#45 連盟
私は、泣き続けた。部屋に戻されてからも、ベッドの上でわんわん泣いた。
だが、しばらくするとさすがに泣き疲れて、ベッドの上で呆然と横たわる。
そこに、先ほどの男性が現れた。
「あの……大丈夫ですか?もう、落ち着きました?」
わりと優しい人のようだ。私を心配そうに見つめる。私はこの男性に尋ねる。
「私を……私を、どうするんですか?」
「はい?」
「私は連合側の人間、つまり、あなた方にとっては敵です。だから私を連盟の星に連れて行き、裁きを下すつもりなのではないですか!?」
それを聞いたこの男性は、驚いて応える。
「とんでもありません!あなたは予言という、この宇宙でとても珍しい能力を持ったお人。そのあなたが連合側であまりに不遇な扱いを受けているので、我々連盟側に招待しようと考えたのです!」
「へ?招待?私を?」
意外なことを言い出すこの男。男は、さらに続ける。
「手荒な手段で連れ出したことは謝ります。ですが、きっと分かっていただけます。我々連盟は、あなたのその力を存分に発揮できる場を与え、その力に見合った待遇を行うことを約束します!」
私は思わずぽかんとなる。私が不遇?そんなことは、考えたこともなかった。
「あの、私は別に、不遇だなんて思ったこともなかったですよ。お金いっぱいもらって、美味しいものを食べて……なにも不満なんて、ありませんよ」
「いや、我々は知っています。あなたがあの星の司令部の下っ端としてこき使われていること、そして、危うく処刑されそうになったことを!」
ええっ?そんなことまで知ってるの?その男性は、持っていたカバンから何かを取り出した。
それは、雑誌だった。表紙には、私の顔写真が出ている。
「我々はあなたがあの星で、どういう処遇を受けているかを調べたのです。その結果、あなたがあまりに酷い扱いを受けていることを知りました。そこで我々は、あなたを救出するために動いたのです」
一番上の雑誌は、私があの戦艦内の街の小さなピザ屋で、エツィオさんに見せてもらったのと同じものだった。
こんなものまで、彼らは手に入れているんだ。でも、どうやって手に入れてるんだろう?
「確かに私は処刑されそうになりましたが、でもその後は幸せに暮らしていますよ。だから、別に不遇だなんて感じてませんけど」
「いや、あなたの境遇だけで、不遇だと申し上げているわけではありません。あなたの星が『連合』に属してしまったことも、あなたにとっては大いなる不幸だったのです」
「えっ!?連合が不幸!?どういうことですか?」
男は少し考えて、私に応えた。
「この宇宙がなぜ、2つの陣営に分かれているか、ご存知ですか?」
「……いえ、知りません。そういえば、なんででしょう?」
「ならば、お教えしましょう。連合という連中が、いかに酷い集団であるかを。我々連盟は、命をかけてまでその悪しき連合と日々戦っているのはなぜかということを、知ることになるでしょう」
その男は立ち上がり、私に手を伸ばした。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は、地球477遠征艦隊、駆逐艦2140号艦で作戦参謀を務める、コーリャ大尉と申します」
「あ、はい。よろしくお願いします。コーリャさん」
私はコーリャさんという男性と握手をする。
「ここではなんですから、会議室に参りましょうか」
「あ、はい」
そして私は、コーリャさんについてエレベーターへと向かう。そのまま最上階へと行き、通路を艦橋とは反対方向に向かう。
会議室と呼ばれる場所についた。ここも、連合の駆逐艦と同じ構造だ。敵味方別れて戦っているもの同士なのに、なぜこれほどまでに同じ構造をしているのだろうか?
「少しお待ち下さい」
長机の前にある椅子に座る。コーリャさんはモニターのある辺りでゴソゴソと何かをしている。
「はい、準備できました。それでは、お見せしましょう」
モニターが点く。そこには、青い星が映っていた。
「これは……」
「この映像は、190年ほど前の地球003の姿ですよ」
「地球……003?」
「で、この星の今は、こうです」
画面が切り替わる。すると、さっきまで青かった星が、一転して茶色い色の目立つ星に変わる。
「な、なんですか、これは!?」
「約180年前に起きたある事件をきっかけに変わった、地球003の今の姿ですよ」
「なんですか、そのある事件というのは!?」
「連合側の盟主である、地球001がこの地球003を、1万隻の駆逐艦で砲撃したんですよ。世に言う、地球003の悲劇という出来事です」
「駆逐艦で……砲撃!?」
そういえば以前、駆逐艦一隻からの一発の砲撃で、帝都の半分が灰になるって聞いたことがあったっけ。それが1万隻もいると、地球といえどもこうなっちゃうんだ。
「当時はまだ、地球001以外の星は、艦艇を持っていなかった。唯一、地球001という星だけが、この宇宙で戦闘艦を保有する存在だったんです。その武力をちらつかせることで、やつらは多くの星を従えていたんです」
「でも、じゃあこの星は……」
「反乱が起きたんです。地球001の圧政に対する反乱が。それを彼らは宇宙からの艦隊による砲撃で鎮圧した。その結果、地球003は人が住めない星に変わってしまったんですよ」
「それじゃこの星にいた人々は一体、どうなったんです!?」
「10億人いた人の大半が死にました。わずかに生き残った人々は、近くにあった地球023という星に移住することになったんです。だから今では、この星に人は住んでいないんですよ」
「そんな……これじゃまるで、悪魔の所業じゃないですか!」
「そうです。悪魔なんです、連合というところは。その悪魔の総元締めである地球001に対抗するため、地球023に移り住んだ地球003の人々が中心になって、10年かけて地球001の駆逐艦の建造技術を盗み出し、1万隻規模の艦隊を創設したのですよ。そして、地球001に反旗を翻した。これがおよそ170年前のことです」
「そ、そうなんですか!?」
「その直後に行われた会戦で地球001の艦隊を圧倒した地球023は『銀河解放連盟』を樹立、地球001を打倒すべく立ち向かったんです。すると彼らも『宇宙統一連合』という組織を作って、これに対抗したんですよ。以来、170年。我々はずっと戦争を続けているのです」
「そうだったんですか……いや、全然知りませんでした。そんな出来事があっただなんて、これじゃ連合こそ悪魔じゃないですか!」
「その通りです。だから彼らは、あなたに対し不遇な扱いをし続けてきたのです。彼らには人々を幸せにする力も思想も、ないんですよ」
私はこの話を初めて知った。連盟のことを悪魔だと思っていたことがあったが、連合こそが悪魔だったのだ。
「じゃあ、連合に取り込まれた私の星は、どうなっちゃうんです!?」
「いつか、解放しますよ。地球001を倒して、この銀河に正義の道を取り戻すんです。何年かかるか分からないですが、連盟はそのために戦いを続けているんです」
なんだか、かっこいいことを言う。私にあったそれまでの連盟への印象が、がらりと変わった。でも、今すぐってわけにはいかないようだ。生きてるうちに母に会うのはもう、無理かな。私は少し落ち込む。
が、そんな感情とは無縁に、身体の方は食べ物を求め始める。要するに、お腹が空いた。
ということで、私はコーリャさんと一緒に食堂へと向かうことになった。私が捕まって、すでに15時間が経っているそうだ。そりゃあ、お腹も空くよね。
私の大好きなピザは、連盟側にもあった。私はピザをもしゃもしゃ食べる。それをにこやかな顔で見るコーリャさん。
「美味しいですか?」
「ええ、とっても」
落ち込んでも仕方がない。生きていれば、何かいいことがあるかもしれない。私は開き直って、食事をする。
ところで、周りにいる乗員は私の様子をじっと見ている。そんなに珍しいかな、私は。たいして他の人と変わらない姿だと思うけど。
「おい、コーリャ大尉。こちらはさっき、艦橋で号泣していたあのお嬢さんじゃないのか?」
「ああ、ボリス大尉。そうだけど、やっとさっき落ち着いてね……」
コソコソと小声で話しちゃいるが、聞こえてしまった。そういえばさっき、私は脇目も振らず艦橋で泣いてたっけ。どおりでみんな、こっちを見るわけだ。なんだか少し、恥ずかしくなった。
それから3日間は、この船で移動する。その間、3度ワープをした。
その3度目のワープを終えた直後のことだ。
『達する、艦長のラブロスだ。これより当艦は、戦艦アルハンゲリスクに入港する。到着予定時刻は、艦隊標準時1400、滞在時間は35時間。各員、集合時間の30分前までには帰艦せよ。以上』
ピザを食べながら、私は艦内放送を聞いた。
「あれ?こっちにも戦艦があるんですか?」
「ええ、ありますよ」
ますますそっくりだな、連合も連盟も。
「てことはやっぱり、中には街があるんですよね」
「えっ!?街!?なんですか、それは?」
ところが、私が戦艦の街のことを尋ねたら、意外な答えが返ってきた。なんと、連盟の戦艦には、街がないようだ。
「じゃあ連盟の方々は、戦艦に移乗してどこに向かうのですか?」
「戦艦内には大きな売店施設があるんです。そこに立ち寄るんですよ」
「ええと、それが『街』なのではないんですか?」
「長い通路があって、そこに店が並んでいるだけですよ。街というには、ちょっと無理がありますね」
聞くと、店はたくさんあるのだが、映画館のような大きな施設はないという。ただひたすら、店が並んだ場所のようだ。
この売店の並んだ通路は戦艦内のあちこちにあるので、どこかが被弾しても、どこかが残るようになっているという。
「連合の連中は、民間人の命を軽視してるんですよ。商業施設を一箇所にまとめたら、それこそたった一撃でもそこに当たれば、一気に崩壊しますよ」
うーん、確かにその通りだ。だけど私は、街の方が楽しいと思う。
そうこうしているうちに、戦艦に到着する。私はコーリャさんとともに降りる。
駆逐艦を降りてしばらく歩くと、そこには確かに長い通路と、そしてたくさんの店があった。
小さな店が並んでいるように見えるが、食べ物屋には奥に座席もあり、思ったよりも大きい。その店を横目で見ながら、広い通路を歩く。
「あ、コーリャさん!あの店がいいです!」
ピザ屋を見つけた私は、コーリャさんと一緒に入る。そこで、大きなピザを一枚いただく。
「うわぁ……大きいですね、ここのピザ」
「そうですね。大きいですよね。こんなに大きなピザを売っている店があるとは、私も知りませんでしたよ」
コーリャさんも大きなピザと、なにやら飲み物を頼んでいた。
「コーリャさん、なんですか、その飲み物は?」
「ああ、これですか。うちの星の名物なんです。一口、飲んでみます?」
というので、私はコーリャさんから一口もらう。
口に含んだ瞬間、これはやばいと思った。口の中が火をつけたように熱い。喉を通ると、その熱さが徐々に胃の中に向かっていくのがはっきりと分かる。
「ゲホッ!ゲホッ!……な、何ですか、これは!?」
思わず咳き込む私。それを見て笑うコーリャさん。
「あっはっは!どうです?これ、とても強いお酒でしょう。私のところじゃ『火酒』って言われてるんですよ!」
「ひ、ひどいですよ、コーリャさん。まだ喉の奥が熱いです……」
「慣れれば、水のように飲めますよ。これが飲めたら、私の星では一人前だと言われてますからね」
「ええ~っ!?こんなのを、水のように飲むんですかぁ!?」
驚く私の前で、その強烈なお酒をゴクゴクと飲み干すコーリャさん。
はあ~、あんな強いお酒を一気に飲めるなんて、一体どういう身体をしているんだろうか。口や喉が熱くないのかな?だが、周りを見ると、同じお酒を飲んでいる人を見かける。
それにしても、私とコーリャさんはまるでデートをしているようにしか見えないだろう。ピザを食べながら、向かい合って談笑している。街とは言えない狭い空間だけど、そんな狭い場所でも楽しげなデートが楽しめることが分かる。
デートかぁ……私はふと、思い出す。キースさんとの戦艦ヴィットリオの街でのデート、そのあとのホテルでの、ほかほかした夜のことを。
もし私がキースさんと出会っていなければ、コーリャさんといい仲になれたかもしれない。優しくて、丁寧で、キースさんそっくりだ。だが、それがかえって私に、キースさんのことを思い出させる。
ああ、やっぱり帝都に帰りたい……結婚まで考えていた相手がいる場所に、帰りたい。だけど私は、果てしなく遠い場所に向かっている。決して、元に戻ることができない場所に。
思わず私の目から、涙が出てきた。もう枯れ果てたと思ってた涙が、まだぼろぼろと出てくる。
「わーっ!オルガレッタさん!ごめんなさい!そんなにこのお酒、きつかったですか!?」
きついお酒のせいではない。コーリャさんの優しさが、私の目の涙の原因だ。その優しさが、決して会うことのできない、恋人を思い出させるから、思わず涙が出るんだ。
デートが終わると、私はコーリャさんと共に艦橋へと向かう。そこで私は、この船の艦長でもある偉い人に会った。他にも、幕僚と呼ばれる人々にも会う。皆、私のことを歓迎してくれた。
その後、ホテルに向かう。ホテルと言っても、連合の戦艦と比べたら店の並ぶ通路同様、狭いところだった。
「ではオルガレッタさん。おやすみなさい。何かあったら、連絡して下さい」
「はい、コーリャさん。おやすみなさい……」
私はコーリャさんからスマホを受け取った。これを使えば、コーリャさんに連絡が取れる。ここでも連合の戦艦と同様、スマホを売っているし、使うこともできる。この点は連合も連盟も同じだ。
しかし、コンテンツが少ないのが気になる。それなりに音楽や動画はあるのだが、連合と比べるとどうしても少ないと感じざるを得ない。やっぱりここは、連合ではないのだ。
それからさらに3日ほどを駆逐艦で過ごして、私は地球477に着いた。
「スモレンスク宇宙港まで、あと300!対地レーダー、動作正常!」
「両舷前進微速!入港準備!」
私は今、艦橋に立っている。外には深い緑が生い茂るが、その向こうにはたくさんの建物が見えてくる。
外には、他の駆逐艦が数隻見える。形はほぼ同じだが、赤茶色をした駆逐艦ばかりだ。コーリャさんによれば、あれは連合と連盟どちらの所属か一目で区別できるように、色が決まっているそうだ。
徐々に街に近づいていく。そこは、帝都の宇宙港よりも大きな街。高いビルが立ち並び、その下にはたくさんの車が走っているのが見える。
ああ、とうとう私は連盟の星に来てしまった。これまで私は「敵」と呼んでいた連盟の星の大きな街に、まさに降り立とうとしていたのだった。




