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#46 屋上

 私がスモレンスクという街に来て、1か月が経った。

 ここは少し、季節がずれている。帝都ではもう夏の真っ最中のはずだが、ここは今が春から夏に変わろうとしている頃だ。


 私はこの街にある宇宙艦隊司令部の最上階で、毎日誰かを占っている。主に、士官が多い。

 その内容を、横で記録する人がいる。その横にはまた、大きな機械を使って何かを調べている人もいる。何をしているのかまでは、分からない。

 ここでも、見えてくる光景はたわいもないものばかりだ。あそこのチャックを閉め忘れた、転んだ、振られた……中には、告白が成功して、喜んでいる光景にも出会った。

 それを毎日集めては、占いが当たったかどうかを検証しているらしい。記録担当の武官は、そんなことばかりを報告している。

 一方で機械担当の方は、まるで成果が出ていないようだ。私が占っている時に何かを調べているようだが、何を言っているのかわからない。


 それにしてもこの星の人は、私のこの能力のことを「占い」とは言わない。一貫して「予言」という。この言葉には、少し違和感を覚えている。

 こんな日が、かれこれ4週間以上も続いている。


「お疲れ様、オルガレッタさん」

「あ、コーリャさん……」

「お勤めご苦労様、さ、ご飯食べに行きましょうか」


 わりと冷淡な人が多いこの職場で、コーリャさんだけは私に優しい。この人の笑顔に、私は救われる。

 ところで、私がここにくることになったのは、あのとき捕虜だった地球(アース)477の人を占ったことがきっかけだったという。

 雑誌などの情報源から、地球(アース)816に私の占いのことはすでに掴んでいたらしいが、あまりに出来すぎた話で、連合のプロパガンダ的な存在だと疑われていたそうだ。

 が、実際に連盟側の人物が、私の占いの能力を目の当たりにする。あまりに具体的な結果と、その通りの未来が実現したことで、ついに連盟も私の力の存在を確信したのだという。

 そこで連盟側は、私の拉致を計画する。工作艦を地球(アース)816に忍ばせ、私を帝都で確保したのだということだ。


 そして今、私はここにいる。


 コーリャさんと私の仲がいいので、この星に着いてからも引き続きコーリャさんが私の担当ということになった。私は毎日、コーリャさんと食事をして、近くのホテルの一室に帰る。それの繰り返しだ。

 私には、護衛のため警備兵が常に周りに付いているらしい。だけどコーリャさんはそんな警備兵など御構い無しに、私を街に連れて行ってくれる。

 知り合いも少なく、心細い私を気遣ってのことだろう。毎日行く店を変えて、私に退屈させないようにしてくれた。


「そういえばコーリャさん。私のそばにいつも大きな機械を抱えている人がいるんですけど、何をしてる人なんですかね?」

「ああ、あの人は技術武官で、おそらくオルガレッタさんが予言している時に何かが出ていないかを調べてるらしいですよ」

「何かって、何ですか?」

「さあ、そこは私にもよくわからないなあ……」


 あの火酒(スピリタス)と呼ばれるお酒を飲みながら、私に応えるコーリャさん。


「ま、いいじゃないですか。仕事のことは。せっかくの食事が、不味くなりますよ」

「はい、そうですね」


 今日はステーキ屋にやってきた。とても柔らかいお肉が食べられる。私は火酒(スピリタス)は無理だけど、オレンジやぶどうのジュースなら飲める。お酒の代わりにジュースをゴクゴクと飲む私。


「そういえばコーリャさん」

「なんでしょうか?」

「私、コーリャさんを占ったことがありませんね」

「ああ、そうですね」

「じゃあ、今すぐ占ってあげます」

「えっ!?今すぐ?ここでですか?」

「いつもお世話になっているんです!たまにはいいじゃないですか!」

「あ、はい、分かりました。じゃあ、お願いします……」


 おそるおそる手を出すコーリャさんの手を、私は握る。なんだか、コーリャさんの顔が赤いな。お酒のせいだろうか?ともかく私は、そのまま目を閉じる。


 ◇


 ここはとても、高い場所。遠くに、街の光が見える。

 目の前には、柵が見える。ここはビルの屋上のようだ。

 ところが、その柵の向こうに人がいる。その人の向こうには、断崖絶壁のビルの壁。つまりこの人は、ビルの絶壁のすぐそばに立っている。

 その人は、こちらを振り向く。悲しそうな顔をした、女の人。どうしてこの人は、こんな高いところに立っているのだろう……


 ◇


 目を開く。私の少し驚いた表情に、コーリャさんは尋ねる。


「どうしたんですか?オルガレッタさん、何が見えたんです!?」

「ビルの、屋上……」

「えっ!?」

「ビルの屋上の、柵の向こう側に、人が立っていて……」

「ええーっ!?それってもしかして、飛び降り自殺をしようとしてる人じゃないですか!」

「そうなんですか?でもどうして、あんなところに……」

「高いところから飛び降りて死のうとしてるんですよ!すぐに行かなきゃ!」

「いや、コーリャさん、待ってください。これは今の現象ではないんです。この先に起きる出来事なんです」

「あ、そうか……そうでしたね」


 コーリャさんは席に座る。だがこれは、近い将来起こる未来だ。その時コーリャさんは、どうするのか?私は尋ねた。


「それはもちろん、助けますよ!自分で自分の命を絶つだなんて、そんな馬鹿げたこと、させるわけにはいきません!何としても、救ってみせますよ!」

「ああ、そうなんですね。いや、そうですよね、助けなきゃ」


 その日はコーリャさんとそういう話をして、別れた。


 だが、その現実はいきなりやってきた。

 それは、翌日のことだった。いつものように、私とコーリャさんは夕飯を食べる店をもとめ、街を巡っていた。


「あ……あそこ!」

「本当だ!人がいる!」


 急に周りが騒がしくなってきた。皆、何かを言いながらビルの上を指差している。

 私は、皆が指す方を見た。高いビルのてっぺんに、人が立っているのが見える。

 とてつもなく高いビルの上に、断崖絶壁を前にポツンと立っているその人。遠くてよく見えないが、人であることは間違いない。


「あ、あの人が、昨日オルガレッタさんが言っていた……」

「はい、多分」


 それを見たコーリャさんは、走り始めた。


「コーリャさん、どこへ!?」

「ビルの最上階です!助けないと!」

「じゃあ、私も行きます!」


 コーリャさんと私は、そのビルに向かって走る。中に入ると、エレベーターに乗り込んだ。

 そのまま最上階に向かって走り、そこにあった階段から、屋上に出た。

 高い。足がすくむほどの、高い場所。その周りを、柵が囲む。

 が、柵の一箇所が開いている。そしてそのすぐそばに、あの女性がいた。

 真っ白な服を着た女の人。あの光景で見たとおり、ビルの断崖絶壁のすぐそばに立っている。


「おい!何をしている!すぐに戻ってくるんだ!」


 コーリャさんは叫ぶ。だが、その女性は悲しそうな顔をしてこっちを見る。


「いやです!死なせてください!」


 ああ、やっぱりこの人、本当に死ぬ気なんだ。コーリャさんは食い下がる。


「ダメだ!死んだって、何にもならないだろう!」

「私の婚約者が死んだんです!だから、後を追うんです!それがどうして、ダメなんですか!?」


 えっ?婚約者が死んだ?どういうこと?私は尋ねる。


「あの!婚約者が死んだって……」

「このあいだの戦いで戦死したのよ!あんなに待っていたのに、いつまで経っても帰ってこないで、しかも捕虜にもいなくて……だからもう、死んだんだって悟ったの!」

「えっ!?戦死した!?」


 どうやらこの人の婚約者は、戦闘で亡くなったようだ。多分、この間の連合との戦いで死んだのだろう。


「彼のいない世界なんて、いない方がマシよ!あんなに一緒になろうって、幸せになろうって、約束したのに!どうして私だけ置いて、死んじゃったのよぉ!」


 もはや、半狂乱状態だ。私もつい最近、似たような状態になったから、彼女の気持ちがよく分かる。


「ダメです!だったら、なおのこと生きなきゃ!」


 私の叫びに、振り向く女性。


「な、なんでよ……なんでこんな状態で、生きなきゃいけないのよ……」

「私の父も、戦さで死にました!でも私の母は、生き抜いたんです!そしたら、そんな母の夢の中に、父が現れたんです!」

「……それが、どうしたっていうの!?」

「母はその時、他の人から求婚されたんです!だけど、父がいたからどうしようかって母は悩んでて……でも、父は母の夢の中に現れて、母とその人との結婚を許してくれたんです!いいと思った相手なら、一緒になれって!」

「それが、なんだっていうのよ!」

「死んだ人にとっては、愛している人が生き延びて幸せになることを望んでいるんです!本当にその人が大好きだったのなら、その人の分も生きて幸せになるべきなんです!泥水すすってでも、這いつくばってでも、とにかく生きるんです!人は、いつかは死ぬんだから、その時にその人と天国(バルハラ)で再会して、この世での幸せをその人に自慢してやればいいんですよ!私の父も、あなたの婚約者さんも、それを望んでいるはずです!」


 私のこの話を聞いて、その人は黙り込んでしまった。そして、ゆっくりとこちらを向く。


「最後に聞かせて……こんな私が、幸せになれると思う?」

「分かりません!」

「分からないって……あなた今、私に……」

「でもこの街の人は、美味しいもの食べて、ふかふかの布団で寝られて、それだけでめちゃくちゃ幸せじゃないですか!?私も自分の星で、つい最近まで銅貨数枚で買った不味くて少ないご飯を食べて、どうにか生きてきたんですよ!ピザもステーキも食べようと思ったら食べられる街に住んでて、どうして幸せじゃないだなんて言えるんですか!?」


 それを聞いたその女性は、しばらくこっちを見た後に柵の開いたところに戻ってきた。そこから、中に入ってくる。

 そして私のそばに寄り、つぶやくように言った。


「ピザやステーキを食べることがとても幸せだなんて、どんだけあなた、不幸な星に生まれたのよ。でも、それを聞いて私、死ぬ気無くなっちゃったわ。そうよね、死んだらピザやステーキなんて、食べられないかもしれないしね」

「そ、そうですよ!多分、この世でないと、食べられないですよ!」

「じゃあ、私は精一杯生きて、目一杯美味しいもの食べて、寿命を全うしてからその婚約者に美味しいもの自慢してやるわ。それが、あの人の望みだっていうんでしょう?」

「そうです!間違いありません!」

「ふふ……変な人」


 そういうとこの女の人は、階段を降りていった。


「実を言うと私、高いところがとても怖いの。こんな高い場所によく一人で来たものだと思うわ」

「はあ、そうですか。私も怖くて、足がすくみそうです。では、一緒に降りましょうか」


 こうして、3人でそろってエレベーターで降りる。


「ところであなた、この軍人さんとは恋人同士?」

「えっ!?いや、あの……」

「いいわよ、答えなくても。ちょっとからかっただけよ」


 うーん、コーリャさんと私、やっぱりそう見えるのかな。

 で、そのまま3人で夕食を食べることにする。この日の夜は、私の大好きなピザ屋だった。


「ん~!やっぱりピザ、美味しい~!」

「ふふっ!本当にあなた、食べることが大好きなんですね」

「オルガレッタさん、あまり一気に食べると、喉が詰まりますよ」

「大丈夫ですって、コーリャさん」

「あれ、あなた……オルガレッタと言うの?」


 ピザを食べていると、その女の人が私に尋ねてきた。


「はい、そうですけど」

「オルガレッタって……あの、連合から連れてこれたって言う、とんでもなく正確な予言をする人物じゃないの!?」


 あれ、この人、私のことを知っているようだ。するとコーリャさんが応える。


「そうですよ。この人、未来が見える人物として連合のある星で暮らしていたんです。ですがあまりに不遇な扱いを受けていたので、我々が保護したんですよ」

「それはネットのニュースでも見たわ。でも、まさかその本物が私を説得してくるだなんて……」

「私も驚きです。なにせ、私の手を握って予言したことが、本当に目の前で起きたのですから」

「えっ!?私のこと、予言していたの!?」

「昨晩の食事の時に……」

「なんてこと、じゃああなたたちは、私とあのビルの上で会うことが、昨日からわかっていたと言うの!?」

「どのビルかまでは分かりませんでしたが、あなたのような人物が現れることは分かっていましたよ」


 コーリャさんの話を聞いて、驚くその女性。


「でも、不思議ね……どうしてあなた、未来が見えちゃうのかしら?」

「さあ……実は私にもよく分からないんです。でも、手を握るとその人の近い将来起きる未来が、見えるんです」

「ふうん、そうなんだ。じゃあ、私のも見ることができるの?」

「はい、できますよ。ちょっと手を出してもらっていいですか?」

「いいわよ。はい」


 この女の人は、手を出した。私はその手を握って、目を閉じる。


 ◇


 ここは、どこかの家の玄関のようだ。

 その玄関の扉を開くのが見える。

 そこに現れたのは、赤毛で青い瞳の男性。それを見たこの女性は、この男性の胸元に飛び込んだ……


 ◇


 私は、目を開く。あの女性が私の方をじっと見つめていた。


「どうだった?何か見えた?」


 私に尋ねる女性。私は、応える。


「男の人が現れて、あなたがその人の胸元に飛び込んでいきました」

「えっ!?胸元に飛び込む!?どういうこと!?」


 驚いた顔で、私の方を見るその女性。


「おかしいわ……いくら何でも、私が婚約者のことを忘れてすぐに他の男性に手を出すなんてこと、ないと思うけど……ちなみに、どんな人だった?」

「赤毛の髪をして、青い目の男性でした」

「赤毛の……青い瞳!?」


 急にその女性は、立ち上がった。


「ちょっと!あなたのその予言って、どれくらい当たるのよ!」

「ええと、何もしなければ多分、その通りになります。確実に」

「なんてこと……で、あと何日で、それが起きるの!?」

「分かりません。でも、長くても10日までのごく近い未来の話ですよ」

「ええーっ!?10日以内の話!?ちょっと、その男性、多分私の婚約者よ!」

「ええーっ!?そ、そうだったんですか!?」

「なんてことよ……私、危うく婚約者を残して、死んじゃうところだったの?」


 しばらく話したのち、コーリャさんと私はその女性と別れる。でも、本当にあの人の婚約者だったのだろうか?

 なおこの話は、私を警備する警備兵が記録していた。そしてその3日後、その女性が実際に婚約者と再会したと言う報告が、私の元にももたらされたのだった。

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