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#68 迎撃

 大気圏離脱時のイライアさんは、興奮気味だった。

 てっきりあのうるさい音でビビるかと思いきや、青く丸い自分の住む地球(アース)の姿が真横を流れるのを見て感嘆していた。


「地面が丸いとは聞いていたけどよ、上から見たらあんなに雄大で、透き通るような青色をしているものだとは思わなかったぜ!だがそんな地球が、まるで芥子(ケシ)粒みたいに真っ暗なこの空間に吸い込まれていくんだよな!すげえところだよ、宇宙ってのはよ!」


 どうやらでっかいものが好きな性格のようだから、この果てしない宇宙を目の当たりにして感激に震えているようだ。でっかい恋人への、いい土産話ができたことだろう。

 で、離脱後はしばらくすることがない。戦艦ヴィットリオはすでにこの星域の小惑星帯(アステロイドベルト)にいるというし、そこまで半日の行程。その間は、いつものように食堂で時間を潰す。


「ええ~っ!?あなたが『恐ろしく当たる占い師』のオルガレッタさんなの!?私、お会いしたのは初めてです!ぜひぜひ占ってください!」


 そういえば、ここはいつもの6190号艦ではなかった。僚艦の6189号艦で、乗っている人の多くが初対面だ。


「お前、結構有名なんだな。やっぱり、あの占いのせいか?」

「あはは、そうですね。その占いのおかげで、今までいろいろとあったので……」

「あたいを占った時も、実際にその通りのことが起こったよな。ほんと、話のまんまのことが起きて驚いたぜ。でも、まさかその時に出会った恐獣と、あんな関係になれるとは思わなかったけどさ」


 そういえば、イライアさんを占いでみた光景通りに、ドラゴンが街に降りてくるのをイライアさんも見ることとなった。私の占いが現実になる場面に直面し、イライアさんも私の占いのことを理解してくれる。だが、それがその後、まったく予想もつかない方向に事態を向かわせるきっかけになる。占いのその先にあるもの、それは占い師の私でも分からない。


「ヘえ~っ、フェルピン少佐殿は、レシプロ機乗りなんですか!」

「おうよ。落としたのは恐獣だけじゃないぜ!俺は、ちょっと前の大戦では、37機を撃墜したエース級なんだぜ!」

「すごいですね!私もあのイスパーノ2型っていう戦闘機を間近で見せてもらいましたが、ものすごい迫力ですよね!ここの哨戒機なんて、あれに比べたらなんて貧弱なものですよ!」


 フェルピンさんが数人の乗員らに囲まれて、ここの航空機の話で盛り上がっている。しかし、哨戒機パイロットのキースさんがすぐ横にいるというのに、ここの乗員は言いたい放題だな。もっとも、キースさんは特に気にする様子もなく、紅茶とパンケーキを静かに食べている。


 とまあ、こんな具合に食堂では、私とイライアさん、そしてフェルピンさんを中心に盛り上がっていた。

 間もなく、戦艦ヴィットリオに入港するという艦内放送も入ったところだ。

 と、その時だった。突然、けたたましいサイレンとともに、艦内放送が入る。


「敵艦隊、捕捉!数、およそ100!無線封鎖、重力子封鎖しつつ、この星域の地球(アース)に接近中の模様!司令部より、直ちに迎撃体制を取るとの命令あり!各員、配置につけ!」


 なんてことだ。連盟艦隊がやってきたらしい。まるで、この星に遭難する前の状況によく似ている。


「艦内哨戒、第1配備!ヴィットリオへの入港は中止だ、これより迎撃態勢に入るぞ!」


 突然、食堂に入ってきた人物。よく見るとそれは、フェデリコさんだった。


「あ、あれ?フェデリコさん?どうしてここに?」

「哨戒機に乗ってこっちに移乗した。この艦で、この宙域にいる300隻の指揮をとる。おそらく敵は、我々の存在には気づいていない。駆逐艦隊のみで接近し、これを叩く!」

「いや、あの、ここには客人もいるんですけど……」

「時間がない。やむを得まい。敵は100隻で、こちらの3分の1の戦力が相手だ。乗せたままでも大事無いだろう。すぐに出撃する!」


 食堂にいた他の乗員は起立、敬礼する。そして、持ち場に向かって走っていった。


「あの、フェデリコ大佐。私の乗機はここにはありません。私はどうすれば……」

「キース大尉は、オルガレッタ殿とともに客人のそばで待機。戦闘状況の説明などを任せる」


 この私にも戦闘状況の説明をしろと言ってくる。相変わらず無茶だなあ。そんなこと、私ができるわけがない。キースさんにお任せするしかない。

 さすがは軍人であるフェルピンさん、早速、キースさんに尋ねる。


「なんだ!?敵が迫ってきているのか!?」

「はい、連盟側の駆逐艦が100隻。少数の艦隊なので、おそらくは偵察部隊ではないかと」

「100隻で少数なのか……で、どうするんだ!?」

「偵察とはいえ、侵入を許すわけにはいきません。この宙域にいる300隻全軍で、これを叩くようです」

「100対300か……」

「我々の戦い方をみるいい機会になると思います。少し危険ですが、お付き合い願えますか?」

「分かった。見させていただこう」


 キースさんとフェルピンさんはその後も、これから起こる戦闘について話し合っている。

 が、民間人のイライアさんとなると、そう冷静ではいられない。


「おい!戦闘なんて聞いてないぞ!どうなってるんだよ!?」

「いや、私だって困ってるんですよ。また戦闘だなんて……」


 イライアさんはというと、戦闘と聞いて慌てている。私も質問ぜめだが、私だってこれからどうなるかだなんて、分からない。

 ともかく、こっちは相手の3倍いるので、大丈夫だと答えておいた。あまり満足してはいないが、それ以上私に戦闘のことを尋ねてくることはなくなった。

 でも、招待といって連れて来たのに、いきなり戦闘に巻き込まれることになった。私だってそんな話は聞いてない。こっちも抗議したいくらいだ。

 だが、敵はずんずんと迫っている。もはや、戦闘は不可避だ。私は状況を確認するため艦橋に出向いた際、フェデリコさんからそう言われた。

 ただ、あちらは我々の接近に気づいていないようだという。こちらは小惑星帯(アステロイドベルト)に潜んでいたため、察知していないらしい。このままいけば、かなり楽な戦いになるだろうとフェデリコさんは言う。


「なぜ、こちらが探知されていないとわかるんです?」

「もしこちらを探知しており、3倍の数の我々が徐々に接近していることを知っていたら、普通は全力で逃げるはずだ。まだ逃げる気配がないところを見ると、我々がやつらを追尾していることをまだ知らない」

「でも連盟軍も、我々に気づかれているとは思ってないんですよね」

「無線封鎖、重力子も封鎖した状態で、しかも100隻。普通なら見つからない。貴殿が以前、連盟に捕まった時も、やつらは同じ方法で地球(アース)816に侵入してきた。だが今回は運良く、哨戒艦の監視に引っかかったのだ。この広い宇宙で、本当に運が良かった」

「あの艦隊を、どうするんです?」

「せっかくの機会だ。完膚なきまであの艦隊を叩きのめす。場合によっては、全滅に追い込んでやる。さもないと、敵はこの先味をしめて、さらにこの星に偵察隊を送り込んでくるだろう。場合によっては、一個艦隊を送り込んでくることもある。芽は小さいうちに摘まないと、敵の増長を誘発してしまうことになりかねない」


 それにしても、連盟側はもうこの星の存在に気づいたんだ。我々がフェデリコさんから発見されてまだ2日しか経っていないほどなのに、どうやってこの星の存在を知ったのだろうか?


「ただ、こういう言い方をしては不謹慎だが、この星の客人に実際の戦闘を目の当たりにしてもらうのは、幸いかもしれないな」

「……どういうことです?」

「宇宙には、恐ろしい敵がいる。早く自分達の星も備えなければならない。そういう意識を植え付けるには、実際に戦闘を見てもらうのが手っ取り早い。それに……」

「……なんですか?」

「貴殿ならわかるだろう。我々の砲撃音に、敵ビームが着弾した時のあのバリア衝撃音。宇宙の戦闘に慣れていない者にとっては、かつてない恐怖を感じるはずだ。その恐怖が、ますます意識向上に役に立つというものだ」


 なんだかフェデリコさんから冷淡なものを感じる。目的のためには手段を選ばないというか、時々、そういう雰囲気を醸し出すな、この人。

 そんなフェデリコさんでも、私の2人目の弟であるファシリコをあやす時は、優しい父親の顔をしているんだけどな。あの赤ん坊の前のデレデレとしたフェデリコさんと、今の冷淡な意見を述べるフェデリコさん。どちらがこの人の本当の姿なのだろうか?


「現在、敵艦隊までの距離40万キロ。我々は敵艦隊の左後方から接近中、あと1時間で射程内に入る予定です」

「よし、分かった。戦闘直前になり次第、客人らにもこの艦橋に来てもらおう」

「えっ!?フェルピンさんはともかく、イライアさんにも見せるんですか?」

「そうだ」

「……やめといた方がいいと思いますよ。私も、トラウマになりそうでしたし」

「いや、民間人だからこそ、食堂で砲撃音を聞くだけよりは、まだ外の事情の見える艦橋でその戦闘を見る方がいいだろう。見えないものからの恐怖の方が、むしろトラウマになりやすいものだ」

「そういうものですかねぇ……」


 それから、1時間ほどが経過した。私とキースさん、そしてフェルピンさんとイライアさんが艦橋に呼び出された。


「敵艦隊までの距離、光学計測で30万キロ!射程内です!」

「もう少し引きつける。発光信号にて伝達!砲撃待て!」


 いよいよ戦闘が始まりそうな雰囲気だ。半数は無言だが、艦橋内はピリピリしている。


「敵艦隊まで、さらに接近!29万キロ!」

「電波管制解除!全艦に伝達!砲撃戦用意!1バルブ装填!急げ!」

「電波管制解除!レーダー、作動します!敵艦隊、捉えました!距離29万キロ!敵艦隊、回頭を始めました!こちらに気づいた模様!」

「敵に態勢を整える余裕を与えるな!全艦、砲撃戦用意!目標、敵艦隊中央!」

「全艦、砲撃戦用意!繰り返す!全艦、砲撃戦用意!!」


 フェデリコさんの号令に従い、電波管制が解かれる。その瞬間から、艦橋にいる全員から報告が次々に飛び交う。一方、2人の客人はというと、その慌ただしい雰囲気に圧倒されて、ただじっと見るしかないようだ。


「全艦、装填完了!」

「よし!全艦、撃ち方始め!」

「うちーかた始め!」


 フェデリコさんの号令の後、あの雷音のような腹に響く音が鳴り始める。と同時に、目の前で青白いビームが眩く光る。

 虚空の闇の中、1点に向かって吸い込まれるように伸びるビームの帯。その先では、光の点がいくつも光る。

 あれは、連盟艦隊の船が被弾したか、それともバリアではじき返したか、どちらかの光だ。艦橋内で、乗員の一人が叫ぶ。


「初弾命中!およそ20隻撃沈!なお、敵艦隊の大半は回頭終了!撃ってきます!」

「こちらは敵の3倍以上だ!このまま数に任せて押し返せ!各艦、砲撃続行!」


 いつものように反撃がきた。今度はこちらだけでなく、向こうからも無数の青白いビームが飛んでくる。

 それはそれで恐ろしい光景だ。なにせ、あれ一本で帝都の半分が灰になるほどの威力を持つ。そんなものが、この艦のギリギリを通り過ぎるのだから。

 だが、敵は態勢を崩したままだからなのか、あるいは数が少ないからなのか、いつもに比べるとなかなか命中しない。いつもならすぐにあのバリアにビームが擦り付けられる時のギギギギッという不快な音がするものだが、今回は静かに横切るビームばかりだ。こちらの砲撃音だけが、艦橋内に響き渡る。いつもより、穏やかな戦闘である。と言っても、フェデリコさんの持つカップの水の水面がブルブルと震えるほどの音が鳴り響いているのではあるが、これが穏やかと感じてしまうとは、私も戦さ慣れしたものだ。

 数分後に、ようやく一発飛んできた。


「直撃弾、来ます!」

「砲撃中止!バリア展開!」


 あのギギギギッという不快な音が響き渡る。いつ聞いても嫌な音だが、初めて聞いた頃に比べたら、私も随分と慣れた。

 が、慣れていない2人がここにいる。フェルピンさんは軍人で、しかもあのレシプロ機というやかましい航空機を操っているだけに、まだそれほど驚いてはいない様子だが、イライアさんはその音に驚愕して、私にしがみついてきた。


「ひぇーっ!なんだ今のは!?」

「敵のビームの直撃弾ですよ。大丈夫です。バリアが全て弾き返してくれましたよ」

「お、お前、よく冷静でいられるな。あんな戦闘を、しょっちゅうしているのか?」

「いえ、私もまだ4度目くらいですよ。でも前回はバリアが間に合わなくて、本当に被弾しちゃいましたから、それに比べたらこの程度の音、なんてことないですよ」

「そ、そうなのか?」


 あの豪胆なイライアさんが珍しく怯えている。私にしがみついたままガタガタと震えているのが分かる。うーん、やっぱり民間人に戦闘を体験させるのは良くないなぁ。これは絶対、トラウマになりそうだ。

 いや、待てよ?よく考えたら、私だって民間人だ。だと言うのに、気がつけばもう4回も戦闘を経験していることになる。これって、あんまり良くないことじゃないのか?もしかして、そのことを給料の大幅増額でごまかそうとしていないだろうか、フェデリコさんよ。

 それはともかく、フェデリコさんのいった通り、今回はたいした戦闘にはならなかった。20分もすると敵艦隊の大半は撃沈され、残りは降伏した。そこで戦闘は終了。生き残った連盟の艦艇は34隻。全て、我が艦隊に拿捕された。

 一方で、我が方の損害は1隻のみ。しかも、片側のエンジンをやられたのみで、撃沈ではないらしい。まさに大勝利だ。

 だけど、私は連盟の人達と交流したことがある。彼らを敵と呼び、それを倒して大勝利と呼ぶことには、やはり抵抗がある。本当ならこんな戦闘、起こらないことが一番いい。この艦内で私だけが、亡くなっていった連盟軍の人達のことを想う。


 ともかく戦闘が終結したので、ようやく駆逐艦6189号艦は戦艦ヴィットリオに入港することになった。再び、小惑星帯(アステロイドベルト)に向かって航行する。

 今回も当然、尋問のために連盟軍の将兵を数人捉えて、その後連盟側に帰すことになっているが、その連盟の人物と私との接触は固く禁止された。前回の反省を踏まえての措置だ。だから私は、戦艦ヴィットリオの艦橋付近への立ち入りが禁止ということになった。

 まあ、あまり行きたい場所でもないし、ちょうどよかったかな。

 それよりも、戦闘ですっかり怖気付いてしまったイライアさんを元気付けるために、街で美味しいものでも食べよう。いつものあのピザ屋に行こうか。入港の風景を見ながら、私はそんなことを考えていた。

 そして駆逐艦6189号艦は、戦艦ヴィットリオへと入港する。

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