#64 巣窟
翌日。
街では、復旧作業が続いている。イライアさんの怒声が聞こえている。
昨日、イライアさんと話をした。どうしてイライアさんは恐獣に怯えながらも、このアルバーニョの街を離れないのか?
「そりゃあ、決まってるじゃねえか。生まれ育った街だ。守りたいと思うのが当然だろう」
離れるという概念すらないようだ。街を愛しているというより、自分がこの街の一部だと感じているらしい。
だから、誰かが彼女に指図するわけでもないのに、彼女はアルバーニョの復旧を精力的に進めている。
そんな街の人の作業を見てたら、キースさんが現れた。
「昨日のオルガの占いだけど、やっぱりどう考えても変だよなぁ」
で、開口一発、キースさんはいきなり私の占いにケチをつけてきた。
「なんてこというんです!私の占い、外れた試しがないじゃないですか!」
「いや、今この街には駆逐艦が2隻もいるんだよ?周囲100キロは駆逐艦のレーダーで監視されているし、恐獣ほどの大きさの物体が接近すればすぐにわかるはずだ」
「う……確かに」
「レーダーが捉えれば、我々の哨戒機で迎撃することになるだろう。昨日の時とは違うんだ。恐獣が入り込む余地はないと思うんだがなぁ」
「うーん……そうだよね。じゃあどうやって、あんなに大きな恐獣がこの街にたどり着けるんだろう?」
「だから変だなぁと言ってるんだ。とにかく、駆逐艦でもオルガの占いのことを聞いて監視体制を強化したらしいから、そう簡単には入ってこられないよ」
「そうね、そう願いたいよね」
とはいえ、私の占いの光景では確かにあの赤く大きな恐獣が降り立ったところを見た。油断はできない。
街の中から、昨日のうちに恐獣の死骸はすっかり取り除かれていた。今は道路の修繕を行っている。
キースさんがブチ切れて、バリアを展開しながら体当たりで恐獣を落としたため、あちこちに落っこちた恐獣が作った穴ぼこができている。それを埋める作業があちこちで行われていた。
「これさえ直りゃあ、あとは建物の修繕だ!再びここを、交易の街に戻してやろうじゃねえか!」
イライアさんは楽観的だなぁ。まだ恐獣の脅威が去ったわけではないのに、昔の街に戻そうと頑張っている。
昼にはサンドイッチを食べながら、イライアさんと話しをする。このアルバーニョの昔の姿はどうだったのか、私は尋ねた。
「そりゃあもう大変な賑わいだったぜ。あちこちにトラックが停まって、東西南北の王国から集められた交易品が次々に降ろされるんだよ。それを問屋が引き取って、別の運送業者に頼んで周りの王国に運ばれていく。今は寂れてるが、あの辺りがその市場だったんだよ」
「へぇ~!じゃあ、美味しい食べ物もたくさんあったんですか?」
「そうだな、西に海があって、そこから運ばれる魚介類はあたいの好物だったぜ。近くの森の木から作った木炭で、それを焼くんだ。この焼き魚が脂がのっててよ、うめえぞ!」
「うわぁ、食べてみたい!」
「だろ!?だが、今は恐獣のせいで西の交易が途絶えちまったんだ。海を経由して運ばれているらしい」
「そうなんですか……惜しいですねぇ。私もその焼き魚、食べてみたい」
食べ物の話になるとどうしてもよだれが出てきてしまう。
「でも、どうしてこの街は交易の街なんですか?」
「そりゃあおまえ、ここはちょうど2つの高い山脈に囲まれた狭間だからだよ。東と南北の国はこの谷間にあるアルバーニョを通らないと行き来できないんだよ。そして、西にある国もこのアルバーニョから近いから、ここを経由して他の国の品を手に入れてるんだ。そういう交通の要衝だから、ここが交易の街になったんだよ」
「へぇ、じゃあ、あの山が邪魔になってるんですね」
「まあ、おかげでこの街ができたってもんだ。あたいはあの険しい山脈に感謝してるがね」
イライアさんは山脈の中でも、ひときわ高い山を指差す。まあ、そうだよね。あんなに高い山に囲まれていたら、谷間を通らざるを得ないよね。
などと思いながら、私は山の方を見ていた。
異変に気付いたのは、その直後だ。
赤い何かが、こっちに向かって飛んでくるのが見える。
それは、明らかに航空機などではない。羽ばたいているが、どうみても鳥ではない。
まさにそれは、私がイライアさんの中に見た、あの赤い巨大な恐獣だった。私はそれを見て、急にぞわっとした嫌な感触を覚える。
その直後、ようやくサイレンが鳴り出す。
『恐獣が接近中!至近距離!全員、退避せよ!』
駆逐艦から拡声器で恐獣の接近を知らせる放送が流れる。だが、もうあの赤い恐獣は目の前だ。
そうか。よく考えたらここは、山のすぐそばだ。多分あの山のおかげで、レーダーが効かなかったんだ。まったくもって油断していた。
「急いで建物に入るぞ!走れ!」
イライアさんが叫ぶ。私はイライアさんについていく。でも、建物といっても、どこにいけばいいのか……
などと考えていたら、目の前にズシンと巨大なものが降りてくる。
赤い巨体が、私の行く手を阻む。夕焼けのように真っ赤で、6階建ての建物ほどの高さの、羽根の生えた恐獣が、私を睨みつけている。
私は、恐怖のあまり動けなくなった。今動いたら、確実に殺される。まるで猫に睨まれたネズミのように、私は動けない。
が、その赤い恐獣は私に向かってその巨大な口を開けて迫ってくる。
ああ、食われる。私はそう、確信した。そして、がぶっと食いつかれる。
その直後に、バサッ!という羽根が羽ばたく音がする。ふわっと体が浮かぶのを感じた。
あれ?私はまだ、食べられてはいないようだ。よくみると、そこは赤い恐獣の口の中。私の顔のすぐそばに、大きな牙がある。
見る見る地上が遠くなっていく。私はその牙にしがみつく。その恐獣は向きを変えて、あの険しい山の方に向かって飛んでいく。
ひええっ、私、今、空飛んでる。それも航空機じゃなくて、恐獣の口の中だ。生きた心地など、するはずもない。
だけど、どうしてこの恐獣は、私をひと思いに食べなかったのだろうか?今となっては、生きている方が恐怖と苦痛で押しつぶされそうだ。
しばらく私は、その恐獣の口の中で恐怖に震えながら、空を飛び続ける羽目になる。そして、この赤い巨大な恐獣は私をくわえたまま、山のそばで高度を下げ始める。山の斜面には、大きなくぼみが見える。
そのくぼみの中に、私をくわえたまま降り立つその恐獣。
おそらくここは、この化け物の巣なのだろう。ああ、そうか、ここでゆっくりと私を食べるつもりなのだ。私は頭からすっかり血の気が引き、気が遠くなるのを感じている。
が、その恐獣は、私を地面に下ろす。だが、私にそのまま食らいつくかと思いきや、ただじっと私を見つめている。恐怖を感じながらも、不思議に思いながら私は周りを見る。
そこには、たくさんの黒い恐獣がいる。20、いや、30匹はいるだろうか。
おそらくは昨日、街を襲ったあの恐獣達の生き残りだ。彼らはぐるりと、私の周りを囲んでいる。
私は、恐獣の巣窟に連れてこられ、化け物に囲まれてしまった。絶体絶命。私の命は、そう長くはない。そう確信していた。




