#55 騎士
「どういうことだ!なぜ入れない!?」
「いえ、入れないわけではないです。ただ、規則に従っていただかないと……」
帝都と宇宙港の街の間を隔てる門の前で、職員と言い争いをしている人物がいる。
母と赤ん坊に会いに行った後、キースさんの車で門を通過する際にこの争いに出くわした。私はその門の職員に事情を聞く。
「どうしたんですか?」
「あ、オルガレッタさん。実はこの人が、この格好のままここを通りたいというので、引き止めているところなのですよ」
「はあ……」
よく見るとこの女性、上半身に鎧をまとい、腰には剣をつけている。
「きっと、その剣がダメなんですよね?剣を預ければいいだけじゃないですか?」
「そうですよ。それだけのことなんですけど、どうしてもこの人、剣を渡していただけなくて……」
「当たり前だ!騎士たるもの、剣を手放すなどあり得ない!どうやってわが身を守れと言うのだ!?それ以前に、騎士としての体裁が立たぬ!」
「殺傷力のある武器の持ち込みは、この街では禁止されてるんです。治安が悪いわけではないので、ここでは剣を持つ必要などありませんから!」
職員さんも一生懸命説明するが、この女騎士さん、まったく譲ろうとしない。
そこで、キースさんが提案する。
「木製の剣では、ダメですか?」
「えっ!?木製の!?」
「この街の中で剣の代わりに騎士が携行可能なものとして、木製の剣が認められているはずですよ。あれなら殺傷力はないですし、見た目も剣のように見えるので、ここを訪れる騎士の人がそれを借りることがあるようですよ。それを貸し出せばいいんじゃないんですか?」
「えっ!?そんなものが、ここにあるんですか?」
「いや、あるでしょう……私ですら知ってるのに、職員が知らないなんて……」
以前にもキースさんは、入り口で騎士が剣のことでもめていたところに出くわしたらしいが、代わりの木製の剣を貸し出しているところを見たことがあるという。その時は、その騎士は納得していただけたそうだ。
「騎士さんも、それでいいですよね」
「うむ、そうだな。妾としても、騎士の体裁が守れるのならそれで良い」
ということで、職員は事務所の奥に行く。はたして、その貸し出し用の木製の剣というものが見つかった。この女騎士さんは剣を預け、代わりにその剣を受け取る。
で、晴れて女騎士さんは街に入ることができた。
「いや、すまない。おかげで助かった。妾の名はアン……アニータと申す。帝国の従属国であるエルツシュタット公国より参った」
「私はオルガレッタと言います。こちらは私の夫のキースさん」
「オルガレッタ?はて、どこかで聞いたような名前だが……まあ、よい。とにかく助けていただき、礼を申す」
「いえいえ、いいですよ。ところでアニータさんは、あんな遠くの公国からはるばるこの帝都まで、どうしていらしたんですか?」
「ここは今、宇宙との交易でとても栄えていると聞いた。妾のいる国からでは、どれくらい栄えているのかが分からんのでな、こうしてまかりこした次第だ」
「そうですか。で、とりあえずどこへ行くんですか?」
「うーん、そうじゃな……まずは腹ごしらえといきたいところじゃな」
「では、私達の車に乗りますか?ショッピングモールまでお送りしますよ」
「本当か!?いや、助かる。ぜひお願いしたい」
ということで、女騎士のアニータさんをショッピングモールまで連れて行くことになった。
「帝都の繁栄ぶりも凄まじいが、なんだこの街は、まるで別世界ではないか。馬もなく走る馬車を、これほどまでにたくさん見かけるとは……」
窓の外をキョロキョロと見回すアニータさん。帝都とはまた違う賑わいを見せるこの街に、とても興味津々なようだ。
「なあ、あれは何だ!?」
そのアニータさんが指差したのは、ショッピングモールだった。
「ああ、あれが今から行くショッピングモールというところですよ」
「しょっぴんぐもーる!?なんだそれは!?」
「ええと、そうですね……大きな市場のようなところで、たくさんのお店が集まった場所なんですよ」
「なんだと!?あれはまるで皇帝陛下の宮殿ではないのか!あれが庶民の集まる市場とは……なんという街なのだ、ここは」
初めて見る人にとっては、やっぱり驚くよね、あの建物は。私でさえもあれを最初に見たときは、てっきり宇宙から来た王族の宮殿か何かかと思ったくらいだ。
そんなショッピングモールの駐車場に車を停めて、3人で中に入る。入り口から入り、大きな吹き抜けを目の前にして、この女騎士さんは驚愕する。
「なんというところだ……高い天井に、たくさんの見たこともない姿の人々、きらびやかな灯りにたくさんの店……本当にここは、この世のものなのか!?」
この人、いちいち大袈裟だな。天国に来たわけでもあるまいし。気持ちはよくわかるけど、ここはすでにご覧の通り、ごく普通の人達が行き交っている普通の場所だ。
最近は平民も潤ってきたおかげで、ここで買い物をする人が増えてきた。私がショッピングモールで初めて買ったハンバーグやパンは、今や飛ぶように売れている人気商品となっているらしい。
店を一つ一つ通りすぎるたびに、この女騎士さんは感動している。パン屋に雑貨屋、服屋に香辛料売り場、一つ一つに感動するから、なかなか前に進めない。
「本当に、不思議な商品、珍しい品がたくさん売られているのだな、ここは。それにしても宇宙というところは、本当に物が豊かなようだ」
「ええ、そうですよ。でも最近は、ここ帝都で作られたものが増えてきてますよ」
「なに?本当か!?」
「例えばあの家電屋にある商品ですが、今では帝都の北の貧民街のすぐそばに作られた工場で作られたものが半分以上を占めるんですよ」
「なんだと?こんな見たこともないものが、帝都で作られているのか!」
「いちいち宇宙から持ってくるのは大変ですからね。徐々にこの星で作られるように切り替えているのですよ」
「うーん、そうなのか。想像以上だな、帝都の繁栄ぶりは。だから私を早くここによこせと……」
なにやらぶつぶつと言い始めたアニータさん。私は尋ねる。
「ところでアニータさん。食事はなさらないのですか?」
「おお、そうだ!あまりに珍しいこのショッピングモールに目を奪われて、すっかり食べることを忘れていた。せっかくだから、ぜひ何か珍しいものを食べたい。が、どこに行けば食べ物屋があるのだ!?」
「ええとですね。3階に大きなフードコートがあるんですけど、私のおすすめは、このすぐ先にあるピザ屋ですね!」
「ピザ屋?なんだそれは?」
「見ればわかりますよ。とっても美味しいんです!」
「そうか、そなたがそこまでいうのであれば、きっと珍しく美味しいものなのだろう。妾もぜひ食べてみたい」
「もうすぐそこですよ。さ、行きましょう!」
ピザ屋に向かって歩く私とキースさん、そしてアニータさん。キースさんが思い出したように尋ねる。
「そういえばアニータさん」
「なんじゃ」
「ここのお金って、持ってます?」
「お金?帝国金貨と銀貨ならばあるが」
「あー……やっぱり」
「それが、どうしたのじゃ?」
「ここでは、帝国の貨幣が使えないんですよ」
「なんじゃと!?そうなのか!?」
「ええ。ユニバーサルドルという、ここのお金に両替しないといけませんね」
「そうなのか!?それはどこでできるのじゃ?」
「ええと、そうですね。このすぐ外にある銀行に行かないとダメですね。でも、いいですよ。ピザくらいならおごります。食事の後にでも行きましょう」
「そ、そうか。かたじけない。なにぶん、妾はこの街に疎いものでな……」
ああ、そうか。そういえばここは外のお金が使えないんだった。まあ、はるばる遠くの国からやってきた人だし、これも何かの縁、私達がアニータさんにピザをおごることになった。
「美味い!何という美味さだ!ほんのり暖かく、濃厚なこのチーズの味に、上に乗せられた野菜と干し肉が何とも言えぬ歯ごたえと味わいを深めてくれる!こんな手軽で美味い食べ物が、この世界にはあったのか!?」
ピザを相手に、相変わらず大袈裟に驚く女騎士さん。そりゃあピザを知らない人から見れば、驚きの味だよね。
「そういえば、アニータさんはわざわざエルツシュタット公国からやってきて、この街の様子を見ようと思ったのですか?」
「うむ。それだ。ここが栄えているという話は聞いていたが、そこを訪れた者達が皆、信じられないことを言うのだ」
「はあ。例えば?」
「馬なしの馬車がものすごい速さで走っているとか、赤や青や緑色をした、とても冷たくて甘いものを食べたとか、貴族のドレスよりも多彩な色で、それでいて動きやすい服を着て歩く人が大勢いるとか」
「はい、確かにありますね、そういうの」
「極めつけは、誰もが小さな板のようなものを持ち歩き、それで動く絵を見ることができると言うのだ。その板からは、国中で起きた大きな出来事を教えてくれたり、地図が表示されて行きたい場所まで案内してくれると言うのじゃ。おまけに、遠く離れた人々と会話もできると言う。実際に妾も、それをある者から見せてもらってな。それを見て妾は思ったのじゃ。何と便利な道具か、ぜひこれを妾も手に入れたいと」
「ああ、もしかしてスマホのことですか?」
「うむ、そのような名前であったな。それで妾は、この帝都までやってきたのじゃ」
「はあ。そういうことですか」
「しかし、あのような魔法の板を、本当にそなたらも持ち歩いているのか?」
「ありますよ。これですよね」
私はスマホを取り出す。
「おお!そうじゃ!これじゃ!一体、どう言う仕組みなのかわからぬが、まるで世界が閉じ込められたかのようなこの板、妾も何とか手に入れたい!」
「そうなんですか。でも、普通にありますよ、家電屋に行けば」
「そうなのか!?じゃが一体、いくらするのじゃ!」
「そうですね……300から600ユニバーサルドルだから……銀貨300枚から600枚あれば買えますね」
「本当か!?その程度で手に入るものなのか!?ならばぜひ、手に入れたい!頼む!妾に教えてくれ!」
妙に熱い女騎士さんだな。このスマホがすっかりお気に入りのようだ。
「あの、しかしどうしてそこまでこのスマホが欲しいのですか?」
「いや、この板は様々な場所を見ることができるのであろう?妾は片田舎に住むれい……いや、騎士であるが故に、この世のいろいろな場所に行ってみたいと思っていたのじゃ。やっとの思いでこの帝都までやってきた。じゃがこのスマホというものを使えば、この帝都、いや、帝国よりもずっと向こうにある世界が見られる。遠くの世界を知ることができるこの道具を、妾はどうしても欲しいのじゃ!」
どうやらアニータさんは、世界のあらゆる場所を知りたいらしい。帝国から遠く離れた公国には、まだ宇宙港もなく交易品がほとんど流れてこない。電化も進んでおらず、依然として昔の暮らしが続いているようだ。
そうでなくてもアニータさんは、外に憧れていたという。ある本で海や山で活躍する冒険者の話を読んで、いつか外の世界へ行きたいと考えていたようだ。
「あれ、その本って、もしかして貴族の間で有名な『ガンダルフ冒険記』とかいう本じゃないですか?」
「おお、そなたも知っておるのか!そうじゃ、ガンダルフ冒険記じゃ!小人のいる国、巨人の国、魔法使いの国……主人公のガンダルフが様々な国をめぐり、ついに食べ物が豊かで、黄金で作られた宮殿が立ち並ぶ神の国にたどり着くという、そういう話じゃ!」
「私は平民なので読んだことはありませんが、あれを読んで冒険者になりたいと考えた貴族があとを絶たなかったそうですよ」
「そうなんじゃよ。そこで、妾は父上の反対をよそに、身体を鍛えることにしたんじゃよ。外に出るということは危険が伴うことゆえ、自身の身は自身で守らねばならないからな」
「ああ、それで鎧と剣を持っていらしたんですね」
「うむ。実際に、妾が国を出てからというもの、何度も襲われてな。どうにか切り抜けて、この帝都についたのじゃ」
「ええ~っ!?どうして追われてるんですか!?」
「さ、さあな。皆目見当がつかぬ。とにかく、ここまで来たらもう追われることはないだろう。こうして美味いものにもありつけた。ここはガンダルフのたどり着いた、神の国に近いのかもしれぬな」
アニータさん、なんだかとても嬉しそうだ。ここはこの地球816でももっとも進んだ街だそうだから、好奇心旺盛なアニータさんにとってはまさに「神の国」なのだろう。
ピザを食べ終えて、アニータさんと共に銀行へと向かう。そこでアニータさんの持つお金を、こっちのお金に変えてもらうためだ。
ショッピングモールを出てすぐのところにあるあの銀行。そういえば、私はあの強盗事件以来、ここに来てないな。まあ、襲われることなんてそうそうないから、今度は大丈夫だよね。
と思った矢先に、その予感は脆くも外れた。
突然、私達は4人の男達に囲まれてしまう。
「ようやく、見つけましたぞ……」
アニータさんの顔が険しくなる。この男達の台詞といい、アニータさんの様子といい、どうやら彼らはさっき、アニータさんが話していたあの追っ手だろう。私も身構える。
男らがジリジリと迫ってくる。後ずさりするが、後ろは銀行の建物だ。追い詰められた。キースさんは、腰にある拳銃に手を伸ばす。
すると、アニータさんが剣を抜き、その男らに襲いかかる。
木製な上に、鋭利さはないただの棒だ。だが、それを片手に男どもに向かうアニータさん。
「ぐわっ!」
一人が脇腹を叩かれて倒れる。その隙に両側からアニータさんを押さえつけようとする追っ手達。
だが、アニータさんはその2人をあっという間に跳ね飛ばす。最後の一人も叩きのめし、4人いた追っ手を木の棒一つで倒してしまった。
「オルガレッタ殿、キース殿、行くぞ!」
私はまだ、なにが起きたのかわからない。頭が混乱していた。呆然とする私の手を、キースさんが引いてその場を離れる。
そのまま車に乗ってショッピングモールを離れ、司令部近くの我が家に着く。家の前にある公園で、アニータさんと私、そしてキースさんはベンチに座る。
「なんなのですか、あれは……」
「だから言っただろう。公国を出てから3度、襲われているのだ。本当にしつこいやつらだ、まったく……」
あんなのに追われてたんだ。それは大変な旅だったことだろう。しかし、どうして追われているんだろうか?
まさか、お金目当て?確かにアニータさんは、たくさんの金貨と銀貨を持ち歩いている。狙われてもおかしくはないが、それだけのことでわざわざエルツシュタット公国からここまでしつこく追いかけてくるものだろうか?
何かあるな……直感だが、なんとなく私はそう感じた。
と、そこへ誰かが現れる。
「あれ?オルガちゃん。横にいるのは誰なの?」
中将閣下の娘、マルガレスさんだった。
「ああ、マルガレスさん。こちらはエルツシュタット公国から来られた、アニータさんという騎士の方で……」
「えっ!?女騎士なの!?本物の!?それはすごい!私、初めてみた!」
早速、スマホのカメラでパシャパシャと撮るマルガレスさん。戸惑うアニータさんに構うことなく、たくさんの写真を撮ってご満悦だ。
で、その後、私はマルガレスさんにここに至るまでの話をする。
「へぇ~、追っ手にねぇ」
「そうなのよ、あの銀行の横で囲まれて……」
「オルガちゃん、そういうの多いよねぇ。ついこの間も連盟に連れて行かれたり、強盗に襲われたり、占い師だっていうだけで処刑されそうになったりさ」
「うう……私は別に、悪いことしてるつもりはないんだけどね……」
その話を横で聞いていたアニータさんが、急に叫び出す。
「そうか!思い出したぞ!」
なに?何を思い出したの?まさか、追っ手に追われてる心当たりでも思い出したのだろうか。
「そういえば、帝都には未来を読める稀代の占い師がいると聞いた。オルガレッタ殿、あれはそなたのことだったのか!?」
「えっ、あ、はい、そうですけど……」
「どおりでどこかで聞いた名だと思っていた!そうか、あの占い師と一緒だったとは、妾も迂闊であった!いやあ、帝都に来たらひと目あってみたいと思っていたのだ!なんという幸運か!」
アニータさんは幸運だと大喜びだが、私にとってはアニータさんと一緒にいるおかげで追っ手に追われて、不幸の真っ只中に落とされてしまったところだ。申し訳ないが、あまり喜べない。
「いや、ぜひ妾のことも占って欲しい!どうすればいいのじゃ!?」
「ええとですね、まずは手を出していただいて……」
私が占いのことをアニータさんに話そうとした、その時だった。
私たちの座るこのベンチの周りを、ぐるりと黒服の男が取り囲んできた。
「えっ!?なに!?どうなってるの!?」
マルガレスさんが私につかまる。震えながら周りを見る彼女。私もマルガレスさんに抱きつく。キースさんは、腰に手を伸ばす。
そして、アニータさんはあの木製の棒のような剣を抜いた。
が、その時、バンッという音とともに、その棒が撃ち抜かれる。真っ二つになった棒が、煙をあげながら足元に転がる。
キースさんは銃を構える。が、そこに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「動くな!」
黒服の男の後ろに現れたのは、なんとフェデリコさんだった。
「全員、無駄な抵抗はやめよ。悪いが、こちらには剣も銃も効かない。中尉なら分かるだろう。おとなしく、我々にご同行願おう」
私達はフェデリコさん率いる部隊に、捕まってしまった。




