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#51 新生

 朝、眼が覚める。私の隣には、キースさんが寝ている。

 このところ毎朝、ああ、私、キースさんの奥さんになったんだって思いながら目覚める。

 清々しい、実に清々しい朝だ。

 ベッドの周りの、これがなければ。


 ベッドの周囲には、物が溢れている。

 たくさんの衣装の入ったケース。これらは全て、貴族達から贈られたドレスやスーツだ。


「さあ、オルガ!今日も脱出するぞ!」

「はい!あなた!」


 結婚式から1か月。私はキースさんのことを「あなた」と呼び、キースさんは私のことを「オルガ」と呼ぶようになっていた。

 それはともかく、夫婦の朝一番の仕事は、この大量の衣装からの「脱出」だ。

 もはや、寝室に出口はない。壁のように積み上げられた贈り物を上手く持ち上げては積み直ししながら、まるでパズルを解くように寝室を脱出するのだ。ちなみに寝るときには、その逆を行う。


「はぁ~っ、毎朝これだと、しんどいな」

「でも、寝室が一番、使う時間が少ないですから、あそこに集めるのはしょうがないですね」


 寝室さえ出れば、あとは普通の部屋だ。しかし貴族の皆さんは、この狭い部屋に容赦なく贈り物を届けてくれたものだ。ここまでくると、ありがた迷惑である。


「あ~あ、こんなことなら私の部屋、返さなきゃよかったかなぁ~」

「オルガ、いまさらそれを言ってもしょうがないよ。それよりもこの先、住む場所のことを考えようか」

「はい、あなた」


 非常に前向きな夫婦だが、新しい住処のあてなどあろうはずがない。

 だがその日、思わぬところから住居を頂けることになった。

 フェデリコさんと母は、陛下からお屋敷を賜った。が、私達夫婦は全く別のところから住居を頂いた。

 それは、宇宙艦隊司令部だった。

 帝都司令部のほど近い場所の、将校用住宅の一つを頂いたのだ。キースさんは中尉、それでこの住宅を頂けるのは、かなり異例のことだそうだ。

 というのも、私がこれまでこの街の外で2度も捕まった事実を鑑みてのことだそうだ。

 早速、私とキースさんはその家に向かう。

 大きな2階建の家で、司令部まで歩いて3分ほどのところにある。司令部へ行くのに、バスに乗らなくてもいいのはありがたい。


「あれ?オルガちゃん!どうしたの、こんなところで?」


 不意に声をかけられる。現れたのは、アルデマーニ中将閣下の娘、マルガレスさんだ。


「あ、マルガレスさん。そういえば、マルガレスさんのうちもこの辺りだよね」

「そうだよ。でも、オルガちゃんがここにくるなんて、珍しいなあって思って」

「うん、実はね、家を頂いたの」

「えっ!?家を!?」

「そう。結婚して、今住んでるところが手狭になったなあって思ってたら、司令部から頂けることになって」

「そういえばオルガちゃん、結婚したんだよね。てことは、横にいるのが旦那さん!?」

「はい、初めまして。私、地球(アース)122の遠征艦隊でパイロットをしてます、キースと言います」

「へぇ~!パイロットさんなんだ!いいなあ!」

「えへぇ!いいでしょう!でも、マルガレスさんもきっとそのうち、いい人に巡り会えると思うよ」

「そ、そうかなぁ……」


 この会話を聞いていたキースさんが小声で尋ねる。


「あのさ、オルガ。この人は一体……」

「ああ、アルデマーニ中将閣下の娘さんで、マルガレスさんって言うの」

「ええ~っ!?中将閣下の娘さん!?この人が!?あの中将閣下から、どうやったらこんな美人の娘さんが生まれるんだ……」


 私の話を聞いて、首をかしげるキースさん。私は、マルガレスさんに対してキースさんが放った「美人」という言葉に少しムッとしていた。


「てことは、ご近所さんだよね!これからもよろしくね!オルガちゃんと旦那さん!」

「あ、はい、よろしくね!」

「よろしくお願いします」


 まだ引越し前だというのに、いきなりご近所さんへの挨拶をしてしまった。だが、それがマルガレスさんでよかった。

 中将閣下の贈り物騒動以来、私は時々、マルガレスさんと会っている。同い年の女子同士、ショッピングモールや近くの店でよく話す。彼女は今、大学というところに通っているそうだ。


 引越しに先立ち、まずは貴族達から頂いた贈り物を持ち込んだ。それで寝室のあの無秩序を解消した。

 そして週末になり、引越しを開始。2人分の荷物だが、キースさんも私もそれほどたくさんの荷物をかかえているわけではない。あっという間に、引越しは完了する。

 やれやれと一息ついていた、その時だった。

 私のスマホが、突然鳴り出す。

 相手は、フェデリコさんだ。


「はい、オルガレッタですが……」


 電話に出た私に、フェデリコさんはたった一言、告げる。


『う、産まれる!』


 これを聞いて、私は何のことか、察した。


「ど、どこですか!?」

『宇宙港病院、B棟、産婦人科病棟!』


 そうだ、結婚式やら引越しやらですっかり忘れていたが、そういえばそろそろ母の出産予定日だった。


「あなた!」

「分かった!すぐ行こう!」


 2人でそのまま車に飛び乗った。そして、宇宙港病院へと向かう。

 病院はここからすぐ近くにあるので、車であっという間についてしまった。そのまま病棟へと向かう。病院の案内所で問い合わせて、すぐに母のいる場所へと向かった。


 が、到着すると、母はすでに出産を終えて、病室にいた。その病室に、弟とフェデリコさんもいる。


「あら、オルガレッタ。早かったわね」

「お、お母さん!もう産まれたの!?」

「3人目だから、早いのよ」


 ああ、そうか。そういえば母は初産ではない。私と弟を産んでるんだった。

 そして、その母の横に、すやすやと眠る赤子がいた。

 予定通り、男の子。私の2人目の弟。そして、フェデリコさんの子供でもある。

 私とキースさんが新居で新生活を始めるその日に、20歳違いの兄弟が産まれてきた。

 顔を見ると、随分としかめっ面をしている。この歳で、もうフェデリコさんそっくりなの?


「……なんだか、フェデリコさんにそっくりで、しかめっ面してるけど……」

「ああ、産まれた赤ん坊は、そんなものよ。あなただって、くしゃくしゃの顔をして産まれてきたんだから」

「ええ~っ!?そうだったの!?」


 フェデリコさんそっくりな赤子を前に、母から笑われる私。フェデリコさんは、まだ産まれたばかりの自身の初めての子供を興味深げにいじっている。赤子は、フェデリコさんの指を握っている。

 新生活と、新生児が同時にやってきた。新しい住処と、20歳も離れた兄弟の誕生は、果たして何をもたらしてくれるのだろうか。

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