#67 合流
「対艦距離1200、艦隊、まもなく停止します。戦艦ヴィットリオの第35番修繕用ドック、6190号艦の受け入れ準備完了!6190号艦、直ちに離陸し、35番ドックへ入港せよ」
「6190号艦より戦艦ヴィットリオへ。了解、直ちに離陸し、修繕用ドックへと向かう」
上空に、300隻の艦隊と、戦艦ヴィットリオが現れた。アルバーニョの街の上空は、駆逐艦と戦艦で埋め尽くされてしまった。
その様子を、私とキースさんはにこやかな笑顔で見ている。待ちに待った艦隊との合流。このまま見捨てられて、この星で暮らすことになるんじゃないかと覚悟していただけに、艦隊の出現は私達にとっては最高の朗報だ。
だが、さすがにこの街の人には刺激が強すぎた。ただでさえ大きな駆逐艦が、300隻も上空を埋め尽くしている。それに加えて、全長3700メートルの戦艦の来訪である。まるで島が一つ空を飛んでいるようなものである。
だが、戦艦ヴィットリオは6190号艦を収容し次第、すぐに大気圏を離れる。一時的にここへ寄っただけだ。
初めて見るこの艦艇群と巨大戦艦の姿に、アルバーニョの街の人々は皆、驚愕の眼差しで空を仰いでいた。
私の横では、イライアさんとファーブニルさんが戦艦を見て、口を開けたまま何も言わず眺めていた。
ドラゴンが驚く様子というのを、私は初めて見た。映画でも、ドラゴンが驚くシーンなどない。ドラゴンでも驚くと、口が開いてしまうんだ。私はその様子をスマホで撮る。好奇心旺盛なヒルデガルドさんへの、いい土産になる。
「なんだ、あの大きい島のような船は……あれが、宇宙船なのか!?」
さすがのイライアさんも戦艦ヴィットリオの巨体には驚くばかりのようだ。空を飛んでるのも不思議なのに、あれがさらに空を超えた宇宙に行くなど、考えられないようだ。
駆逐艦6190号艦が上昇していく。被弾し、破壊された左側面がここからも見える。この3日間、ずっと閉鎖され続けた第7ブロックをやっと修理することができる。
「これでやっと第7ブロックは直る。だけどあの時、吸い出された10人はもう……」
ああ、そうだった。そういえば被弾した時にいなくなってしまった10人まで、元通りになるわけではない。死んでしまった人は、それっきりなのだ。
「ところで、私達はどうするの?6190号艦、行っちゃったし……」
「我々はしばらく地上に残れってさ。6189号艦に荷物も移したらしいから、引き継ぎが終わるまではここにいるように言われたよ」
「引き継ぎ?どういうこと?」
「せっかくアルバーニョの街との繋がりができた。そこを起点に、モンテカーラ連合王国の為政者や、その周辺国と我々連合との同盟交渉を行うんだ。その同盟交渉、防衛には、我が地球122の第2遠征艦隊が当たることになって、今こっちに向かってるんだ」
「へえ、そうなんだ」
「その第2遠征艦隊が到着するまで、我々第1遠征艦隊のこの300隻がしばらく残留することになってね。地上との関係を絶やすわけにはいかないから、せっかく良好な関係を結べた我々がしばらく残り、引き継ぎまでこの星にいることになったというわけさ」
「ふうん。じゃあ、地球122には……」
「しばらく行けそうにないね。仕方がないよ」
私達は今、街の広場にいる。そばには哨戒機が、そして横にはイライアさんとファーブニルさんが青空いっぱいに広がる灰色の艦隊を眺めている。
そこに、哨戒機の無線機の呼び出し音が鳴る。慌てて操縦席に戻るキースさん。そんなキースさんを目で追いかけながら、私はイライアさんに尋ねた。
「そういえば、他の人からちらっと聞いたんですけど……昨晩は、ファーブニルさんとご一緒だったんですか?」
「そうだよ」
「ええ~っ!?やっぱり本当だったんですか!?」
「だって、彼があたいと一緒がいいって言うからさ、しょうがないじゃん」
「本当に好かれちゃったんですねぇ。でも、まさかずっと外にいたんですか?」
「いや、街外れにさ、もう使われてない倉庫があってね、そこに干し草と大きなシートを敷いてベッドにしてさ。あそこならファーブニルも入れたし」
「はあ、そうなんですか。でも、さすがにあれだけ大きさが違うから、別々に寝たんですよね?」
「いや、それがさ、一緒に寝たんだよ。それで分かったんだけど、こいつ股間にあるやつはそれほど大きくなくてよ。あたいが優しく触れてやったら……」
ああ~っ、ここから先は、とても人間とドラゴンとの間にあったとは思えない大人の情事が、イライアさんの口から語られる。
そんな仲になったせいか、イライアさんとファーブニルさんは脳波リーダーなしでもある程度会話できるようになったらしい。イライアさん曰く、なんとなく「聞こえる」のだと言う。
私以外にも意思疎通ができる人が増えたのはいいことだ。脳波リーダーでもいいけれど、あれは反応が遅い上に、余計なことまで伝えてしまう。全く異なる生物同士であるイライアさんとファーブニルさんはいいコンビ、いや、カップルになれそうだ。
さて、そんな中、私とキースさんは駆逐艦6189号艦に戻ることになった。駆逐艦6189号艦の艦橋に呼ばれた私達は、戦艦ヴィットリオの司令部にいるある人物からの通信を受ける。
「久しぶりだな。元気にしていたか」
ああ、フェデリコさんだ。そういえばこの人も、今回の地球122への旅に参加しているんだった。
ちなみに母も、2人の弟と共についてきている。使用人となったコスタも一緒だ。
この4人は戦艦ヴィットリオにいるので、私達が遭難するきっかけとなった戦闘には直接関わることなく、ホテルと街で過ごしていた。ただ、私の乗る駆逐艦が戦線離脱後に行方不明となり、4人ともかなり私のことを心配していたとフェデリコさんは語る。
「まあ、見つかってよかった。でもまさか、ここに未知の地球が存在するなどとは我々も知る由もなかった。おかげでまた、同盟星を一つ増やすことができた。貴殿を見つけただけでなく、連合にとっても大きな功績をあげることになろうとはな」
フェデリコさんは淡々と語る。まあ、この人が歓喜して喜ぶところは見たこともないし、想像もつかない。これでも、私達と未知の地球とが見つかったことを喜んではいるのだろう。
「ところで、キース大尉」
「はっ!……って、あの、大佐殿、私は中尉ですが」
「そうだ、言い忘れていたが、本日付で貴官は昇進し、大尉となった。そして来週にも、少佐に昇進することになっている」
「ええーっ!?しょ、少佐!?……いや、失礼しました。大佐殿、説明を求めてもよろしいですか?私は、それほどの武勲をたてたわけではございませんが」
「この星の住人の生命保護に多大な功績があったこと、住人との良好な接触を果たせたこと、そして、その住人との敵対勢力との講和に大いに貢献したこと。これらを鑑みて、2階級の特進が決定された」
「はっ!ありがとうございます!謹んで、お受けいたします!」
「うむ。ところで、オルガレッタ殿!」
「は、はい!」
「貴殿も今回、キース大尉を上回るほどの大いに功績を挙げたことになる。が、軍属ではないため、昇進はできぬが、給与の増額により応えることとする。貴殿の基本給を今の3倍以上、月額2万ユニバーサルドルとすることになった」
「はい、謹んでお受け……って、ちょっと待ってください!月額2万ドルって、我が夫よりも多いじゃないですか!」
「いや、貴殿の持つあの能力のことを考慮すれば、本来ならもっと早く増額を決めるべきだった。その分も入っていると思ってくれればいい」
なんだかとてもすごい給料をもらえることになった。頭がクラクラする。倒れそうになる私を、キースさんが支えてくれる。
「そうだ。貴殿らに一つお願いがある」
「はい、なんでしょうか、フェデリコ大佐」
「今回、この街で貴殿らとの接触に貢献した人物を、ぜひ戦艦ヴィットリオに招きたいと思っている。人選と案内を任せたい」
「承知いたしました。ではその件は、後ほど返信いたします」
「頼んだぞ、キース大尉」
フェデリコさんから突然、とんでもない給料と昇進の提示を受けた我々夫婦。なんだか、信じられない様子で向かい合う。
「どうしよう……給料、めちゃくちゃ増えちゃったよ」
「いや、悪い話ではないし、いいんじゃないか?それよりも、私がまさか佐官になるなんて……」
2人とも、さっきのフェデリコさんの決定を飲み込めないままでいる。夫婦揃って、あまりに大きな褒美話にのぼせてしまい、ふらふらと艦橋を出る。
「それよりも、フェデリコ大佐の用事をすませるとしようか」
「ええと……何でしたっけ?」
「我々がこの街で接触した際に、お世話になった人をヴィットリオに招待したいって件だよ」
「あ、ああ、そうでしたね。給料のことで頭がいっぱいになっちゃって、すっかり忘れてました」
「私は、フェルピン少佐と、イライアさんだと思うんだが、どうだろうか?」
「そうですね。加えるならファーブニルさんですけど……あの大きさじゃあ、駆逐艦に乗れませんよね」
「そうだよな。駆逐艦の格納庫でもちょっと無理だろう。戦艦ヴィットリオについたところで、修理用ドック以外に行ける場所がないしな。彼には、招待以外の別のお礼を考えよう」
というわけで、地上に降りた私とキースさんは、フェルピンさんとイライアさんを呼び、フェデリコさんの話を伝える。
「ええ~っ!?招待だって!?あの馬鹿でかい船にか!?」
「招待というが、あそこに行くとなんかあるのか?」
「戦艦とは言いますが、実態は駆逐艦用の宇宙基地でして、街があってホテルや店が立ち並ぶ場所でもあるんです。外交の場として使われてるんですよ」
「はぁ~……でっかいだけに、そんなものまであるんだ!だけどよ、ファーブニルのやつは連れて行けないのかよ?」
「さすがに無理ですね。あれだけ大きいと、街に入ることができませんから」
「でもでも、ファーブニルさんにはお土産買ってあげればいいじゃないですか!戦艦の街には、いろいろなものが売ってるんですよ!」
「そ、そうなのか。じゃあ、しょうがねえな。ファーブニルのやつには留守番してもらって、その代わりにあたいが何かいいものでも買ってきてやるかな!」
たった一晩で、随分と仲が良くなったものだ。しかも、ドラゴンと人間のカップルだ。あまり聞いたことのない組み合わせの惚気話に、私はむしろ引いてしまう。
さて、街の人達とドラゴン、そして手下のワイバーンに見送られて、駆逐艦6189号艦は戦艦ヴィットリオに向けて発進する。
「これより、当艦は戦艦ヴィットリオに向けて出航する。機関始動!両舷微速上昇!」
「機関出力10パーセント!微速上昇!ギア収納!」
「規定高度まで15分の予定!天候よし!障害物なし!進路クリア!」
ゆっくりと浮かび上がる駆逐艦の艦橋の窓には、あの客人2人が張り付いている。
外には、2つの山脈と、その山々の狭間に開かれた大きな街、そして、滑走路が見える。
高度が徐々に上がり、小さくなるその街をじっと見守るイライアさんとフェルピンさん。
「ああ、世の中ってのは、こんなに大きかったんだな……」
すでに高度3万メートルを超えており、大陸や海まで見渡せる。空はもう真っ暗で、すでに宇宙との境界に入ったことをうかがわせる。
そして、高度4万メートルに達した。
「規定高度到達、機関良好、各種センサー、異常なし」
「短、中距離レーダーに感なし。進路クリア」
各担当の報告を受けて、艦長が号令する。
「機関最大!両舷前進強速!大気圏離脱、開始!」




