#6 奴隷
結局、私は宇宙に8日間も滞在した。
その間に私は、この駆逐艦の人達と仲良くなれた。食堂で話す相手が日に日に増えていく。最後には、いろんな人に声をかけられるようになった。
駆逐艦の生活は、とても快適だ。部屋にはテレビというものがあるが、あれはなかなか面白い。
遠く地球122の山の風景や街の様子、食べ物の紹介が流れてくる。
特にドラマというのが面白くて、この8日間の間、毎日、恋愛もののドラマを見ていた。
『ああ、私はあなたのことが好き……でも、私を置いて、あなたは遠くの星に行ってしまうのね……』
『3年だ。3年もすれば、帰ってくる。それまで僕のことを、待っていて欲しい。きっと、迎えに来る。きっと……』
食堂から持ってきたピザをもしゃもしゃ食べながら、私はそのドラマを見入っていた。
それにしてもだ。あんなに人を好きになれるものだろうか?私にはよく分からない。しかも3年も離れたら、絶対に忘れてしまいそうなものだ。
でも、この船にもああやって地球122に恋人を残してきた人はいるのだろうか?もしかすると、あのフェデリコさんにも故郷の星に残る恋人がいたりして……ドラマを見ながらそんなことを考えていたら、急に可笑しくなってピザを吹き出した。
そういえば、その8日間のうちに、戦艦という場所に行く機会があった。
これが、呆れるほど大きな船だった。
駆逐艦は全長300メートルほどの長さだが、戦艦はその10倍ほどの長さがあり、私が乗った戦艦ヴィットリオは3700メートルもあると言っていた。
その戦艦に「入港」する際に、私は艦橋に呼ばれてその戦艦の姿を見せてもらった。
船が船に入港するなんて変なの。そう思っていたが、その姿を見ると納得だ。
大きい、とにかく大きい。帝都の平民街がすっぽり入るくらいの灰色の巨大な岩の塊が、艦橋の窓いっぱいに広がっていた。
その戦艦に立ち寄って何をするのかといえば、駆逐艦の補給作業をするんだそうだ。で、その補給作業にかかる時間は10時間。その作業中、駆逐艦の中の人は戦艦に入ることができるという。
でも、こんな大きな船に乗ってもね、ただ広いだけで、どうするんだろうかと思っていたが、キースさんから一緒に行かないかと誘われた。
「いいですけど、あの大きな船の中って、何かあるんですか?」
「はい、街があるんですよ」
「へ!?街!?」
あの船、大きいだけあって、中に街があるというのだ。私はキースさんに連れられて、その街に行った。
駆逐艦を降り、電車という乗り物に乗って、その街に到着する。目の前に現れたのは、まるでショッピングモールをいくつも重ねたようなところだった。
150メートルの高さを4つに区切る床の上に、たくさんの店が並んでいる。それが、縦横400メートルも続く。
雑貨屋に服屋、スポーツ店に映画館など、ショッピングモールにあるような店はもちろん、見たことのない店も並んでいる。
その街には、人がたくさんいる。ここには2万人が暮らしているそうだけど、そこに補給中の駆逐艦の乗員も訪れるから、どこへ行っても人だらけだ。
そしてその街のてっぺんには、呆れるほどでかい電球がいくつも並んでいる。うわぁ……この船の雑用係は大変そうだ。私が関わる船が、駆逐艦だけでよかった。
私はキースさんに連れられて、その街を巡る。そこで私はキースさんと一緒に、カレーライスなるものを食べた。
ちょっと辛いけど、美味しい。弟が大喜びで食べそうな食べ物だ。そのあと映画館に行き、そしてゲームセンターにも行った。
ショッピングモールの4階にもあるこれらの娯楽に、私は初めて足を踏み入れた。映画館の大きな画面で見たのは、「魔王」という映画。邪悪な黒い闇を操る魔王が、無数の悪魔のような手下を操って人の住む世界を襲う。そこに勇者と呼ばれる騎士が現れて、最後にはその魔王を倒す。そういう話だった。
でも、これがとても怖くて恐ろしくて、それでいて痛快だった。苦闘の末、勇者が魔王を倒した時は、私は思わず歓喜し、涙が出た。
そういえば、あの時戦った連盟軍という敵は、闇物質という星間物質に紛れて、我々を待ち構えていたそうだ。それをフェデリコさんは喝破し、返り討ちにした。闇物質というものを使ったその連盟という敵も、この魔王のような連中だったのだろうか?そう思うと、とんでもない奴らだ。
でも、私が運んだ洗剤や電球のおかげで、私の乗る駆逐艦はその魔王のような敵に勝ったのだ。そうフェデリコさんは私に言った。何気なく台車で運んでいたあの荷物に、そんな力があったなんて、この時まで私は知らなかった。この魔王の映画を見ながら、私はこの仕事をしていて本当に誇らしいと思えた。
キースさんとは、この戦艦の街をあちこち回った。カフェで甘いものを頂いたり、公園のベンチに座って話もした。
しかしこのキースさん、本当によく喋る人だ。地球122での思い出話やこの遠征艦隊に入ってからの話。この星に来たばかりの時は、キースさんは哨戒機で毎日飛び回っていたらしい。
「宇宙では僕らパイロットは、あまり役に立たないんですよ。でも、未知の惑星を探索する時は、哨戒機のような航空機が大活躍できるんです。やっと活躍の場を得られて、大変だったけど、楽しかったなぁ」
「そうだったんですか。キースさん、この1年ほどの間、そんなことをしていたんですね」
「そうなんです。でも、帝都常駐になってから、またちょっと暇になっちゃいましたけどね」
「そうなんですか?じゃあ今は、何をしていらしてるんです?」
「帝都の宇宙港で、哨戒機のパイロットを育ててるんです。地球816の人達もいずれあの連盟軍と戦えるだけの力をつけないといけませんからね。そのお手伝いをしているんですよ」
「へぇ~っ!そうだったんですか!素晴らしいです、キースさん!」
「そ、そうですか?」
「あの映画の勇者みたいですよ!魔王のような連盟軍をやっつけるために、日々活動していらっしゃるなんて、まさに勇者ですね!」
「そ、そうかな……いや、それほどのものじゃないと思うけど……」
頭をかきながらにやにやしているキースさん。聞けば、キースさんが教えているのは、貴族の次男坊や騎士ばかりだという。平民の私など口も聞いてもらえないような人達を相手に、哨戒機の使い方を指導しているだなんて、キースさん、やっぱり凄すぎだ。
さて、そんな8日間を経て、やっと帝都の宇宙港に帰ってきた。
駆逐艦6190号艦が繋留ロックに繋がり、出入り口が開く。私は、8日ぶりに地上に降りてきた。
そこに、リリアーナさんが立っているのが見えた。
「リリアーナさん!」
私はこの8日間を共にした台車を押して、リリアーナさんのところに駆け寄る。
「オルガちゃ~ん!久しぶり?!」
「うわぁ~ん!リリアーナさ~ん!やっと会えた~!」
泣きながら抱き合う2人。
この8日間は、私はただただ乗っているだけの存在だった。が、やっとここで仕事ができる。駆逐艦でも主計科の仕事を頂いていたが、やっぱりやることはここよりも少ない。その分、駆逐艦の中を見て回り、どういう使われ方をしているかを学ぶことができたが、ここでの仕事の方がやりがいを感じる。なんといっても、私の運んだ電球や洗剤は、魔王を倒す力があるんだ。やりがいを感じずにはいられない。
「リリアーノさん、ごめんなさい。私がいなくて、忙しかったんじゃないですか?」
「いや、それがね、緊急発進で一隻残らず宇宙に行っちゃったから、結構暇だったのよね」
「あ、そうだったんですか。そういえば、そうですよね。あの時、みんな宇宙に行っちゃいましたから」
「忙しくはなかったんだけど、オルガちゃんロスで寂しくなっちゃってね。あまりに寂しかったので、彼女を雇ったのよ」
「彼女……?」
よく見ると、リリアーノさんの横にもう1人、立っている。
私と同じくらいの娘、でも、物静か過ぎて、どこか暗い感じの娘だ。
着ている服は、私と同じ平民向けの服。だけど、どこか取ってつけた感じの着こなし。何故か少し、違和感を感じる。
「私は、ガエルと言います……歳は18、奴隷です」
ああ、やっぱり同い年なんだ。って、何?ちょっと今、奴隷って言わなかった?私はリリアーノさんに尋ねる。
「あの、リリアーノさん、この人は一体……」
「ああ、あのね、帝都の平民街を超えて、南に行ったところにある街に行ってね。そこで出会ったの」
「ええーっ!あ、あそこは帝都でも裏市場と言われる場所で……そういえば、奴隷市場もあるらしいですが、まさか……」
「そうよ。そこで買ったの」
「じゃあ、本当に……」
「そう、昨日までは、この娘は確かに奴隷だったわ。でも今は、司令部付きの主計科所属の従業員。なんら恥じる身分ではないわ!」
「そうですけど、あの、いくらだったんですか?」
「850ユニバーサルドル」
「ええ〜っ!?そんなにしたんですか!?」
「たいしたことないわよ。司令部の経費で落としちゃったし」
「ええっ!?まさか司令部のお金で買ったんですか!?」
「そうよ。人助けになる上に、人手不足も補えるし、いいことづくめよ。さすがに領収書には『奴隷』って書けないから、『求人斡旋費用』て書いてもらったけど」
なんだか頭がくらくらしてきた。リリアーノさん、とうとう裏市場にまで手を出しちゃったのか。
「というわけで、ガエルちゃんの教育、お願いね~!」
「ええ~っ!?わ、私が教育するんですかぁ~!」
結局、彼女の教育を、いつものように丸投げされてしまう。
こうして駆逐艦の前で、私とガエルさんが残された。
「じゃ……じゃあ、まずは補充作業のやり方、覚えようか」
「……はい」
うーん、ちょっと彼女、暗すぎる。やりにくいなぁ。でも、昨日まではあの裏市場で売られていた身の上だ。仕方がないといえば、仕方がない。
そこで司令部に向かう途中、ガエルさんと話す。
「ええと、ガエルさんって、どこから来たの?」
「……帝都の、奴隷市場」
「いやいや、その前よ」
「……ナタール王国」
「えっ!?ナタール王国!?って、確か1年ちょっと前に、帝国が滅ぼしたっていう……」
「そう……その王国の、とある男爵家の娘だったんです……」
「ええ~っ!?き、貴族様だったの!?すごーい!」
「滅んだ王国の貴族です。父も母も、そして兄も殺されて、私だけ兵士達に凌辱された後、その兵士らによって売り飛ばされたんです……」
ああ、しまった。聞いちゃいけない過去が出てきちゃった。話を変えよう。
「と、ところでさ、リリアーノさんのこと、どう思う?」
「どうと言われても……」
「いや、ほら、しっかりした女の人だなぁとか。元気な人だなぁとか」
「私は買っていただいた人に誠心誠意を尽くせと教えられました。どのようなお方でも、誠心誠意お使えします……」
だめだ。どうしても奴隷的な思考が取れない。
まず、2人は8階にある倉庫へと向かう。そこで私は、タブレットの使い方を教える。
「でね、ここでこうやって棚に向けると、赤く光ってね……」
ひと通り説明するが、どうも聞いてるのか聞いていないのか、反応がない。
ちょっとやばくない?暗すぎだよ、この娘。行く末が心配だ。そうだ、そのちょっと先の行く末を、見てみようか。
「ガエルさん」
「……はい」
「ちょっと手を貸して」
「……手枷を、つけるんですか?」
「そんなことしないよ!いいから、手を貸して!」
「……はい……」
まるで生気が感じられないな。本当に彼女、生きてるんだろうか?そんなガエルさんの手をとり、私は目を閉じる。
……あれ?なんだこれ。真っ暗だ。
何も見えない。暗く、寒い光景しか見えない。
どういうこと?こんなこと、初めてだ。
だが、その光景を見て、なんとなく理由が分かる。この娘、この先に希望を持っていないんだ。だから、先のことが読めないのだろう。
「ガエルさん!」
「は、はい!」
私は目を開き、ガエルさんに向かって叫んだ。
「昨日までどうだったか知らないけどさ、今日からあなたもこの宇宙艦隊司令部の栄えある雑用係なのよ!」
「は、はい……」
「その雑用係が、どれだけすごい仕事か、教えてあげるわ!」
私はつい、いきり立ってしまう。彼女は少し怯えているようだが、構わず続ける。
「あのね、この空のずっと向こうの星の世界には、連盟という魔王の手下みたいな奴らが、たくさんいるのよ!」
「ま……魔王ってなんですか?」
「この帝都を闇で覆ってしまおうっていう、とんでもないやつらよ!帝都を滅ぼして、化け物達を送り込んで、自分の住処にしようっていう恐ろしい奴らなの!そんなことになったら、平民や奴隷どころか、貴族も王族もみんな死んじゃうんだから!」
「なにそれ、怖い……」
「でもね、ここにあるあの大きな灰色の空飛ぶ船が、その連盟って奴らと戦っていてね、追い払ってくれているのよ!」
「ええっ?そ、そうだったんですか……?」
「だけど、そんな灰色の船も、洗剤や電球がなければ、戦えないのよ!だから、私達がそれらを運んでいるの!」
私の話をじーっと聞き入るガエルさん。さっきより、生気を感じるようになった。私は続ける。
「つまり、私達の仕事は、帝国貴族よりも尊くて誇りのある立派な仕事なのよ!昨日までがどうだったか知らないけど、今日からあなたは魔王と戦う勇者の一員なの!分かった!?」
「は、はい、分かりました!」
私はガエルさんの手を握る。
「だからさ、この仕事、ちゃんと覚えよう?」
「はい、私、やる気になりました。精一杯、頑張ります」
目の輝きが、さっきとは全然違う。国が滅び、親兄弟が殺され、そしてここに至るまでにたくさんの屈辱や苦痛があったに違いないけど、そんな過去とはもう、おさらばだ。私達は帝都を闇に変えようという諸悪と戦う、誇り高き雑用係だ。
私はそのまま目を閉じる。ガエルさんから、何かが見えてくる。
◇
ここは、見覚えのある場所だ。
ああ、分かった。食堂だ。司令部の食堂。ちょうどトレイを置いて、席に座るところのようだ。
その向こうには、私がいる。私が座るのを見て、彼女も椅子に座ったようだ。目線が下がる。
彼女のトレイには、私の大好きな食べ物が置いてある。
ピザだ。とろっとろのチーズ、さくさくの生地、そして、様々な味を醸し出してくれる肉や野菜が散りばめられている。
それを、口に運ぶガエルさん。一口、口の中に入れて……
◇
そこで、私は目を開けた。そして、ガエルさんに言う。
「ガエルさん!」
「は、はい!」
「じゃあ、ひと仕事やるわよ!それが終わったら、帝国貴族さえ味わえないものを食べさせてあげる!」
「えっ!?ほ、本当ですか!?」
「本当よ!だから仕事、頑張ろう!」
「は、はい!」
そして、2人でタブレットを片手に、電球や洗剤、タオルに下着などを探す。それを、台車に乗せた。
外に出て、その台車をトラックのところまで運ぶ。
「グッチオさん!」
「おう!オルガちゃんじゃないか!久しぶりだなぁ!」
「はい、やっと帰ってきました!」
「横にいるのは、一体誰だい?」
「ガエルさんと言います。新人さんなんです」
「なんだ、もう教育係をやってるのか。さすがだな。じゃあその荷物、後ろに回しな」
ガエルさんと一緒に、台車をトラックの後ろまで押していく。トラックの後ろにつくや、腕が伸びてきて、台車を中に乗せる。
「あ、あれ、一体あれはなんなんですか!?」
「ああ、あれね。ロボットアームっていう仕掛けで、ああやって重い荷物を軽々と載せてくれる、頼もしいやつなのよ」
初めて見るその仕掛けに、ガエルさんは驚いている。まあ、私だってついひと月前までは、同じような反応をしていた。
そしてトラックに乗り込む私とガエルさん。グッチオさんが、ガエルさんに話しかける。
「俺はグッチオ。トラックの運転手だ。よろしくな!」
「は、はい、よろしくお願いします」
「最初はビビるだろうけど、すぐ慣れるさ。そこにいるオルガちゃんなんて、ついひと月前までヒーヒー言いながら仕事してたからな」
「ええっ!?グッチオさん、ひどいですよ!私、ヒーヒーだなんて言ってません!」
そんなやりとりをしながら、目的の駆逐艦まで送ってもらう。
「さ、着いたぞ。じゃあな、頑張りな!」
「はい、グッチオさん。ありがとうございます」
走り去るトラックに手を振る私。一方のガエルさんは、目の前にいる大きな駆逐艦を見上げている。
「さ、これに乗り込むわよ」
「ええっ!?こ、これに乗るんですか!?」
「そうよ、これこそが魔王の手下と戦う最強の騎士!駆逐艦っていうのよ!」
「こ、これが、悪の手先と戦うんですか!?」
「そうなの、稲妻のような光をその悪魔に叩きつけるのよ!私も間近で見てたけど、もうほんっとにおっかないんだから!」
「ひええ、稲妻を叩きつけるんですか……」
「そんな駆逐艦が戦えるよう、洗剤や電球を送り届けるわよ」
「はい」
2人で台車を押して、出入り口の坂を登り切って駆逐艦の中に入る。
「そうそう、数字は覚えたほうがいいよ。これがね、1、2、3……」
私はエレベーターに書かれた数字を見せながら教える。さすがは元貴族、数字はすぐに覚えた。
「最初はね、8階にいくんだよ。そこには洗濯室や食堂、そして主計科の事務所があるの」
「そ、そうなんですか?」
早速、私は手順通りに荷物を運び込む。ガエルさんも、私のすることをじーっと見ている。
私もそうだったけど、やはり洗濯室にあるロボットアームを怖がっていた。薄暗いところに、しかも腕しかないから、怖くなるのも当たり前だ。こればっかりは、慣れてもらうしかない。
その後、艦橋にも行った。高い場所から見える風景に、ガエルさんはしばらく見とれていた。こんな高いところから帝都を見渡すことになるなんて、つい2日前の彼女なら考えもしなかったことだろう。
荷物を運び終えて、台車を押して司令部に戻ってくると、ちょうどお昼になった。
「じゃあ、ガエルさん。行くわよ」
「えっ!?どこにですか?」
「お昼ご飯を食べるの。食堂でね」
「食堂?」
「行けばわかるわよ、さ、行きましょう!」
私はガエルさんの手を引いて、食堂へと向かう。
すでに人が並んでいた。私はガエルさんと一緒に並ぶ。
「じゃあ、ガエルさんの食べるもの、私が決めてあげるね」
「は、はい。お願いします……」
「それじゃあ帝国貴族もびっくりな、あれを頼んであげるね」
そこで私は、あの光景で見た通りの食べ物を選ぶ。もちろん、私も同じものを頼んだ。
そしてガエルさんと一緒にトレイを持ち、カウンターに並ぶ。しばらくすると、その注文の品が出てくる。
ほかほかのピザだ。焼きたてで、湯気が上がっている。その湯気にのって、ほんのりと香ばしい匂いが、私とガエルさんの鼻まで漂ってくる。
「な、なんですか、これは……とてもいい香りがします」
「ピザっていうの。美味しいよ」
「こ、これが食べ物なんですか!?見たことがありません」
「そうよ、だって、帝都じゃ手に入らないものなんだよ。帝国貴族でさえ、これを食べるためにこの宇宙港の街を訪れないと食べられないの。それがここでは、毎日食べることができちゃうんだよ」
「うわぁ、すごい……帝国貴族でさえ食べられないものを、私が口にできるなんて……」
トレイを持ち、空いている席まで運ぶ私とガエルさん。そして、あの光景の通りに、私と向かい合わせに座るガエルさん。
「おお?オルガちゃんじゃないか!久しぶりだな!」
司令部の人が声をかけてくる。私は微笑んで、軽く手を振って応える。
椅子に座るや、じーっとピザを見つめるガエルさん。
「こ、これ、どうやって食べるんですか?」
「ええとね、ほら、切れ目が入ってるから、こうやって一つ、剥がすように取るの。そしてね、そのまま口にガブッと」
私は、ガエルさんの目の前でピザを一切れ取り、かぶりついて見せた。
ああ、柔らかくて温かいチーズが、口の中に入る。遅れてひき肉とピーマンの味が、濃厚なチーズと合わせて絶妙な味となって私の舌に襲いかかる。
たまらない、この組み合わせがたまらなく美味しい。
私と同じことを、一切れのピザに食いついているガエルさんも、感じていることだろう。このほかほかで濃厚で、帝都では味わえない美味しいピザの味を。
左手で頬を抑えながら、その美味しさをひしひしと感じているのが、ここからもよく分かる。
今日、初めて私はガエルさんが微笑むところを見た。
たった一切れのピザが、元奴隷の心に、生きる希望を植え付けてくれた瞬間だった。