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#75 脇役

「あの……実に申し上げ難いことですが、ズボンのファスナーが開きっぱなしで焦ってる様子が見えます。気をつけられた方が、いいですよ」

「えっ!?そ、そうですか。気をつけます」


 私は今、占いをしている。場所はあの「オルガレッタ式占い店」のあったビルの5階。

 外には、たくさんの人が並んでいる。その店の受付嬢だった人が、その列の整理を担当する。元占い師達は、横で私の写真が入ったマグカップやしおりなどのグッズを販売している。

 あの事件の後、オーナーとその取り巻き達は逮捕された。が、特に私の監禁に加担しておらず、その店で真面目に仕事をしていた受付の人や占い師達は困ったことになってしまった。

 あの店で働いていたことで、悪いイメージがついてしまった。このままでは、他の仕事に就けない。困った……ということになってしまった。

 というわけで、私が少しの間、その店で占いをすることになった。1回あたり10ドル、ただし、1日3時間限定だ。

 私は特にお金が欲しいわけではない。私は十分すぎるくらいの給料を軍からもらっているから、売り上げは全て他の人に譲る。私が受け取るのは、昼食の弁当だけだ。

 ただ、この人たちの悪いイメージというやつを取り除くために、しばらくの間、一緒に働くことにした。私と一緒に働いたとなれば、むしろ箔が付くというからと言われ、そう思いついた。


「あーあ……運命だの、王子様だのと言われたけど、あれ全部インチキだったんだ……私、ハンス様に申し訳ないことしたなぁ」

「そんなことないよ。きっかけはどうあれ、ハンス様も見違えるように仕事熱心になられたし、スフォルニア家も明るくなったし、あれが運命だったのは多分、まちがいないよ」

「そ、そう!?本物のオルガレッタ様がいうんだから、間違いないよね!言われてみればこうして本物のオルガレッタ様に会えたわけだし、やっぱりこれは運命だったのよ!」


 アドリーナさんにとっては、あの占いが偽物と分かってしまったため、押しかけ女房をする根拠が崩れてしまう。だが、そのまま彼女に立ち去られては、せっかく立ち直りつつあるハンス様との関係が壊れかねないところだった。が、私のこの一言で、幸いなことにアドリーナさんはあの通りのままである。

 ところで、この占い店には一応、軍が護衛についてくれている。大勢の人が集まる場所で、しかも私がいる場所がバレているので、誘拐される恐れが高いとして警戒しているのだ。まあおかげで私は、安心して占いができる。

 ところで、あの私のそっくりさんはモレナさんという。今は私の占いのすぐ横で、グッズを売る売り子になっている。

 しかしこの人、本当にそっくりだ。まるで双子のようである。店に見学に来た母や弟も驚いていた。仕事中は同じ服を着ることにしたら、お客さんから並んで写真に撮られることが多い。これも、この店の名物になってしまった。

 だが、当然のことながら彼女は親戚ではない。なにせ、生まれた星からして違う。そっくりなのは本当に偶然なようだ。

 偽占い師をしている頃よりも、今は生き生きと仕事をしている彼女。歳は私よりも一つ下の20歳。私にとっては、まるで念願の妹ができたようだ。


 だが、占い自体の内容は大抵はたわいもないことばかりだ。普通は大きな出来事など、そうそう起きるわけではない。だから、転んだだの、あそこが開きっぱなしだっただの、くじが当たっただの、そういうものばかりだ。これはどこの星でも変わらない。


 だが、今日は少し、変わったお客さんに出会った。

 なんというか、薄暗い雰囲気の女性。別に、機嫌が悪いとか落ち込んでるわけではない。普通の表情なはずなのだが、なんとなく影のある雰囲気の人だ。


「いらっしゃいませ!」

「あの……占いをお願いしたいのだが」

「はい!では、手を出していただけますか?」

「はい……じゃあ」


 私は、差し出された手を握る。そして、目を閉じた。


 ◇


 目の前には、海が見える。よく見ると、そこは崖の上。

 その崖の端に向かって、ゆっくりと歩くこの人。

 すでに目の前は断崖絶壁。一歩でも歩けば、数十メートル下の岩に真っ逆さまだ。

 だが、その人は、その一歩を踏み出してしまう。

 崖の下めがけて、吸い込まれるように落ちていく……


 ◇


 久しぶりにゾワっとくる光景だ。私は思わず、ハッと目を開ける。


「どうした……何かあったのか?」

「あ、あの!今、崖から落ちるところが見えました!そのまま真っ逆さまに落ちて……まさか、自殺なさるおつもりなのですか!?」


 焦る私に、その人は淡々と応える。


「そうか……今度は崖から落ちるのか」

「へ?」

「いや、その前は感電死で、その前はトラックに轢き殺される。その前は首吊りで、ああ、飛行機から落ちるってのもやったかな。あれが一番、怖かった」


 どういうことだ?崖から落ちると聞いても、まるで動じる様子がない。それどころか、それ以前にもとんでもない体験をしていると言っている。

 まさかこの人、不死身?それとも幽霊?私はちょっと、怖くなってきた。


「ああ、すまない。崖から落ちても、別に死んだりはしないから、大丈夫だ。今あなたが見た光景は、演技なのだよ」

「えっ!?演技!?」

「こう見えても、私は役者でね。次の映画ではどんなことをやらされるのかと知りたかったんだ。なにせ、明後日から始まる映画撮影の監督は秘密主義でさ。直前まで役を教えてくれないんだよ。それで、何をやらされるのか、事前に知っておきたくてね」


 つまり、次に撮る映画のシーンを、私は役者視点で見たのか。それにしてもこの人、いつもあんな怖い思いをしているのか?

 すると、モレナさんが思い出したように教えてくれた。


「あ、この方、結構有名な脇役者ですよ!」

「えっ!?脇役者!?」

「はい、ヴァニアさんと言う方ではなかったですか?」

「そうだよ。よく知ってるな」

「はい!確か、いつも過激な役割が多いんですよね。主人公の身代わりに火中に身を投じたり、だれかを守るために自らが犠牲になって助ける、そう言う役柄が多い方なのですよ」

「はぁ~、そうだったんですか!有名人じゃないですか!」

「いやあ、大したことないさ。有名というなら、あなたの方が有名だし」

「いえいえ、役者さんだなんて、とってもすごいことだと思いますよ。頑張って下さい!」

「うん……ありがとう」


 そう言って去って行った、ヴァニアさん。

 それからしばらく占いを続けて、夕方に終わる。本当はもっと早く終えたいところなのだが、いつも人が多すぎて、つい時間超過をしてしまう。

 無人タクシーを呼ぶために、モレナさんと一緒に道沿いを歩いていると、近くのカフェの窓際に、ヴァニアさんが座っているのを見つける。


「ねえ、あそこ、ヴァニアさんがいるよ!」

「あ、本当ですね!行ってみましょう!」


 私とモレナさんは、ヴァニアさんのところに行く。声をかけようとするが、どこか浮かない顔。思わず、声をかけるのをためらわれる。

 すると、あちらが私達に気づく。


「あれ?オルガレッタさん達じゃないか」

「あ……こ、こんにちは!あの、偶然見かけたので、つい……」

「私の隣が空いてるよ。ここでよければ、どうぞ」


 と言うので、私とモレナさんは、ヴァニアさんを挟んで座る。


「はぁ~……」


 だが、ヴァニアさん、ため息をついている。どうしたのだろうか?


「どうかしたんですか?」

「うん、まあ、大したことじゃないよ」

「そうですか?そうは見えませんけど」

「うん……」


 ヴァニアさんはアイスコーヒーを一口飲み、私に語ってくれた。


「私の役柄は、いつも怖い思いをさせられる役目が多いんだ」

「そうらしいですよね。でも、どうして?」

「この通り、私って少し影のある、なんだか不幸を引きずってそうな顔だろう?それで最初は、幽霊や魔物役が多かったんだ」

「そうだったんですか。でも、それがどうして今のように?」

「怖いものの役を演じてたら、怖いことを演じてみたらと言われたんだよ。で、脇役ばかりでウンザリしてたから、挑戦してみた。で、気がつくと、そう言う役柄の役者ってことになってしまった」

「そ、そうだったんですね」

「でも、怖いことは、本当は嫌いなんだ、私。いつもヒヤヒヤしながら演じている。本当なら、一度くらい華やかな主人公をやってみたい。それを夢見て、私はこの世界に入ったんだ。だけど、どこでどう間違えたのか、いつのまにかこういうキャラでイメージが固定されてしまってね。それで、悩んでるんだ」

「そ、そうだったんですね……」


 私も、なんとなく気持ちはわかる。今までに何度も怖い思いをしているから、ああいう思いをもうしたくないって思うのは当然だ。


 だがその話を聞いて、モレナさんが言う。


「でも、ヴァニアさんのような人、大事ですよ!主人公の引き立て役かもしれないけど、私はそういう役の人の方に感動します!」


 突然、力説し始めたモレナさんにヴァニアさんが尋ねる。


「そ、そうかい?でも、大抵は死んでしまう役だよ?それに、映画の役柄と違って、本当は臆病なんだよ、私。だから、情けなくてさ……」

「でも、いいじゃないですか!人間なんだから、怖いと思って当然です!だからこそ、その葛藤ぶりに感動するんじゃないですか!そうは思いませんか?オルガレッタ様!」

「うーん、私も分かる気がする。私だって臆病だし……」

「ええ~っ!?オルガレッタ様といえば、人を襲おうとしたドラゴン相手に気迫で優ったという人だと聞いてますよ!臆病だなんて、とんでもない!」

「いや、それ全然違うよ。ただ私に、そのドラゴンの心を読める能力があって、相手のドラゴンが人との和解を求めてたから、その仲介役になって欲しいって頼まれただけなの。気迫でどうかしたなんてことは、全然ないのよ」

「なんですか、それ?聞いてる話と全然違いますね」

「でも、そのファーブニルさんというドラゴンと、手下のワイバーンのど真ん中に立たされた時は、ほんっっとに怖かったんだから!ああ、みんなして私を惨殺するつもりなんだ……って、そう思うと、身体が動けなくなっちゃったし。ただ、その後にそのドラゴンが私に提案を伝えてくれて、私は他の人にそのことを仲介した。ただそれだけなんだよ」

「じゃあ、あれはどうなんですか?悪の宰相に捕まって、拷問にもめげず、処刑台に堂々と向かったって話は!」

「ああ……あの時のことはもう思い出したくないけど、別に拷問に屈しなかったんじゃなくて、連中が私の口を塞いでしばらく拷問を楽しんでただけなのよ……もう、痛くて苦しくて、口を塞がれていなければすぐにでも屈して、無実の罪でもなんでも認めるから、いっそひと思いに殺してって言いたかったくらい……処刑台で火焙りにされる方がマシだって思うほど、あの時は苦しかったんだよ?だからさっさと処刑台に歩いて行っただけのことだし。でも、あっちでもこっちでもみんな、勝手に美談にしてるだけなんだってば」

「うーん、オルガレッタ様の話も、こうして聞いてると随分と盛られてますね」

「そうだよ~!だから困ってるんじゃない。皇太子殿下や皇女様の命を救ったのは事実だけど、私、実は身分の高い人達に会うのが大の苦手で……いつも変な汗いっぱいかいて、震えながら話してるんだよ」

「なんだか、オルガレッタ様のイメージが崩れちゃいますね。でも、やっぱりオルガレッタ様といえど、人間なんですねぇ」

「当たり前でしょう!私も、もう怖い思いするの嫌だなあ……でも、この妙な能力のおかげで、最近は変な事件に巻き込まれやすいのよ。何とかして欲しい……」

「そういえばつい先日もあのオーナーにつかまって、えらいことになりそうでしたよねぇ。大変なんですね、オルガレッタ様は」


 それを聞いていたヴァニアさんが笑い出す。


「あっはっはっは!」


 それを見た私は、尋ねる。


「あの、ヴァニアさん。そんなに今の話、面白かったですか?」

「い、いや、私もオルガレッタさんの逸話を知ってたから、真実を聞いたら、なんだか自分の悩みなんてちっぽけなものだなあって思ってさ。思わず、笑えてきちゃったんだよ」

「はあ、そうですか」

「正直いうと、オルガレッタさんってもっと活力があって、バリバリ働く活動的な女ってイメージだったけど、実際に会ってみたら、どちらかというと可愛らしい人だったから、初めてみたときは拍子抜けしてたんだ。本当にこの人、ドラゴンたちを気迫で追い出したの?そんなすごい感じしないなあって思ってさ。でも今の話を聞いたら、その初見通りの人なんだなあって分かって、むしろ安心した」


 うーん、間違ってはいないが、なんだか拍子抜けと言われて、ちょっとムッとする。


「でも、そんなオルガレッタさんが、形はどうあれ多くの偉業をやってのけた英雄なのは間違いないよね。その英雄オルガレッタでさえ、実は怖くてビクビクしてるくらいなんだから、英雄でもない私がビクビクしながら主人公の引き立て役に徹するのは、当たり前なんだって。そう思ったらなんだか、気持ちが楽になっちゃった」


 影のある顔はそのままだが、いい笑顔になったヴァニアさん。


「今日は会えて良かったよ。オルガレッタさん。なんだか私、自信出てきた。これからもいい引き立て役を頑張るよ。じゃあ、またどこかで会いましょう!」


 そう言って、ヴァニアさんは去っていった。


「でも、私もオルガレッタ様の本当に姿を知って良かったです。変な話にされるよりも、生身のオルガレッタ様の方が、私は尊敬できるかな」


 そう言った、モレナさんとも別れた。

 名脇役と言われる人の本当の姿を知り、それをなぜか私が励ますことになった今日の出来事。でも、私の真の姿が誰かの励みになったことは、私にとってもいいことだったかな?

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