#5 戦闘
私は艦橋に入る。相変わらずここは騒がしい。いや、さっきよりもずっとうるさい。
「敵艦隊、ロスト!この辺りに敵艦隊がいるはずですが、見失いました!」
「そんなことはない、必ずどこかにいるはずだ!探せ!」
「了解!」
艦橋では、フェデリコさんと椅子に座ってモニターをにらむ人とが、緊迫したやり取りをしている。
そんな場所に私を呼び出して、一体どうするつもりなのだろうか?私はこのピリピリとした場所で、ただフェデリコさんが気付いてくれるのを待つのみだ。
「来たか」
やっと私の存在に気づいたフェデリコさん。来るやいなや、私に尋ねる。
「貴殿が見たというビームの光、あれはどちらから飛んできたか、分かるか?」
「あの、ビームって何ですか?」
「……そこからか。窓の外にあったという、青白い光の筋のことだ!」
「は、はい!ですが、窓の外をまっすぐ横切っただけで、どちらから来たものかは分かりませんでした!」
「そうか……そうなのか……」
黙り込んでしまったフェデリコさん。突っ立ったまま、前にある大きなモニターをにらみながら、何かを考えている。
「何か……何かあるはずだ……しかし一体何が……」
大きなモニターをにらみながら、ブツブツと何かをつぶやいている。この人、本当に睨むのが好きだなぁ。でもそういうのは普通の人には怖がられるから、やめたほうがいいと思う。
「敵艦隊は依然、捉えられないか!?」
「はい!レーダーに、反応なし!」
「おかしいな……10や20ならともかく、300隻だぞ。こんな何もない空間に、どうやってあれだけの数の駆逐艦が隠れられるというのだ?」
深刻な顔で考え込むフェデリコさん。いつになく険しい表情だ。
「真横から来たということは、右か左かだな……一体、どっちから撃ってくるんだ。それが分かれば、対処できるのだが……」
あまりに深刻な顔で悩むフェデリコさんを見て、私は少し気分を変えさせたくなった。
「あの……フェデリコさん」
「なんだ!」
うう、気が立ってて機嫌が悪い。かなり怖いが、めげずに話しかける私。
「あ、あの、その、敵というのは一体、誰なんですか?」
「ああ、銀河統一連盟という集団だ。我々は連盟と呼んでいる」
「何なのですか?その連盟という集団は?」
「そうだな……一言で言えば、我々、宇宙統一連合に楯突く悪い連中だ」
「そ、そうなんですか。でも奴らは一体こんなところに何しに来たんです?」
「決まっている!我々を排除し、この地球816を蹂躙し手に入れようとしているのだ」
「ええっ!?じゃあ奴らは、うちの帝都に攻めてくるんですか!?」
「そうだな。そういうことになる。それを我々は、阻止せねばならないのだ」
「た、大変です!それじゃ帝都が危ないじゃないですか!」
「そうだ。だから我々は今、敵を探しているのだ」
「で、でも、それは森の木々の間にでも隠れているんじゃないんですか?」
「そんなものはない。外を見てみろ」
外を見ろというフェデリコさん。どういうことだろうか?私は窓の外を見た。
……ない、何もない。ただただ真っ暗な闇が、そこには広がっていた。
たくさんの星は見えるが、周りにいる駆逐艦以外には、本当に何もない。地面も雲も、海も森もない。上を見ても下を見ても、星だらけだ。なんだここは!?
「宇宙というところは、ほとんど何もないただの真っ暗な空間だ。昼も夜もなく、空気すらない。そんな場所に、敵の駆逐艦が潜んでいるんだ。どう考えてもおかしいだろう!?」
「は、はあ……そうですね」
宇宙って、何もない空っぽの真っ暗な闇のことだったんだ。この目で見て、私はようやく理解した。
だけど、こんなに真っ暗じゃどこにいるのかなんて分かるんだろうか?真夜中に夜陰に紛れて攻めてくる兵士みたいなものだ。見えなくて、当然ではないのだろうか?
「あの……」
「なんだ!」
フェデリコさん、さっきから本当に機嫌が悪いな。そんなところに、私を呼ばないで欲しかった。
「真っ暗闇では見えなくて当然じゃないんですか?松明を当てないと、相手は見えないんじゃないです?」
「レーダーという松明の代わりのものがある。だが、そのレーダーが捉えられないんだ!だからおかしいと言っている!」
「そ、そうだったんですか……そうですよね、そりゃ当然、松明くらい使いますよね……」
だめだ、ますます機嫌が悪くなってきた。少し話を変えよう。
「で、でも駆逐艦って、こういうお仕事をしてたんですね。私、毎日駆逐艦に乗り込んで仕事してたのに、実際にどうやって使われているのか、全然知らなくて」
「そうだ。我々は日々、この艦で連盟軍の脅威からこの星を守っている」
「そ、そうだったんですね。全く知らなくて、申し訳ありません」
「謝ることはない。貴殿ら補充員がちゃんと洗剤や電球を補充してくれているおかげで、我々は安心して戦えている」
「そ、そうなんですか!?」
「補充員の働きでも、この星を守ることにつながってのだ。その自覚を持って、日々働いて欲しい」
そうだったのか。何気なく洗剤や電球を持って走り回っていたけど、そんなに大事な仕事だったんだ。
「で、でも私ですね……最近、とってもドジなことをしちゃいまして」
「そうか」
「あのですね、台車で荷物を運んでいたら、銀貨と洗剤をこぼしちゃいまして」
「うむ」
「で、洗剤はしょうがないから捨てることにしたんですけど、銀貨は惜しいなぁって思ってですね。それで、水をかけて洗剤を流して、銀貨を見つけようって思ったんですよ」
「うむ」
「そしたら、あたり一面泡だらけになっちゃって……銀貨は見つかるどころか、水と一緒にどこかに流れちゃって。しかもそのあと、リリアーノさんにひどく怒られちゃいました。宇宙港を泡だらけにして、って」
「……泡だらけ……?そうだ、そういえば確か……」
私の何気ない失敗談を聞いたフェデリコさん。急に血相を変えて叫ぶ。
「おい!確かこの宙域に、泡のようなものがあるという報告がなかったか!?」
「えっ!?ああ、そういえば、星間物質があったはずです」
「それだ。それは一体、どういう性質のものだ!?」
「ちょっとお待ちください、検索してます。ええとですね……ありました!黒い泡状の電波吸収剤だそうです。一種の闇物質で、電波を吸収するというものだそうです」
「しまった!それか!おい!それはどのあたりに分布している!?」
「はい、この辺りだと……本艦左方向、約32万キロ先にあります!」
「……やっと分かったぞ。敵艦隊が見えない理由が」
何か分かったらしい。といっても、私にはさっぱりフェデリコさんの考えが読めない。
ふと、時計の方を見る。そこにはさっき、キースさんが教えてくれた艦隊標準時が表示されている。
その時刻は、12時58分だった。
「全艦に伝達!艦隊司令幕僚として命令する!艦隊、左90度回頭!しかるのちに砲撃戦、用意!」
「は?少佐殿、ですが敵は……」
「艦隊司令官より今回、現場の判断による命令は許可されている!」
「しかし敵は……」
「復唱はどうした!!」
「は、はい!全艦に下令!全艦、左90度回頭!」
「急げ!時間がないぞ!あと3分!」
3分後とは、私が見た13時2分のことだろう。そうか、あの光景は、もうあと3分で訪れるんだ。
「取舵一杯!90度回頭!」
「とーりかーじ、いっぱーい!」
「艦橋より砲撃管制!砲撃戦用意!回頭後に、操縦系を移行する!」
「砲撃管制より艦橋!了解!操縦系、いただきます!」
「あと2分でくるぞ!全艦、砲撃戦用意!」
「全艦、砲撃戦用意!」
艦橋の中はバタバタと慌ただしくなった。何が起こるのだろうか?
時計を見る、時間は13時1分。
「レーダーに感!艦影多数!その数、300!前方、距離30万キロ!」
「艦色視認!赤褐色!連盟艦隊です!」
「エネルギー波、検知!敵艦隊、砲撃してきます!」
「回避運動ーっ!バリア展開!急げーっ!」
そして、ついに時計は13時2分に変わった。
「敵艦隊、砲撃を開始しました!」
その直後だった。
青白い光の筋が、びゅんびゅんと目の前に見える。
ただし、私が見たのと違って、前から後ろに向かって走っていく。
そして、目の前が真っ白に光った。
ギギギギッという、つんざくような甲高い不快な音が、艦内に響き渡る。
私は恐怖のあまり、近くのものにしがみついた。
な、なんなの、あれは!?何が起きたのか理解できなかったが、私は一瞬、死ぬんじゃないかと思った。
だが、すぐにその光は消える。周りを見渡すと、何事もなく皆、黙々と仕事をこなしている。
「初弾をしのいだ!全艦、砲撃開始!撃てーっ!」
「全艦、砲撃開始!」
「駆逐艦6190号艦!撃ちーかた、始めっ!」
皆、血相を変えて叫び始める。今度は一体、何が始まるの?
そして、その次の瞬間、ゴゴーッという猛烈な炸裂音とともに、窓の外が青白い光で覆われた。
私がまだ小さい頃、私の住む平民街の近くの公園にあった大きな木に、雷が落ちたことがある。それはドーンという音と共に、その木はバリバリと裂けて、燃え始めた。あの時のすさまじい音と光を、何倍にも大きくしたような音が鳴り響いている。
それも、一回ではない。しばらくするとまた大きな音が鳴り響き、窓の外に青い光の筋が輝く。
知らなかった。駆逐艦って、こんなに激しい船だったんだ。私にとっては、帝都の空を呑気にぷかぷかと浮かび、洗剤や電球、そしてタオルを運び入れる船。駆逐艦とはそういう船だった。
それがこの真っ暗な宇宙という闇の中で、雷よりもおっかないものを撃ち放ち、悪い敵をやっつけていただなんて。
だけど、それに巻き込まれた私にとってはたまったものではない。何度も何度も雷のような音が鳴り響いては光り、そして時折ガリガリと何かが擦れるようなすさまじい不快な音が響いてくる。
この戦いは、いつ終わるのだろう?恐ろしくて、私は身動きが取れない。
「味方艦隊1千、まもなくこの宙域に到達します!」
「そうか!では、我々も攻勢に出る!全艦、前進!撃って撃って、撃ちまくれ!」
見上げると、顔を真っ赤にして興奮したフェデリコさんが、艦橋内の人達を鼓舞している。窓の外には相変わらず、ビュンビュンと青白い光が飛び交っている。
あちらから飛んでくる光に、こちらが放つ光の応酬が続く。が、その光もだんだんとおさまってきた。
「敵艦隊、後退していきます!」
「追撃戦だ!逃すな!安易に我々のこの宙域に入ったことを、後悔させてやる!」
いつもは冷静なフェデリコさんだが、真っ赤な顔で興奮気味に叫んでいる。なんだかちょっと、怖いな、この人。戦さでは、こんなに激しい人だったんだ。
それからしばらくは雷のような音が鳴り響いていた。が、ようやくそれも落ち着く。
「敵艦隊、後退しました。距離、40万キロ」
「損害は!?」
「我が小艦隊は、撃沈3、大破1。敵艦隊は、およそ20隻撃沈の模様」
「そうか。損耗率は10パーセントを超えたか。ならばやつらも、しばらくはここを攻めようとは思わないだろう」
そうフェデリコさんは言った。そしてフェデリコさんは、私の方を向いてこう言う。
「オルガレッタ殿」
「は、はい!」
「……もう戦いは終わった。すまないが、そろそろ離してはくれないか?」
私はハッとした。
気づけば、私はフェデリコさんの腕にずっとしがみついていた。
怖さのあまり、つい手近なものにしがみついてしまったが、それがフェデリコさんの腕だったとはまるで気づかなかった。私はそそくさと、フェデリコさんの腕から離れる。
「しかし、まさに間一髪だった。あのとき、星間物質のことを思い出さなければ、いや、貴殿の占いがなければ、我々は宇宙の藻屑となっているところだった」
フェデリコさんは、私に呟くように言った。
そうか。あの光景のままだったら、私達はあの青い光に撃たれて死んでいたんだ。さっきまでのあの雷のような撃ち合いを思い出して、私は思わずゾッとした。
とにかく、私もフェデリコさんも生きている。この戦さで、私達は皆、死なずに済んだのだ。