#73 活力
目覚めたばかりでまだぼーっとしているハンス様は、一体何が起きているのか、まるで理解していない。気絶などしておらず、頭が冴えている我々でさえも、この状況をまったく理解できていないくらいだ。
「……どうやら私は死んで、天国にでもきてしまったようだな。つまり、君は私を天国に誘うための迎えの天使か?」
まあ、この状況の解釈を試みるならば、自分は死んでしまい、全く違う世界に来たのだと考えるのが合理的であろう。通常ならば、まるで起こりえない事態が今、ここで起きている。
「いいえ、王子様、ここはあの世などではありません。私もれっきとした、この世の生きた人間でございます」
「では聞くが、今、私の耳には結婚してくれというような言葉が聞こえたのだが……これは、私の聞き違いか?」
「いいえ、聞き違いなどではございません!確かに私はそう申し上げましたよ、王子様!」
「ところで、なぜ私は王子様なのだ?」
「実は、今日のことを、私はある占いで知っていたのです!私が危ない目にあうところを助ける王子があらわれる、そして私は、その王子と結ばれる運命であろう、と!」
なに?占いだって!?どういうこと?残念ながら、この人は王子様ではなく男爵様だが、危ないところを助けたという部分は当たっている。けど、結婚するなどという先のことまで、どうして見えたのか!?
「なんですか、それは。そんな占い、普通は安易に信じるものでは……」
「いいえ、私は信じます!現に私はその占い通り、あなたに助けられたのですから!ということは、あなたこそ私の王子様なのです!」
なんだか思い込みの激しそうな娘だ。もうすっかりハンス様と一緒になるつもりでいる。
「いや、たまたま当たっただけの占いでしょう。そのようなものに惑わされてはダメですよ」
「いいえ!これは、恐ろしいほどよく当たるとされる『オルガレッタ式占い』で占ってもらったのです!その結果、その通りのことが起きたのですよ!絶対に間違いありません!もう私とあなた様の運命は、決まっていたのです!」
突然、私にとって聞き捨てならない言葉が出てきた。なんだって?オルガレッタ式占い!?
「あの、ちょっと伺ってもいいですか?」
「はい!いいですよ!なんでしょうか!?」
「なんですか、オルガレッタ式占いというのは?」
「あれ!?あなた、知らないんですか!?オルガレッタ様といえば、我が地球122が発見、支援している発見されたばかりの星である地球816に住む超人的な占い師で、ほぼ百発百中、絶対に当たる占い師なんです!なんでも先日、迷い込んだ未知の地球でドラゴンと対峙し、その気迫でドラゴンを従えたという伝説のあるほどのお方なんですよ!」
一体私は、この星ではどう語られているのだろうか?みんな、めちゃくちゃなことを言う。そんなドラゴンを圧迫できるほどの気迫など、私にあろうはずがないというのに……
「いや、アドリーナさん、あなたの目の前にいるこの人が、まさにそのオルガレッタなんですけど」
私と同様、呆れてこの娘の話を聞いていたキースさんが口を開く。するとアドリーナさん、私の顔をまじまじと見つめる。
「あーっ!ほ、ほんとだ!オルガレッタ様だ!ええーっ!?な、なんで!?なんでここにいらっしゃるの!?」
「あの、オルガは私の妻で、そしてそこで寝ているのは、私の兄上だからですよ。事故の知らせを聞いて、皆で駆けつけてきたんです」
「な、なんということ……オルガレッタ式占いで定められた運命を知った私は、オルガレッタ様本人にまでお会いできるなんて……なんという数奇な運命なのでしょう!」
まあ、偶然に偶然が重なった結果には違いないが、どうしてこの娘は、いちいち大げさなリアクションをするのだろうか?
「ま、まあ、運命だの王子だのは置いておき、よかったわね、ハンス。大した怪我ではなくて」
母上様がハンスに話しかける。すると、バツが悪そうな顔をしつつも、ハンス様は応える。
「……申し訳ありません、母上」
「いいのよ、謝らなくても。それに、私なんかよりも、オルガレッタさんに謝りなさい。あなた昨日、この人にあんなひどいことを言ったのよ。でも、結局はオルガレッタさんが言った通りになってしまったわ。でも、そんな彼女もあなたを探すため私と一緒に駆け回っていたのよ。人として、するべきことはしなさい!」
するとハンス様は、私の方を見る。昨日までの不機嫌な顔ではなく、悲しげな顔をしていた。
「……本当に、すまなかった。私もどこか、人の道を外れてしまっていたんだ。あの後、自分で自分が嫌になり、そのまま外に飛び出してしまった。だけど噂通り、あなたの占いは当たってしまった。本当にあなたの占い通り、私は事故に遭うことになってしまった。オルガレッタ殿、そしてキース、本当にすまなかった……」
「い、いえ、いいんですよ!ご無事だっただけでも、本当によかったです」
「そうだよ、兄上。そんな些細なこと、気にしていないからさ」
急に素直になったハンス様に、私とキースさんはなだめる。それを横で聞いていたアドリーナさん、ぽかんとした顔でその様子を眺めている。
「……なんだかよくわかりませんけど、何かあったのですか?」
「いえ、たいしたことではないですよ」
「そうですか。ならば、よかったです。じゃあ、私とハンス様の結婚を了承していただけるということで」
「あのさ!ちょっと待ってくれない!?私は確かにあなたを助けたけれど、それが元で急に結婚だなんて言われても……」
「何をおっしゃいます!運命には逆らえないんですよ!?それとも私、そんなに嫌な女ですか!?」
急に泣き顔になったアドリーナさん。それを見たハンス様は、慌ててなだめる。
「いや、そんなことはないよ!ただ結婚というものは、普通はもう少しお互いを知った上で決めることだから、とまどっているだけだよ!あなたはとても美人だし、元気もあるし、私にとっては申し分ないと思ってはいるよ……」
「ええっ!?そうですか!じゃあ、なんの問題もありませんね!一緒になりましょう!ハンス王子様!」
だめだ、もうどうあがいてもハンス様は、このアドリーナさんと一緒になるしかなさそうだ。
その様子を見ていた母上様はというと、意外にもアドリーナさんを受け入れるつもりのようだ。長らく閉ざされたハンス様の心を開くきっかけを、彼女が作り出したのは間違いない。だから母上様は、アドリーナさんのするがままにさせているようだ。
そこに、父上様も現れた。
「おい!ハンス!大丈夫か!?死んではおらぬか!?」
「あ、はい、父上。大丈夫です。ただ、頭にちょっと切り傷が……」
「なんだと!?えらいことじゃないか!本当に大丈夫なのか!?ちょっと見せてみろ!」
ある意味、アドリーナさんよりも元気な人が現れた。ハンス様にしてみれば、目の前にトラックが現れて、気がついたら病院にいて、急に結婚を決められたり、怒鳴られたり……
結局、ハンス様はたいした怪我ではなく、その日は帰れることになった。
皆で無人タクシーに乗り、屋敷に向かう。
「……で、なんでこの娘がついてくるんだ?」
父上様はやや不審そうにアドリーナさんを見る。だがアドリーナさん、まったく動じることなく応える。
「はい!運命の王子様に、どこまでもついていくつもりです!」
「いや、うちは王族ではない。貴族だ。しかも、男爵だぞ。王子様などではないのだが」
「ええっ!?だ、男爵様だったのですか!?ですが、私にとっては運命の王子様でございます。どうか、よしなに!」
父上様でさえ勢いで押し切ってしまったアドリーナさん。そんな父上様を、母上様が口添えする。そして彼女は、とうとう屋敷にまでついてきてしまった。
いつもならば、夕食に現れないハンス様。ところがアドリーナさんはハンス様を食卓に連れてくる。
「でわでわ、私も夕食にご一緒させていただきます!」
なんて図々しい娘なのだろうか。だが、事故が起きたというのに、予想以上に賑やかな雰囲気となったこの食卓を見て、父上様は上機嫌だ。
「わっはっは!いいぞいいぞ!これくらい賑やか方が、楽しいものだな!これはいい!」
父上様も、アドリーナさんのことが気に入ってしまったようだ。
ややバツが悪そうに現れたハンス様だが、アドリーナさんのペースに乗せられて、一緒に食事をとる。
「ところでアドリーナさん。ご家族には大丈夫なの?」
「あ、そうだ!そうですね、連絡し忘れてました!ちょっと待っててください!」
席を離れ、端っこで電話をするアドリーナさん。
「ああ、お母さん?私今夜、帰らないから!えっ!?そりゃあもう、運命の王子様のお屋敷にいるからよ!えっ!?何馬鹿なこと言ってるんだって!?馬鹿なことじゃないわよ!本当なんだから……」
アドリーナさんが電話をしている間、父上様が私にこっそり話しかける。
「オルガレッタ殿、あとであのアドリーナという娘を、占ってはもらえまいか?」
「はい、よろしいですよ。でもなぜですか?」
「いや、もしかしたらハンスが男爵家の次期当主と知って接近している可能性もある。占いをしてみれば、裏の顔があるかどうか分かるであろう。確認のためだ」
「はい、わかりました、父上様。それとなく、占うことにいたします」
電話が終わり、席に戻ってきたアドリーナさん。ニコニコとした顔で食事を続ける。
「あの、アドリーナさん。あとで私が占ってあげましょうか?」
「ええーっ!?ほ、本当ですか!?嬉しいです!!本物のオルガレッタ様に占っていただけるなんて、感激です!!」
あまり裏がなさそうな感じの娘だな。でもまあ、念には念を入れておいたほうがいい。
というわけで、私は彼女の手を取り、占ってみた。が、現れた光景は、この屋敷の階段から落っこちるところだった。裏の顔どころではない。今のややはしゃぎすぎな性格そのものの姿が占いでもみられただけだった。
「……ということなので、階段には気をつけてくださいね」
「はい!気をつけます!」
でも待てよ?本当にこの娘、この屋敷にとどまるつもりなのか?
夕食が終わると、ハンス様の部屋に押しかけていった。
「ちょ、ちょっと!私の部屋に来るつもりなの!?」
「当たり前じゃないですか!夫婦になるんですから!」
「いや、私は男で、あなたは女。それが一緒の部屋で寝るということは、一体どういう事態を招いてしまうのか、分かっているのか?」
「当然じゃないですか!まさか、私の身体に興奮を覚えないとでもおっしゃるのですか!?」
「い、いや、そういうわけでは……」
「では、なんの問題もありませんね!ご一緒に寝て、やるべきことをじゃんじゃんやりましょう!よろしくおねがいします、王子様!」
この会話を聞いて、母上様は笑いをこらえるのに必死だ。そもそも失恋が元で大きく人生の歯車が外れてしまった兄上様だが、今度は突然現れて王子様と慕う娘の登場に、また人生を変えられようとしている。
「ねえ、兄上様とアドリーナさんだけど、今頃どうしているのかしら?」
私はふとベッドの中で、キースさんに尋ねる。
「うーん、普通に考えれば、こういうことになってるんじゃないかな……」
などと言いながら、私の寝間着を脱がし始めるキースさん。体を弄られながら応える私。
「そうよね……やっぱり、そうなっちゃうよね……」
「でも、兄上、上手くやれるのかな?私のようにこうやって、優しくしてあげられるのだろうか。それとも……」
「ああーっ……あなた……もうちょっと優しくしてちょうだい……」
なんだかちょっと興奮気味だな、キースさん。おかげでいつもより激しい夜になってしまった。
さて、翌朝のこと。
いきなりドドドッという音とともに、目を覚ます。何事だろうか?私とキースさんは着替えて部屋の外に出る。
階段を見ると、痛そうにお尻をさすっているアドリーナさんがいた。私は慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「イタタタ……いやあ、本当に階段から落ちてしまいました。恐ろしいほど当たる占い師、オルガレッタ様のいう通りになりましたよ!やっぱり、すごいですね!」
まだ痛みも治らないというのに、なぜだか嬉しそうだ。階段から落ちて喜ぶ人物など、私は初めてみた。
「おい、大丈夫か!?」
「ええ、たいしたことありません!大丈夫です!それよりも王子様!朝食をとられて、早くお出かけにならないと!」
「えっ!?お出かけ!?」
「だって、次期当主様なのですよね?ということは当然、父上様のお仕事を手伝われていらっしゃるんですよね?それを見送るのが、妻の役目というものでございます!」
「えっ!?あ、ああ、そうだね……」
結論から言うと、ハンス様は父上様とともに仕事に向かう羽目になった。まさに3年ぶりに復帰することになったのだ。
図々しくもハンス様を王子様と呼び、結婚を迫り、夜の寝床にまで押しかけ、挙げ句の果てに職場復帰までさせてしまったアドリーナさん。だが、それまでの負のスパイラルに陥ったハンス様の人生を力づくで変えてしまったこの娘の活力に皆、驚き呆れつつも、感謝しているのであった。




