#50 婚儀
冬が来た。そして私は、20歳になった。
我が帝国では16歳以上が成人とされるが、地球122をはじめとする連合の多くの星では20歳から大人扱いされる。
私もついに、他のどの星でも大人とされる年齢に達した。
そしてその日は、結婚式の日でもある。
「綺麗よ、オルガレッタ」
母が私を見て言った。
「えーっ!?お母さんの方が、綺麗だったよ」
「何言ってんのよ。あなたの方が若いのよ。まるで、水面に浮かぶ白スイレンの花のようだわ」
母は、私の姿を絶賛してくれる。
とうとう私は、本日をもってキースさんの妻になる。誕生日がそのまま、結婚記念日となった。
「そういえばお母さん、お腹の子は大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。こっちの本番まで、あと1か月はあるわ」
少し大きくなった母のお腹。結婚式のすぐあとに、自分の異父兄弟が生まれる。なんだかとても、複雑な気分だ。
だが、複雑なのは、私の気分だけではない。
結婚式を前に私がキースさんを占ったら、とんでもない光景が見えてしまった。
それを見て私は、式を取りやめようかと思ったほどだ。だが、フェデリコさん曰く、
「一生に一度しかないこの日の式を、取りやめるわけにもいくまい。私がなんとかするから、大丈夫だ」
というので、式を挙げることにした。
が、やっぱり不安だ。どうしてこう、私の人生は最近、波乱に満ちているのか?
「どうしたの?やっぱり、怖いの?」
「ううん、大丈夫。フェデリコさんはいつも守ってくれたし、今回も大丈夫かなって」
「そうね。あの人にはいつも、助けられてるものね」
ここは帝都大聖堂の控え室。私は母に連れられて、大聖堂に向かうことになっている。そこで、総大司教様の前で、私達は夫婦の誓いを行う。
参列者は、フリードリヒ皇太子殿下にブロイセン皇子様、アルベルティーナ皇女様もいらっしゃる。3大公爵様や一部貴族も参列される。
そして、帝都司令部の面々も勢ぞろいする。ヒルデガルドさんも、今日は特別に帝都入りが許された。リリアーノさんをはじめとする雑用係の面々はもちろん、デーボラさんとエヴァルト殿まで出席される。
変な汗が出るのは、久しぶりだ。だが、最初の式は変な汗が出るくらいで済む。
問題は、そのあとに行われる「披露宴」だ。
私はこの披露宴で起きることを、事前に知っている。キースさんの占いを通じて、知ってしまった。
私が見たのは、次のような光景だ。
◇
ここは、披露宴会場だ。
司令部の皆が、楽しそうに談笑しているのが見える。
私の姿が見える。黄色いドレスに身を包み、キースさんに微笑みかける私がそこにいた。
と、突然、正面の大きな扉から、黒い服を着た人が数人入ってくる。
手には銃を持っている。私とキースさんに、その銃が向けられる。
そして黒服の男の一人が、その銃を上に向けて、引き金を引いた……
◇
私の結婚の日まで荒らされるとか、一体どういうことだろうか?だが私は銃を撃たれる前に目を開けてしまい、その後どうなるのかが分からない。
とにかく私は、フェデリコさんを信じて式を強行……いや、挙行した。
扉が開く。大聖堂の内堂に向かって、赤い絨毯が敷かれている。その両側に、たくさんの参列者がいる。
私は身重の母に引かれて、ゆっくりと歩く。白いドレスに身を包んだ私を、皆がじっと見る。
荘厳な音楽が流れている。帝都の神楽団による演奏だ。この帝国から見れば、異星人と平民という組み合わせの結婚式に、かくも贅沢な場を用意してくださったことに、私は感謝せずにはいられない。そして正面には、キースさんが立っている。
皆が静かに見守る中、私はキースさんの横にたどり着いた。母が手を離すと、フェデリコさんが母の手をとり、そのまま席まで誘導する。
そして、式が始まった。
静かな音楽の中、総大司教様が、言葉を述べられる。
「帝国開闢以来、ここで行われた婚儀の数は714。そして本日、キース殿と、オルガレッタ殿が715番目として、この大聖堂の歴史に刻まれます」
ここでは、そんなにたくさんの婚儀が行われてるんだ。でも、帝国が始まって300年以上だから、年間2、3回しか式を挙げていないことになる。そう考えると、少ないな。
「それではこれより、キース殿、オルガレッタ殿の、結婚の儀を執り行う!」
総大司教様は宣言なされて、式が始まる。音楽が一瞬、大きくなる。そして総大司教様は、キースさんの方に向く。
「汝、キースは、この女、オルガレッタを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
「はい、誓います!」
うーん、今日のキースさん、かっこいい。改めて惚れ惚れしてしまう。すると総大司教様は、そんな私の方を向く。
「汝、オルガレッタは、この男、キースを夫とし、良き時も悪き時も……」
やばい、総大司教様ほどのお方が、こちらを向いていらっしゃる。この方は、まさに帝国国教の最高位にいらっしゃるお方である、そんな総大司教様を前に、変な汗が出てきた。
「……夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
ああ、私が誓う番だ。いかんいかん、冷静にならなきゃ。
「は、はい!誓ひまふ!」
……しまった、少し噛んだ。だが、そんな私に構うことなく、式は進む。
続いて、指輪の交換に入る。私はキースさんから、結婚指輪を左手薬指に通される。
そして、私の番だ。私はキースさんの左手をとり、指輪をはめる。
……あれ、はまらない。おかしいな、ちゃんとはまることを事前に確認してたのに、全然通らない。まさかキースさん、指が太くなったのか?
「……オルガレッタさん……」
すると、キースさんが小声で囁いてくる。
「……それ、人差し指です……」
なんだ、指を間違えていただけか。私はキースさんの方を向いて、少し苦笑いしながら、指輪をはめた。
そして、白いベールが挙げられて、誓いの接吻をする。
この瞬間、名実ともに、私はキースさんの妻となった。
場所が変わって、ここは帝都のラーテルブルグ宮殿の敷地にある、社交界にも使われる会場。なんとまあ、帝国の由緒正しき場所での披露宴である。
広い会場に、大勢の参加者と使用人達。まるでそこは、社交界そのものだ。
そして、私とキースさんがいるのは、壇上の上。あのフリードリヒ殿下がヒルデガルドさんに刺されそうになった、あの壇上である。
おかしなものだが、そこに私とキースさんが座り、壇の下にはフリードリヒ殿下とヒルデガルドさんがいる。なんとも不思議な光景だ。
「いやあ、帝国に帰ってこられて、よかったな!」
「本当ですわ、あなたが連れ去られたと聞いて、心配したんですよ」
と話しかけてきたのは、フリードリヒ殿下とアルベルティーナ皇女様である。
「お、お心遣い、痛み入ります……」
今日は、私の変な汗が絶好調だ。連盟にいる間に出せなかった分を、ここだけで取り戻せそうな勢いだ。
「オルガちゃん、いい顔してたわよ!はぁ~っ、私も早く結婚しようかしら?」
「いや、リリアーノさんは早くした方がいいですよ。もう遅い方ですから」
「うるさいわね!心の準備ってもんがあるのよ!」
リリアーノさんは相変わらずよく喋り、よく叫び、よく飲む。ここにくる前に、ワインを軽く2、3本たいらげてきたそうだ。
「私も……式……挙げたいな……」
「じゃあ、ガエルさんに相応しい式場、探しましょうか?」
「ほんと……嬉しい……」
ドナテッロさんとガエルさんは、どちらかというと私よりも、この会場に興味があるらしい。2人揃って、じっと壇上から周りを眺めていた。
でも、冷静に考えたら今、式場探すって行ってたよね?てことはこの2人、婚約してるの?それとも今、婚約宣言をしたの?この2人のやり取りは、いつも謎だ。
そして、ついにこの人がやってきた。
「オルガレッタさん!私は絶対に、あなたのこの式を超えてみせますからね!覚悟なさい!」
「は、はい、分かりました、ヒルデガルドさん」
「そういうわけで、ルチアーノさん!私達の時は、ぜひ派手にやりましょう!」
「えっ!?ヒルデガルドさんとルチアーノさん、もう婚約してるんですか!?」
「えっ!?ヒルデガルドさん、私とあなたはもう、婚約してるんですか!?」
ヒルデガルドさんのこの発言に、私とルチアーノさんから同時に驚かれて、思わず赤面してしまうヒルデガルドさん。婚約もまだなのに、私の式を見てついカッとなって、結婚のことまで突っ走ってしまったらしい。
この調子で、壇上には次々に誰かが訪れる。豪華なお酒に食事が振舞われ、会場は大盛り上がりだ。
そして、盛り上がりすぎて、私はすっかりあの占いのことを忘れていた。が、それは突然、始まった。
「動くな!」
会場奥の扉が開く。そこに、4人の黒服の男らが現れた。
彼らは銃を持ち、壇上に向かって走ってくる。すると私の後ろから、フェデリコさんも現れる。
「しまった!思ったより早いぞ!」
そういうと、フェデリコさんの周りにも、特殊部隊風の人達が現れる。
そして、壇上を挟んで、睨み合う両者。
フェデリコさんは、合図の手を挙げたまま、動かない。
今、この状況で1発でも打てば、この会場は大惨事になる。
会場は静まり返る。一触即発の状況が、続く。
だが、会場に乗り込んだ4人の黒服の一人が、その均衡を破った。銃を上にあげる。
そして、叫んだ。
「結婚式と誕生日、おめでとーう!」
パンッパンッという音が、鳴り響く。
すると、フェデリコさんの部隊からも、パンッパンッという音が鳴った。
よく見ると、どちらの銃の先からも、紙吹雪のようなものが出ている。
「おめでとーう!」
会場からも、一斉にパンッパンッという音が鳴り響いた。皆、手にクラッカーを持ち、紙吹雪を吹き出している。
「改めて、おめでとう!嬢ちゃんよ!」
黒服の男の一人が、顔を隠していた黒いマスクをとった。
黒髭のこの顔、間違いない、トゥリオさんだ。
「えっ!?あれ?これは一体……」
「サプライズだよ、サプライズ!嬢ちゃんのことだから、占いでこの光景を見破っちゃうっちまうだろうと思って、いかに本番までバレないように本物らしくするか、苦労したんだぜ!?」
「えっ!?もしかしてここにいる皆さん、このことを……」
「そこにいるフェデリコ大佐を含めて、みんなご存知さ。知らないのは嬢ちゃんとそこの旦那様だけだ」
「ええーっ!フェデリコさん、このことを知ってたんですか!?」
「……より本物らしくするために、特殊部隊の出動を許可したのは私だ」
「じゃあ、あのとき大丈夫だって言ったのは……」
「実際に、大丈夫だっただろう」
「そうよ、オルガレッタ。この人が大丈夫だと言って、そうでなかったことはないでしょう?」
「お、お母さんまで……」
唖然とする私とキースさん。みんな、意地悪そうに笑う。
「も、もう!怖かったじゃないですかぁ!なんだってこんな激しいサプライズを用意してるんですかぁ!」
「はっはっは!波瀾万丈の嬢ちゃんにはぴったりな演出だろ!?」
「そうですわ!拷問されて、処刑寸前まで経験された方が、ただのサプライズでおしまいだなんて、ありえませんわ!」
「ひ、ヒルデガルドさんまで……」
「はっはっは!皇族や帝国貴族の間では、結婚式の激しい余興は当たり前だ!花嫁が驚くほど、夫婦仲が円満になると言われているぞ!」
「ええ~っ!?ふ、フリードリヒ殿下まで、なんてことを……」
「オルガちゃんの驚いた顔、よかったわよ!ちゃんとカメラに撮ったから!後で送るね!」
「も、もう~っ!リリアーノさんまで!」
私が占いで見たあの光景は、蓋を開けてみたらここにいる皆が仕組んだことだとわかった。結婚式場を荒らされるかと思いきや、みんなして私とキースさんを驚かせるとは、なんて意地悪な……
でも、みんな笑顔だ。顔を真っ赤にして起こる私を見て笑うキースさん。笑顔でないのは、私くらいだ。
こんな光景でも、幸せと言えるんだろうか?いつかコーリャさんに話したら、笑ってくれるだろうか?私はそんなことを考えながら、壇上で叫び続けていた。