#56 令嬢
バスがやってきて、私とキースさん、マルガレスさん、そしてアニータさんが乗せられる。
そこに、フェデリコさんも乗り込む。
しばらく、黙ったまま乗っていた5人だが、キースさんが口火を切る。
「大佐、これは一体、どういうことですか!騎士とはいえ、仮にも民間人扱いの人物に向かって発砲するなど、規約違反じゃないですか!」
キースさんがフェデリコさんに抗議する。だが、フェデリコさんは応える。
「正当防衛措置だ。実際、それで4人が倒されている。その報告を受けて、我々が動いた。だから、あらかじめその武器を破壊した」
「……どういうことです?あれはこの女性を襲った暴漢では?」
「彼らは、エルツシュタット公国から派遣された警備兵だ。我々は彼らから令嬢の捜索、保護の依頼を受けたのだ」
「えっ!?警備兵?あの4人が?」
「その警備兵が、オルガレッタ殿の名を聞いたため、おそらく一緒に行動しているだろうと踏んで、彼女のスマホの位置情報を頼りに我々がここにきた。案の定、ターゲットと共に行動していたので、その場にいた全員を保護したというわけだ」
「保護って……ほとんど捕縛に近いじゃないですか!しかも、中将閣下の娘さんまでいるんですよ!?」
「エルツシュタット公王様の令嬢を連れ回し、それを連れ帰ろうとする従者達を倒した挙句、車でその令嬢を連れ去った。誘拐犯と言われても仕方がない行動を、貴殿らはしていたのだぞ」
「ところで、さっきから気になってたんですが、誰ですか、その令嬢というのは?」
「そこにいる、アンジェリーナ様だ」
フェデリコさんは、アニータさんを指差す。私は応える。
「あの、フェデリコさん!この方は騎士のアニータさんという騎士の方ですよ!令嬢などではありません!人違いじゃないですか!?」
「いや、顔認証でも指紋認証でも、間違いなくその方はアンジェリーナ様だ。10日前に公国を抜け出し、エルツシュタット公国の公王様から帝国に捜索依頼があった人物だ。大方、貴殿らにバレないように、偽名を使っていたのであろう」
「そんな……アニータさんは、アニータさんじゃなかったんですか……」
真実を知り、ショックを受ける私とキースさん。アニータさん、いや、アンジェリーナ様はうつむいたままだ。
が、突然顔を上げて、私の方を見る。
「すまない!騙すつもりはなかったんだ!妾が外の世界に出たいと思っていたのは本当だし、それゆえに剣や鎧も買い、お金も貯めて旅の準備も整えてこの帝都にやってきたのじゃ!妾は一人娘ということで、公国の宮殿から出ることも叶わず、おまけに近々、婿養子を迎えると父上が言い出した!そうなればもう、宮殿からますます出られなくなる!だから妾は、自由がなくなる前にせめてと思い、外に飛び出たのじゃ!」
涙を浮かべて話すアンジェリーナ様。どうやら、深い事情がありそうだ。私はフェデリコさんに話す。
「あの、フェデリコさん」
「なんだ」
「この後、アンジェリーナ様はどうなってしまうんですか?」
「もうすぐ司令部に公王様の使いの方が見える。その人に引き渡し、公国までお帰りになることになるだろう」
「その前に、もう少しこの方の話を聞かせてもらうわけにはいきませんか?」
「うむ……まあ、それくらいなら構わんが」
「オルガちゃん!私も付き合う!なんだかおもしろそ……いや、力になってあげられそうだし、協力するよ!」
「ありがとう、マルガレスさん」
どうもアンジェリーナ様の話を聞くと、ヒルデガルドさんのことを思い出す。彼女も公爵令嬢であった時は外に出ることがかなわず、平民に降格されてようやく自由を手に入れたようなものだ。たとえ生活に困らないほどの身分であっても、本や伝聞でしか外を知り得ないという暮らしは、好奇心旺盛なヒルデガルドさんにとっては苦痛だったと言っていた。アンジェリーナ様にとっても、耐え難いものなのだろう。
司令部に到着し、応接室に向かう。キースさんが不安そうに私に話しかける。
「大丈夫かい?話を聞いたところで、彼女の運命は変わらない。オルガがかえって気に病むことになるだけじゃないのか?」
「うん、でも、わずかな間だけでも関わった方だから、せめて話くらいは聞いてあげたいなあって。本人がそれで少しでも気がまぎれるのなら、せめてそれくらいはしてあげたい」
「そうか。分かった」
心配するキースさんに見送られて、私とマルガレスさんは応接室に入る。そこには、うって変わってドレス姿になったアンジェリーナ様がいた。
うわあ……この人、綺麗。さっきは鎧姿で、髪を後ろに束ねていたから気づかなかったけど、さすがは公王のご令嬢だけのことはある。気品溢れるその姿に、私とマルガレスさんは思わず見とれてしまった。
「なんじゃ、妾の顔に、何かついているのか?」
「い、いえ、あまりにお綺麗なお姿なので、つい……」
「そ、そうか……」
私はアンジェリーナ様の前に座る。さて、話を聞くといいながら、何から話し始めればいいのか……私は、アンジェリーナ様にたわいもない話から話しかけてみる。
「あの、エルツシュタット公国って、どんなところなんですか?」
「うむ、つまらぬところだ。森と川に囲まれ、古臭い建物が並ぶ街があるだけでな」
「そ、そうなんですか……」
うーん、いきなり詰まってしまった。するとマルガレスさんがアンジェリーナ様に話しかける。
「古い建物って、何年くらい前のものですか?」
「ああ、公国ができてからもう200年経つが、古い建物だとそれ以前からあるからな。300年以上前のものもあるぞ」
「ええ~っ!?本当ですか!?私、行ってみたい!」
古い建物に食いついたマルガレスさん。
「私、大学で文化史を専攻してるんです!だから、そういう古い建物に興味があってですね」
「そうなのか?だが、古いものは石造りの塔や、城壁ばかりだぞ?そんなもの、この帝都にもたくさんあるだろうに」
「いやあ、帝都のは見尽くしちゃったんです。で、最近は帝都の外まで足を運んでいるんですよ。でも、帝都周辺はどうしても同じ格式の建物が多くて……そこで、遠く離れたその公国の建物に興味があるんです!」
「うむ……そうなのか」
わりと熱心なマルガレスさんに対し、アンジェリーナ様はさほど乗り気ではない。
「そなたにとっての古い建物とは、この街の新しい建物を見慣れているがゆえの憧れであろう?妾は逆に、古い建物を見慣れているがゆえに、新しい文化や建物に憧れるのじゃ。だから、そなたの憧れる気持ちには理解はするが、同意はできぬ」
ありゃりゃ……マルガレスさんも不発だった。どうしたものか。
「アンジェリーナ様。やっぱり、公国のご令嬢となれば、そんなに不自由なのですか?」
「うむ、そうじゃな。妾は特に一人娘ゆえ、跡取りを迎えねばならぬ。それゆえに、国から出ることも叶わず、それどころか宮殿の外に出ることもままならぬ。とても自由とは言えぬな」
「でも、どうでした?今回、外に出てみて」
「そりゃあ、怖かったぞ」
「怖かった……んですか?」
「いくら普段から体は鍛えておるとは言え、外に何があるのかなどまったく知らぬ。お金の払い方すらも知らぬゆえ、旅先で宿に泊まるだけで何度戸惑ったことか。しかも、帝都に近づくにつれて、空に浮かぶあの船がどんどんと大きく見える。妾の住む公国ではもっと小さく見えていた宇宙からの船も、港が近いとこうも大きく見えるのもなのかと恐怖したものじゃ。だが……」
「だが、なんですか?」
「怖がっている自分が、それはそれで面白かった。怖さを一つ乗り越えると、自分の中の世界が広がる快感のようなものを覚えるんじゃ。たった10日間の旅じゃったが、妾にとってはガンダルフの冒険の物語以上に恐怖と快感の連続であった。こんな経験、もう一生することはないであろうな……」
少し寂しそうに天井を見上げるアンジェリーナ様。マルガレスさんが話す。
「ああ、分かるなあ、その気持ち。私もこの文化も異なるこの星に来て、怖いことばかりだった。でもさ、オルガちゃんを始め、いろんな人に出会えたから、その恐怖がどんどん薄れてきて、快感のようなものに変わっていくんだよね。だから私、ここの文化を研究しようって思ったんだ」
「そうか。そなたはいいな。自由があって」
「そうなんですよね、確かに私はまだ自由に動けるから、そういうことができるんだよね……」
このままアンジェリーナ様が帝都にとどまれば、きっとマルガレスさんとはいい友達になれそうな気がするな。この2人、わりと気が合いそうだ。
「あの、アンジェリーナ様」
「なんじゃ?」
「これから、どうされるんです?」
「決まっている。国に戻されて、まだ見たこともない婿養子と共に宮殿暮らし。退屈な日々を過ごすだけじゃ」
「そんな……」
「いや、それはもう覚悟しておったのじゃよ。だから、スマホというものが欲しかったんじゃ。それさえあれば、宮殿の中からでも外の世界を除けると思ってな」
ああ、それでスマホを欲しがっていたのか。アンジェリーナ様の気持ちが、なんとなく分かってきた。
ところで、私はふと思い出したことがあった。
「アンジェリーナ様!」
「な、なんじゃ?」
「そういえば、占いをするという約束、まだ果たしてません!」
「おお、そうじゃったな。まあ、先は見えているようなものじゃが……せっかくだし、みてもらおうか」
「はい、では、手を出してください」
「うむ。これでいいのか?」
「はい。では……」
私はアンジェリーナ様の手を握る。そして、目を閉じた。
◇
ここは、見たことがある場所だ。
というか、ここは駆逐艦の艦橋だ。その窓のそばに、立っている。
正面には甲板が見える。その脇には、小さくなった帝都の街並みが見えている。
夕方なのだろう。赤く染まる帝都の街並みを、じーっと眺めているようだ……
◇
あれ?でも、変だな。
確かにアンジェリーナ様は、公国に帰ることになるから、乗り物に乗って帰るのは間違いないだろう。
が、公国にお送りするのに、わざわざ駆逐艦を使うのだろうか?
「ど、どうであったか!?」
「はい、それが……駆逐艦に乗ってました」
「くちくかん?なんじゃそれは」
「空を飛ぶ、灰色の大きな船をご存知ですよね?」
「ああ、軍船だと聞いている。あれが駆逐艦というのか?」
「はい。で、アンジェリーナ様がその駆逐艦の艦橋の窓の前に立って、外を眺めているのです」
「そうか。では、妾はそれに乗って公国に帰るところなのだな」
「うーん、そうなのかもしれませんが……宇宙に行くのであればともかく、大事な人とはいえ、この近くの国への移動にわざわざ駆逐艦など使うことは、あまり聞いたことがないんですよ。普通なら、もっと手軽な航空機を使いますからね」
「うーん、確かに。オルガちゃんのいう通りだわ。エルツシュタット公国なら、哨戒機くらいの小型の航空機でひとっ飛びでいける距離だし、わざわざ駆逐艦に乗るなんて……」
「そ、そうなのか?それじゃあ一体……」
そこに、フェデリコさんが入ってきた。
「……なんだ。まだいたのか」
私の顔を見てこう申されるフェデリコさん。なんですか、私がいちゃあ悪いんですか?
「まあ、ちょうどいい。貴殿らにも聞いてもらいたいことがある」
「なんですか?」
「アンジェリーナ様のことだ」
フェデリコさんが言うことは決まっている。この方を公国へ帰す。それだけだろう。何を改まっているのか?
が、フェデリコさんは意外なことを言い出した。
「実はアンジェリーナ様には、エルツシュタット公国の帝都駐在弁務官として赴任してもらうことになった」
「……は?駐在弁務官?」
「そうだ。早い話、この帝都宇宙港の街にとどまり、ここでの様子を公国へ定期報告せよ。そういう仕事だ」
「あ、あの、それはつまり……」
「弁務官というのは、あくまでも建前だ。わざわざ帝都まで10日もかけて、危険を冒してまでやってきたと言うのに、それを1日で返すというのはお嬢様の今後の精神的な成長にとって災いとなると、私が公王様に具申した。そこで、この宇宙港の街にしばらくの間、駐在を許すと言うことになったのだ」
「ま、まことであるか!?いや、妾にとっては願っても無いこと!またピザが食べられるのだな!」
「ただし一つ、条件があります。アンジェリーナ様」
「なんじゃ、条件とは?」
「ダンクマール殿と、よしみを深めておくように、公国への帰還の際は、共に戻るようにとのことです」
「な、なんじゃと……?」
フェデリコさんが、アンジェリーナ様に話したこの条件。それを聞いたアンジェリーナ様の顔が少し険しくなる。私には一体、なんのことだか分からなかった。
「誰なんですか、ダンクマール殿というのは?」
「ヴィート伯爵家のご次男で、エルツシュタット公国に婿養子として迎えられるお方。つまり、アンジェリーナ様の夫となられる方だ」
「ええーっ!?伯爵様の息子さんで、しかも将来、公王になられるお方ってことですか!?」
そういえばアンジェリーナ様のもとに婿養子が来るとか言っていたが、ダンクマール殿とはその婿養子となるお方なんだ。さすがは公国のご令嬢。それなりのお方を婿養子に迎えられるらしい。
が、アンジェリーナ様はとても不機嫌だ。
「ふん!だれがよしみなど深めるものか!いくら夫となるからといって、妾が心許すと思ったら大間違いじゃ!」
なんだかとても機嫌が悪い。せっかくこの街にしばらくいられることが決まったと言うのに、この婿養子の話が出た途端、機嫌を損ねてしまった。
「そんなことはおっしゃらずに、仲良くやりましょう、アンジェリーナ殿」
といいつつ、応接室に別の人物が現れた。
肩には金色の飾緒、白い服、とても良い顔立ちの青年。どう見てもこの方は、貴族だ。
話の流れからして、この人こそがアンジェリーナ様の婿養子である、ダンクマール様だ。おそらく間違いない。
それにしても、キースさんほどではないが、いい男だな。実際、アンジェリーナ様も、唖然とした表情で見上げている。
「誰だ、お前は!?」
その美男子に向かって、不機嫌そうに問いかけるアンジェリーナ様。その美男子は応える。
「ヴィート家次男、ダンクマールでございます、アンジェリーナ殿」
ああ、やっぱりだ。で、ダンクマール様はそのままアンジェリーナ様の前でひざまづき、アンジェリーナ様の右手を取る。
ああ、帝国風の求愛儀礼だ。私も、これを見るのは3度目だ。
「親同士が決めた結婚とは言え、私は貴方様を幸せにするため、力を尽くす所存。ぜひこの帝都にいる間に、よしみを深めたいものと思います」
それを受けてアンジェリーナ様は、応える。
「……さ、さすがは帝国貴族、礼儀はわきまておるようじゃな。さすがは父上が見込んだ男だけのことはある……だが!」
アンジェリーナ様は、ダンクマール様の手を振り払う。
「ここでは妾は、好きに過ごさせてもらう!公国に帰ったら、夫婦の契りを交わすことは約束するが、心まで許したわけではないぞ!」
ああ、なんとまあせっかくの美男美女だと言うのに、美女の方は相当不機嫌なご様子。しかし、それを聞いたダンクマール様は応える。
「はい。承知しました。ですが、私も貴方に心許していただけるよう、努力いたしますゆえ」
「ふん!勝手にしろ!」
上流階級のやりとりとは思えないほど激しい応酬を見てしまった私とマルガレスさん。アンジェリーナ様も苦難の旅と、フェデリコさんの入れ知恵によってこの街にしばらく過ごすことができるようになったと言うのに、なんとまあ不機嫌なことか。すでに夫婦になることが決まっているこの2人がうまくやれるようになる日は、はたして来るのだろうか?




