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#58 大火

 それは、金曜日の夕方のことだった。

 そろそろ皆、帰り支度を整えていた時のこと。私もキースさんと一緒に、ショッピングモールへ行って買い出しと夕飯を食べることにしていた。


「そういえば、あのうっとおしい高飛車な公国の令嬢はどこにいらっしゃるのかしら?」

「ああ、アンジェリーナ様なら、ダンクマール様のご実家に向かったはずですよ。なんでも、ご両親にご挨拶をするとか」

「ふん!まったく、不機嫌な態度ばかりで不愉快なのですよ、あの娘は。だから田舎公国の娘など、この帝都にいてはならないのですわ」


 といいながら、自分自身も不機嫌を振りまいているのはご存知、元公爵令嬢で今はど平民の、ヒルデガルドさんだ。


「ヒルデ、そろそろ行くよー」

「あ、ルチアーノ、ちょっと待ってて!すぐ行きますわ!」


 そういえばこの2人は、いつの間にか夫婦になっていた。というのも、入籍はしたものの、式をまだ挙げていない。執行猶予がまだ1年ちょっと残っているので、それがなくなってから式を挙げるんだそうだ。なので、夫婦になっていたことはわりと最近まで知られていなかった。

 この夫婦は、見ていると面白い。ヒルデガルドさんは元公爵令嬢ということもあって、私達にはなんというかちょっと高飛車な話し口調をしているが、しかし一方で、ルチアーノさんにデレデレしているところをよく見かける。よっぽどルチアーノさんが気に入ったようだ。今も腕にしがみついて、エレベーターに向かっている。


 こうしてみると、ヒルデガルドさんも随分と変わったものだ。以前はもうちょっと元公爵令嬢であることを前面にして、妙に高慢な態度が目立っていたが、最近は随分と柔らかくなった。そんな感じがする。


 そういえば、ガエルさんとドナテッロさんも、いつの間にか結婚していた。こちらは式は挙げたそうだが、我々の知らない集団に囲まれ、我々の知らない場所で挙げたらしい。その場所と集団というのがとても気にはなるが、あまり知りたくはないな。


 あ、そういえばリリアーノさんとマルティーノさん、実はこの2人もすでに結婚していた。

 私が連盟に行っている間に、式を挙げちゃったそうだ。リリアーノさんが私が拉致されたのを見て、早く身を固めないといけないと急に考えたらしい。

 といっても、この司令部ではいつも通りの振る舞い。結婚してもしなくても、職場はさほど変わった様子は見られない。

 ところで、エリーザさんによれば、ついにリーゼロッテさんにもお相手ができたらしい。

 なんと、相手はグッチオさんだ。あの人、独身だったんだ。それ以上に驚いたのは、あれで歳は28歳だという。結構老け顔で、てっきり40歳くらいかと思っていた。

 この2人、毎日顔をあわせる間柄だから、いつのまにか一緒に食事に行くようになり、そのままグッチオさんの部屋にいりびたるところが目撃されたらしい。リーゼロッテさんって、あの銀色っぽい青い髪がとても目立つから、どこに行っても注目される。おかげで、グッチオさんと一緒に歩く姿を見たという人が、すでに何人もいるという。

 ただ、本人はまるで隠すつもりもなく、グッチオさんとの関係を問いただしたらあっさりと認めたという。


「いやあ、あの人、ベッドの中じゃケダモノみたいに激しいんよ!もう私には、たまらんっちゃねぇ!」


 このとおり、夜の出来事まで御構い無しに明かしてくれる。

 そんな幸せなカップルが増えつつある中、未だに微妙なのがあの2人だ。

 アンジェリーナ様とダンクマール様。一緒に暮らしているが、夜はまだ何もしていないという。

 関係も一進一退。もうかれこれ1週間は経つというのに、あれからまるで進展がない。そんな中、ダンクマール様の実家である伯爵家に挨拶へ行くことになった。大丈夫だろうか?

 さて、私もそろそろ上がろう……服を着替えて、更衣室を出た矢先のことだ。

 突然、司令部内にけたたましいサイレンが鳴り出す。続いて、放送が流れた。


『帝都、貴族の屋敷街北方にて、火災発生!数か所より同時に出火の模様!大規模火災の恐れあり!残存する者は、待機せよ!』


 それを聞いて、私はエレベーターに乗る。15階の角にある展望室へと向かった。

 そこにはすでに大勢の人がいた。私は、窓の外を見る。

 凄まじい火災だ。ここから見ても、とんでもない火事であることがわかる。近くにあるラーテブルク宮殿が、その炎で照らされているほどだ。

 フェデリコさんと母の住む屋敷は南の方だから、この火災からはまだ遠い。だけど、すぐに消さないと燃え広がってしまう。

 私は、顔が青ざめるのを感じる。さーっと血の気が引く音がする。どうしよう。お母さんだけじゃない、あそこには2人の弟と、コスタさんもいる。

 私は下に降りた。司令部を出ると、キースさんがいる。


「あ、オルガ!すまない、これから飛ぶことになった!」

「えっ!?ということは、今から哨戒機で飛ぶの!?」

「そうだ。人々の誘導や救出を、司令部の哨戒機全機で対応することになった。そういうわけだから、先に家に帰っててくれ!」

「私も行く!あそこにはお母さんもいるから、心配なの!」

「そうか、そうだな……見張りが一人でも多い方がいいし、じゃあ、行こう!」

「はい!」


 私はキースさんと一緒に走る。ドックに繋留されている駆逐艦6190号艦に乗り込み、第1格納庫へと向かう。


「6190号艦より1番機!ハッチ解放、直ちに発進せよ!」

「1番機、了解!発進する!」


 アームを使わず、開いたハッチからそのまま飛び出すキースさん操縦の哨戒機。他の哨戒機とともに、火の手の上がる方へと向かう。

 凄まじい火災だ。貴族の屋敷が10軒以上燃えている。下では貴族や使用人達が逃げ惑っているのが見える。

 幸い、母の住んでいる屋敷は火の手からまだ遠い。火の手が上がる方に、哨戒機は飛んだ。


「オルガ!もし火に囲まれた人がいたら、教えてくれ!」

「はい!」


 この哨戒機には、私とキースさんしかいない。というのも、金曜日の夕方だから、ほとんどの人が帰宅してしまった。緊急招集がかかったようだが、私達が発進した時はまだほとんど人が集まっていなかった。

 燃え盛る火の中を見る。大きな屋敷が、これほどたくさん燃えるのを見るのは初めてだ。目を凝らして見るが、人はいない。

 いたとしても、これほどの炎の中、どうやって助けようか?哨戒機の中まで、その熱が伝わってくる。この炎の中にいたら、とてもじゃないけど助からない。ピザの窯の中に入るようなものだ。

 私は懸命に目を凝らして見る。すると、炎に囲まれてうずくまる人を見つけた。


「あなた!あそこ!石造りの塔の2軒隣りの屋敷!あの炎の隙間に、人が見える!」

「確認した!そっちへ向かう!」


 中庭の真ん中、石像のすぐそばでうずくまる人が2人いる。中庭には燃えるものがほとんどないため、炎の空洞ができているようだ。だが、じわじわと庭の芝に火が燃え移り始めている。炎に包まれるのは、時間の問題だ。


「あなた!あそこに降りられない!?」

「いや、無理だ!だが、ロープを下ろして救い出すことなら……」

「わかった、私、やってみる!」

「いや、オルガ、ちょっと無理だって!」

「このままじゃ、あそこにいる2人が死んでしまう!」

「……分かった。それじゃ、いう通りにするんだ。まず、その横の箱から……」


 私は、ロープの伸ばし方を教えてもらった。小惑星に行った時に使った、あれを使う。これで私ごとあそこに降りて、2人を救い出す。


「それから、後ろにおいてある船外服を着るんだ!あれなら、400度までは耐えられる!」

「分かった!」


 大急ぎで船外服に着替え、私は服にロープを引っ掛けて、ハッチを開けた。

 ゴーッという恐ろしい音がする。地上では火がまるで滝のように流れている。そのただ中に、今にも命の灯火が消えようとしている人がいる。


「じゃあ、行ってくる!」


 私は思い切って、外に飛び出す。レバーを下げると、ぎりぎりと音を立てて、炎のど真ん中に降りていく。

 そして、目の前に2人が見えてきた。石像の根元で、一人が迫り来る炎に背中を向けて、もう一人をかばうように覆いかぶさっている。

 その覆い被さられている人を見て、私はハッとした。

 あれは、アンジェリーナ様だ。ということは、もう一人は……


「助けに来ました!私につかまってください!」


 私はアンジェリーナ様に声をかける。すると、アンジェリーナ様はもう一人を片腕で抱えて、私にしがみつく。


「あなた!2人を確保!そのままゆっくり、上に上がって!」


 私をつるしたロープごと、哨戒機は上昇する。私は巻き上げ装置のレバーを上げて、ロープを巻き上げ始める。

 私が2人を救い出して空に持ち上げた途端、炎があの石像を飲み込んだ。危なかった、もう少し遅れていたら……間一髪、2人を救い出すことができた。

 どうにかして、ハッチの中に2人を入れる。私はハッチを閉めて、船外服のガラスを開ける。


「アンジェリーナ様!」

「そ、その声は……オルガレッタ殿か!?」

「この人は……もしかして……」

「ダンクマール殿じゃ!あの炎の中、私をかばって……」


 見るとダンクマール様は気を失っている。私はアンジェリーナ様に尋ねる。


「アンジェリーナ様は大丈夫ですか!?」

「ああ、手足が少し熱いが、なんともない!」

「では、そこの椅子にダンクマール様を寝かせます!手伝ってください!」

「分かった!」


 背中はすっかり焼け、肌が露出していた。あちこち火傷をしているようだ。キースさんは、無線で連絡を取っている。


「6190号艦所属1番機!現在、けが人を収容!緊急受け入れを乞う!」


 すると宇宙港病院が受け入れると連絡を入れてきた。すぐに哨戒機は、宇宙港病院の屋上に向かう。

 屋上ではすでに担架が用意されていた。屋上に着陸して、アンジェリーナ様とダンクマール様を下ろす。


「じゃあアンジェリーナ様!後はお願いします!」


 アンジェリーナ様は手を振る。私はそれを見届けて、そのまま哨戒機に戻る。他にも助けなきゃいけない人がいるかもしれない。すぐに哨戒機は飛んだ。

 が、哨戒機が再び炎の場所へ向かっている時、巨大な船が現れた。


「周囲の探索中の機体へ告ぐ!これより、大規模消火作業を行う!注意されたし!」


 無線で連絡が入った後、その船からはまるで大雨のように大量の水が降ってきた。

 キースさんによれば、あれは森林火災用の大型消防船で、近くの川から水をくみ上げて、それを上からかけているのだという。

 あれほど猛威を誇っていた炎が、この大型消防船を前にたちまち消えてしまった。


『消火作業終了!地上部隊は、直ちに救出作業に入れ!』


 無線で再び連絡が入る。この哨戒機は、その大型船の下を潜りながら、生存者がいないかどうかを引き続き探す。

 が、地上に人が次々にやってきた。後は地上部隊に任せようということになり、この哨戒機は戻ることになった。


 キースさんは報告業務があったため、私は一人で宇宙港病院へと向かう。

 ロビーで2人の場所を聞く。すでに2人とも応急処置が終わり、ダンクマール様は入院することになって病室にいるという。その病室へと私は向かう。

 その病室にたどり着き、ノックしようとした時、中から声が聞こえる。


「なぜ!私などかばったのじゃ!」


 アンジェリーナ様の声だ。


「それは、あなたがこの世でたった一人のお方だからですよ、アンジェリーナ殿」

「それはそなたとて同じであろう!」

「いえ、私は貴族の次男坊。代わりなど、いくらでもいますよ」


 私は扉を少し開けて、中の様子を見た。


「バカ!そなたの代わりなどおらぬ!(わらわ)は、そなた以外とは絶対に結婚などしない!」

「アンジェリーナ殿……でも……」

「そなたのようなひ弱な男が、(わらわ)を守るなどありえぬと思っておったが、今回はそのひ弱なはずのそなたに、命を助けられた……だから、そなたは(わらわ)にとって唯一認めた男、夫に相応しい男じゃ!いままで、酷いことを言ってすまなかった。許してほしい……」

「いいですよ。気にしてませんから。それよりも、私と公国に帰ったら、夢を叶えませんか?」

「なんじゃ、夢とは?」

「公国に宇宙港を誘致するんです。そしていつか、その港からどこか別の星に旅立つんですよ」

「……うん、分かった。絶対に叶えようぞ、その夢」


 ベッドに横たわるダンクマール様の手を握って、顔を寄せるアンジェリーナ様。こりゃあ、私の入る余地なんてないな。私はそっと病室を離れた。

 家に戻ると、キースさんが帰ってきた。


「そういえばどうだった、あの2人」

「うん、アツアツだったよ」

「ええーっ!?そんなにひどい火傷だったのか!?命の別状はないんだろうな!?」


 いや、むしろ命の灯火が燃え上がるようなアツアツぶりだった。ひどい火事だったけど、皮肉にもこの大火災が2人を結びつけてくれた。


 さて、この火事には、後日談がある。

 私はフェデリコさんとともに、ミケーレ男爵という、ある帝国貴族の元へと向かう。


「このたびは大変な火災に見舞われ、こころからお悔やみ申し上げます……」

「いやあ、うちは大したことはないよ。ところで貴殿の横にいるのは、あの有名なオルガレッタ殿ではないのか?」

「はい、そうです。今日は私の付き人をしておりまして」

「そうか、せっかく出会えたのだから、是非わしを占ってほしいものじゃな!」

「はい、わかりました。では、オルガレッタ殿。占って差し上げなさい」

「承知しました、フェデリコ大佐」


 そう言いながら、私は黒い手袋をはめて、その男爵様の手を握る。


「男爵様、社交界にて陛下に呼ばれ、壇上に上がる光景が見えました。恐らくは、爵位をいただける場面ではないかと」

「おお!そうか!そうであったか!いや、そうかそうか!」


 上機嫌で屋敷に入るミケーレ男爵様。私とフェデリコさんは男爵様と別れ、車に乗り込む。


「……で、何が見えた」

「はい、椿の植え込みの根元に油を撒いて、火をつけるところが見えました」

「やはりな。ルジェーロ子爵家の椿の植え込み付近が火元だと分かったが、犯人は睨んだ通り、ミケーレ男爵殿だったな」

「でも、どうしてミケーレ男爵様が犯人だと分かったんです?」

「実は、子爵家が一つなくなると、順序的にミケーレ男爵殿が子爵に上がることが決まっているそうなのだ。ルジェーロ子爵殿といえば嫡子もおらず、当主も年老いている。だから、ルジェーロ子爵殿を亡きものにすれば、すぐにでもミケーレ男爵家は子爵家に昇格だ。実際、昨晩の火事でルジェーロ子爵殿は亡くなってしまったからな」

「そんな……たったそれだけのことで……」

「もうあと数年待てば、念願適ったものを、つい焦ってしまったのだろうな。しかも、ルジェーロ子爵殿の屋敷だけで済めばよかったのだが、春先の乾燥したこの時期、火はあっという間に燃え広がり、ダンクマール殿の伯爵家を含む12軒の屋敷にまで燃え広がった。結果、3人の貴族と14人の使用人が亡くなってしまった」

「これから、どうするんですか?」

「貴殿の見た過去の光景を元に、いくつか奴の犯罪を立証する証拠を見つけ出す。まずは油が使われたことから、その入手ルートを探ろう。なんとしてもこの大火の引き起こた犯人をのさばらせてたまるものか」


 で、数日後にはフェデリコさんによって追い詰められたミケーレ男爵様。地球(アース)122きっての切れ者と言われるフェデリコさん相手に、かなうわけないよね。結局、ミケーレ男爵様のギロチン刑と、ミケーレ男爵家の廃絶が決定された。

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