#61 恐獣
『6190号艦より1番機!新たな機影を確認!数、およそ100!最初の集団に向かって飛行中!』
「1番機より6190号艦!そいつも翼竜か!?」
『は?翼竜!?』
「最初の飛行集団170は目視にて、ファンタジー映画に出てくるような翼竜と確認!これより、こちらの映像を送る!新たな集団も、なんらかの生物である可能性があると思われる!」
『了解……こっちでも映像を確認した……本当にこれは……翼竜か!?』
「1番機より6190号艦!もう一方の集団の監視を行う!」
『了解!別集団は、速力250!先の翼竜の集団よりも速い!警戒せよ!』
「了解!警戒しつつ、接近する!」
無線でのやり取りの後、キースさんは哨戒機を新たな集団に向けて飛ばす。
「1番機より6190号艦!速力800にて飛行中!別集団まで、あと4000!」
私は双眼鏡でその集団を見てみた。
「あれ?なんでしょうか?」
「オルガ、なにが見える!?」
「ええと、あれは……どう見ても、航空機ですね。が、何というか……まるで複座機のように透明なキャノピーがついてるんですが、先端がぐるぐると回ってて……」
「こちらでも確認した!あれは、レシプロ機です!」
「なに!?翼竜の次は、レシプロ機!?どうなってるんだ、この星は……」
「まもなく、両者が接触します!レシプロ機集団が、高度を上げました!」
「こっちも駆逐艦に映像を送る!まったく、なにが起こるんだ?」
私は双眼鏡を使って、食い入るように見る。そばにいる武官に尋ねる。
「あの、レシプロ機って何ですか?」
「ああ、なんていうか……オルガレッタさんは、扇風機を知ってますよね?」
「はい、あの羽がぐるぐる回って風を起こすやつですよね」
「あんなような羽が前についていて、その風で揚力を起こして空を飛ぶ航空機をレシプロ機っていうんですよ」
「へぇ……扇風機で飛ぶんですか」
そのレシプロ機と呼ばれる扇風機付きの航空機は一旦、高いところに上がり、そこから翼竜に向かって一気に降下し始める。
オレンジ色の光の粒が、翼竜に浴びせられる。何匹かがそれを受けて身体をよじらせるが、すぐに体制を立て直す。
レシプロ機は再び上昇する。そして上からまたオレンジ色の光の粒を浴びせる。そして、翼竜の横ギリギリをすり抜けて、また旋回して高度を上げる。これを繰り返す。
だが、翼竜は身体をよじらせるものの、その後何事もなかったかのように飛び続ける。その翼竜を何度もレシプロ機達は襲いかかる。
が、一匹の翼竜が尾を振った。ちょうどその横をすり抜けようとしたレシプロ機に当たる、羽がもげて、くるくると回りながら落ちていく。
それでも翼竜への攻撃は続く。何度かすり抜けるうちに、一匹の翼竜が力尽きたかのように落ちていく。
「やはり、空中戦をしかけてるようだな。しかし、航空機の方が不利なようだ……彼らの武器は、ほとんど効かない」
「どうなっちゃうんです?」
「うーん、ただ、航空機は翼竜にはたき落とされない限りは大丈夫だから、このまま弾切れになるまで打ち続けるだけじゃ……」
キースさんがそう言った時、一匹の翼竜が突然、火を噴いた。
ものすごい炎だ。レシプロ機の何機かがその炎を浴びた。
その日を浴びた機体は、ぱらぱらと落ち始める。中には炎を上げながら落ちるものもいる。
「あれ?レシプロ機が落ちていきますよ!?」
「炎を浴びて、酸欠になったんだろう。おそらく、エンジンが停止したんだ。燃料に火がついたものもいるようだな」
どうやらあの航空機は、翼竜相手に苦戦しているようだ。もう4機が落ちていくのが見える。
元々翼竜が170匹もいて、落ちたのは一匹だけ。一方、100機しかいないレシプロ機は、すでに4機が落ちている。
それでもレシプロ機の方は諦めずに攻撃を続けている。
「なんで逃げないんでしょう?あのまま攻撃を続けても、勝てる見込みなんてなさそうなのに……」
「もしかしたらあの翼竜、人里を襲うんじゃないのかな?」
「ええっ!?人を襲うの!?」
「だって、映画ではワイバーンが人を襲うことなんて普通ですからね。それであの航空機隊は懸命に襲いかかっているんじゃないのかな」
ああ、そうだ。映画「魔王」シリーズでも、ワイバーンが人里を遅い、たくさんの人を食い尽くすシーンがあった。あのまま翼竜を見逃せば、どこかの街がやられてしまう。
「この哨戒機で、あの翼竜を倒せないの!?」
「いや、できるけど、艦長の許可が……」
「そんなの、すぐにもらえばいいじゃない!」
「わ、わかったよ、オルガ!ちょっと待ってて!」
無線機に向かって、翼竜撃墜許可をもらうキースさん。その間にも、火を噴いた翼竜のおかげでまた3機ほど落ちていくのが見える。
ああ、もどかしい。あんな羽の生えたトカゲのようなやつに、バタバタと航空機が殺られるのはとても見ていられない。私はハラハラしながら、キースさんと駆逐艦とのやり取りを聞いていた。
『6190号艦より1番機!撃墜許可、了承!ただし、レシプロ機には注意せよ!』
「1番機より6190号艦!了解した!直ちに迎撃にうつる!」
哨戒機は速度を上げる。あの翼竜とレシプロ機が絡み合う戦場を、ものすごい速度で通り過ぎる。
一旦、この戦場をぐるりと回った後、翼竜の集団の後ろ側で、レシプロ機がいない場所にめがけて機首を向ける。
「発砲用意!1バルブ装填!目標、翼竜集団!」
「了解!1バルブ装填!」
キィーンという音が鳴り響く。
「装填完了!照準よし!」
「よーし、撃てーっ!」
青白いビームが一直線に伸びていく。その先にいた翼竜数匹の身体が、まるで溶けたチーズのように飛び散っていく。
「第2射用意!装填!」
「装填よし!照準よし!」
「よし、撃てっ!」
またビームがさーっと伸びていく。翼竜の集団を横切るそのビームは、まるでナイフのようにその先にいる翼竜を切り裂いていく。バタバタと落ちる翼竜達。
ざっと4、50匹は落ちただろうか?それを見た残りの翼竜はくるりと身体を翻し、引き返していく。
「攻撃やめ!しばらく、様子を見る!」
哨戒機は速度を落とし、翼竜が去っていくのを見届ける。
さて、レシプロ機の集団はというと、我々同様、去っていく翼竜の集団を見届けていた。
そのうち何機かが、この哨戒機の前に出てくる。しきりに羽を上下に振っている。
内、1機がキャノピーを開けて、手招きをする。どうやらついて来いと言っているようだ。
「あなた、どうするの?」
「うーん、断るわけにはいかないだろうな。駆逐艦に連絡して、ついていくことにするよ」
キースさんは駆逐艦に連絡を入れる。
「1番機より6190号艦!翼竜の集団は撤退し、戦闘は終了!ただし、レシプロ機集団より手招きあり!彼らとの接触を行いたい!接触許可を!」
『6190号艦より1番機!艦長に確認する、しばし、待機せよ!』
待機せろよ言われても、あちらが誘ってる以上はついていくしかないだろう。レシプロ機の編隊の後ろを、キースさんの哨戒機はついていく。
結局、艦長からの許可が下りる。敵対的な態度でない以上、接触する方がなにかと都合がいい。我々はまだ、艦隊からはぐれたままだ。
しばらく飛ぶと、街が見えてきた。その横には……なんだか、とても大きな道路のようなものがある。
「あの滑走路に降りろってことかな」
レーダー担当の武官さんがつぶやく。
「滑走路?」
「ああ、ここの航空機は空中で止まることができないんだ。だから、降りるために少し走らなきゃいけない。飛ぶ時も一緒さ。そこで、航空機の離発着をするための大きな道路のようなものがいるんだ。それが、滑走路だ」
そう教えてくれる武官さん。確かに今、目の前であのレシプロ機と呼ばれる航空機が次々とその滑走路に沿って下りていくのが見える。
我々は、手を振って招いてくれた人の乗った航空機のそばに行く。そこで停止し、ゆっくりと降りる。周囲には、人が集まってきた。
「さて、誘われるがままにやってきたが、どうしたものか?」
「どうするって、出て行って話すしかないんじゃないの?」
「うん、そうだけど、言葉が通じるのかなぁって思ってさ」
「どういうこと?」
「ここが統一語を話す人かどうか、確認できていない。駆逐艦で受信したアナログ放送は統一語だったけれど、ここの住人がどうかは分からない」
そういえば、この宇宙には「統一語」と呼ばれる言葉がある。
不思議なことに、どの地球に行っても必ず話されている言葉があって、それを「統一語」と呼ぶのだが、未発見の地球の人と接触するときは大抵、この言葉が通じる統一語を話す住人と始めるのが基本だそうだ。
今回は、その統一語を話す相手かどうかの確認ができていない。不安を抱えたままの住人とに最初の接触をいきなり試みることになる。
哨戒機のハッチを開く。すると、突然大きな音が響く。
ババババッというけたたましい音が、あちこちからする。おまけに、ものすごい風だ。レシプロ機というやつは、プロペラという扇風機のようなものを回すのにものすごい音を出す機関を使うらしい。そのプロペラが引き起こす風が、砂ぼこりと私のスカートを巻き上げる。
スカートを抑えながら、キースさんや技術武官の人と共に外に出る。すると、いかつい感じの人がこちらに寄ってくる。
「あんたが、操縦士か!?」
男が尋ねてきた。なんだ、言葉が通じる。キースさんが応える。
「そうです!」
周りがうるさいから、会話がしづらい。だが、男はキースさんに向かって言う。
「あんたは突然現れて、我々の獲物である恐獣に向けて、見たこともない武器を使い、我々を驚愕させた!おまけに、危うく我々もその武器に巻き込まれそうになった!そして……」
うわぁ……機嫌悪そう……いきなり喧嘩腰だ、どうなるんだろう。
「そして、我々を救ってくれた!航空隊全員に成り代わり、礼を申し上げる!」
すると、そこにいた全員が一斉に敬礼をする。キースさんや技術武官、そして私も敬礼をする。
「俺は第32航空隊の隊長、フェルピン少佐だ!」
自己紹介をしつつ、手を伸ばしてきた。
「私は地球122、遠征艦隊所属の駆逐艦6190号艦パイロット、キース中尉です!」
けたたましい機関音のなか、キースさんも名乗りながら手を出す。2人は固く、握手をする。
これが、この星の住人との最初の接触だった。




