#44 拉致
フェデリコさんと母がお屋敷を賜ってから、2週間が経った。
ようやくフェデリコさんと母、そして弟が住み始めた。
引っ越しの前に、まず屋敷全体を電化して、それから必要な家具や家電を購入し、車を買う。ここまでやり終えて、ようやく引越しをした。
帝都はそろそろ暑い夏を迎えようとしている。私がフェデリコさんと出会って、まもなく1年が経とうとしていた。
私は、基本的に宇宙港の街で過ごす。私自身の住まいは宇宙港内のアパートだし、職場も買い物も、みんなこの街で済ませる。週末はキースさんの部屋に押しかけて、ほかほかの夜を過ごす。
が、やはり母の様子が気になるので、時々はあのお屋敷へ顔を出し、母と会うことにしている。
そんな、帝都の貴族の街を歩いていた時のことだった。
平民街を抜けて、貴族の屋敷が立ち並ぶこの街に入る。入ってすぐのところに、フェデリコさんと母の住むお屋敷がある。
その屋敷が見えてきた辺りで、私は不意に声をかけられる。
「すいません。あなた、オルガレッタさんではありませんか?」
以前にも似たような経験があったのに、そんな出来事のことはすっかり忘れていた。私はこの声に、正直に応えてしまう。
「はい、そうですが……」
そう応えた次の瞬間、私の口元にハンカチのようなものを当てられる。
そして私は、気を失った……
それから、どれくらいの時間が経ったのか?
私は目を覚ます。
そこは、小さな部屋。この部屋には見覚えがある。駆逐艦の中にある部屋だ。
機関音がする。どうやら私は、駆逐艦に乗せられているようだ。
しかし、どうしてもその直前のことが思い出せない。一体どうして私は、駆逐艦に乗っているんだろうか?
まだ、ぼーっとしているが、私は立ち上がって出入り口に向かう。
扉を開けようとするが、内側からは開かない。どうなってるの?壊れてるのか、この扉は。
しばらくガチャガチャと扉をいじっていると、突然、その扉が開いた。
そして、目の前に見たことのない男が立っていた。
薄緑色の軍服らしきものを着たその男性は、私の顔を見て、にっこりと微笑む。
私もそれに応えてにっこりとする。
「お目覚めですか、オルガレッタさん」
初対面の人だが、私の名を知っているらしい。私は尋ねる。
「あの……ここは、駆逐艦ですよね」
「ええ、そうです。地球477 遠征艦隊所属の駆逐艦2140号艦です」
「へ?地球477?」
私は一瞬、耳を疑った。その星の名に、聞き覚えがあるからだ。
「あの……もしかして、地球477って、連盟の星ではありませんか?」
それを聞いたこの男性は、微笑みながら応える。
「ええ、そうです。よくご存知で」
ここで私は理解した。私はどうやら、連盟軍に捕らわれてしまったようだ。
「あの!ここはどこなんですか!?まさか、宇宙に出ちゃってるってことは……」
「ええ、すでに宇宙に出ております。あと1週間ほどで、地球477へ到着する見込みですよ」
「ええーっ!?あ、地球477へ向かってるんですか!?」
私は、気が遠くなるのを覚えた。我々が敵だと言っていたあの連盟の星に、私は向かっている。それは、キースさんやフェデリコさん、そして母の住む地球816へ戻れないことを意味する。
「じゃあ私、もうあの星には、地球816には帰れないってことですか?」
私は、この男性に尋ねた。
「はい、そうですけど、地球477はとてもいいところですよ。緑が豊かで……」
男性はその場を和ませようとしたが、私は半狂乱状態になった。
「いやぁぁぁぁ!私を、私を帝都に返してぇぇ!」
「あ!オルガレッタさん!落ち着いて!」
「なんで連盟の星に行かなきゃならないの!そんなのいやぁぁぁぁ!」
部屋から飛び出そうとするが、この男が抑えつける。それでも私はどうにかして部屋を出ようとする。
何かの拍子に男が後ろによろける。男が私から離れた。その隙に、私は部屋を飛び出した。
通路を走る。連合の駆逐艦とほとんど同じ作りだから、ここがどの辺りか、大体分かる。この先にあるのは、エレベーターだ。
後ろから男が追いかけてくる。だが間一髪、エレベーターが開き、私は飛び乗る。
そのまま最上階の15階へと向かう。そこで降りて、私はある場所へと向かった。
それは、艦橋。あそこには大きな窓がある。外を直接見るには、あそこが最適だ。
私は通路を走って艦橋に向かう。艦橋に入る扉を開いて、中に入った。
そこには、連合の駆逐艦と同じように、20人ほどの人がいる。
「周囲に敵影なし!レーダー波、検出されず!進路クリア!」
「まもなく、ワームホール帯に突入、白色矮星域に出ます」
「両舷前進半速、ワープ終了後、友軍との接触ポイントまで一気に進む!」
「両舷前進はんそーく、ヨーソロー!」
号令をかける人は皆、薄緑色の制服を着ている。地球122の船では紺色の服が基本だったが、ここはこの薄緑色が基本なようだ。
いや、そんなことはどうでもいい。私の関心は、窓の外だ。
正面にある大きな窓に向かって、ゆっくりと歩く。それを見た一人の軍人が、私に声をかけてくる。
「あの……どうしたんですか?」
だが、私はその軍人に構わず、窓の方に進む。
窓の外は、赤茶色の甲板と星が見えるだけで、青い星の姿はない。
「そ、そんな……」
私を絶望感が襲う。後ろから、さっきの男性が追いついてきた。
「無駄ですよ。すでに地球816を離れ、ワープするところです。残念ですが、もうあの星には帰れないんですよ」
この無慈悲な言葉に、私の目からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ始めた。
「う……う、うわぁぁぁぁぁん!」
私はその場に泣き崩れる。艦橋にいる他の乗員の目など気にすることなく、私は思いっきり泣いた。
フェデリコさんと母と弟、皇太子殿下や皇女様、リリアーノさんを始めとした雑用係の面々、そして、キースさん……なんの前触れもなく、私はあの星に住む皆とお別れすることになってしまった。
そして私を乗せたこの駆逐艦は、敵である連盟の星に向かって旅を続けていた。




