#79 挟撃
私とモレナさん、そしてヒルデガルドさんは、戦艦ヴィットリオに移乗する。
その間にも、連盟軍の他の艦隊が集結しつつあった。その数は、すでに7万隻を超えていた。
一方、白色矮星の向こう側でも、連盟軍が集結しつつあるとの情報が入る。あちらもほぼ同数の艦艇が集結しつつあるようだ。
さて、私は艦橋に到着するやいなや、艦橋にいる人々の「占い」を始める。
どの人を見ても、戦闘開始時の光景がほとんどだった。時間は、2日後の13時24分。ただ、レーダーや熱、重力子、高エネルギーセンサーなど、担当しているものがそれぞれ違うため、出てくる光景は、それぞれ自分の担当のモニター画面だ。私は占いを終えるたびに、その画面に現れる数字や光点をなるべく克明に、隣にいる士官に伝える。それを記録する士官。
5時間以上に及ぶ作業で、50人以上を占った。さすがに私も疲れてしまった。
「お疲れ様ですわ、オルガレッタ殿」
珍しくヒルデガルドさんが労ってくれる。
「でも、あなたのその力が、我が軍に勝利をもたらしてくれるんですよ。名誉なことではありませんか!」
「うん、でもその分、連盟軍の人達が死んじゃうんだよ……それを思うと複雑で……」
「何をためらうのですか!ここでの勝利は、将来の宇宙統一に向けた大事な一戦だと聞きましたよ!ならば、いずれ連盟の人々を救うためにも、あなたはためらってはならないのです!」
と、ヒルデガルドさんに鼓舞されながら、休憩の後も私は占いを続ける。
で、その日1日で120人を占った。ただ占うだけならいいが、その光景を克明に記録するという作業を伴ったため、いつも以上に疲れる占いだ。
士官が記録した情報は、すぐに分析班により解析される。その結果を元に画面に陣形予想図が作られ、それをフェデリコさんはじーっと眺めている。
翌日、フェデリコさんは6190号艦に乗って出発する。どうやら、別の艦隊との幕僚会議に出かけたようだ。
まだ戦いは始まらない。敵艦隊は3000万キロ以上先にいる。あちらも集結中で、動きはない。
キースさんはフェデリコさんと共に6190号艦で出かけてしまったため、私はモレナさんとヒルデガルドさんと共に街に出る。
「いつもより、人が多いですね」
「それはそうでしょう。戦闘前の最後の補給ということで、この第19小艦隊所属の駆逐艦が続々とこの戦艦ヴィットリオに入港して補給作業を行なっているのです」
「でも、映画館は閉まってますね」
「戦闘前ですから、退避する民間人も見えるようですよ。その分、この街で営業している店が少なくなっているようですわ」
私が占いをしている間に、ヒルデガルドさんはこの戦艦でいろいろな情報を集めていたようだ。言われてみれば、いつもより人が多いわりに、空いている店が少ない。
それは、大きな戦闘が近いことを示している。3人もその空気を感じながら、街をあとにする。
3人はホテルに戻る。私とモレナさん、そしてヒルデガルドさんは皆、別々の部屋だ。
私とヒルデガルドさんの主人は、戦闘に参加するため私達とは別々の船。どちらの主人も6190号艦だ。
明日は艦隊標準時10時から、いよいよ作戦開始となる。その前に私達は就寝をとることになった。それぞれの部屋に行く3人。
が、私がベッドに入ろうとすると、ドアの呼び鈴が鳴る。出てみると、モレナさんだった。
「あの、オルガレッタ様……一緒に寝てもよろしいですか?」
「えっ!?あ、はい。いいよ」
モレナさんは戦闘に参加するのは初めて。一人で寝るのが怖くなってしまったようだ。
で、モレナさんと一緒に寝ようとすると、また呼び鈴が鳴る。
次に現れたのは、ヒルデガルドさんだ。
「申し上げにくいのですが……一緒に寝ても、よろしいかしら?」
「あ、はい、いいですよ。ただし、モレナさんもいますけど」
「なんですか、私だけではなかったのですね」
結局、3人で同じベッドで寝ることになった。
3人で寝ていると、ヒルデガルドさんが口を開く。
「みなさん、まだ寝てはいないのでしょう?」
私は応える。
「ええ、帝都の時間ではまだ夕方ですから、なかなか寝付けなくて……」
「そんな理由ではないでしょう。あなたも私も、ある日突然、父親を亡くしているのです。同じことが、再び自分の主人にも起きたらどうしようかと不安で、眠れないのでしょう」
それを聞いたモレナさんは尋ねる。
「あの、その話、本当ですか?お2人共、お父さん、亡くされたんですか」
「まあ、詳しいことは話せませんけど、どちらも何の前触れもなく、急に先立たれてしまったという点では同じですわ」
「そ、そうだったんですか……私なんて、ただ戦闘が怖くて一人で眠れなくなっただけで」
「それも当然、ありますわよ。我が主人が亡くなることも当然不安ですが、私が亡くなり、主人だけが残されたら、その時は主人がどう思うだろうかって、考えてしまいますもの」
「そうですよね……私達だって明日は、戦場の真っ只中。死なないという保証は、ないですからね」
「そういえば、あなたいつか、死んだ人に会ったとおっしゃってましたよね」
「ええ、夢の中ですが、連盟にいた時にお世話になった人が現れて……」
「ええーっ!?オルガレッタ様、そんな体験をしているんですか?」
「うん、そうなの。コーリャさんという人なんだけど、私の目の前で特殊部隊の人に殺されちゃったの。で、その人、ちょうどキースさんに婚約を迫られた日の夜に現れたの。そして……」
「死んだ人は、生きている人の幸せ自慢を聞くために、ずっと天国で待っている、だから、幸せに生きて欲しい。そんなようなことをおっしゃったと、あなた私に話してくれましたよね」
「ええ、そうです」
「だけど、その話を聞いてしまうと、生き残る側は大変ですわ。もしルチアーノ殿が死んで私が生き残ってしまったら、主人を亡くした上に、それ以上の幸せを掴まなくてはならないのですよ。大事な伴侶を亡くして、これ以上どうしろというんですか。せめて2人の間に子供でもいれば何とかできたのですが……そんな話を聞いていたおかげで私、かえって眠れなくなってしまったんですわよ!」
「うう……ごめんなさい……」
「別にあなたが謝ることではありませんわ。ともかく、明日はどちらの主人も、そして私達も無事に生き延びること。そう祈るばかりですわね」
ヒルデガルドさんのおっしゃる通りだ。なんとしても、私もキースさんも、生き残らなくてはならない。でなければ、コーリャさんに顔向けできない。
その話をした後は、不思議と3人ともすぐに寝てしまった。
そして、その翌日。ついに、戦闘の日がやってきた。
艦隊標準時、9時12分。私は起床し、艦橋に入った。ヒルデガルドさんも、モレナさんもついてくる。
「敵艦隊まで、あと800万キロ!戦闘開始まで約4時間!敵艦隊総数、およそ10万!」
私の占い通りの数の連盟艦隊が現れた。まっすぐ、ゆっくりとこちらに向かってきている。
「どうだ、計算通りか?」
「はい、今のところは……」
フェデリコさんと幕僚達の間でも、なにか話をしている。前面の大きなモニターには、敵と味方の艦隊の姿が示されている。
味方もおよそ10万隻。ほぼ同数で、連盟艦隊同様、横一線に広がって前進を続けている。
フェデリコさんは「大勝利」をすると宣言していたが、私のみる限り、いつも通りの正面対決を繰り返すだけのように見える。10万隻という数だが、ただ正面からぶつかり合うだけなら、いつも通りの戦いで済んでしまうのではないか?
地球823でやった時のように、敵に気付かれずに正面以外の方向から攻撃を仕掛けない限りは、大勝利は得られないのではないだろうか?
それとも何か、別の策があるのだろうか?それを知るのは、大事なことをほとんど私に話さない、フェデリコさんの胸の内にある。
「距離400万キロを切りました!警戒ライン、突破!」
「全艦に伝達だ!艦内哨戒、第1配備!」
「全艦に告ぐ!艦内哨戒、第1配備!」
いよいよ戦闘に入ろうとしている。時刻は10時50分。砲撃開始まで、あと2時間と34分。
艦橋内は慌ただしくなってきた。今回は10万隻同士の撃ち合い。いつもより、雰囲気が違う。
「総司令部より入電!全艦、全速前進!」
「そうか、予定通りだな。我々も敵艦隊との距離を詰めるぞ!全艦、全速前進!」
フェデリコさんが叫ぶ。モニター上の艦隊陣形には、徐々に詰まっていく2つの大艦隊を映している。
長い長い時が流れる。と言っても、2時間ほどだが、ピザを食べながら会話してればすぐの時間も、戦闘前の緊張時には長く感じる。
そしてついに、戦闘開始まで、あと5分となった。
「敵艦隊までの距離、32万キロ!」
「全艦に伝達!砲撃戦用意!」
「了解!全艦に告ぐ!砲撃戦用意!」
この戦艦ヴィットリオは駆逐艦群よりやや後方にある。このため、通常は戦闘には参加せず、駆逐艦隊を後方から指揮するために控える。
が、フェデリコさんはこう言い放つ。
「当艦も戦闘態勢!駆逐艦隊の戦闘開始後も前進を続け、射程内に入る。全砲門開け!」
「はっ!全砲門、開きます!」
「砲撃戦用意のまま、当艦も待機!砲撃命令を待て!」
フェデリコさんはやる気満々だ。普段は落ち着いた、母やニコレさんに自分の趣味の服を着せて淡々と楽しむ物静かな人だというのに、こういう時は絶叫し続ける。
そして、そのフェデリコさんが「大勝利する」と宣言した戦いが、ついに始まった。
「総司令部より入電!総攻撃を開始せよ、です!」
「全艦、砲撃開始!」
艦橋内で攻撃開始の命令がこだまする。正面のモニターには青白いビームの筋が、無数に現れた。
だが、こっちはまだ戦闘域に達していない。艦橋内の乗員達の叫び声と機関音が響くだけで、戦闘が始まったという実感はない。
だが、その5分後に、こちらでも戦闘が始まった。
「敵射程内に入ります!」
「よーし、砲撃開始!」
「全砲門!撃ちーかた始め!」
すると、あちこちからドドーンという砲撃音が響く。私はすっかり慣れているが、ヒルデガルドさんとモレナさんは一瞬、ビクッと身体を震わせ、思わず耳を塞ぐ。
「弾着確認!各砲塔補正!効力射!」
「敵ビーム多数、きます!バリア展開!」
と、その直後にはあのビームがバリアをかすめる音が響き渡る。あっちこっちで敵のビームが着弾しているらしい。
「幕僚長殿に意見具申!戦艦を前面に出すのは、得策ではないのではありませんか!?いくら総力戦とはいえ、この艦は相当前に出ております!追撃戦でもないのに前進など……一旦、後退し、射程ギリギリで撃ち合うべきではないかと!」
「大尉殿、この戦いは短時間で終わらせる。だから、多少のリスクは承知の上で前進を続けているのだ。これは、総司令部の決定である!」
「はっ!失礼いたしました!」
幕僚の1人がフェデリコさんに意見を述べていたが、その気持ちはわかる。確かにちょっといつもより前進しすぎだ。
フェデリコさんは、私の占いでこの作戦を立案したと言っていた。だが、いくら戦艦まで前に出したところで、敵の陣形に乱れはなく、いつも通りの戦闘が続いているようだ。
駆逐艦も戦艦も、正面からの攻撃に備えて防御を固めていると聞いた。最近私は、戦闘場面を占う時のために、戦術や戦略の勉強をさせられたので、その辺りのことは知っている。短時間で戦闘を終わらせるのなら、それ以外の方向から攻撃を加えるのが有効だと、その時にも教えられた。
だが、今はどう見ても正面からの撃ち合いをしているだけ。仮にこちらの艦隊で上下左右に回り込もうとしても、敵だって馬鹿じゃない、それに合わせて動き、回り込ませまいとするはずだという。
強引に敵の背後に回り込むのを専門にする艦隊もあるらしいけど、連合側にはそういう艦隊はたったの2つしか存在せず、しかも今回は、その艦隊の派遣は間に合わなかった。
では、どうするというのだろうか?
そんな疑問を持ったまま、私は戦闘の行く末を見ていた。
戦闘開始から、すでに20分が経過していた。互いの距離は、20万キロを切っている。
「第21ドックに被弾!隣の第11砲塔、沈黙!」
「ダメージコントロール!当ブロックのバリアを展開したまま、生存者の救出後、ブロックの閉鎖を行え!」
「ダメです!火災発生!近づけません!」
「やむを得ん……ブロック閉鎖を優先!」
「しかし、それではブロック内の乗員が……」
「火が中に広がったら、手がつけられない!当ブロックは放棄!直ちに閉鎖せよ!」
「りょ、了解!」
やはり、いつもよりも激しい戦闘だ。双方で20万を超える艦艇がここに集まって戦闘をしているのだ。激しくなかろうはずがない。
こちらの船もあちこちが被弾している。被害の報告が次々と入ってくる。だが、フェデリコさんは眉毛一つ動かさず、モニターを見ている。
だが、沈黙を続けていたフェデリコさんが、ついにボソッと呟く。
「そろそろだな……」
そしてフェデリコさんは、幕僚らに向けて指示を出す。
「各周波数で、平文にてこう打電しろ!『ピザトーストを焼きあげろ』と!」
「……は?」
「なんだ!聞こえなかったのか!?」
「いえ、聞こえておりますが、意味がさっぱり……それに、平文で複数の周波数では、敵に傍受されますが、よろしいのですか?」
「構わん!敵にも聞こえるように、直ちに打電しろ!」
「はっ!了解!」
私もぽかんと聞いていた。ピザトーストなんて、そんなものはここにはない。フェデリコさん、何を言っているんだろうか?まさか、とうとうおかしくなっちゃったのだろうか?
が、その電文が送られた直後、変化が現れる。1人の担当が叫ぶ。
「て、敵艦隊上下に高エネルギー反応!数、それぞれ5千!敵艦隊まで、距離30万キロ!」
「上下方向より、敵艦隊に向けて砲撃を開始!艦色視認、明灰白色!味方艦隊です!」
突如、味方の艦隊が5千隻づつ上下に現れた。敵の艦隊を上下から挟み込むように、ビームの雨が降り注ぐ。それを見たフェデリコさんはこう言う。
「トーストとは、上下から挟み込むこむように満遍なく焼き上げると美味しくなるものだ。総勢1万隻の伏兵艦隊で、敵の艦隊をこんがりじっくりと、焼きあげてもらう」
「あの~、でもどうして『ピザトースト』なんですか?」
「貴殿の占いを聞いて考えついた作戦だからだ。だから、貴殿の好きな食べ物の名を入れてある。ただ、それだけのことだ」
モニターを見ると、連盟軍は相当混乱している。いきなり上下からの予期せぬ攻撃で、かなりの艦艇がやられてしまったようだ。かといって、正面にも連合の主力艦隊がいる。上下の艦隊の方に向けば、正面の敵に狙い撃ちされる。
三方を囲まれて、どう対処すべきか分からない連盟艦隊。その混乱する敵を、容赦なく攻撃する連合側の主力艦隊と上下の伏兵艦隊。
「あの~、フェデリコさん。もう一つ聞いてよろしいですか?」
「なんだ?」
「私の占いが、どうしてこの作戦を立てるきっかけになったのですか?」
「簡単だ。貴殿の占いによって、会敵する場所が特定できたからだ。実際の戦闘ではどこで会敵するかなど、実際にあたってみるまで分からない。だが、貴殿の情報でそれが分かった。分かったからこそ、あらかじめ罠を仕掛けることができたのだ」
「はあ、そうなんですか」
「事前に、その場所の近くに電波吸収物資をばらまいておき、それぞれ二手に5千隻の艦艇を配置しておいた。だから、あのような上下からの攻撃が可能になった」
「でも、私はここにきてからも幾人もの人を占いましたけど、あれって意味があったんですか」
「より会敵場所の精度を上げるために、複数の情報を集める必要があった。実際、120人の占いの結果を分析すると、想定よりも2千キロほどずれてることが判明したため、直前で伏兵の場所を移動した。おかげで、ドンピシャで敵の真上に取り付くことができた。見ての通り、敵は予想通りに大混乱におちいっている」
すでに推定で10パーセントを超える敵の艦艇が沈んだようだという。敵はすでに後退を始めている。それを追う連合側艦隊。
だが、30分ほど追撃すると、我々も追撃をやめる。上下にいた艦隊も、主力艦隊の背後へと回り込む。
こうして、20万隻もの船のぶつかり合いが、わずか1時間ほどで終わってしまった。敵は1万4千隻を失ったと、司令部から発表があった。予想以上の戦果である。
一方で、こちらは870隻が沈んだ。そして、戦艦ヴィットリオの40あるブロックのうち、一つが閉鎖された。そこにいた340人の人命と引き換えに。
大勝利だ。確かに大勝利だが、やはり後味が悪い。戦闘というものは、起こらない方が一番だ。そう嘆く私に、フェデリコさんは言う。
「あれだけ被害を与えれば、連盟側は当面は攻める余力はないはずだ。これでしばらくは、この宙域で大規模な戦闘は起こらないだろう」
このまま数年にもわたって、ここで中途半端にだらだらと戦闘を続ける方が、かえって被害が大きい。いっそ大規模戦で徹底的に勝敗をつけた方が、むしろ被害は少なくなるんだそうだ。そうフェデリコさんは私に説く。そう願いたいものである。
朗報なのは、6190号艦が健在だったことだ。ヒルデガルドさんと私は、この朗報に歓喜し、抱き合った。大勢の犠牲者が出たこの戦いで不謹慎ではあるが、ともかく喜ばしいことだ。
こうして、この宇宙でも比較的珍しい大規模な艦隊戦は、我々の大勝利で幕を閉じた。




