#77 帰星
とうとう、この星を離れる日がやってきた。
荷物をまとめる私とキースさん。この星でも、本当にいろいろとあったなあ。
まさか最後に連盟の駆逐艦があらわれるなんて思わなかったけど、あの事件をきっかけに、ますます私の話題が増えた気がする。
『オルガレッタさん、ピザ屋に立ち寄る!』
『カフェの一日店長に、オルガレッタさんが!』
わりとどうでもいい話題まで、ニュースに追っかけられる始末だ。こんなこと取材して、何がしたいんだろう?テレビやネットで流れる私関連のニュースを見て、常に思う。
でも、そのおかげかご近所のお屋敷に住む人達からも声をかけられるようになった。街でも、手を振ってくれる人が増えた。あの元占い店の人達とも、仲良くなれた。
でも、とうとうこの地球122とお別れする日がやってきた。
キースさんの佐官向け研修というのが終了し、地球816に帰ることになったのだ。
「じゃあ、キース、お元気で。私も機会があったら、アドリーナを連れて地球816へ行くよ」
「ぜひ来てください、兄上。歓迎します」
「そうですね、今度は私達が行く番ですよね!聞けば、石造りの監獄があって、断頭台や火あぶりの処刑台など、面白そうものが見られるところですし、ぜひ行ってみたいです!」
アドリーナさんは地球816に興味津々なようだが、処刑台が面白いのかな……私はできればあんなもの、二度とみたくないものだが。
「じゃあ、元気でね、オルガレッタさん」
「わっはっは!この2か月間、楽しかったぞ!」
「はい、お世話になりました」
「それじゃあ父上、母上、兄上、それにアドリーナさん、お元気で」
スフォルニア家の皆に見送られて、私とキースさんは無人タクシーで宇宙港に向かう。宇宙港に着き、通関手続きを終えて、駆逐艦6190号艦のいるドックへと向かうが、途中のロビーでフェデリコさんや母達と合流する。
「オルガレッタ殿、貴殿はこの訪問で随分と有名人になってしまったな」
「はい、そうなんですよ……困ったものです」
「まあ、良いことをした結果でもあるから、気に病むことはない。ところで、貴殿に一つ、知らせていないことがあるのだが」
「なんですか?」
「まあ、艦内に入れば分かることだ。そこでちゃんと話そう」
なんだか、意味深なことを言い出すフェデリコさん。そのフェデリコさんと母に弟2人、そしてコスタさんと共にドックへと向かう。
その駆逐艦6190号艦のドックの前に着くと、ずらりと士官達が整列している。
「英雄、オルガレッタ殿に、敬礼!」
私が現れるや、皆一斉にこちらを向いて、敬礼をする。
「ええ~っ!英雄だなんて……いいですよ、私なんかに敬礼なんてしなくても!」
「いえ、あなたはこのルチアーノの街を守ってくれたお方です!我々全員の感謝の気持ち、ぜひお受け取り下さい!」
「は、はあ……では、いただきます……」
私もたどたどしく返礼する。フェデリコさん、キースさんも返礼して、両脇に並ぶ士官達に応える。
ああ、そういえば私、とうとうモレナさんに会えなかったな。占い店を閉める日以来、いろいろありすぎて会う機会がなかった。最後に一言、挨拶しておきたかったなぁ。士官達の列を見ながら、私はそんなことを考えていた。
そして、駆逐艦6190号艦に入る。ハッチが閉じられ、私達は環境に向かうため、エレベーターへと向かう。
そして、最上階の15階に着く。エレベーターの扉が開くと、目の前に驚くべき人物が現れた。
「お待ちしておりました、オルガレッタ様!」
それは、雑用係のあのピンク色の服装を着たモレアさんだった。
「……あ、あれ?なんで、モレアさんがここに!?」
「私が雇ったのだよ。オルガレッタ殿」
「は?フェデリコさんが?どうして?」
「彼女にしかできない任務がある。それで、地球816司令部付きの雑用係として、採用することにしたのだ」
「なんですか、モレアさんにしかできないことって?」
「貴殿の影武者だ」
「か、影武者!?」
「そうだ。先の侵入した連盟の駆逐艦も、もしかしたら貴殿が狙いだった可能性がある。実際に先日、貴殿が連盟に拉致されたこともあった。これらを鑑みて、貴殿の誘拐に備える必要がある。そこで、貴殿のそっくりさんである彼女を、影武者として雇うことにしたのだ」
「あの、それって、彼女も拉致される恐れがあるということにならないんですか?」
「その通りだ。その分の危険手当は払う。星に帰ったら、貴殿のそっくりさんとしてモレア殿のことを大々的に宣伝する。そうすれば、もし今後、貴殿が見知らぬ人から声をかけられた時は『モレア』と名乗るようにすれば、貴殿にとっても連れ去られる危険が低くなる。そういう効果も狙ってのことだ」
「というわけで、私も地球816に向かいます。よろしくお願いいたします、オルガレッタ様!」
お別れどころか、モレアさんと一緒に仕事をすることになってしまった。ただし、私の影武者だという。嬉しいような、心苦しいような。
まあ、フェデリコさんによれば、めったに拉致誘拐されることは起こりえないから、万一の備えだと言ってくれた。さすがにそうそう連盟軍も、地球816には入り込めまい。そうフェデリコさんは豪語する。
といわれても、つい先日、地球816よりも優れたレーダー網を持つ地球122に、ああもあっさりと敵艦が入ってきてましたけど。あんまり説得力ないなぁ。私は不安で仕方がない。
ともかく、我々は艦橋へと向かった。
「艦長!全員の乗艦を確認いたしました!出航準備、よし!」
「よし、ではこれより当艦は地球816に向けて発進する。機関始動!両舷微速上昇!」
「機関始動!出力10パーセント!両舷微速、上昇!」
ガシャーンという音とともに、この駆逐艦が上昇を始める。周りに見えるたくさんの高層ビル、広い宇宙港に並ぶドックが、徐々に離れていく。
私がしばらく占いをしていた、あのビルのある中心街が見える。あそこでの日々は忙しくもあり、楽しくもあった。様々な思い出が脳内を去来する。
「規定高度に到達!前方300万キロ以内に障害物なし!進路クリア!」
「両舷前進強速!大気圏離脱、開始!」
ゴゴゴゴッというけたたましい音とともに、地球122から離れていく。たくさんの思い出ができたこの星とも、とうとうお別れだ。青く丸いこの星が徐々に小さくなり、やがて見えなくなった。
さて、モレアさんが一緒に地球816に行くというだけでも驚きだったが、さらに驚くべき事実を私は知る。
それは、皆の部屋割り表を見ていた時のこと。
「さて、私とキースさんの部屋はこっちで、モレアさんはその2つ隣ね。お母さんとフェデリコさんとファシリコは、この通路の端にある大きめの部屋で……あれ?」
「どうしたの?姉ちゃん」
「ちょっとあんた!なんだってコスタさんと一緒の部屋なのよ!」
「ああ、俺ら2人、結婚することになったんだ」
「はあ!?結婚!?」
「俺もコスタも、もう16歳だよ。帝都じゃ立派な大人だぜ。文句ないだろう」
「いや、大ありよ!あなた確か以前、イルマさんという女の子と一緒になるんだって……」
「ああ、彼女とは別れたんだ。彼女は数か月前に、父親について行って帝都を出て行っちゃったんだよ」
「そ、そうだったの!?でも、だからって……」
「コスタはいい娘だよ。献身的に働くし、可愛いし、話も合うし。それで俺、彼女が好きになっちゃったから、地球122にいる時に結婚しようって言ったんだ」
「はい、ヘルムート様が、私を絶対に幸せにしてくれるとおしゃるので……私、お受けすることにしました」
「そうだ!ヘルムート!あんた、幸せにするも何も、仕事どうするのよ!結婚するなら、ちゃんと手に職つけないとダメでしょう!」
「実は、帝都に戻ったら俺、グッチオさんの元であの司令部の運搬人の見習いになることになってるんだ」
「えっ!?そうなの!?でもそんな話、いつのまに?」
「いやあ、グッチオさんがリーゼロッテさんと一緒になりたがっているのを知って、いろいろと俺が裏で手を回していたんだよ。その甲斐あって2人が一緒になれたんで、今度は俺が恩を返す番だって、グッチオさんが俺のことを雇ってくれることになったんだ」
「あんた……いつのまにそんなことしてたのよ……」
「てことなんで、じゃあ行こうか、コスタ!」
「はい、ヘルムート様」
なんということだ。姉の私よりも若いうちに結婚を決めて、しかも仕事まで見つけている。侮れないな、我が弟よ。
手を繋ぎながら部屋へと向かう弟とコスタさん。私とキースさんは、唖然とした顔で2人の背中を見送る。
「はあ……あんなに簡単に結婚してもいいものなんでしょうか?」
「いやあ、いいんじゃない?幸せそうだよ、あの2人」
波乱含みの出発だったが、それから1週間は、何事もなく船旅が続く。
ああ、そういえば新しくこの船の乗員となったエツィオさんとは、よくしゃべった。いや、よく作ってもらったと言うべきか。
「やれやれ、戻った早々、哨戒機乗りに階級で抜かれるとはな」
「すいません……」
「いやあ、当然だろう。喜んで、お前の指示を受けてやるぜ!少佐殿!」
「ねえねえ、そんなことよりも、早くスペシャルピザ作って下さい!」
「やれやれ、この嬢ちゃんは俺の飛行機乗りとしての腕より、ピザ作りの腕の方を求めてるようだぜ?」
「そういえばオルガのやつ、あの星であまりピザを食べていないんですよ。そう言う事情もあるんですけどね」
食堂の食材や調理器具を使って、エツィオさんはピザを作ってくれる。航空機乗りとしても凄腕だが、エツィオさんが作るピザは美味い。この船旅では何度も作ってもらった。
そして、補給のために途中、地球823へと降り立つ。ここへは3日間、滞在することになっている。
このまま宇宙で待つのもいいが、そういえばイライアさんやファーブニルさんは上手くやってるんだろうか?心配になったので、この星に降りることにした。
アルバーニョの街にやってきた。この街のそばには、宇宙港が建設中だ。すでに5つのドックがあり、その一つに入港する駆逐艦6190号艦。
簡易の宇宙港ロビーを抜けると、イライアさんとファーブニルさんが出迎えてくれた。
「オルガレッタ!久しぶり!また会えるとはな!」
「イライアさんもファーブニルさんも、元気でしたか?」
「元気だぜ!頂いた新居で、毎日励んでるくらいだからな!」
「励んでるって、何をです?」
「……おめえ、夫婦が励むものって言ったら、あれしかねえだろうが」
顔を真っ赤にして、私の肩をバンバン叩くイライアさん。いや、そりゃあ普通の夫婦なら分かるけど、人間とドラゴンですよ?
「でさ、励んだ結果、できちまったんだよ!」
「なんですか、できたって……」
「おめえ……夫婦の間にできたって言ったら、あれしかねえだろうが!」
またしてもバンバンと私の肩をたたくイライアさん。だが私は一瞬、本当に何を言っているのか分からなかった。
「……ええと、まさかとは思いますが、こ、子供ができた……なんてこと、ないですよね……」
「なに言ってんだ!子供に決まってるじゃねえか!夫婦だぜ、俺たちはよ!」
「ええ~~~っ!!ちょ、ちょっと待って下さい!人間とドラゴンの間に子供って、できちゃうものなんですかぁ!?」
「ああ、なんでもファーブニルのやつ、初めてじゃないらしいぜ、人間との子供を授かるのは。百年くらい前にも、作ってるそうだって言ってたぜ」
「ほんとですか!?でも、どうなっちゃうんですか!?まさかドラゴンと人間の合いの子が生まれるんですか!?」
「まあ、そうだけど、姿格好はほとんど人間らしいぜ。ちょっと身体能力が高いらしいけどさ。それ以外はほとんど人間と変わりないらしいぞ」
「でも、それってつまり、イライアさんが初めての奥さんじゃないってことですよね?いいんですか?」
「まあ、何百年も生きてるんだから、しょうがねえよ。ファーブニルの前の奥さんなんて何十年も前に亡くなったそうだし。しかも、こことは違う世界の話だっていうしよ。あたいだって、こいつにずっと付き添ってやれるわけじゃねえから、あたいが死んだら、また新しい奥さん探すことになるだろうよ。まあ、今が幸せで楽しけりゃいいんじゃねえか?」
うーん、イライアさんがまさかドラゴンとの間に子供を作ってたなんて思いもよらなかった。想像をはるかに超えるカップルのその後に、ただただ驚くばかりだった。
そんな驚愕の地球823を後にし、いよいよ目的地の地球816へと向かう。
私がこの星を出発してから、すでに5か月近くが経っていた。
そして、私の故郷であるその星が、見えてきた。
ああ、帰ってきた。帰ってきたんだ。高層ビルもそれほどなければ、航空機もさほど存在しない、それどころか未だに多くの貴族や平民が古臭い暮らしを続ける、未開の星。
だけど、雑用係や司令部のみんながいる。馴染みの店や多くの知り合いがいる、私の生まれた星。
そんな星に、私はやっと帰ってきたのだ。




