オルガちゃん……って、あれぇ!?オルガちゃんが、2人いる!?」


 私と母を見て驚くリリアーノさん。私は応える。


「ええと、リリアーノさん、こちらは私の母です」

「ええーっ!?お、お母さん!?オルガちゃんの!?」

「はい、オルガレッタの母、マルガレッタです。いつも娘がお世話になっております」

「は、初めまして。私、リリアーノって言います。って、まるで姉妹じゃないの!本当に、お母さんなの!?」


 そういえば、私と母はよく似ていると言われる。背丈も同じくらいだし、顔も似ている。

 母の方はよくみると歳相応のところはあるのだが、少し童顔なので、若く見られやすい。

 エレベーターに乗りつつ、リリアーノさんと話す。


「へぇ~、フェデリコ少佐と面接ねぇ~」

「そうなんです。母が働きたいっていうので、フェデリコさんに話したら面接することになったんです」

「そうなの。でも多分、採用される気がするよ」

「そうですか?」

「だってほら、そっくりでしょ、親子2人」

「はあ、そうですけど、そっくりだとどうして面接に通るんですか?」

「そうね、なんて言えばいいんだろう……それは少佐の好みが……」


 などと話しているうちに、フェデリコさんのいる6階に着いた。


「あ、リリアーノさん、ここで降ります」

「そうか。少佐のところに行くんだったよね。じゃあ、幸運を祈ってるわね!また後で!」


 リリアーノさんと別れ、私と母は6階で降りる。

 長い通路を2人で歩く。途中、司令部の他の佐官が、私達2人をジロジロとみる。なんだろう、どこか変なのかな、私達。


「失礼します」


 フェデリコさんの部屋の扉をノックして、中に入る。ここにはフェデリコさんの他、2人の佐官の人がいる。


「ご苦労。ええと……あれ、オルガレッタ殿、こちらは……」

「はい。今日面接を受ける母です」

「は、母親……?お姉さんではないのか?」

「いえ、私の母ですよ」


 何か信じられないものを見ているような顔で、こちらを睨みつけてくるフェデリコさん。ああ、私はともかく、そんな顔をしたら初対面の母は恐れをなしてしまうんじゃないか?

 と思いきや、母は笑顔でフェデリコさんに話しかける。


「初めまして、オルガレッタの母、マルガレッタです。いつも娘が、お世話になっております」

「あ、ああ、私はこの司令部で幕僚をしている、フェデリコ少佐だ。28歳、男だ。よろしく頼む」


 あのフェデリコさんの険しい眉間のシワを見てまるで動じない母。考えてみれば、私の倍近く生きてるんだもんね。今まで苦労してきた分、肝が座っている。


「それでは一応、名前と年齢を確認したい」

「はい、私の名前はマルガレッタ、35歳です」

「……うむ。ところで、マルガレッタ殿は今、オルガレッタ殿と?」

「はい、親子ですから、一緒に暮らしております。明日、お貸しいただけた官舎に、親子3人で引っ越すことになっております」

「そうか……」


 しかめっ面のまま、フェデリコさんは少し考え込む。そして、こう言った。


「採用だ!」


 えっ?もう面接、おしまい?私は尋ねる。


「あの……もうおしまいですか?」

「なんだ、物足りないのか?」

「い、いえ!そんなことはないですが……まだ名前と歳と、住む場所しか聞いてませんし……」

「話し口調などから、人となりを判断した。私の秘書として、申し分ない」

「ええーっ!?母が、フェデリコさんの秘書ですかぁ!?」

「いや、私の顔を見てだな、動じない人は初めてだったからな……それはともかく、私だけではなく、この部屋にいる3人の佐官付きの秘書が欲しいと思っていたところなのだ。主にこの部屋で働いてもらう」

「あの、秘書と言われましても、母は文字が読めませんよ。いいんですか?」

「いい。お茶汲みに、貴族邸へ行く際のお供など、文字など読めずともやれることはたくさんある」


 ああ、私の仕事だったあの付き添いを母にやらせるんだ。ということは、私はもう付き添わなくてもいいのか。たった一回で終わっちゃった、あの仕事。


「というわけで早速、今日から働いてもらう。最初のひと月は日給制で、正式採用となった翌月から月給制となる。なお週に2日は休みがあって……」


 事務的な話が始まった。私も横でそれを聞く。

 で、私と母は一旦この部屋を出る。仕事をするにあたり、私がこの司令部の中を一通り案内するためだ。


「でね、これがエレベーター。私はここの8階と、駆逐艦っていう灰色の船の間をいったりきたりしているんだ」

「そうなの」

「お母さんが働くのは、ここの6階ね。秘書の人は一旦、4階にある秘書室というところに行って、そこから6階に行くの。だからエレベーターのこことここを押すんだよ」


 などという感じに、私は母に司令部の内部を案内していた。

 エレベーターで移動している時、私は母に尋ねた。


「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「フェデリコさんだけど、あの顔、怖くなかった?あの人、悪気はないんだろうけど、ああやってすぐ睨みつけてくるの」

「ああ、平気よ。死んだお父さんもね、同じだったし」

「えっ!?そうなの?」

「私と結婚する前のお父さんね、なぜか私を睨みつけてきたのよ。何も悪いことしていないのに、どうして睨んでくるんだろうって。でもそれは、照れ隠しだったのよ」

「ええーっ!?じゃあ、まさかフェデリコさんも……」

「あれも多分、照れ隠しね。お父さんそっくりだわ、あの人。すぐ顔に出るから、面白いわぁ」


 さすがは私の倍の人生を歩んでいる母だ。フェデリコさんのあの表情を、すぐに察した。どおりであの時、まったく動じなかったのか。


 最後に秘書室へ案内して、母と別れる。帝都の街のあらゆる場所とは何もかも違うこの司令部の中で、笑顔で手を振る母。でも、大丈夫かなぁ。私がここにきた直後は、不安だらけだった。母もきっと、同じではないか?

 などと考えながら、私は8階の倉庫に行き、ガエルさんと一緒に仕事をする。ガエルさんも随分と仕事を覚えた。

 ただ、彼女は体力がない。駆逐艦の入り口のあの坂を、台車を押して上がることができない。長らく奴隷市場で売れ残っていたらしいので、身体が弱くしまったようだ。ちょっと運搬の仕事は、酷かな。

 その代わり、帳簿のチェックや倉庫の品の補充では、抜群の能力を発揮する。彼女はとにかく、覚えるのが早い。字を読むのも早いし、倉庫のどこに何があるのかをもう覚えてしまった。さすがは元貴族だ。

 そこで今は、彼女が補充品を探し出して台車に載せて、それを私とリリアーノさんが運ぶという役割分担にした。この方が仕事が捗る。午前中のうちに、5隻の駆逐艦に補充品を運び終えてしまった。

 そのため午後には、別の仕事ができる。これまでは翌日に予定していた補充品の注文や倉庫への積み込みなどを、その日の午後のうちにこなす。

 司令部の外にも、大きな倉庫がある。そこは食糧や燃料、ビーム砲のエネルギー源が収められているのだが、この大倉庫の品も3人でさばけるほどになってきた。

 ガエルさんが品を探しては積み込み、それを私とリリアーノさんが運ぶ。帳簿関係はリリアーノさんとガエルさんが行い、私は走り回って品数を調べる。この連携で、駆逐艦への補給作業が早くこなせるようになった。


「いやあ、オルガちゃんにガエルちゃん、お疲れ様」


 夕方には、5隻の駆逐艦の補給、補充作業、帳簿のチェック、それに倉庫の不足分の注文作業など、一通りの仕事を終える。ガエルさんの登場で、今までなら2日かかっていたこの作業が、たった1日で終えることができるようになっていた。


「オルガちゃんは元気だし、ガエルちゃんは賢いから、いいコンビね。おかげで、あっという間に作業を終えることができたわ」


 リリアーノさんは満足そうだ。


「そういえばガエルさん、新しい住処はどう?」

「はい……快適です。ショッピングモールも近いし、この間まで鎖に繋がれていたことを思えば、まるで天国のようです」


 いちいち奴隷だった頃の記憶をよみがえらさなくてもいいのだが、そういう話を平然とできるほど、ガエルさんも精神的に安定してきた。

 そういえば、ガエルさんがここにきた直後はしばらく、リリアーノさんの部屋で同居していたが、5日ほど前に独身寮の一部屋を借りることができたため、移り住んだ。


「私ね、明日やっと引越しなんだ」

「そうでしたね。オルガレッタさんは家族で官舎に移り住むんでしたよね」

「そうなの。大した荷物があるわけじゃないけど、いろいろあってね。ちょっとづつ新居に運んで、やっと明日から移り住めるようになるんだよ」

「そういえば、オルガレッタさんの母上もこの司令部で働き始めたとか」

「うん、そうなの。私は家でのんびりしてて欲しいんだけどね、お父さんが死んでからずっと働きづめで、今さら家にじっとしているのが嫌なんだって。だから、フェデリコさんに聞いてみたら、働けるようになってね」

「そうなんですか。苦労されてるんですね、オルガレッタさんのところも」


 そんな話をしながら、司令部の出入り口に向かう3人。そこには、私を待つ母の姿があった。


「あれえ!?お、お母さん、なんでそんな格好してるの!?」

「ああ、この服ね。この格好で働くよう言われたのよ」

「ええーっ!?でもそれ、メイド服だよ!?」

「あの後すぐにね、貴族のお屋敷についていくことになってね」

「も、もう付き添いしてきたの!?で、どうだった?」

「どうもこうも、ただカバンを持ってフェデリコさんについていっただけよ」

「そうなんだ。じゃあ、馬車から降りた後に、寄り道とかは?」

「寄り道?しないわよ、そんなこと」

「そ、そうなんだ……そうだよね……」


 てっきり公衆浴場に行ったのかと思ったけど、まだ来たばかりの母を連れて、初日から行ったりはしないか。

 私が言うのもなんだけど、フェデリコさんと母があの公衆浴場に一緒に行く姿は、あまり想像したくないなあ。


「でね、そのままこの格好で働くようにって言われたの。いつ貴族に呼ばれるかわからないし、それにお茶汲みや書類を運ぶにも、この格好の方がいいだろうって」

「ふうん、まあ、そうだよね。一応、これも召使い用の服なわけだし、普段着よりはいいのかもしれないね」


 その会話に、リリアーナさんが入ってきた。


「やっぱりオルガちゃんとマルガレッタさん、そっくりだよねぇ。どうみても、姉妹にしか見えないわ……にしても、メイド服で仕事させるとか、完全にあの少佐殿の趣味よねぇ」

「そうなんですか?」

「そうよ、あの少佐、家には驚くほどたくさんのメイド戦士シリーズのグッズが置いてあるらしいわよ」

「メイド戦士?なんですか、それは?」

「ああ……オルガちゃん、あのアニメ知らないのね。こういうのよ」


 リリアーノさんはそういうと、ポケットから何かを取り出した。

 ああ、これはスマホというやつだ。タブレットよりも小さいけれど、その代わりポケットに入れて持ち運べるというので、みんな持ってるやつだ。

 そのスマホで私に見せてくれたのは、動く絵だった。

 そこに映っていたのは、メイド服を着て、ありえないほどの高さを飛んで跳ねたり、赤や桃色のビームを出して悪そうな連中を倒す娘の姿だった。


「これは……」

「これがメイド戦士シリーズよ。メイド服を着て戦う少女が活躍するっていう話なの。で、このアニメにあの少佐殿はハマっているということらしいわ。でね、このアニメに出てくるメイド服を何着も買っているって聞いたわ。他にも、抱き枕や等身大の看板やポスターまであるらしいわ」

「へぇ。でも、服なんてどうするんですか?まさかフェデリコさんが着るんです?」

「気持ち悪いわね、そんなの。ていうか、まさにお母さんが来ているのが、そのアニメに出てくるメイド服よ」

「ええーっ!?これ、帝都で買ったやつじゃないんですか?」

「少佐殿のコレクションの一着よ。帝都でも通用するような、一番地味なやつを選んだみたいだけど。私の目はごまかせないわ!」

「そ、そうなんですか。でもリリアーノさん、よくわかりましたね」

「そりゃそうよ。私もこのアニメ、大好きだもん」

「そうなんです?じゃあ、フェデリコさんと話しが合うんじゃないんですか?」

「そんなわけないでしょう!あんなロリコン野郎となんか、合うわけないわよ!私はこの戦士の戦うシーンが大好きなの!あの男は単に、あのアニメのキャラが好みなだけよ!」


 リリアーノさんのおかげで、アニメというものの存在を知った。確かにこの動画を見ていると、面白そうだ。

 ドラマもなかなか面白いけれど、人間が演じているわけではない分、ありえない動きや表現がアニメではできるようで、それがリリアーノさんやフェデリコさんがハマっている原因らしい。

 でも、リリアーノさんの持っているようなスマホ、私も欲しいなぁ。便利そうだから、そろそろ買ってみようかしら。母もここで働くようになれば、なにかと連絡を取り合う必要が出てくる。スマホには電話という、離れたもの同士で会話することができる仕組みを持っているというから、弟も含めて持っていた方が良さそうだ。

 帰り道、私と母と、リリアーノさんとガエルさんで、ショッピングモールに出かける。そこで私と母は、夕食を買って帰る。

 今日の仕事で、母は30ドルを手に入れたようだ。早速それを電子マネーに変えて、ここでの買い物に使っていた。

 私の給料は、すべて電子マネーで受け取っている。もうショッピングモールでしか買い物しないし、銀貨や銅貨への両替も電子マネーからできることが分かったからだ。


「お母さん、それくらい私が払うよ」

「いいわよ。今日は私に払わせて」


 私のカードには1000ドル以上入っているが、母はたったの30ドル。どう考えても私が払うべきなのだが、母は初めての給料が嬉しくて仕方がないみたいだ。

 思えば、ここ最近はずっと私の給料で家族みんな食べてきた。母としては、娘に頼ってばかりで申し訳ない気持ちでいっぱいだったのかもしれない。だから、せっかくもらった給料を使うと言い張っているようだ。


 私はピザ、弟にはハンバーグ、そして母はグラタンを買った。パンやサラダも買って、全部で30ドルちょうど。それを母が全部払ってしまった。ああ、せっかくの初給料だというのに、すっからかんになってしまった。でも母はそれで満足している。

 家に帰ると、弟が一人寂しく待っていた。そういえば今日は母と2人で出かけてしまったので、弟はずっとひとりきりだ。


「遅いよ~!」

「ごめんごめん!今から夕食、食べるわよ」


 待ちくたびれた弟は、出されたハンバーグとパンを早速食べ始める。そういえば最近は、すっかりショッピングモールでの食べ物ばかり食べているなぁ。

 明日は土曜日で、いよいよ私達は引越しだ。今よりもショッピングモールの近くに住むことになる。ますますこういう食事が増えるだろう。


 そして、その翌日。


 最後の荷物を持って、家を出た。

 ここは、死んだ父との思い出の場所。でも、とうとうその家を離れることになった。私も母も、あの街で仕事をしているし、この家の主も私たちに出て欲しかったようだ。私たちが立ち退いた後、ここにクレープ屋を作るんだそうだ。

 家の前で、しばらく3人はじーっと眺めていた。今日を最後に、もう戻ることのないこの小さな家と離れるのが、少し名残惜しい。この気持ちは私の母の方が強いだろう。なにせ母は結婚して以来19年もの間、ずっとここで暮らしてきたのだから。


「さ、そろそろ行こうか。新しい住処へ」

「うん、行こう行こう!」

「荷物を運び終えたら、ショッピングモールでご飯、買おうか」

「僕はハンバーグ!あと、グラタンも食べたい!」


 新居のあるあの街の門に向かって歩き始めた3人。と、そこに突如、車が現れた。

 背の高い、大きな車だ。ものすごい速さで現れて、私達のところで停車する。


「間に合ったわ!」


 窓が開いて覗き込んできたのは、リリアーノさんだった。


「あれ!?リリアーノさん、どうしたんですか?それにリリアーノさんって、車持ってましたっけ!?」

「違うわよ、これ、マルティーノの車なの」

「そうそう、後ろを開けるから、荷物を載せて!」


 マルティーノさんは車を降りて、私に向かって声を掛ける。そして車の後ろにまわって、後ろの扉を開けている。これ、マルティーノさんの車だったんだ。しかし、帝都の中に車で乗り付けるとか、大胆だなぁ。ここが平民街だからまだいいけど、貴族のお屋敷のあるところだったら、街の事務所まで苦情が来たかもしれない。

 その車の後ろに、荷物をせっせと載せる3人。その後、後ろの席に3人で乗り込む。


「じゃあ、官舎までひとっ走りよ!」


 勢いよく加速するマルティーノさんの車。いや、ちょっと、運転が激しすぎない?この狭い平民街の中を、ものすごい速さで駆け抜ける車。

 あっという間に門に着いて、5人は身分証を提示して中に入れてもらう。

 ところが、門の内側ではさっきまでとはうって変わって大人しい運転に変わる。いや、よく見るとマルティーヌさん、ハンドルから手を離している。門の中では自動運転を使っているようだ。


「ねえ、荷物を運んだら、どうするつもりなの?」

「せっかくだから、ショッピングモールに行こうかって話していたところなんですよ」

「そうなの?じゃあ、一緒に行こうよ。荷物置いたら、そのままこの車で行っちゃうわよ。ねえ、いいでしょう?マルティーノ」

「あはは、いいよ。僕らが一緒になれるきっかけを作ってくれたオルガレッタさんには、これくらいの恩返しはしないとね」


 ああ、あの占いのことを言っているのか。でも私はただ未来を見ただけ。ただそれを、先にリリアーノさんに教えてあげただけなんだけどね。

 官舎に着いて、車から荷物を下ろす。


「じゃあ荷物、ささっと置いてきますね」

「分かったわ。ここで待ってるわ」


 マルティーノさんの車を降りて、官舎となる高層アパートに入る。この高層アパートの15階に、私たちの新しい住処がある。

 エレベーターに乗って、荷物を運ぶ3人。そういえば、私と母は何度か荷物を運ぶためにここにきているが、遅れて入門証が届いた弟は、ここにくるのは今日が初めてだった。

 15階に着き、エレベーターを降りる。1511とかかれた扉を探し、そして、鍵を開けた。

 部屋に入る。そこはまだ新しい部屋。壁にはエアコンがついており、そしてテレビも置かれている。


「うわぁ!なに、この眺め!?」


 弟は窓の外を見て叫ぶ。弟はこんな高い場所に来るのは初めてだ。だから、窓の外の光景に恐怖と歓喜が沸き起こっているようだ。

 ああ、ここが新しい住処なんだ。エアコンのある、テレビも見ることができる、まったく新しい住処。

 父を亡くして数年、私たち家族は、今日よりここで新しい生活を歩み始める。

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