#57 駐在
「絶対あの2人、うまくやれると思うんだよね!」
司令部の食堂で私にそう力説するのは、マルガレスさんだ。
「そ、そうかな。アンジェリーナ様には、とてもその気がなさそうだったよ」
「いやあ、あれはただ意地を張ってるだけだよ。どう見たって、最高の美男美女の組み合わせ、とても相性良さそうだよ。多分、何かのきっかけでポロっといきそうだよ、アンジェリーナ様は」
「うーん、そんなに簡単にいくかなぁ……」
私はピザをもしゃもしゃと食べながら、マルガレスさんの話を聞く。
マルガレスさんと話しながら、私はふと横のキースさんのピザを見る。するとキースさんのピザにある異変を感じた。
「ちょっと、あなた!なにこのハンバーグ肉は!?そんなもの載せたピザなんて、メニューにはなかったよ!?」
するとキースさんは得意げな顔で話す。
「ふっふっふ……オルガの知らないカスタマイズメニューさ。どうだい、名付けて『マルガリータ風カルビハンバーグ載せピザ』だ」
「えっ!?このお店って、そんなもの頼めるの!?」
「実はあのメニューボードには裏コマンドがあってね、それを使えば、こうやって好きな食材を組み合わせた食べ物が作れるんだよ。他にも、うどんカレーや、ケチャップご飯、アボガドスパゲティなどなど。ここではわりと流行ってるよ、その裏コマンド」
「えっ!知らなかった……ねえ、そのピザ、私にも頂戴!」
「そういうと思ったよ。じゃあ、一切れづつ交換しようか」
私は自分のピザと、そのカスタマイズピザを交換する。それを頬張る私。初めて食べるその食感と味を堪能する。
その様子を、まじまじと眺めるマルガレスさん。
「ふーん、やっぱりいいなあ、夫婦って。わたしにもピザを交換できる相手、欲しいなあ……」
うーん、それくらいなら、そこら辺の士官に頼めば、交換くらいしてくれるんじゃないだろうか?そんなにピザを交換できる相手が羨ましいのかな。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。マルガレスさんも送って行きますよ」
「えっ!?いいの?じゃあ、乗せていただこうかな」
「あれ、あなた、車は自宅に置きっ放しじゃあ……」
「自動運転で呼び寄せたよ。入構許可ももらって、今はこの司令部の横につけてある」
「別に歩いて帰っても苦じゃない距離なのに……」
「ダメだよ。もう日は暮れちゃったし、いくら司令部周辺でも危ないだろ?今日は土曜日だから、この司令部にもあまり人もいないし。だいたいオルガはそうやって2度も連れ去られてるんだから、油断禁物だよ」
ああ、そうだった。そういえば今日は休みだった。アンジェリーナ様の件がなければ、今頃は家にいるはずだった。
車に乗って、自宅に向かう。車中、マルガレスさんが尋ねてきた。
「ねえ、このあと2人はどうするの?」
「そうねぇ、もう夕食も食べちゃったし、あとは一緒にお風呂に入って、ベッドですることをして……」
「あのさ、オルガ。あの、なんていうか、もうちょっとぼかした言い方はできないの?」
あ、しまった。思わずありのままをしゃべっちゃった。マルガレスさんはニヤニヤしながら聞いている。
「じゃあ、お2人さん!熱い夜を過ごしてね!」
マルガレスさんの家の前で彼女を降ろす。上機嫌に手を振るマルガレスさん。私とキースさんはなんとなく後ろめたさを感じつつ手を振りながら、走り出す。
「ま、まあ、夫婦だからね、口に出そうが出すまいが、だいたい想像はつけられてると思うから、気にすることはないんだけどね……」
「うん、そ、そうだよね!でも、あの2人はどうなんだろう?」
「そうだね、どうしているんだろうか……」
ここでいう「あの2人」とは、アンジェリーナ様とダンクマール様のことである。なんとこの2人、宿舎で今夜から同じ部屋で一緒に住むことになったそうだ。これも、アンジェリーナ様の帝都滞在の条件である。
で、翌日。私はアンジェリーナ様がいる宿舎に顔を出す。
「おはようございます、アンジェリーナ様」
「うむ、おはよう」
「昨夜は、いかがでした?」
「余計な者がおらねば、とてもよい寝床であったがな。まったく……」
うーん、一晩ですぐに親しくはならないよね。とても不機嫌そうだ。
「それよりもじゃ!早速妾はこの街を巡ってみたい!スマホとやらも欲しいし、ピザ以外にもいろいろと食べて見たい!ぜひ妾を案内してくれ!」
「はい、よろしいですよ」
「私もついて参ります。よかったら、ご一緒させて下さい」
と、奥から出てきたのは、ダンクマール様だ。私は応える。
「はい、もちろんです!」
思わず、帝国貴族の息子に声をかけられた。私は声につい力が入る。だが、アンジェリーナ様はというと、そっけないものだ。
「わざわざついてくることもなかろう!そなたは家でじっとしておれば良い!」
「いえ、そうは参りません。許婚に何かあれば、身を呈して守らねばなりませんし……」
そう言ったダンクマール様の腕を、アンジェリーナ様は突然掴んで、そのまま投げ飛ばしてしまった。
「身体の鍛え方は、妾の方が上じゃ。身を呈するほどのこともできまい」
床に倒れているダンクマール様に向かって言い放ち、そそくさと宿舎の出入り口に向かった。
「あたたた……」
「だ、大丈夫ですか!?ダンクマール様!」
「いや、大丈夫だよ。それにしても、噂通りの暴れ姫だなあ」
が、ダンクマール様は立ち上がり、何事もなかったかのようにアンジェリーナ様についていく。
宿舎の外では、マルガレスさんが待っていた。今日はこの2人を、私とマルガレスさんで案内することになっていたからだ。
名目は「駐在弁務官殿ご視察」だが、早い話がこの2人を定番のデートコースに連れ込もうというものだ。なんとかこの険悪な雰囲気が、多少でもおさまれば良いのだけれど。
バスでさっとショッピングモールまで行くのもいいけれど、この街をじっくり見てもらうには、歩いた方がいい。私とマルガレスさんはアンジェリーナ様に、街のことを教えながら歩く。
ちなみにこの宿舎は、宇宙港のすぐ横に建てられた、地球122の将校や交渉官などの人達が中長期に渡って駐在する際に使うところで、すぐ横では民間船がたくさん往来している。
「本当にここはたくさんの宇宙船がくるのじゃな。あれなんて、まるで山のような大きな船だ。何を積んでおるのだろうな……」
「あれは、大型の機械を運んでるそうですよ。この星でも工場を作り、自前である程度のものを調達できるようにせねばなりませぬから」
アンジェリーナ様の問いに、ダンクマール様が応える。
「べ、別にそなたには聞いておらぬ!」
「すいません」
「う、うむ。じゃが、工場か……公国にも、そういうものを誘致せねばならぬな」
「そうですね。いっそのこと宇宙港を誘致するというのはどうでしょう?」
「なに!?そんなものを誘致できるのか!?」
「ええと、どうやって誘致するんでしょうね……」
「なんじゃ!なんの策もなく語るでない!これだから貴族の次男はダメなのじゃ……」
ああ、なかなかいい関係にならないな。どうしたものか。
そんな雰囲気の中、マルガレスさんがダンクマール様に尋ねる。
「そういえば、ダンクマール様って普段、何をされてるんですか?」
「私かい?そうだなぁ。近頃はよくショッピングモールに行って、書籍を買って読んでるよ」
「えっ!?書籍!?」
「宇宙のあちこちのことが知りたくてね、でも、次男坊じゃ遠くには行かせてもらえないから、せめてもと思って書籍を買うんだ。紙の本が多いけど、最近はタブレットを買って、電子書籍や動画にも手を出しているかな」
「へぇ~!勉強熱心なんですね!」
「いやあ、取り柄がないから、本の世界に閉じこもっているだけだよ。宇宙との交易が始まる前は、この帝都で流行った『ガンダルフの冒険』という本にはまっていてね。あれは本当に面白かった。それで帝都を飛び出して、ボウレーアという港町まで行ったんだ」
なんかどこかで聞いたような話だ。アンジェリーナ様もちらちらとこちらを見ている。
「その街は、どうでしたか?」
「そりゃあもう、怖かったよ。途中に山賊に出くわして、お金を取られちゃったし。でも、その山賊が私にいいもの見せてやるって、そこからほど近い峠に連れて行ってくれたんだ。すると、今まで見たことのない美しい海が見えてね。私はその時、息を飲んだよ」
「それはすごい体験ですねぇ。その山賊も、いい人なのか悪い人なのか分からないですね」
これも、なんだかどこかで聞いたような話だな。もしかして、私とキースさんが以前出くわした、あの山賊のことだろうか?
「まあ、お金を全部奪うことはなかったから、なんとか港町までたどり着けた。現地では美味しいもの食べたり、綺麗な景色を楽しんだけど、あれほど怖い思いと楽しい思いをした旅はなかったね」
明らかにアンジェリーナ様はこっちを見ている。最近までの自分の旅を重ねて、聞いているのだろうか。
「だけど、宇宙からもたらされた本を読んで分かったことがある。この星の上は、ガンダルフの冒険のように巨人や小人、クラーケンやドラゴンのような怪獣が出ることはないんだって。でも星の外に出れば、魔女や怪獣のいる星があるって言うんだ。驚いたのなんのって。だから私は、いつか星の世界を旅行して、いろんなものを見てみたいなぁと思ってね」
「素敵ですねぇ!でも、宇宙だってそんなにあちこちにそんな珍しい星があるわけじゃないですよ。大抵はここと変わらない星ばかりですし」
「まあ、そうだよね。でも、私は近々婿養子に行くことになっているから、そんなに遠くに行けるわけがないかなl」
その時だ。それまで沈黙を保っていたアンジェリーナ様が叫ぶ。
「諦めるな!」
一同、この突然熱くなり始めた令嬢に注目する。
「我らの人生など、まだ半分も来ておらぬではないか!今から諦めてどうするのじゃ!行きたいと思うのなら、いつか行くぞと考えればいいだけのことであろう!」
「はい、そうなんですけど、でも私は貴方の夫として……」
「妻の一人くらい、どうにでもできるであろうに!まったく、帝国貴族の男ともあろうものが、簡単に夢を諦めたりするでないぞ!」
「はい、じゃあ、私はその夢を諦めません。そうですよね、貴方の仰る通りだ」
ニコッと微笑むダンクマール様の顔を見て、一瞬頬を赤くするアンジェリーナ様。だが、前を向いて再び歩き出す。
「い、行くぞ!我々は今、遊んでいるのではない!視察なのだ、視察!」
ショッピングモールに行ってデートをすることが「視察」とは、随分とお気楽なご身分だ。もっとも、この世間知らず過ぎる公国のご令嬢にとっては、ショッピングモールを覗くこと自体が大いなる刺激でもある。
実際、ショッピングモールに着いて、中に入るやいろんな店を物色する。
ある程度の店を把握しているダンクマール様に、中の案内はお任せした。どう考えてもその方がいいだろう。
「なんじゃ、この茶色いものは!?」
「ああ、これはチョコレートですよ。おひとつ、食べてみます?」
「なんだと?食えるのか、これは?」
甘いものは、女性を惹きつけるアイテムとしては最適だと言うが、早速アンジェリーナ様はチョコ買ってもらい、それを口に入れていた。
あれほど不機嫌そうにダンクマール様に接していたと言うのに、やはり女だな。甘いものには弱い。もう顔がにやけてしょうがないようだ。
外から見ればこの2人、上流階級の美男美女という姿。ダンクマール様は飾緒付きの小綺麗な礼服姿だし、アンジェリーナ様も今日はドレス姿だ。この突如現れたおとぎの国の王子と姫のような2人に、皆、スマホで写真を撮っている。
「いやあ、いいねぇ。このままいい雰囲気になれるといいんだけど」
ところが、チョコレートが尽きると再びツンツン顔に戻るアンジェリーナ様。だが、時折気になる店を見つけては、ダンクマール様に尋ねている。
「な、なあ。これは一体なんじゃ!?まるで宝石のようじゃが」
「ああ、これも食べ物です」
「な……なんじゃと!?これが食べられると申すのか!?」
高飛車にダンクマール様に尋ねるが、驚きの連続で、いつまでもその不機嫌さを保ってはいられないようだ。
「いやあ、アンジェリーナ様、ツンデレだねぇ。でもこの先には最大の罠が待ってるのよ。果たして、耐えられるかしら?」
「罠って……ああ、そうだね、このショッピングモール最大のあれが、そこにはあるよね」
裏でほくそ笑む私とマルガレスさん。そうだ、あそこで落ちない女はいない。
そして2人はついにそこに、たどり着いた。
そこは、このショッピングモール最大の、スイーツのお店が集まる場所。その名も「スイーツ・フォレスト」。
入り口が鬱蒼とした森のようなその場所は、中に入ったら最後、この深い森の中には、スイーツ地獄が待っている。その匂いと見た目に、好奇心旺盛なアンジェリーナ様が惹かれぬわけがない。
当然、中に入るといい出したアンジェリーナ様。私はダンクマール様に手を振って送り出す。口には出さないが、健闘を祈る、と伝えた。
で、1時間後。
食べ過ぎで、ちょっとお腹が苦しそうなアンジェリーナ様が出てきた。だが、明らかに顔は満足そうだ。作戦は成功だ。
「きょ、今日は楽しかった!まあ、帝国貴族にしてはまあまあであったな!」
相変わらずツンツンと話しかけるも、朝と比べたらダンクマール様との距離が少し縮んだような気がするな。
で、その翌日は、なんとアンジェリーナ様とダンクマール様は揃って宇宙に行かれることになった。2人を乗せて空に上がる駆逐艦6190号艦を、私は見届ける。ああ、この時の光景を、私はあの占いの時に見たんだ。ということは今頃、アンジェリーナ様は窓に張り付いて下に広がる帝都を見ていることだろう。
それから3日ほど宇宙に出て帰ってきたが、アンジェリーナ様はかえって不機嫌になって帰ってきた。他の乗員に聞くと、ダンクマール様にしがみつくアンジェリーナ様の姿が見られたらしい。
どうやらこの船は、砲撃訓練をやってきたらしい。まあ弁務官の視察だから、軍事訓練も見せておかないといけないというフェデリコさんの配慮らしいが、さすがのアンジェリーナ様もあの砲撃音には驚いたようだ。ところが、ダンクマール様はあまり砲撃音に驚かなかったようで、結局アンジェリーナ様が震えながらダンクマール様にしがみつくという光景が見られたらしい。
ということで、醜態を晒したアンジェリーナ様は、また不機嫌に逆戻りというわけだ。あーあ、せっかくいいところまで行っていたのに、これじゃ台無しだ。
ところがである。
そんな一進一退を続けるこの2人をも巻き込んだある大事件が、この帝都で起こったのだ。