#62 接触
「なんだって!?宇宙からやってきたのか、あんたらは!?」
「そうなんですよ。で、いろいろあって、我々の駆逐艦は損傷し、この星に不時着したんです。すると、レーダーにあの翼竜の大群が映ったため、発進したんです」
「翼竜?ああ、あの恐獣のことか」
「きょうじゅう?なんですか、それ?」
「まるで太古の恐竜のようで、それでいて奴らは火を噴いてきやがる。怪獣みたいなやつらだ。だからそれを、俺らは恐獣と呼んでるんだ」
「へぇ、恐獣っていうんですか、あの翼竜は」
「数年前に突然現れて、時々この街を襲ってくる厄介なやつなんだよ。特にこのアルバーニョの街の周辺にはたくさんの恐獣が住んでいるようで、しょっちゅう現れるんだ。それで俺らは、こいつで戦ってるんだ」
「はあ、この航空機で、ですか」
「イスパーノ2型戦闘機。モンテカーラ連合王国最新の戦闘機で、7.7ミリ機関銃が2門、12.7ミリ砲が2門、星型14気筒、1128馬力エンジンを搭載する、対恐獣用の唯一の兵器さ」
「ええと……1128馬力って、どういう意味なんですか?」
「馬1128匹分の力があるってことさ」
「ええーっ!?馬が1128匹!?す、すごすぎですよ、それ!ねえ、あなた、すごくない!?」
「いや、それを言ったら、この哨戒機の機関を馬力換算すると2万4千馬力分はあるらしいから……」
「ええーっ!?ちょっと、2万4千馬力って、馬が2万4千匹分てことですかぁ!?」
もはや想像がつかないほどの馬の数である。私が見た最も馬の多い乗り物は、4頭立ての馬車だ。あれよりも多いっていうんだから、航空機というのは凄過ぎだ。私の頭の中に、膨大な数の馬が脳内を駆け巡る。
「そんなにすごいのか、この航空機は。いや、さすがは宇宙人のものだな。だが……」
「なんですか?」
「……なんでお前ら、普通なんだ?」
「へ?」
「だってよ、宇宙人っていうのは、こう、足がたくさんあって、ヌメヌメした身体を持ったやつだって、以前読んだ雑誌には書いてあったんだが。それが、見た目が我々と一緒ときた。どういうことだ!?」
「ええーっ!?私、そんな気味の悪い生き物じゃないですよ!」
「本当か?もしかして、わしらとおんなじ格好に化けてるだけじゃないのか!?」
「そんなことするわけないですよ!誰ですか、そんな妙なことを言う人たちは!ちゃんと見てください!この通り、足は2本ですよ!」
まるでイカやタコのような姿じゃないのが変だと言われて、私は思わずむかっときた。私はスカートの裾を上げて足を見せながら、そんなものじゃないことを彼らに見せつける。それを見たフェルピンさん達、なんだか顔が赤い。
「なるほど……あんたらが我々と同じだっていうのはよく分かった。だが……ちょっと言いにくいんだが……あんたらって、さっき使ったやつみてえなすごい武器を持ってるんだろ?」
「ええ、そうですよ」
「てことはだよ。それを使って、俺らの街を武力で占領しようって考えてるんじゃねえかって……」
「そんなことないですよ。この人達が私の星にきた時も、私の帝都が蹂躙されるんじゃないかって大騒ぎになりましたけど、全然大丈夫でしたよ」
「は?なんだあんた、その横の人ととは違う星の出身なのか!?」
「ええ、そうです。私は地球816という星に住んでるんです。2年前に突然、地球122の人達がやってきてですね、今、私達に美味しい食べ物やあの凄まじい武器を提供してくれてるんです」
「は?どういうことだ?せっかくすごい武器持ってるのに、なんでわざわざそれを提供しちまうんだ!?」
私とフェルピンさんの会話に、キースさんが入る。
「実は昔、実際に武力による威圧というのは行われたんですよ。ですが、それがきっかけで、今宇宙にある800あまりの星は、2つの勢力に分かれてしまってですね……」
キースさんがフェルピンさん達に、宇宙の話をする。宇宙が連合と連盟に分かれてしまった歴史、そのために両者とも自勢力を増やすべく未発見の星を見つけては、技術供与や交易により関係強化を計っていることを説いた。
「……ふーん。じゃあ、この不思議な航空機も、いつか俺らにも手に入る時が来るんだ」
「そうです。が、我々自身が今、艦隊からはぐれてしまって、未だ連絡が取れてないんですよ。交渉を始めようにも、始められなくて」
「艦隊って、そういえばあんたら、宇宙船に乗ってきたんだよな?」
「そうですよ」
「宇宙船ってのは、どういうやつなんだ?丸くて、円盤のような形なのか?」
「は?円盤?いえ、どちらかというと、高い塔を横倒ししたような形ですね」
「塔を横倒し?なんだかよくわからねえな……で、艦隊ってのは、その塔みたいなのが何隻いるんだ!?」
「300隻です」
「は?300隻!?」
「それが小艦隊でして、3つ合わさって1000隻で中艦隊に、さらにそれが10集まって一個艦隊になります」
「おい……てことは、艦隊というのは1万隻もいるのか!?」
「ええ、通常ですと、一つの地球に防衛艦隊1万、遠征艦隊1万いるのが普通ですね」
「は?じゃあ、あんたらの星は2万隻も持ってるのか!?」
「いえ、うちの地球122は遠征艦隊が2つあるので、計3万隻です。一方で、彼女の星である地球816はまだ技術供与が始まったばかりなので数百隻程度。ですが、10年かけて防衛艦隊を設立、その後さらに10年かけて遠征艦隊を作ってもらう計画です。それで、我々連合の一翼を担ってもらおうとしてるんですよ」
「うーん、てことは、我々も……」
「はい、いずれ、自前の艦隊を作ることになるでしょうね」
あまりに途方も無い話だったようで、聞いている一同は言葉を失う。
「ただ、地球816と違って、ここは航空機を運用できるほどの星ですからね。技術移転はスムーズに進むと思いますよ」
「なに?そうなのか?」
「彼女の星は、我々がきた時にはまだ騎士達が馬に乗って、剣と槍で戦ってるようなところでしたからね。航空機はおろか、蒸気機関すらない、馬と人力が頼みの星でしたよ」
「なんだそれは?今の俺達よりずっと昔の時代の装備じゃねえか。そんな星でも、10年でその宇宙船を1万隻も揃えられるっていうのか?」
「普通はそうですね。どっちかというと、船より人の方が問題なんですよ。すでに空を飛ぶことができる人材がいる星ならば、我々の技術を受け入れるのが早いのは間違いないですよね」
フェルピンさんとキースさんが何やら熱心に話している。が、私はふと、ここの戦闘機が気になった。
先端には、プロペラと呼ばれる大きな羽根が2枚付いている。操縦席は狭く、その横に長い羽根がある。後ろには3枚の小さな羽根がある。
「どうした?宇宙人の姉ちゃん。こいつが気になるのかい?」
「いやあ、航空機でも、私が乗ってた哨戒機とは随分と違うなあって……どうして、こんなものがついてるんですか?」
「ああ、このプロペラかい?これで風を起こして機体を前進させる。すると後ろの主翼に風が流れて揚力が発生するから、それでこいつは空に浮くことができるんだよ」
「へぇ~っ、そうなんですか。でも、こっちの哨戒機は風なんて起こさなくても飛べますよ」
「そっちの方が不思議だよ。どうやって飛んでるのさ」
「うーん、そう言われると、どうやって飛んでるんでしょうか?」
「なんだ、乗ってる本人も分かんないのかい!?」
「ええ、そういうことは主人にお任せで、私はさっぱりです」
「主人って……もしかしてあんた、あの操縦士の奥さんなのか!?」
「ええ、そうですよ」
なぜかそれを聞いて、たくさんの人が集まってきた。
「なあ……そういやああんたって、あの操縦士とは違う星の生まれなんだろう?」
「そうですよ」
「でも、どうして夫婦になれるんだ!?」
「そりゃあ、好きになっちゃったからですよ。なんでそんなこと聞くんですか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……なんていうのかな、違う星の人間同士、生物的にどうなんだ!?」
「なんですか、生物的にとは?」
「だからその……一緒に寝て、やることやったり、子供を作ったりできるのかっていうか……」
「そりゃあできますよ。私の母は地球122の人と結婚して、子供が生まれましたよ」
「なんだって!?じゃあ、星が違っても、同じ人間ってことなのか!?」
皆、私の身体をまじまじと見てくる。なんだか妙な話になってきたな。皆の視線が痛い。話題を変えよう。
「あの、それよりもこの航空機って、馬が1000匹分の力が出せるんですよね?」
「あ、ああ、そうだよ。最新鋭の戦闘機で、12.7ミリの機関砲を搭載したやつだ」
「これでさっきの恐獣ってやつをバタバタと倒してるんですよね?」
「ああ、そうだ……と言いたいところだが、これでもなかなか歯が立たない。恐獣は羽根の付け根のあたりが弱点だと分かったから、そこをめがけて機関砲を撃ち込むんだ。それがうまく当たれば、どうにか落とせるんだがな……」
「そんなに硬いんですか?あの恐獣っていうのは?」
「ああ、強いなんてものじゃない。硬い鱗で覆われてて、7.7ミリではまったく歯が立たなかったからな。今開発中の20ミリ機関砲が実戦配備されれば、もうちょっとは楽になるんだろうけどな」
「ふうん、そうなんだ」
「それよりも、あんたらのあの武器だ。あれは一体なんだ!?」
「ええと、私もよく知らないんです。ビーム砲っていう武器らしいんですけどね」
「へぇ……ビーム砲っていうんだ」
「駆逐艦にはもっと大きなやつがついてますけどね」
「なんだって!?あれよりももっと、強力なやつがあるのか!?」
「ええ、なんでも、私の住む帝都という大きな街の半分を、一撃で灰にできるほどの威力らしいですよ」
「街の半分が一撃で灰って……あんた、そういうことは、にこやかに話すものじゃねえよ……」
なんだか、ドン引きされてしまった。いかんいかん。私はさらに話題を変える。
「ところで、この街はどういう街なんですか?」
「ああ、このアルバーニョという街は元々、交易で栄えた街なんだ。ここらは小さな王国がたくさんあって、それぞれの国が特産品を取引していたんだが、それらの品が通る街がこのアルバーニョなんだ」
「へぇ~っ、それじゃあ、美味しい食べ物とかあります?」
「そりゃあもう……と言いたいところだが、最近はあの恐獣のおかげで、交易どころじゃなくなってきてな」
「そうなんですか?それは困っちゃいましたね」
「そうだよ。街の人口も半分以下になって、今じゃ恐獣迎撃のための拠点になっちまった。やれやれだぜ」
「大変なんですね、皆さんも」
私がここの兵士達と話をしていると、キースさんがやってきた。
「オルガ。ここの隊長さんと話したんだが、駆逐艦をここに停泊しても構わないということになったよ」
「ええっ!?そうなの?それじゃあ……」
「ああ、今、無線で呼びかけた。6189、6190号艦共に、こちらに向かっているそうだ」
せっかくこの星の住人と接触し、意思疎通ができたため、できれば人の住む場所のそばに行きたいと、うちの艦長が言い出したそうだ。そこでキースさんがフェルピンさんと交渉して、駆逐艦をこの滑走路の横に置かせてもらうことになった。
「でも、大丈夫?駆逐艦を見て、みんなびっくりするんじゃないかしら?」
「そういやオルガの帝都でも、初めは大騒ぎになったんだよね。でも、どのみちあれに慣れてもらわないといけないわけだし、我々が危険な存在でないと分かれば、いずれ驚くこともなくなるだろうさ」
「そうだね。確かに、駆逐艦も艦隊と合流するまで、人里離れた場所でじっとしているのも嫌だしね」
キースさんは、早速この滑走路にいる人々に駆逐艦のことを話し始めた。かなり大きなものが来ると言い聞かせているようだが、やっぱりみんな、ピンときていない。
そのうち、見張り台にいる人が叫び始めた。
「大変だぁ!接近する物体を視認!」
もう駆逐艦が来たのかな?と思ったが、次の見張りの言葉で、そうでないものが来たことを悟る。
「恐獣が多数、街に接近中!航空隊、直ちに発進!」
ウーッというサイレンの音が鳴り響く。それを聞いた周りの兵士達は、バタバタと動き出す。
「イスパーノ隊、発進だ!回せー!」
ピーっという笛の音が鳴り響く。たくさんの人が、プロペラのついた航空機に駆け寄る。
そばにある戦闘機を見てると、一人がカクカクとした形の棒をプロペラのすぐ後ろあたりに突っ込んで、力一杯回し始める。プロペラがゆっくりと回り始める。その間に、パイロットらしき人が操縦席に乗り込む。
フォーンという音がする。棒を回す兵士が、パイロットに向かって叫ぶ。
「始動!」
その直後、この戦闘機はババババッと急にけたたましい音を立て始める。プロペラが勢いよく回り出す。
その風に煽られて、私のスカートがめくれる。必死になってスカートを抑える。
そんな私に、キースさんが叫んだ。
「オルガ!我々も出るぞ!乗れ!」
「は、はい!」
私は哨戒機に向かって走る。
たくさんのけたたましい音を立てるプロペラ機が滑走路に向かって集まる。何機かがその滑走路を走り、ふわっと飛び上がる。
その真上を、あの黒い身体の生物が横切るのが見える。もう何匹かが、ここにたどり着いてしまったようだ。
私は哨戒機に乗り込む。ハッチを閉じる。
「1番機、発進!」
再びあの不気味な生き物と戦うため、キースさんは哨戒機を発進させた。




