#63 死闘
哨戒機が徐々に高度を上げる。真っ黒な恐獣が街の上を飛び始める。
地上でも、大きな銃のようなものが持ち出される。それを恐獣めがけて放っていた。
恐獣の何匹かが、地上に降りてくる。そして、そこにいた人を足で押さえつける。
そしてなんと、そのまま口でくわえて、飲み込んでしまった。それを見た他の人が、悲鳴をあげる。
なんてことだ、あの恐獣ってやつは、人を食うのか!?
「くそっ!」
キースさんが悪態をつく。その地上に降りている恐獣めがけて、真上からビームを放つ。
「装填よし、照準よし、発射!」
青白いビームが、さきほど人を飲み込んでしまった恐獣の胴体を貫く。ドバッとどす黒い血を流しながら、恐獣がその場で倒れる。
それを見た他の恐獣が、この哨戒機めがけて襲いかかってきた。こちらはまだ空中で停止している。その哨戒機に、あの硬そうな尾を振り下ろしてくる。
が、この哨戒機にはバリアがある。あっという間にバリアがその尾を引きちぎってしまう。キースさんはバリアを展開したまま前進し、恐獣に哨戒機を押し付ける。
赤い火花を散らしながらあの硬そうな鱗を焼き払い、その奥にある肉体まで貫く。この星の戦闘機の武器を簡単に弾き返せる恐獣も、この哨戒機のバリアにはかなわないようだ。
「街の上空にいる恐獣を迎撃する!砲撃手、次弾装填!」
「了解!」
徐々に前進する哨戒機。街のあちこちに降り立とうとする恐獣に向かって、ビームが放たれる。
街の建物が近いので、かなり接近して攻撃せざるを得ない。あまり離れた場所から撃つと、地上の建物ごと撃ち抜いてしまうという。低空からゆっくりと近づいて、恐獣が建物から離れたタイミングを見計らって撃つ。これを繰り返し、一匹ずつ退治していく。
ただ、あまりに数が多いので、切りがない。とうとうキースさんは強硬手段に出る。
ビームを使わず、バリアを展開したまま恐獣に体当たりする。その方が建物や戦闘機に配慮することなく、手っ取り早く恐獣を叩き落とせる。
「このクソ野郎!くたばりやがれ!!ミンチ肉にしてやる!」
私は今まで、我が夫がこれほどキレながら手汚い言葉を吐くところを見たことがない。そういえばキースさんって、乗り物に乗ると少し強気な性格に変わる気がする。それがちょっと強めに出てしまったんだろうか?
街の上空では、ブチ切れた我が夫が次々と恐獣を体当たりで叩き落としているが、滑走路の真上でも、恐獣との戦いが続いていた。戦闘機が上から恐獣の羽根のあたりを狙い撃ちする。地上からも銃を撃つ人達がいる。街をあげての戦いが続いている。
それにしても、きりがない。街に紛れ込んだあの黒い生き物は一体、何匹いるんだ!?この哨戒機もかなりたくさん落としたが、まだ街の上にはたくさんの恐獣が飛び回っている。
と、そこにようやく、待ち望んでいた「助っ人」が現れた。
『6190号艦より1番機!現在、アルバーニョ上空に到着!』
灰色のあの巨大な船体が、街の上空に現れた。2隻の駆逐艦が、ようやく到着した。
『当艦はこれより、威嚇砲撃を行う!1番機は退避準備をされたし!』
「威嚇砲撃って……真下には街があるぞ!?」
『建物内への退避を呼びかける!その後に砲撃を行う!1番機、砲撃に備え!』
「了解!」
すると、駆逐艦6190号艦から、大きな声が響く。
『こちらは地球122、遠征艦隊所属の駆逐艦6190号艦!地上、および上空の航空機に告ぐ!これより、威嚇砲撃を行う!地上の人々は建物内に退避!航空機は本艦後方へ回避せよ!』
突如現れたこの巨大な空飛ぶ船に戸惑いながらも、ともかく地上の皆は言われた通り建物内に逃げる。上空の戦闘機は駆逐艦の後ろ側に回り始めた。
『威嚇砲撃!装填よし!発射準備完了!撃ち方、始め!』
青白い光とともに、ゴゴォーンという落雷のような音が鳴り響き、ものすごい風が吹き荒れる。ただし、未臨界砲撃というやつで、ビームは出ない。駆逐艦の先端からただ音と光を撒き散らすだけの、脅し専用の砲撃手段だ。
だがその風によって、上空にいる恐獣の何匹かは吹き飛ばされる。何匹かは地上に叩き落とされた。
続いて、僚艦の駆逐艦6189号艦が現れた。同様に威嚇砲撃を行う。
何匹かが、新たに現れたこの駆逐艦2隻に向かってくる。が、駆逐艦が展開するバリアにより、立ち向かってきた恐獣達は次々に焼かれてしまう。
これを見た残りの恐獣達は、なすすべもなく逃げ去っていった。
哨戒機は再び滑走路脇に降りる。その哨戒機の横の滑走路に、あの戦闘機らも降りてくる。
上空では駆逐艦2隻が停止していた。どうやら恐獣らが去るのを見届けているようだ。
『6190号艦より1番機!翼竜集団およそ30匹が撤退中。監視を続ける』
「1番機より6190号艦!了解!」
ハッチを開ける。けたたましい音と風を撒き散らす戦闘機がたくさん集まってきた。フェルピンさんが、この哨戒機に向かって歩いてくる。
「おい!あれがあんたの言っていた駆逐艦か!?」
「ええ、そうですよ。手前の、左側に損傷痕がある艦が6190号艦で、もう一隻が6189号艦と言います。大きいでしょう」
「あ、あれが駆逐艦……あんなものが一体、どうやって飛んでいるんだ!?」
やっぱり驚いているようだ。そりゃあそうだよね、私もあれを初めて帝都で見たときは、この世の終わりが始まったかと思ったくらいだ。
街の方を見る。恐獣が去り、平穏を取り戻した街に、たった一つだけ不穏なものが残っている。
それは、街の人々を見れば分かる。あの2隻の駆逐艦だ。
この街にあるどの建物よりも大きなものが、空中に浮いている。しかも、威嚇とはいえ強烈な音と光をあの巨大な砲門から放った。恐怖を覚えない方がおかしい。
その2隻の駆逐艦が、ゆっくりと滑走路の脇に向かって降下を始める。まず、6190号艦が着陸する。
ズシンという音が響く。でも、この船の航海士は上手だ。着陸の際に、必要以上に音を出さない。
いただけないのは、次に着陸した6189号艦の方だ。ドシーンという音とともに、結構な揺れが伝わってくる。兵士達はよろめき、戦闘機の羽根が一瞬、ブルブルと揺れる。
やっぱり、6189号艦の航海士は操艦が雑だなあ。帝都の宇宙港でもそうだ。この船が降りる時は荷物がひっくり返りそうになるから、いつも警戒することにしてたほどだ。おかげで、余計に周りが怯えてしまった。困ったものだ。ただでさえ大騒ぎになっているというのに、あんな降り方しちゃあ……
キースさんはフェルピンさん達に呼びかけて、駆逐艦へと案内していた。おっかなびっくりキースさんについていくフェルピンさん。
私はというと、街に向かう。5、6階建の建物が多く並ぶこの街には、さっきの恐獣による戦いの跡が生々しく残っている。どうなっているのか、気になる。
キースさんが叩き落とした恐獣の死骸があちこちに落ちている。大抵は羽根や胴体がバラバラにちぎれているものが多く、気持ち悪い光景だ。
それを街の人達がせっせと片付けていく。トラックがやってきて、重機を使ってその死骸を次々に乗せている。
それにしてもこの街は、なんだか少し寂しい感じがする。人の気配が少ないというか、寂れた感じが見て取れる。壊れたまま長いこと放置されている建物もある。人が以前より減ったと言っていたが、その様子が見て取れる。
向こうでは、泣いている人がいる。おそらく、さっきの恐獣達の襲撃で、食べられたか巻き込まれて死んだ人の家族だろう。それを別の人がなだめている。
だが、暗い雰囲気ばかりでもない。向こうで大きな声を張り上げている人がいる。
「おい!そっちの死骸をまずやるんだ!でなきゃ通れねえだろ!」
よく見ると、女だ。随分と威勢がいい。
「こらっ!そこの娘!そこにいちゃ危ねえだろう!重機にひかれるぞ!」
「は、はい!」
早速、その人に怒られてしまった。私はそそくさとその場を離れる。
「おいあんた、見かけねえ顔だな。どっからきたんだ!?」
と、突然その女の人が私のところにやってくる。
「は、はい!地球816って星からやってきました!」
「アース816?星?ああ、あんたがあの馬鹿でかい石の塊みたいなのに乗ってやってきたっていう宇宙人か!」
「はあ、そうです」
「あたいは、このアルバーニョの街で自警団をやってるイライアって言うんだ!よろしく!」
「はい、よろしくお願いします……」
「あんたらがたくさん落としてくれたおかげで、これでも死人を出さずに済んだよ。いっつも数十人くらいが食われちまうんだ。今日も2、3人食われちまったけど、それだけで済んで幸いだったよ。しかし今日はたくさん倒せたよな!これだけこっぴどくやられりゃあ、恐獣どもも当面は来ねえだろうな!はっはっは!」
妙に闊達な人だ。だが、頼り甲斐がある人のようで、街の人から声をかけられる。
「あのー!イライアさん!あの尻尾、どうしやすか!?」
「はあ!?トラックに乗せりゃいいだろう!」
「いやそれが、長すぎて乗らねえんですよ」
「なんだって!?しょうがねえな……」
頭をかきながら、その男の人と一緒に問題の場所へと向かっていった。
その元気な女性とは、このあと再び街の中で会うことになる。
私を含む駆逐艦乗員が、街の広場に招かれた。恐獣退治に貢献してくれたとして、歓迎パーティーを開いてくれた。
「今日はあの忌々しい恐獣どもを大量に葬ることができた!大勝利だ!これもひとえに、彼ら宇宙人のおかげだ!勝利を祝って、かんぱーい!」
大きなジョッキを片手に乾杯の音頭をとるのは、あのイライアさんだ。
まるで水を飲むかのように、そのジョッキに入ったお酒を飲んでいるが、結構きついお酒だ。連盟にいた時に飲んだ火酒ほどではないが、私にとってはかなりきつい。
「がはは!これくれえじゃんじゃん飲めなきゃ、女じゃねえよ!」
上機嫌で私の肩をバンバン叩いてジョッキにお酒を注いでくるのは、あのイライアさんだ。飲みすぎて、私はすでにクラクラと回り始めている。
「はぁ~っ……い、イライアしゃんは、平気なんれすかぁ!?」
「何言ってんだ!あたいはこのエールをガキの時から飲んでるんだ!水と変わりねえよ!」
「いやぁ、わたひは、全然らめれすよ~!」
周りでは、駆逐艦の皆がこのお酒と食べ物を食べている。ほとんどがこの街の食べ物だが、駆逐艦からもロボットアームのついた鍋が持ち込まれて、せっせと麺類を作っては配っている。その様子を唖然としてみる街の人達。
だが、その光景がゆらゆらと揺れている。私が揺れてるのか、それともそう感じているだけなのか、分からない。そんな私を見たキースさんが、心配そうに声をかけてきた。
「あーあ、オルガ、大丈夫かい?」
「へ!?ああ、あにゃた、多分、大丈夫っぽくないれすよ~!」
「だろうな、さっきから映画に出てくるゾンビのようにふらついてるぞ。ちょっと待って、いいものをあげるから」
そういうと、キースさんは私に小瓶を渡してくれた。これをすぐに飲めという。私は、言われるがままに飲んだ。
すると、数分ほどで酔いが覚めた。これは酔い覚まし薬だという。効果はてきめんで、酔いが完全に覚めた。
おかげでやっと私も食事や会話を楽しめるようになる。ここの特産品だという豚肉をもしゃもしゃと食べながら、イライアさんと話す。
「ヘぇ~!それであんたは、その旦那の星に行こうとしてたんだ。その途中で遭難を!?」
「そうなんですよ!遭難だけに!」
「いや、そいつは面白くねえな……まあ、いいや。で、ここで他の船が迎えにくるのを待っていると」
「私の乗ってる6190号艦は壊れちゃって、宇宙に出られないらしいんですよ。だから迎えに来てくれないと帰れないんですが、全然連絡がないんです。もしかして、見失われちゃったのかな……」
「あはは、まあそう悲観的になるな!なんとかなるって!そうだ、あたいが占ってやろう!」
「えっ!?占い!?そんなことできるんですか!?ぜひお願いします!」
なんと、イライアさんは占いができるという。占い師の私が、占いをされるというのも珍しい。私は自分自身を占えないから、私は思わず飛びついた。
「じゃあ、行くぜ!このコインの表が出れば、あんたにいいことが起こる。裏が出たら、不幸がやってくる。さあて、どっちだ!?」
そういいながら、イライアさんはコインを投げた。そのコインを、手の甲でそれを受け止める。
もう一方の手をゆっくりとあげる。すると、コインは表だった。
「やった!表が出た!でもこれって、当たるんですか?」
「さあな、お遊びみたいなもんだ。だが、意外とよく当たるって言われてるぜ!はっはっは!」
なんだ、適当な占いだな。私は思わず言った。
「じゃあお返しに、私も占いをしてあげますよ!」
「はあ?あんた、占いなんてできるのか?」
「私のはすごいですよ。絶対に当たりますから」
「なんだってぇ?宇宙人の占いは、そんなにすげえのか!?」
「いや、彼女の占いだけがすごいんです。手を握るだけで、ちょっと先に起こる大きな出来事が予言できるんですよ。彼女だけの能力なんです」
キースさんがフォローしてくれる。
「な、なんだって!?そいつはすげえじゃねえか!じゃあよ、早速見てくれ!」
「はい、では、手を出してください」
「こ、こうか?」
私はイライアさんの手を握る。そして、目を閉じた。
◇
街が見える。アルバーニョの街だ。
街には人がいる。恐獣に壊された街の復興を進めてるようだ。
が、突然、周りの人が逃げ惑う。イライアさんも、空を見上げる。
そこには、見たこともない大きな生き物がいた。
恐獣だろうが、明らかに大きい。ざっと3倍はありそうだ。身体は赤く、羽根も大きい。
そんなものが街に降り立つ。そしてその場で何かを襲いかかったかと思うと、そのまま飛び去っていく……
◇
私は、はっと目を開く。あまりに大きく異様な化け物を目の当たりにして、私は手が震えている。私の異常を感じたイライアさんは、私に尋ねる。
「おい!どうした!?」
「街に降りてくる恐獣が見えました!真っ赤で、とっても大きいやつ!それが一瞬、地上に降りた後、再び去って行ったんです!」
「な、なんだと!?いつの話だ!」
「分かりません。早くても4時間後、遅くとも10日ほど先に起こるはずです」
「しかしなんだ、その赤い色の恐獣とは……見たことないぞ、そんなやつは」
「そうなんですか?でも、まるで夕焼け雲のような赤さでした。何しにきたのかは、ちょっと分からなかったですが……」
イライアさんを占ったら見えてしまった、とんでもない未来。今まで見た恐獣とは違うその何かに、私は妙に胸騒ぎを感じる。




