#54 手袋
そういえば、地球001から来たアキラさんは、帰り際に私に置き土産を残してくれた。
それは、黒い手袋。その黒い手袋を、私は早速、キースさん相手に使ってみることにした。
「じゃあ、行きますよ」
「ああ、いいよ、オルガ」
私は手袋越しにキースさんの手を握り、目を閉じる。
◇
ショッピングモールを歩いている。隣には、私がいる。
ちょうどピザ屋の前にさしかかり、私が走り出したところだ。
と、その時、私は転ぶ。ちょうどそこにあったテーブルにつまづき、テーブルごと豪快に転んだため、周りの人達が一斉にこちらを注目している。キースさんは慌てて、私を起こしにかかる……
◇
「どうだった?」
「すごいです!本当に見えました!私が豪快に転ぶところが!」
「なに!?それは、あのピザ屋の前かい!?」
「はい!テーブルごと転んでましたし、周りのみんなもこっちを見てました!間違いありません!」
「そりゃ凄い!本当に見えたんだ!」
私が転んだ映像が見えたというのに、2人が喜んでいるのには理由がある。
実は今見えた光景は、昨日の出来事なのだ。
アキラさん曰く、この手袋をつけて占いを行うと、これまでとは逆に過去の出来事が見えるようになる、と言っていた。
帰り際に急いで渡されたので、アキラさんの前では試せなかった。しかしアキラさんの言う通り、本当に昨日の出来事を見ることができた。理屈は分からないけど、これは凄い。
これが何の役に立つのか分からないけど、今後何かに使えそうだ。早速、私はアキラさん宛にメールを送った。
『凄いよ、マダム!私の思った通りだ!これでまた仮説が一つ証明されたことになる!では、また会う日を、楽しみにしてるよ! アキラより』
すぐに返信が来た。ちょうど星雲の横を通過してるようで、淡い桃色の雲のような天体を前に歓喜している写真を送信してきた。
とにかく、この不思議な手袋のことをフェデリコさんに話す。もっとも、この人はあまり感動を表に出さない。この出来事を嬉々として話す私に向かって、
「そうか……」
の一言である。
まあ、そうだよね。騒ぐほどのものじゃないか……フェデリコさんを見て、私も少し冷静になる。
その翌日のこと。私は貧民街のすぐそばに作られたあの家電工場に来ていた。
この工場、私が連盟に連れ去られていた間にどんどん仕事が増えており、今やフル稼働だと言う。
今は冷蔵庫の需要が多いらしく、ここで作られるものの4割ほどが冷蔵庫だと言う。次にエアコンが多く、テレビも徐々に増えているようだ。
あの模様付きの箱をせっせと選り分ける工員たち。奥では、もうちょっと複雑な作業をしている人もいる。箱から部品を取り出し、それを組み立てると言う作業までこなせる人が現れた。
「オルガレッタさんのおかげで、本当にたくさんの人が集まりました。今や帝都の電化製品の半分ほどがここで作られています。わざわざ宇宙から運び込む必要がなくなったため、現地の需要にすぐに応えることができるので助かってます」
と私に話すのは、ここの工場長さんだ。
「あ!オルガレッタ様だ!」
工員さんの多くは、私のことを様付けで呼ぶが、私は平民、様付けで呼ばれるような身分ではない。どうしても、戸惑いを覚える。
「何がオルガレッタだ!ただの小娘が!」
「おい!お前、なんてこと言うんだ!」
「ふん!小娘がこの工場を作ったわけでもあるまいし、構わねえだろう!」
ただ、中には私のことを快く思わない人物もいる。悪口ならせめて、私の聞こえないところで言ってくれればいいのに……
と、そこにある娘を見かけた。ラインでせっせと箱の仕分け作業をしている。
年の頃は、うちの弟くらいだろうか?せっせと働いているが、どうも表情が暗い。
「おい、お前!なにグズグズしてるんだ!さっさとやれ!このゴミクズ娘め!」
さっき私を批判していたあの男が、その娘に向かって叫んでいる。それを聞いた他の従業員がたしなめる。
だがその娘、どこか暗い。暗すぎる。何かに怯えているようだ。その表情が、私にはなんとなく気がかりだ。
しばらくすると、休憩時間になる。私はその娘のところに行く。
「どうしたの?なんだか表情が悪いけど、具合が悪いんじゃないの?」
「い、いえ、大丈夫です。なんでもありません」
と口では言うが、どうも気になる。どう見ても、何か隠している気がする。私はそう直感する。
そこで私は、あの手袋をつけた。
おそらく何かあったに違いない。何があったのか見てやろうと思った。手袋をつけたまま、私はその娘の手を握り、目を閉じる。
◇
ここは、工場の裏だ。大きなダクトがあって、人通りが少ない場所のようだ。
そんなところに、あのさっきの大男と一緒にいる。すごい剣幕で、なにかを叫んでいるその男。
そして、いきなり蹴飛ばしてきた。腹のあたりを蹴られたようで、その衝撃で壁に叩きつけられたこの娘は、嘔吐している……
◇
目を開けた私は、その娘の服をめくる。
「お、オルガレッタ様!何を!?」
私は構わず、お腹を見た。明らかに痕がある。そこには、あざができていた。
「誰にやられたの!?」
私の問いかけに、首を振り口をつぐむその娘。私は言った。
「……あの男なのね」
それを聞いて彼女は言う。
「お願いです!見逃して下さい!それを喋ったら私、ここにいられない……」
どう言うことなのか?私はその娘の腕を掴んで、そのままこの工場の事務所に向かう。突然入ってきた私を見て、工場長さんが驚く。
「あれ?オルガレッタさん、どうしたんですか?」
「工場長さん!ちょっと彼女のことを見てあげて下さい!」
「えっ!?何かあったんですか!?」
「私、見えたんです!あそこで大声をあげてる男が、この娘のお腹を蹴飛ばしたところを!」
「ええ~っ!?どういうことです!それって、暴力行為じゃないですか!」
年頃の娘のお腹を、他の男の人に見せるというのはあまりいいことではないが、状況が状況だ。私は彼女の服をめくり、工場長さんにその娘のお腹にあるあざを見せる。
「なんだこれは……すぐに治療しないと!」
「いえ!いいです!大丈夫ですから!」
「ダメだ!こんな状態で仕事を続けたら、大変なことになるかもしれないぞ!なぜ今まで、黙っていたんだ!」
するとその娘は泣きながら話す。
「……私、グズなんです……それであの人に工場の裏に連れて行かれて、時々暴力を受けてて……」
「どうして、そのことを黙ってたの……」
「しゃべったら、ただじゃ済まない、ここで働けないようにしてやるって……」
「何よそれ……脅迫じゃないの!」
「でも、ここを追い出されたら私、もう……」
泣きだす娘。困り果てた工場長さん。とにかく、彼女は工場内の医務室に行くことになった。
「どうしますか、あの男は」
「当然、解雇だ。暴力を振るうことはご法度だ。そんな状況が放置されているのは、他の従業員にも示しがつかないからね」
「そりゃあそうですよね。でも……」
男を解雇すれば終わりではない。ここにいる人達は皆、あの貧民街で暮らしている人ばかりだ。当然、あの男も娘も、そこで暮らしている。
ということは、当然なんらかの報復があるだろう。貧民街では、死人が出ることは珍しくない。餓死したのか、事故死なのか、それとも他殺か、とにかく死因の分からない遺体は毎日のように見つかる。このままでいけば、解雇されたその男により当然、彼女も殺られてしまい、その死因不明の遺体の一つとなるだけだろう。
まずい。非常にまずい。良かれと思って過去を覗いてしまったが、それがかえって取り返しのつかないことになりそうだ。どうしようか。
私は考えた。一人の娘の命に関わる話だ。そうなる原因を作ったのは私でもある。放置はできない。
が、私にある考えが浮かんだ。私は、スマホを取り、電話をかける。
それから、3日が経った。
私はキースさんと一緒に、母とフェデリコさんが住むお屋敷にやってきた。
「あら、オルガレッタ。いらっしゃい」
赤ん坊を抱えながら微笑む母が出迎えてくれた。どうでもいいが、母は今、セーラー服を着ている。
「……またフェデリコさん、そんなのを着せてるの?いや、そんなことはいいわ。それより、どうなの?」
「ええ、助かってるわよ、本当に。おかげで私も子育てに専念できるわ」
「今、どこにいるの?」
「ああ、2階の掃除をしてくれてるわ。ちょっと待ってて」
母は、私の異父兄弟であるファシリコをベッドに寝かせると、大きな声で呼ぶ。
「コスタ!」
「は、はい!奥様!」
大急ぎで降りてきたのは、3日前からここで働き出したばかりの娘、コスタさんだった。貧民街の横の工場で男に暴力を振るわれた、あの娘である。歳は15、弟と同い年だ。
彼女は両親が流行病で亡くなって、貧民街で暮らすようになったという。兄弟もおらず、一人でずっと暮らし、工場ができるまでは日雇いの仕事を続けていたらしい。
あの男は、彼女への暴力の一件で解雇となり、それゆえに彼女は報復を恐れて貧民街に住めなくなった。そこで彼女は今、この屋敷で住み込みのメイドをしている。さすがにあの男も、この貴族の屋敷街にあるこのお屋敷まで来ることはないだろう。
あのとき、母が子育てに専念するためフェデリコさんが誰かを雇いたいと言っていたのを思い出した。それで私はあの娘、コスタさんをメイドにどうかとフェデリコさんに聞いてみた。写真を送ると、あっさり承諾された。どうやら、彼女はわりとフェデリコさんの好みだったらしい。
このため、現れたコスタさんは黄色いドレスを着ていた。これは魔法少女のコスプレらしい。母同様、彼女もすっかりフェデリコさんの着せ替え人形にされている。
「あ!オルガレッタ様!おはようございます!」
「おはよう。元気そうね」
ここに来てからの彼女の表情は明るい。なにせ安全な場所で、毎日綺麗な服を着替えていられるとあって、喜んでいるようだ。ただしその服は、フェデリコさんの趣味のコレクションなのだが。
手袋によって得られた、新たな力。まさかこれほど早く、この手袋の活躍の場が現れるとは思わなかった。アキラさんが残してくれたこの手袋によって、一人の娘の人生が大きく変わることとなった。




