#69 離星
「なんだと!?もう一度言ってみろ!!」
ここは戦艦ヴィットリオの中の街にある小さなピザ屋。そのピザ屋の店主の怒声が響き渡る。
ああ、こうなることは分かっていたのに、どうして止められなかったんだろう。私は、この喧嘩の行く末をただただ、見守るしかなかった……
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戦艦ヴィットリオに着くと、イライアさんとフェルピンさんを連れて、ホテルの宴会ホールへと行く。新たに「地球823」と名付けられたこの星との同盟交渉開始記念の式典パーティーへ招待するためだ。
そこはまるで、帝都の社交界のごとく華やかな会場。フェルピンさんは自前の軍礼服で、イライアさんはホテルの仕立て屋で作ってもらったドレスを着て参上する。
それにしても、地球122の仕立て屋のロボットはすごいよね。普通なら注文から1週間以上はかかるドレスの仕立てを、たったの30分で終えてしまう。おかげでこの手の社交用の服を持たないイライアさんでも、1時間もあればこのような場に参加する服装を手に入れることができた。
そこには、あまりに豪華な食事が並び、そして思惑だらけの人物がひしめく。このパーティーの雰囲気に、2人とも面食らっていた。
「我が社は貴星の発展に貢献させていただきますゆえ、ぜひよしなに!」
「我々の持つ技術ならば、すぐにあなた方に快適な生活をもたらすでしょう!ぜひ、我が社へのお口添えを!」
まあ、人の欲というものは、どの星に行っても変わらないものである。私の住む地球816に続いてもたらされた新天地に、地球122の多くの企業が、早速この2人に自社の売り込みをしている。
「はあ~っ、ここが宇宙船の中だなんて信じられないぜ、まったく」
そんな売り込み攻勢に疲れたフェルピンさんが、会場の端に設けられた休憩所にやってきた。私は私で、どういうわけか雑誌社やテレビ局の人がまとわりついてくるため、ここに逃れてきたところだ。
「やれやれ、明日もこの調子なのかね?もうウンザリだよ」
「いえ、今日だけらしいですよ。明日はホテルのすぐ外にある街で買い物を楽しむことになってますから、もうちょっと気軽に過ごせるはずですね」
「そうなのかねぇ。そうだといいんだが」
「じゃあ、占ってみます?」
「ああ、そうか。そうだよな。もし明日もこの調子かどうか、あんたの占いとやらで見えるはずだよな」
「じゃあ、手を出して下さい。占ってあげますよ」
ほんの軽い気持ちで、私はフェルピンさんに占いを申し出た。
まさか、あんな光景が出てくるなんて、この時はまるで考えてもいなかった。
◇
ここは、戦艦ヴィットリオの街だ。しかもそこは、見覚えのある場所。
あの看板。そうだ、あれはエツィオさんの店だ。店の中をみると、エツィオさんがいる。
その横にいるのは、キースさんだ。エツィオさんに何かを話している。おそらく、いつものように軍に戻ってこないかと説得しているのだろう。
と、その時だ。
エツィオさん、突然フェルピンさんに向かって、真っ赤な顔で何かを叫び始めた。フェルピンさんも立ち上がり、エツィオさんのところにずんずんと歩み寄っていく。
ああ、なんだか知らないけど、今にも殴り合いそうな雰囲気、お互い、顔を付き合わせて……
◇
私はハッと目を開けた。額には、汗が流れている。
「おい、どうした!?」
私の様子がおかしいとすぐに察したのだろう。フェルピンさんが私を心配そうに声をかける。
「あの、ピザ屋の主人と……」
「ピザ屋?なんだそれは?」
「街にある食べ物屋です。その店主が以前、パイロットをしていた人でして……」
「その店主が、どうしたんだ?」
「その人とフェルピンさんが、まさに喧嘩するところが見えちゃったんです」
「はあ?なんで俺が、そいつと喧嘩なんかするんだ!?」
「分かりません。が、そういう光景が見えて、それで思わず怖くなっちゃって……」
「分かった分かった!嬢ちゃん、俺はここじゃ喧嘩しねえ。そう心配するなって。大体、俺はここじゃ客人なわけだし、喧嘩なんか売れる立場じゃねえよ」
フェルピンさんは、私にそう話してくれた。だが、私の見た光景は必ず起こる。気が気じゃない。
……と思ってたそばから、懸念していたことが起こってしまった。それは、あのパーティーの翌日のことだ。
私とキースさんは、イライアさんとフェルピンさんを連れて、街を案内していた。
ホテルを出てから、家電屋に雑貨屋などをめぐる。そこにある珍しいものに、2人とも興味津々に眺めていた。
「そろそろ昼食にしましょうか」
キースさんの提案に、皆が同意する。が、やってきたのは、あの小さなピザ屋だった。
というのも、あの星にはピザがないというどんなものか知りたいというので、例のピザ屋に連れてきてしまったそうだ。
まずい、ここはまさに私の光景に出てきた場所じゃないか。私はキースさんを呼び止めようとするが、すでに4人分のピザを注文してしまった後だった。
「さあ、皆さん、これはピザですよ!」
マルガリータなど定番のピザをテーブルの上にずらりと並べる。あの星にも似た食べ物はあるようだが、もっと小ぶりで具も少なく、こういうピザは初めてだという。
「このチーズが濃厚な味で、それでいてこのバジルとかいうやつがチーズのくどさを打ち消している。いや、この食べ物、我が国でも流行るだろうな」
フェルピンさんはエツィオさんの作るピザを絶賛している。こうしてみると、とてもじゃないが私が見た光景は起こりそうもない。昨日フェルピンさんの中で見たあの光景は一体、なんだったんだろうか?
さて、2人の客人がピザを堪能している時、キースさんがエツィオさんに話をしている。
「……というわけで、被弾時に2人のパイロットが亡くなり、我が艦には私しかパイロットがいないんです。我が艦としては、危機的状況なんですよ。我々の元に、戻ってきてはもらえませんか?」
「よせやい。何度言われても、答えは一緒だ。あんなパイロットを大事にしねえ艦隊になんざ、俺は戻る気は無いぜ」
ああ、いつも通り断られるキースさん。ところが、それを聞いたフェルピンさんが放った一言が、その場を一気に緊張状態に落としいれる。
「なんだ、元飛行機乗りのくせに、仲間を見捨てるのか」
それを聞いたエツィオさんは、ムッとした顔で応える。
「お客さんには、関係のない話ですよ」
それを聞いたフェルピンさんは切り返す。
「まあ、そうだけどよ、にしてもこの星の飛行機乗りは薄情なんだなあって思ってよ」
それを聞いたエツィオさん、ついに爆発する。
「なんだと!?もう一度言ってみろ!!」
「なんだ、聞こえなかったのか?この星の飛行機乗りはなんて薄情なんだっていったんだよ!」
思わぬきっかけで、まさに占い通りの事態に陥ってしまった。睨み合う2人。フェルピンさんは、エツィオさんのいるピザ屋のカウンターに向かって歩いていく。
キースさんも、まったく予想外の事態に凍りついてしまう。私はこの事態が起こることを知っていながら、どこか油断してしまった。一触即発、このまま両者が引き下がるとは思えない、そういう雰囲気で2人は顔面を近づけて睨み合う。
しばらくにらみ合ったのちに、フェルピンさんが言った。
「……10年前のことだ。俺の国が隣国に攻められたんだよ」
「……それがどうした」
「敵に劣る戦闘機しかない国でよ、大勢の飛行機乗りが集まったが、たくさん散っていった。だが、その中でしぶとく生き残った連中が、なんとか敵をはねのけたんだ。おかげで、わが連合王国は戦争に勝利。だれもが、明るい未来を夢見たよ。それは俺ら飛行機乗りも同じだったんだが……」
「……もしかして、排除されたのか?」
「おうよ。戦争に勝った途端、多すぎる飛行機乗りは次々に予備役に回された。まあ早い話が、クビだ。せっかく国のために戦って勝ったって言うのに、明日食べるものに困るほど困窮しちまった。俺は幸い、エースということで軍に残ったが、多くの飛行機乗りの生活は悲惨なものだったよ」
「だろうな。どこも同じなんだな、パイロットの扱いはよ」
「だが、4年前のことだ。王国の交通の要衝であるアルバーニョの街の周辺に、突然空を飛ぶ化け物が多数現れた。恐獣と呼ぶその化け物は、俺らの戦闘機の機関銃がまるで効かねえ厄介な相手だ。次々に戦闘機が落とされてよ、困り果てた国は予備役を招集したんだ」
「ムシのいい話だな。戦争が終わったら用済みだと捨てたくせに、困ったから来てくださいて。通るのかよ、そんな話が!」
「ところがよ、これがたくさん集まってきたんだよ。遊覧飛行の飛行士をやっていた者、田舎で畑を耕していた者、妻をめとり新しい生活を始めていたやつもいた。だが、みんな街の危機に馳せ参じたんだ」
「……」
「そうやって馳せ参じた一人が言った。誰かが俺たちを必要としている、それだけで俺たちは空を飛ぶんだ。金のために飛ぶんじゃない。そう言ったそいつは結局その後、恐獣の尾に叩き落とされたんだけどよ、そいつが戦ったおかげで、何十人もの人が救われたんだ」
「……そうか。そりゃあ、気の毒なこったな」
「別に気の毒なことじゃねえよ。そいつは命をかけて誰かを助けられたんだ。きっと本望だろうよ。今頃、天国で笑ってこっちを見ているはずだ。俺はそう、思っているがね」
「……そうか」
「困っている奴がいたら、何もかもかなぐり捨ててすぐに助けに行くのが、この星の飛行機乗りなんだよ。まあ、それでさっきのあんたの言葉を聞いてついカッとなって、あんなこと言っちまった。よく考えれば、あんたにはあんたの信条があるんだよな。申し訳ねえ。忘れてくれ」
フェルピンさんはエツィオさんの肩をポンと叩いて、席に戻ってピザを食べ始めた。エツィオさんも、再び仕事に戻る。
私とキースさん、そしてイライアさんも、黙々とピザを食べる。
そんな一件があったのち、迎えの駆逐艦が来たとの連絡があって第1番ドックに向かう4人。
「あっ!しまった!」
イライアさんが叫ぶ。
「ど、どうしたんですか!?」
「そういや、ファーブニルのやつにお土産買っていくの、忘れていた!」
「ええーっ!?そうだった、そういえばお土産買ったほうがいいって私、言っちゃいましたよね」
「ああ~っ!ファーブニルのやつ、悲しむだろうなぁ……」
すでに駆逐艦に乗り込み、発進準備が整ってしまった。今さら、戻ることなどできない。が、キースさんが思い出したように応える。
「ああ、そういえばイライアさん。実はですね……」
さて、駆逐艦6189号艦が地上についた翌日のこと。
イライアさんとファーブニルさん宛てに、巨大な「お土産」がやってきた。
それは、2人のための家。元々は倉庫用の建物だが、そこに特注の布団を備えて地上に降ろされてきた。
冷暖房完備で、この星の倉庫よりも快適だ。2人、いや、1人と1匹が喜んだのは、言うまでもない。
そんなこんながあって、さらに1週間が経った。
この星域についに第2遠征艦隊が到着し、引き継ぎも終えて、いよいよ私たちがこの星を離れることになった。
すっかり修理されて綺麗になった駆逐艦6190号艦が、私達を迎えるためアルバーニョの街の広場に降り立っている。
そこでは、ちょっとしたセレモニーが行われていた。
「この星の未来のために貢献してくれた彼らだが、ついにこの街を、この星を離れることになった。だが、またいつか、この街に来てくれ!その時はもっと賑やかな街になって、あんたらを迎えてやるぜ!」
ファーブニルさんの肩に乗って叫ぶイライアさん。この世にも奇妙な組み合わせのカップルによる送別会が続く。
その空に、イスパーノ2型というレシプロ機が現れた。
ものすごい速さで、我々の真上を通り過ぎたかと思ったら、急上昇してくるりと旋回。そのまま下降に転ずる。
あわや地上に激突か!?と思ったらすれすれを飛んでまた上昇する。なかなか心臓に悪い飛行をしてくれる。あれはこの街で1番のベテランパイロット、フェルピンさんの飛行だ。
ところが、その後ろから猛然と迫ってくる航空機がある。
速い、いや、速いなんてものじゃない。あっという間に目の前を通り過ぎたかと思ったら、バーンという叩きつけるような音が響いてきた。
そのままゴォーンという爆音を立てながら、ものすごい速度で上昇し、くるりと下降に転じて地面ギリギリまで迫って水平飛行に移る。さっきのフェルピンさんの飛行を十倍くらい早くしたような操縦だった。
その航空機は急に速度を落とす。それは真っ黒な複座機、操縦するには復帰したばかりのエツィオさんだ。
その後ろから、キースさん操縦の哨戒機が現れる。先頭にフェルピンさんのイスパーノ2型戦闘機、その左右に複座機と哨戒機が並んで飛んでいる。
それを見た地上の人々は、その見事な飛行に拍手をして応えていた。街の上空を何度も回る、3機の航空機。
今日、私達はこの星を離れる。予定より1か月ほど遅れて、本来の目的地である地球122へと向かうためだ。
それにしても、エツィオさんが航空隊に戻ってくると言い出すなんて、思いもよらなかった。私の占いでは、てっきりエツィオさんとフェルピンさんが殴り合いの喧嘩でも始めるのではないかと思っていたが、そんな2人が今、街の上空で並んで飛んでいる。ほんと、私の占いの先に何があるかは、私自身もまったく読むことができない。
その日の夕方に、駆逐艦6190号艦は広場を離陸する。いろいろな出来事があったこの地球823を後にした。私は、艦橋の窓から街が見えなくなるまでじっと見ていた。
そしてついに私は、地球122へと向かった。




