#59 決心
「世話になったな、オルガレッタ殿、マルガレス殿。ようやく妾も公国に帰る決心がついた。そなたらと別れるのは寂しいが、いつまでも世話になるわけにもいくまいからな」
「いえ、そんな。私は何もしてませんし」
「何を言うか、あの炎の中を助けに来たではないか。それにマルガレス殿、まさか宇宙港誘致の話を持ってきてくれるとはな」
「パパに話したら、ちょうど駐屯地が欲しかったんだって。だから、軍港中心になっちゃうけど、民間船もくるから、それなりに栄えるはずだよ!」
「何から何まで、すまない。我々は公国に帰るが、この恩は決して忘れない」
「いいですよ、またメールください。私もメールしますから」
「おお、そうじゃった。スマホがあるんじゃよな。これでそなたらといつでも連絡が取れるんじゃった」
そういえばアンジェリーナ様は、駐在が決まってすぐに念願のスマホを手に入れた。が、その使い方を教えたのはマルガレスさんだ。おかげでこの2人は、頻繁にスマホで連絡を取り合う仲だ。
「私からも、礼を言うよ。ありがとう。公国にくることがあったら、国を挙げて歓迎するよ」
「いえ、こちらこそお世話になりました、ダンクマール様。では、いつか行きます、エルツシュタット公国に」
「まあ、その時までには、この帝都を上回るほどの街にしてみせるつもりじゃ!楽しみに待っておれ!」
とうとう、アンジェリーナ様とダンクマール様が、公国に帰る日がやってきた。ダンクマール様にとっては、初めて行く場所。だが、今はまったく寂しくはない。
あの大火から2週間が経った。ダンクマール様の火傷もほぼ治り、ようやく公国へと旅立つことができるようになった。私とマルガレスさんは、お見送りだ。
「それじゃ、行ってくるよ」
キースさん操縦の哨戒機で、エルツシュタット公国へと向かう。キースさんに公国のお付き人、そしてアンジェリーナ様とダンクマール様はその哨戒機に乗り込む。そして、ハッチが閉じられた。
徐々に高度を上げる哨戒機。やがて前進し、帝都の空を飛んで行った。私はその哨戒機が見えなくなるまで見送った。
「ああ、やっとあのうるさいご令嬢がいなくなりましたわね」
ヒルデガルドさんがボソッと呟く。
「よかったですね。静かになって」
「まあ、静かすぎるのも困りものなんですけどね。少しくらいうるさい方が、張り合いがあるというものですわ」
なんだ、ヒルデガルドさんも内心、アンジェリーナ様のことを気にかけてたんじゃないの?
ようやくこの帝都司令部にも、日常が戻ってきた。そんな感じだ。このところ、アンジェリーナ様やダンクマール様とのギスギスしたやりとり、そしてその後起きた大火などで、この司令部は何かと騒がしい日々が続いた。
「ほーら、お姉ちゃんですよー」
母のところに行くと、ファシリコをあやしていた。この異父弟は、私の顔を見てキャッキャと喜んでいる。
「ずいぶん大きくなったわねぇ。かわいいなぁ」
「あんたも人のことばかり羨んでないで、さっさと作りなさい。キースさんとの子供」
「うーん、そうだね……でも、兄弟と変わらない子供を作るのって、なんか変……」
「あなた、そんな細かいこと、気にしなくてもいいわよ」
うーん、そうは言っても、なかなか決心がつかない。まだ夫婦2人でいたいという気持ちが強いな。
でも、キースさんはどうなんだろう?そろそろ子供が欲しいと思ってるのかな。そういえばそういう話をあまりしたことがない。何かの時に聞いてみよう。
私の指を握るファシリコ。まるでおもちゃのように、その指を振り回し始める。この無邪気な弟は将来、20歳も離れた姉がいるこの家庭環境をどう感じるのだろうか?
その翌日。司令部に出勤し、雑用係の事務所に行くと、リーゼロッテさんが突然立ち上がる。
「じゃじゃーん!実は、皆さんに重大な発表があるっちゃよ!」
「えっ!?何ですか?発表って」
「私とグッチオは、昨日付で夫婦になったんよ!」
一同はシーンとする。その反応を見て、リーゼロッテさんは拍子抜けしたように話す。
「なな、なんで驚かへんっちゃね!?」
「いやあ、もうそろそろそういう話になるだろうなって思ってたし」
「そうですわ。だいたい、ここにいる人達は既婚者ばかりですし」
「そうよね。でも、あの老け顔グッチオと一緒になろうと思ったのは、驚愕に値する話だけどねぇ」
リーゼロッテさんにとっては一大決心となる結婚報告なのに、私とヒルデガルドさん、リリアーノさんには散々な言われようだ。だが、エリーザさんだけは、反応が違った。
「ちょっと待って!じゃあ、結婚していないのは、私だけ!?」
ああ、そうだわ。そういえば彼女だけ、相手すらいないわ。珍しく焦るエリーザさん。
「そういえば、そうだったわね。人の恋バナばっかり追いかけてたら、置いてかれちゃったわね」
「うわぁ……どうしよう。私も頑張って彼氏作らなきゃ!じゃあ私、来月までには彼氏作る!そう決めた!」
「決めたって言ったって、目星はついてるの?」
「いや、これからつけます!」
「これからって……間に合うの?来月までに」
「そういえば……ドナテッロの友人に、エリーザさんのこと……気になるって人がいるって……」
「いや!ガエルさんのツテには頼らないわ!そっち方面には私、関わらないことにしてるから!」
成り行きではあるが、エリーザさんも一大決心するはめになった。この決心が実るといいけれど。
そしてその日、私にも決心させられる出来事があった。
「ちょっといいかな」
司令部内で私を呼び出すキースさん。仕事時間中に、珍しい。
「どうしたの?」
「話があるんだ。そこの休憩所に行かないか?」
「ええ、いいですよ」
休憩所でジュースを買い、ベンチに座る。急に呼び出したりして、どうしたのだろう?
「実は来週から、宇宙に出るんだ」
「そうなの」
「だけど、行き先が……地球122なんだよ」
「えっ!?地球122って……」
「そう。片道10日はかかるところだ。いつものように1週間以内に帰って来られるところじゃない」
「じゃあ私、その間……」
「いや、今回はオルガにもついてきて欲しいんだ」
「えっ!?私も!?」
「そう。私の故郷をまだ見せたことがないし、新婚旅行もまだだし、なによりも私の両親にオルガを会わせたことがない」
「そうだね、まだあなたのご両親に、お会いしたことがないよね」
「だから、一緒に行かないか、地球122へ」
私は少し考えた。遠くの星への旅。これが初めてではないけれど、キースさんの両親に会うと聞くとちょっと緊張する。
が、私は応える。
「はい、行きます」
公国に帰る決心をしたアンジェリーナ様、恋人を作ると決心したエリーザさんなど、周りのみんながなんらかの決心をしている。私だって、決める時は決めなきゃ。そう思い、私は地球122行きを決心した。




