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#71 身代

 翌日。私は屋敷の一室で目を覚ます。見慣れぬ天井に一瞬戸惑うが、ここがキースさんの実家であるスフォルニア家のお屋敷だと思い出す。

 そういえば、ここ最近はずっと駆逐艦の中の狭い部屋での生活が続いた。1週間ほどは戦艦ヴィットリオのホテルで過ごしたが、大半は駆逐艦のあの低い天井の部屋で目を覚ます日々が続いていた。

 地上の、しかもこれだけ大きな部屋で目覚めるのは久しぶりだ。横には、まだキースさんが寝ている。よっぽど疲れているのだろう。私はキースさんを起こさないように、そっとベッドを出て着替える。

 扉をあけて廊下に出る。あくびをしながら窓の外を眺めていると、ハンス様が現れた。


「あ……お、おはようございます!」

「……おはよう」


 挨拶はしたものの、相変わらず不機嫌そうで、そのまま通り過ぎていった。やはり、おっかないなあ……どう見てもこの家の中で浮いた存在だ。どうしてそうなったのだろう?


「おはよう」


 キースさんが出てきた。こちらは上機嫌そのもの。いつものキースさんだ。


「おはようございます。あの、今……」

「どうしたの?」

「あ、いや、窓の外を眺めたらビルがたくさんあって、ちょっと面食らってました」

「あはは、そりゃあそうだよ。ここは地球(アース)122でも最大級の都市で、人口1300万人が住む街だからね」

「ええ~っ!?そ、そんなにいるんですか!?ここに比べたら帝都なんて、ちっぽけなものですねぇ……」


 私は兄上様のことを聞こうとするが、思い留まる。なんだか触れてはいけないもののように思えて、思わずはぐらかしてしまう。

 食事もハンス様はいらっしゃらない。あとで1人でいただくのだという。いつもそうなのだそうだ。


「いやあ、いつも食事といえば2人だけだから、今日は賑やかでいいな!」


 父上様は喜んでいるが、裏を返せばいつもハンス様がいないと暗に言っている。

 ところで、キースさんはというと、ルビアーノ司令部に出勤することになっている。少佐に昇進したため、その昇進に伴ういろいろな教育を受けるためだ。おかげで、ここに2か月は滞在することになる。

 父上様も仕事に出かける。家には私と母上様が残る。

 いや、ハンス様もいる。てっきり仕事に行くのかと思いきや、あの方は仕事にも出かけず、ずっと引きこもっていることが多いのだという。


「あの~、ハンス様、ご一緒に昼食などいかがですか?」

「……いらない。1人で食べる」


 一応声をかけるが、淡々とことわられる。私など無関心だと言わんばかりだ。

 で、母上様と2人で食べるわけだが、やはり母上様もハンス様のことを気にしているようだ。


「ほんの3年前までは、ちゃんと仕事に行って元気に働いていたのに、突然あんな風に閉じこもっちゃってね……」


 と私に話してくれるが、そのきっかけについては話してくれなかった。あまり聞いてはいけない内容なのだろうか?

 その日の夕方。父上様に母上様、そしてキースさんと私がリビングで会話に興ずる。


「はっはっは!そりゃあ、焦っただろう!」

「そうなんですよ。ドラゴンの口から降ろされたかと思ったら、周りをドラゴンとワイバーンに囲まれていてですね。ああ、私、ここで死ぬんだ……って覚悟したものですよ」

「先ほどの処刑の話といい、大変な目ばかりにあっているな、オルガレッタ殿。まあ、この先はキースのやつが上手く守ってくれるだろうて」

「はい、そうします。もう2度と怖い思いをさせないよう、誓いますよ」

「そういえば、オルガレッタ殿は占いが得意なのだよな?」

「はい、そうです」

「ぜひ、わしを占ってはくれぬか?」

「はい、よろしいですよ」

「どうやって占うのだ?」

「あのですね、手を出していただくだけです。手を握れば、この先に起きることを見ることができます」

「ほう、それだけでいいのか。では、頼んだ」


 父上様が手を差し出した。私は手を握り、目を閉じる。


 ◇


 ここは、どこだろうか?建物の中、たくさんの人がいる。

 まるで事務所のようなところだ。おそらくここは、父上様の経営されている会社の中なのだろう。

 そこに、一人の男が走ってくる。なにかメモのようなものを渡している。それを見た父上様は、まるで何かに取り憑かれたように慌てて走り出す……


 ◇


 私は、目を開ける。何が起きたのかはわからないが、とにかく何かが起きたようだ。その様子を、私は父上様にお話しする。


「……うーん、なんであろうな。事故か何かか……」

「音は聞こえませんし、そのメモの文字も読めませんでしたから、一体何が起こったのかまでは……」

「なんであろうな。まあ、私自身が怪我をするというものではなさそうだからよいが、心配ではあるな。まさか、家族のことでなければ良いのだが」

「では、他の方も占ってみましょうか?」

「そうだな、お願いするとしよう」


 そこで私は、母上様とキースさんを占った。が、母上様からは電話何かの知らせを受ける様子が、キースさんからは司令部の士官から何かを聞かされて、慌てて走っていく様子が見えてきた。いずれも、父上様と同じだ。


「……つまり、この2人が怪我をしたり、事故に巻き込まれたりするというわけではないのだな?」

「はい、そうです」

「だが、3人とも何かを知らされて慌てるところを見ると、やはり家族に関することなのだろう。となると、残るは一人か……」


 父上様は、立ち上がって叫ぶ。


「おい!ハンス!」


 大声で呼び出されたハンス様は、渋々リビングに現れた。


「なんですか、父上」

「お前、オルガレッタ殿に今すぐ占ってもらえ」

「は?何をいっているのですか」

「いいから、早く!」

「分かりました。でも、何をすればいいのです?」


 私はハンス様に手を出してもらうようお願いをする。あまり乗り気ではないハンス様だが、父上様の言いつけとあって拒むわけにはいかない。私はハンス様の手を握り、目を閉じる。


 ◇


 ここは、歩道だ。場所はわからない。貴族の屋敷街ではないようで、周りにはビルが見える。

 目の前に、女の人が歩いている。が、この人、どういうわけか妙に浮かれている。足取り軽く、歩道を歩いている。

 が、浮かれすぎたようで、足元に落ちていた石につまづく。が、勢い余って車道に向かって倒れる。

 それを、ハンス様がとっさに手を伸ばし、その女性を支えようとする、すると目の前にはトラックが現れて……


 ◇


 私はハッと目を開ける。どう考えても、助けようとした女性の身代わりにトラックに轢かれてしまったのは間違いない。

 他の家族から慌てる光景が見えたのは、おそらくハンス様のこの事故が原因だろう。ハンス様が事故に遭われた知らせを聞いたに違いない。私はとっさにそう思った。私は今、見たことを皆に話す。

 すると、それを聞いたハンス様が激怒する。


「なんてことを言い出すんだ、この娘め!私が事故に遭うだと!?適当なことを言いやがって!この疫病神が!」


 私を散々罵った挙句、部屋に戻っていった。ドアを勢いよく閉める音が響く。


「うう……でも、本当に見えたんです……そんな光景が見たくてみたわけじゃないのに……」

「わかってるよ、オルガ。この先に起きる出来事を見ただけにすぎないんだ。気にすることはない」


 私をなだめるキースさん。そのキースさんに、父上様が尋ねる。


「なあ、キースよ。オルガレッタ殿の占いとは、どれくらい当たるものなのだ?」

「はい、地球(アース)001から来た専門家によれば、彼女はその人の未来の記憶を見ることができるんだそうです。実際、何も手を打たなければ、確実に起きる出来事が彼女には見えているのです」

「そうか、確実に、か。ということは、ハンスのやつはこのままでは、事故に巻き込まれてしまうというのだな?」

「そういうことになります。オルガが私や父上、母上に見た占いの光景とも、矛盾なく繋がります」

「ならば、ハンスのやつをどうにかして家から出さないようにしなければならないな」

「そうですね。それがいいと思います」

「ちょっと、ハンスのやつに話してくる。何かあってからでは遅いからな。まあ、元々引きこもりだから家を出ることはないはずだが、ここしばらくは外に出ないよう、話しておこう」


 そういって、父上様はハンス様の部屋へと向かう。

 だが、時すでに遅し。いつの間にかハンス様は、部屋からいなくなっていたのだった。

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