#78 大軍
「か、かつて見たことのないほどの数でした!モニター上の数値は10万以上、大きな塊が10以上、それが、横一線に並んで接近していました!」
「場所は!?」
「白色矮星域で、座標値は、ええと……13223、102、5578と書かれていました!」
「日時は?」
「今から4日後の、艦隊標準時13時34分。青いビームの束がモニター上に現れ始めます!」
「そうか。敵の総数は10万以上か……」
今日のフェデリコさんから見えた光景からは、かつてないほどの大軍が押し寄せてくることを示していた。
場所はおそらくいつもの白色矮星周辺域、10万隻以上の艦隊が押し寄せることになっていた。
「実はすでに多数の連盟艦隊がこちらに向かっているという情報が入っている。その規模はまだ掴めてないが……そうか、10万隻とは、大規模だな」
念の為、私は他の幕僚らも占った。それぞれの視点で見たモニターの情報と時間とを突き合わせて、連盟軍の動きを予測する。
すでにこの連盟軍の動きに合わせ、周辺星に招集がかかっている。数が分かった以上、できるだけ多くの艦艇を集めなくてはならない。
「あの……それにしても、10万隻もの艦隊を相手に、大丈夫なのでしょうか?」
「いや、大丈夫だろう。貴殿のおかげで、こちらはあちらの動きを予め読めている。このことは、とても大きなアドバンテージだ。たとえ今回の相手が20万隻でも、我々は勝てる」
フェデリコさんは自信満々に言うが、1万隻の艦隊でも驚きなのに、今度は10万隻だ。この宇宙でも、これほどの艦隊戦は滅多に起こらないと言う。
やっぱり、私がこの星にいることが原因なのだろうか?私の住むこの地球816を奪うため、連盟軍も本気を出してきたというのだろうか?
「いや、そんなことはないだろう。貴殿の存在が全く無関係とは言わないが、元々連盟軍は勢力拡大を狙って大軍を動かすことはよくあることだ。気に病むことはない」
だが、大抵は引き分けに終わって、特に勢力的な変化なしで終わるというのが多くの戦いでの結果であるという。
「とはいえだ。これだけ動きが分かっているのだから、あえて引き分けではなく、勝ちを狙いにいくつもりだ。敵の10パーセントを撃沈し、大勝利を得る。これにより、この宙域での戦闘を減らし、場合によっては近隣の連盟星の連合への寝返りを招くこともある。だから我々は、大勝利を狙うつもりだ」
こう言ってはなんだが、フェデリコさんがここまで自信満々に言うのだから、本当に敵を多数沈めるつもりなのだろう。
通常の戦いでは、だいたい3~5時間戦闘して、お互いが2パーセントの損害を受けるというのが平均的な戦いだそうだ。だから、10パーセントというのは相当な損害だ。それを敵に与えると宣言している。
10万隻いて10パーセントということは、つまり1万隻を沈めると言っていることになる。でも、そんなにたくさん沈められるものだろうか?この星の周りにいる軍船に匹敵する数。1隻あたり100人の人がいるから、つまり100万人もの人命を奪うことになる。そんな恐ろしいことを、フェデリコさんは考えているのだ。
でも、それが本当に実現しちゃったら、私も罪な女だなぁ……私が占ったばっかりに、そういう事態を招き寄せたことになる。
5か月もの長すぎる新婚旅行から帰ってきて、すでにひと月が経っていた。モレナさんを加えて、ますます活気付いてきた雑用係の仕事に明け暮れる私の日常は、この占いをきっかけに急に崩れ去ってしまった。
翌日、帝都司令部宛に皇帝陛下の名で勅命が下される。連盟軍を排除し、この星を防衛するようにとのお言葉である。テレビでも、代理人であるフリードリヒ殿下が、その勅命を読み上げる。
『皇帝陛下の名において、帝都司令部の奮戦に全てを託す!さすれば我が帝国の軍神マルズは、必ずや帝都司令部の兵士達に勝利をもたらすであろう!』
宮殿前広場の壇上で陛下のお言葉を読み上げたフリードリヒ殿下に向けて、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
そして、帝都司令部常駐の300隻の艦艇が宇宙港を次々に発進していく。
「しかし、なんだってオルガまで付いてくることになったんだ?非戦闘員なのだから、何も付いてくることはないのに……」
「フェデリコさんが、戦艦ヴィットリオでも占いをして欲しいと言ってきたの。幕僚の方々は占ったばかりだから、もう光景が見られないんだけど、艦橋に勤務する100人以上の乗員達から見える光景もできるだけ集めて、作戦の精度を上げておきたいんだって」
「そうなのか……だけど、オルガの力をそういう方向に使うなんて……とはいえ、この戦いには負けるわけにはいかないし、複雑な気持ちだなぁ……」
大気圏離脱に向けて上昇を続ける駆逐艦6190号艦の中で、キースさんは私にそんなことを話す。
それにしても私、もう何度目だろうか、戦いに巻き込まれるのは。確かに兵士ではないけれど、いつのまにか戦さ慣れしちゃった。
規定高度に達して、機関をフル回転させて大気圏離脱をする駆逐艦6190号艦。私はその様子を、自室のテレビで見る。徐々に小さくなる地球816の姿をじっと見つめていた。
ところで今回、どういうわけかヒルデガルドさんとモレナさんも付いてきた。
「皇帝陛下の勅命が下されたこの戦いに、元貴族である私が参加せぬわけには参りませんわ!」
「私はオルガレッタ様の影武者ですから、戦闘に行かれるというのであれば、ついていかないわけには参りませんね」
どちらも、別についていく理由としてはやや弱い気もする。ただ単について行きたかっただけじゃないのか?特に、その皇帝陛下の代理人たる皇太子殿下を刺し殺そうとした人物が、こういう時だけ忠義を振りかざすというのはいかがなものだろうか?
「なにもヒルデまで来なくてもよかったのに……」
「何をおっしゃいます。愛する主人と戦場を共に歩むなど、妻としては本懐にございます!」
といいつつ、夫のルチアーノさんと共に部屋に向かうヒルデガルドさん。それを見ていたモレアさんは、羨ましそうに見ている。
「いいなぁ……オルガレッタ様もキース様がいますし、私だけ独り身だなんて……」
「大丈夫よ!ここにはそれこそ独身男性がごろごろいるから、気に入ったのを選りすぐって迫れば、モレアさんだってすぐに良い伴侶に巡り会えると思うよ」
「そ、そうでしょうか?」
と、そこにある人物が現れる。
「そうそう、例えば俺なんてどうですか!?優しくて力強くて、それでいて礼儀正しいこのトニーノに、その清き御心を預ける気はございませんか?」
お調子者のトニーノさんだ。以前会ったことがあるが、この人はどうも……
「……ああいうのは、やめといたほうがいいよ、モレナさん」
この妙な男はほっといて、私達は夕食に向かう。その後、3人の女子にアナリタさんを加えて、4人で風呂へと向かった。
「はぁ~!女子が増えるといいわねぇ!いつもこの風呂場でぽつーんとしていたから、これだけいるともりあがるわぁ!」
「いつも少ないんですか?この船の女性は」
「あと一人、艦橋勤務の人が居たんだけど、最近結婚して子供ができたらしくて、辞めちゃったのよ」
「あらら……じゃあ、アナリタさんただ一人なんですか?」
「ああ、そういえばまだ会ったことないけど、今回から一人増えたみたいよ、女性士官」
「ええーっ!?そうなんですか?」
「といっても、どこの誰か、よく分からなくて……ただ艦長から主計科に、女性用の部屋を一つ準備するよう言われたから、間違いなく増えてるはずなんだけどね」
主計科だから、そういう情報は早い。だが、肝心の名前を知らないらしい。
と、そこに、別の誰かが入ってきた。
「……お邪魔して、よろしいですか?」
「えっ!?あ、はい。いいですよ」
髪は短め、スラリとした小柄なその女性は、おそらくアナリタさんが言っていた新たな乗員だろう。
駆逐艦の浴槽に入る前には、洗浄用ロボットで手早く身体や髪を洗うことになっている。貴重な水を節約するためだ。彼女がロボットに身体を洗ってもらっている様子を、私達はじーっと見つめていた。
で、体を洗い終えて浴槽にやってきたこの女性にアナリタさんが、早速尋ねる。
「ええと、今回からうちの艦に配属された人、だよね……」
「はい。整備科のニコレ准尉と申します」
「ええっ!?整備科!?」
「はい。私は元々、帝都で鍛冶屋の父を手伝っておりましたので、その腕を生かされて整備科に入ることができたのでございます」
「へぇ~っ、じゃあ、帝都の人なんだ」
「はい。帝都臣民でございます。半年ほど前から軍事教練を受けておりましたが、先日、この艦の整備科の人が数名亡くなられたとのことで、その補充要員として配属されてきたのです」
「め、珍しいわね、整備科の女性って。私は主計科のアナリタ中尉、よろしくね!で、こっちは……」
「はい、こちらの方は存じ上げております。元公爵令嬢のヒルデガルド様、そして帝都一の占い師、オルガレッタ様。で、その横は……あれ?こちらも、オルガレッタ様?」
「いえいえ、私はモレナです。オルガレッタ様の影武者です」
「そうでございましたか。モレナ様でございますね。皆様、どうかよしなにお願いいたします」
なんだか堅い感じの人だなぁ。そんなにかしこまらなくてもいいのに……
「ところで、ニコレさんは誰か気になる方、います?」
いきなりそんな話を振ったのは、モレナさんだ。
「ええ、いますよ」
「ええーっ!?そ、そうなんですか!?誰です!?」
「なんといっても、ジャンピエロ艦長殿が、私にとってはもっとも尊敬すべき人物!あの方の采配により、未知惑星に漂着した際もこの艦は難を逃れたと聞きます。あ、オルガレッタ様の旦那様であらせられるキース少佐もそうですね。あのお方の冷静な判断により、現地住人との交渉も上手くいったと伺っております。それになんといってもフェデリコ大佐!あの方の冷静なご判断は……」
だめだ。私達が期待する応えとは全然違うものが返ってきた。「気になる人」を、司令部で尊敬する人という意味で捉えたようだ。恋話が聞けるかもと思っていたモレナさんはドン引きだ。
「ところで、オルガちゃんとモレナちゃんってよく似てるけど、こうしてみるとお胸の大きさは、モレナちゃんの方がぜんぜん大きいわね」
その話題を強引に変えるべく、アナリタさんが突然こんなことを言い出した。
「ええ、そうですね。モレナさん、よくみると私より大きいですね」
私の胸を見せながら、アナリタさんに応える。
「ええーっ!?そ、そんなに変わりませんよ!」
「いえいえ、これならば帝国貴族の殿方の大半の目を引けますわよ」
「いや、そんなことありませんってば!って、なんで触るんですか!?」
「勿体無いわねえ、これほど見事なモノをお持ちなら、そこらの殿方を簡単に落とせそうなものですけど」
「ううーん、あまり触らないでください……恥ずかしい……」
するとニコレさんが尋ねる。
「ちなみに、私のはこのとおり小さいですが、これではやはり、ダメなのでしょうか?」
「いや、ニコレさん。そんなこともないですよ。私の主人は小さい方が好みだとおっしゃってましたから、そういう人もいるってことで……」
「そうなのですか。小さくてもいいと感じるお方も、いらっしゃるのですか」
「ええーっ!?キース少佐殿は、小さい方が好みとおっしゃるのですか!?」
「いや、ヒルデガルドさん!そういう話は、ここだけにしてくださいよ……」
そこにアナリタさんがガバッと立ち上がって、私とニコレさんの腕を引っ張る。
「何言ってんのよ!大きい方がいいに決まってるでしょう!どっちにしてもダメねぇ、オルガちゃんもニコレちゃんも。2人とも、ちょっとこっちへ来なさい」
「はい、なんでしょう……って、なんですか!なに急に揉み始めるんですか!?」
「あ、あの、揉まれると、なんだか変な感じに……」
「こういうのはね、揉んだ方が大きくなるっていうわよ」
「いや、私はいいですって!ニコレさんだけにして下さい!」
「そうですか、揉むと大きくなるんですか……ということはモレナ様、もしかして毎日揉んでいらしたのでございますか?」
「いや、そんなことしないって!何もしなくても、こうなったんだって!」
「あははは!本当かしら!?怪しいわねぇ……」
と、6190号艦内の女子が風呂場でふざけあっている間に、艦隊はワープアウトして、白色矮星域に到達していた。
そこには、敵味方の艦艇が、続々と集結しつつあった。
戦いはまさに、始まろうとしていた。




