#72 運命
その晩は、皆で思い当たるところを探し回るが、ついにハンス様は見つからなかった。
その翌日もハンス様は帰らなかった。だが、父上様もキースさんもやるべきことがある。それぞれ、職場に出かける。
そこで探偵事務所に依頼をして、ハンス様の捜索を依頼する。と同時に、私は母上様と共に、思い当たる場所を探してみる。だが、どうしても見つからない。仕方なく、屋敷へと戻る2人。
「本当はこんなこと、オルガレッタさんに話すことでは無いんだけどね……ハンスが、あんな風に変わってしまった理由なんだけどね」
屋敷に戻って、母上様が突然、ハンス様のことを語り始める。
「あの子、以前まではあんな風じゃなかったのよ。キースとも仲が良くて、父の仕事も積極的に手伝う、優しくて闊達な子だったの」
「そうだったんですか。でも、そうですよね、キースさんの兄上様なんですから」
「それが変わってしまったのは、3年前のある出来事なのよ」
「3年前に、何があったんですか?」
「一言で言うとね、フラれたらしいのよ」
「フラれた?誰にです?」
「さあ、私もね、相手は分からないの。でもハンスは、絶対一緒になれると思っていたらしく、意気揚々と告白したそうなのよ。ところがね、相手にあっさりと断られたらしくて、その日からしばらく部屋から出てこなかったの。ものすごくショックだったようね」
「はあ……」
何かあるとは思っていたが、原因はフラれたことだと言う。だが、それだけのことでああも変わるものなのか?
「その時からハンスは、急にいろいろなことに自信をなくしてしまったの。ちょうどその直後に地球816が発見されて、キースが遠征艦隊の一員としてこの星を離れてしまい、一人になってしまったことも大きいわね。で、今に至るまで、心を開いてくれなくなったというわけなの」
「はあ、そうだったんですか」
「しかもキースが結婚したと聞いてから、ますますひねくれちゃってね。自分は不幸だ!って言い出す始末。ほんと、困ったものね。まだまだやり直せる歳なのに」
母上様から、ハンス様の事情を聞かされていたその時だ。母上様のスマホが鳴り出す。
胸騒ぎがする。この光景、まさにあの占いの時に見た光景とそっくりだ。
母上様がスマホに出る。
「はい……はい、そうです。えっ!?ジュリアーノ総合病院に!?はい!分かりました!すぐに行きます!」
母上様の顔が険しくなる。やはり、あの占いで見た事故は起こってしまったようだ。その知らせが今、届いたんだろう。
「大変!オルガレッタさん!ハンスがトラックにぶつかって、病院に搬送されたって!警察から知らせがあったわ!」
「や、やっぱり事故の知らせだったんですか!?」
「ええ……ただ幸い、それほどたいした怪我ではないらしいけど、意識を失ってるそうなの。私、キース達にも知らせるわ!そのあとすぐに病院に行きましょう!」
「はい、母上様!」
努力むなしく、ことが起きてしまった。母上様はキースさんと父上様の会社に連絡する。そして、そのハンス様がいるという病院へと向かう。
病院の入り口で、キースさんと合流する。病院の案内所でハンス様の病室を聞き出し向かう。
病室に着くと、ベッドの上にハンス様が寝かされていた。腕には点滴がつけられ、頭には包帯が巻かれている。
そして、どういうわけかその横には、見知らぬ女性が座っていた。心配そうにハンス様を見つめているその女性。
いや、見知らぬ女性ではない。私はこの女性を見たことがある。水色の服を着たこの女性、間違いない、ハンス様の占いの光景で見た、あの女性だ。
「……あの~、どちら様でしょうか?」
母上様がその女性に尋ねる。すると彼女は応える。
「私、アドリーナと言います!あの、この方が私を助けようとして、代わりにこの人がトラックにひかれてしまったんです!それで私、現場から付き添って、こうして見ているのです!」
「そうなの、あの子、本当に人助けをして、身代わりになったのね……」
「あの、ところで皆さまは一体……」
「今、そのベッドで寝ているハンスの身内のものですよ」
「そ、そうだったのですか!いや、私としたことが、大変申し訳ないことを致しました!このかたに助けられなければ今頃、私がベッドに寝ているところだったんです!ところで、さきほどのお言葉ですと、もしかしてこの方が私を助けることをご存知だったんですか?」
「ええ、まあ、いろいろあってね、事故に遭うことも分かってはいたのよ。でも結局、防げなくて……」
「そ、そうだったんですか!ということはやはり、これは運命だったということなんでしょうか!?」
「えっ!?運命!?」
ハンス様に救われたというこの女性、どうもおかしなことを言い始めたぞ。運命だった?どういうこと?
急に周りが騒がしくなったせいか、気を失っていたハンス様が目を覚ました。
「う、ううーん……」
目覚めたハンス様は、おぼろげな表情で周りを見ている。ここがどこなのか、なぜ、ここにいるのか、どうやら混乱しているようだ。私も似たような経験があるから、分かる気がする。
「気がついたわね、ハンス。あなたが事故にあったと聞いて急いでやってきて……」
母上様がハンス様に声をかけようとするその時、あのアドリーナという娘が突然、ハンス様の手を握る。
「あの!私の王子様!」
なんだって?王子様?この娘、突然何を言い出すんだ?いよいよこの娘はおかしくなったのではあるまいか?
が、次の一言に、一同はさらに凍りつくことになる。
「王子様!私と、結婚してください!!」




