#60 遭難
『直撃弾!左舷シールド、および第2噴出口を破損!』
まるで大地震に見舞われたかのような大揺れの後、艦内放送で私の乗る駆逐艦6190号艦の状況が伝えられる。どうやら、この船は被弾してしまったらしい。私のいる食堂に、緊張が走る。
『砲撃中止!ダメージコントロール!応急員は直ちに左舷後方の第7ブロックへ急行せよ!パイロットは格納庫で待機!』
緊迫した艦内放送が流れる。食堂内は先ほどの衝撃でテーブルや椅子や調味料がひっくり返ったものの、特に大きな損傷はなし。何人か衝撃で転んだものの、けが人はいない。ここにいる限り、この船が被弾したという実感は全くない。
だが、パイロットには被弾時には格納庫に直行するという仕事があるそうだ。この船が深刻なダメージを受けていた場合は、艦長が退艦命令を出す。その時、生き残った乗員は脱出カプセルに移り、退艦することになっている。そのカプセルを、哨戒機が集めて引っ張っていくのだ。
というわけで、キースさんはその退艦命令に備えて格納庫に向かう。私は、不安げな顔でキースさんを見送る。
「大丈夫だよ、オルガ。じゃあ、行ってくる」
そう言って、キースさんは格納庫に走っていった。
私とキースさんは今、300隻の駆逐艦と共に地球122に向かっている。
先延ばししていた新婚旅行も兼ねたこの旅路の途中で、あろうことか敵と遭遇してしまったのだ。
ちょうど地球122と816の中間にある中性子星域で、連盟軍300隻と遭遇。偶発的に発生した戦闘に、私は巻き込まれてしまう。
そして戦闘開始から2時間、私の乗る駆逐艦6190号艦が被弾した。
『左側機関停止!推力低下!戦闘の継続、不能!』
さっきから、不安を煽るような艦内放送しか流れてこない。もう少し、気の利いた放送を流してくれないものだろうか?私は船外服を着て、万一に備えている。しばらくすると、艦内放送が流れる。
『達する。艦長のジャンピエロだ。当艦は戦闘継続不能のため、これより戦線を離脱する。駆逐艦6189号艦と共に近傍にあるワームホール帯に突入し、現宙域を離脱。ワープ先にて救援を待つ。各員、混乱なきよう、自身の任務を全うせよ。以上』
えらいことになった。そこまで深刻なんだ、この船。だが、退艦するほどじゃないらしい。
連盟軍の射程から離れるため、後退を始めた駆逐艦6190号艦。食堂のモニターには、だんだんとビームが少なくなるのが見える。
『ワームホール帯を確認!ワープ準備!』
『ワームホール帯の位置情報を、艦隊に打電せよ!見失われるぞ!』
『了解しました!位置情報を戦艦ヴィットリオに打電!』
『まもなく、ワームホール帯に突入!あと、30……25……20……』
艦内放送からも、艦橋の混乱ぶりが手に取るようにわかる。ますます不安になる一方だ。
食堂のモニターを眺めていると、不意に周りが真っ暗になった。ワープに入ったようだ。そしてすぐに、ワームホール帯を抜ける。モニターの画面が明るくなる。
が、ちょっと明るすぎる。あまりに明るいので画面を覗き込むと、地球の表面が見えた。
『おい!目の前に地球型惑星があるぞ!?どこだここは、確認せよ!』
『あの中性子星域から直行できる地球型惑星など、航路図データには登録されていません!』
『そんなこと言ったって……じゃあ、あれはなんだ!?』
『地球型惑星、近すぎます!重力圏につかまりました!当艦は、惑星表面に向かって降下中!』
『機関最大!前進いっぱい!』
『ダメです!左機関の出力、依然として不安定!大気圏に突入します!』
『バリア展開!大気圏突入態勢に移行!』
『了解!大気圏突入態勢に移行!対地レーダー作動準備!』
一難去ってまた一難、敵の砲撃を逃れたかと思ったら、今度は間近に現れた星に落っこち始めた。
『右機関でのみ逆噴射開始!減速開始します!』
ああ……どうして最近の私、崖っぷちな人生ばかり歩んでるんだろう?いや、今度こそ、死ぬのかな。コーリャさんへの土産話、残念ながらあまり作ることができなかったな……そんなことを考えながらモニターを見ると、画面いっぱいにオレンジ色になっている。あれはプラズマというものが発する光だそうだ。大気圏に突入した証拠だ。
数分経ち、大気圏突入時に見られるオレンジ色の光が消えた。あたりには青い空が広がる。
「ど、どうなっちゃったの?」
主計科のアナリタさんが、心配そうにモニターを見上げている。あれから艦内放送も入らず、まったく状況が分からない。
「ちょっと私、艦橋に行ってきます!」
「あ、オルガちゃん!」
私は船外服を着たまま、艦橋のある15階を目指す。エレベーターで上がって、艦橋の中に入った。
「速力、安定しつつあります。まもなく、当艦は停止します」
「大気組成は、窒素79パーセント、酸素20パーセント。気圧、1022ヘクトパスカル。天候は晴れ。典型的な地球型惑星のようです」
「僚艦は?」
「ついてきてます。駆逐艦6189号艦、我が艦の後方700メートルを追尾中」
「それにしても、ここが連合か連盟、どちらの陣営の星か、調べる必要があるな。惑星コードを受信できないか?」
「ダメです。識別コード用バンドに、まったく反応なし。ただ……」
「どうした!?」
「アナログ音声の電波をキャッチしました」
「アナログだと?」
「はい、スピーカーに流します!」
艦橋内も混乱しているらしい。私はヘルメットの前カバーを上げる。
すると、妙に力強い音楽と共に、何かが流れてきた。
『……モンテカーラ連合王国、大本営発表!我が王国軍第5師団は、ヴィエンヌ高地にて恐獣集団と会敵しこれを攻撃!機甲部隊と航空戦団との連携によりこれを圧倒し、撃滅せしめたり……』
延々と、強い口調の放送が聞こえてくる。なんだこれは?言葉はわかるが、意味がわからない。
「なんだ、今の放送は?」
「分かりません。ですがここは……」
「さっきの内容、まるで戦争状態じゃないか。ここは本当に、どちらかの陣営の星なのか?」
「識別コードは依然、確認できません。おまけにこのラジオ放送はアナログ。つまり連合、連盟に属する星とは考えられません。つまりここは……」
「まさかとは思うが、我々は未発見の地球に偶然、降り立ったというのか?」
「非常に稀な確率での出来事ですが、そうとしか考えられません」
「そうか」
しばらく、艦長は考え込む。何が起きたのだろう?私にはよく分からないが、普段は全く焦りなど見せたことがないこの艦長さんが頭を抱えるほどの事態が起きたのだと、そう察した。
「駆逐艦6189号艦の艦長に連絡!この星の情報を、可能な限り収集せよ!」
「了解!」
艦長と副長の会話が続く。私は、そばにいる士官に尋ねた。
「あの~、この艦は今、どうなってるんですか?」
「ああ、オルガレッタさん。どうやらここが、未知惑星じゃないかってことになってるらしくて……」
私と話していたその士官は、突如目の前のモニターに何かを見つけたようだ。
「レーダーに感!3時の方向!小型の飛翔体多数!数、170!速力70!我が艦の方へ向かいつつあります!」
「なんだと!?接触予定時刻は!?」
「このままですと、およそ40分後!」
「うーん、速度が遅いが、初期型の航空機である可能性があるな……もしここが未知惑星だとすれば、いきなり我々の姿を晒すのはまずいな……よし、航海長、このまま後退微速、この空域を離れる。通信士、その旨を僚艦にも連絡」
「了解!両舷微速、後退!」
ゆっくりと後ろに動き始めた駆逐艦。そこに艦長がさらなる指令を出す。
「偵察のため、哨戒機を発進させる。1番機、キース中尉機を発艦させる」
「えっ!?キース中尉機!?」
キースさんの哨戒機を出すつもりらしい。私は艦長に詰め寄る。
「艦長!」
「な、なんですか、オルガレッタ殿」
「私も哨戒機に乗せてください!」
「はあ?あなたを?」
「私だって雑用係の一員です。お役に立てるかもしれません!」
「いや、雑用係じゃなんの役にも……」
「それとも私の夫に、妻にも打ち明けられないほどの危険な任務をやらせようとしてるんですか!?」
「いや、多分、危険はないだろうが……」
「だったら、いいじゃありませんか!私に哨戒機への同乗許可を!」
と言って詰め寄ったら、哨戒機に乗っていいということになった。私は急いで第1格納庫に向かう。途中の会議室で船外服の着替えを済ませて、雑用係のあの制服で登場した。
ちょうど格納庫では、整備員が庫内の片付けを行なっている。発進準備ができたようだ。
「あれ?オルガ、どうしたの?」
「私も行きます!私はあなたの妻ですから!」
「いや、別に妻が夫の航空機に乗らなきゃいけないってことは……」
「艦長にも許可をもらいました!何が起こってるのか分からないのは嫌なので、行くったら行きます!」
「相変わらず、強引だなあ……まあ、いいよ、偵察任務だし。じゃあ、行こうか!」
「はい!」
私は、キースさんの哨戒機に乗り込んだ。他に技術武官と武器担当の士官が乗り込み、発艦準備が整った。
「1番機より6190号艦!発進準備完了!発艦許可願います!」
『6190号艦より1番機!発艦許可了承!ハッチ開く!』
グォーンという音とともに、ハッチが開いた。大きなアームが、この哨戒機を持ち上げる。
「1番機、発進する!」
レバーを引いて、アームを解除したキースさん。そのまま駆逐艦の表面を舐めるように前進し、駆逐艦を離れた。
『6190号艦より1番機、艦の損傷具合を確認したい!旋回し、艦左側面の映像を送れ!』
「1番機より6190号艦。了解、これより左側面に回る」
哨戒機は大きく旋回する。駆逐艦6190号艦の左側が見えてきた。
「ひどいな……第7ブロックがやられたって聞いてたけど、ここまでとは……」
私も窓から駆逐艦を見た。駆逐艦の左側面には、中央から後方にかけて真っ黒な筋がスーッとついてて、後ろの方でその筋が大きく開いている。その開いた筋の中心には大きな穴が開いていて、後ろの噴射口までその傷が伸びている。
「うわぁ……あんな状態で、よく飛んでいられるのね……」
「機関は幸い無事で、一時停止していた左側機関もなんとか直ったらしい。ただ……」
「何か、あったんです?」
「……直撃時に、10人が吸い出されたらしい。未だに見つかっていないんだ」
「ええーっ!?10人も!?」
思ったより人の被害は大きかったようだ。よりにもよって、やられたのは2人のパイロットと整備士8人らしい。
「どうして私以外のパイロットがあそこにいたのかは分からないが、おかげでこの艦のパイロットは私だけだそうだ。あとは駆逐艦6189号艦に2名いるだけだ」
「そんな!哨戒機を飛ばせるのは、6190号艦にあなた1人なの!?」
「うん、そういうことになる」
なんということか。キースさんの同僚のパイロット2人を、私は知っている。よく食堂で話もしたが、あの2人が死んじゃっただなんて……
駆逐艦をぐるりと一回りした後、哨戒機はレーダーが見つけた場所まで飛んでいく。
これから、どうなっちゃうんだろう……生き延びたはいいけれど、傷ついた駆逐艦で、見知らぬ星に降り立ってしまった。本当に地球122へ行けるんだろうか?
などと考えていると、後席にいるレーダー担当の技術武官の人が叫ぶ。
「前方に機影多数。数、170。速力、80。距離、4000メートル」
「そろそろ、姿が見えるか?」
「お待ちください。今、確認中」
もう一人の少尉さんが、双眼鏡で前を見ている。
「見えました!機影を視認!あれは……なんだ!?」
「何が見えた!?」
「いや、それが……」
「ちゃんと報告せよ!」
「あの、それが、どう見ても翼竜なんです!」
「よ、翼竜!?」
キースさんが驚く。私はそばにいる武器担当の少尉さんに尋ねる。
「なんですか、翼竜って?」
「魔王の映画に出てくる『ワイバーン』ていうのがあるだろう。ああいう、羽根の生えた竜のことさ」
「へぇ~……って、あれ、実在するものなんですか!?」
「いや、普通はいないよ。だから驚いてるんだよ」
「あの、ちょっと双眼鏡を貸してください!」
私も双眼鏡を借りて、その集団の姿を見た。そこには確かに羽根の生えた竜が、集団で空を飛んでいた。




