#43 生命
久しぶりに、お母さんと私、そして弟の3人で夕ご飯を食べているときのことだ。
「そうそう、お母さんね、子供ができたのよ」
帝都の東にあるレーゲンベルク山の頂上は、勢いよく吹き出す温水があることで有名だ。この母の突然の一言で、その温水のように私は口に含んでいたオレンジジュースを思いっきり吹き出した。
「も~!お姉ちゃん、汚いよ……」
弟がオレンジジュースまみれになるが、そんなことに構っている場合ではない。
「おおおおお母さん、それってもしかして……」
「もしかしなくても、フェデリコさんと私の子供よ。もう3か月だって。今年の暮れには、産まれるそうよ」
もうすぐ春も終わり、帝都も暑くなりつつある。夏の兆しとともにもたらされた、母の妊娠の報。
私も今度の冬には20歳になる。ということは、私に20歳違いの異父兄弟ができると言うことになる。とても複雑な気分だ。
もしこのまま、私がキースさんと結婚して、すぐに子供ができたら、自分の兄弟とさして歳の変わらない子供ができることになる。なんだかとてもややこしい話だな。
あれ?そういえば私、キースさんと結婚できるのかな?それに、すぐに2人の間に子供ができたら、どうなっちゃうのか?我が子と兄弟が、同い年?ついつい、そんなことまで考えてしまった。
「どうしたの?オルガレッタ。顔が赤いわよ」
「あ、いや、なんでもないよ、お母さん」
「そう」
ところでお母さん、身重のままあの秘書の仕事を続けるんだろうか?
「ねえ、お母さん。仕事はどうするの?」
「まだ続けるわよ。でも、出産直前はダメね。子供も育てなきゃいけないし……」
「じゃあお母さん、仕事やめちゃうの?」
「いえ、なんでも育児休暇っていうのがあるんだって。子供を産んだ直後は休んで、小さいうちは早く帰ることができるのよ」
「へえ~っ、やっぱり地球122って、進んでるよね!そんな仕組みがあるんだ」
「でもあの人ったら、早く休暇に入ったほうがいいっていうの。心配なのね」
「私だって心配だよ。お母さん、大丈夫なの?」
「大丈夫よ。これまでだって、あなた達2人を産んで育てたのよ。それに比べたら、今は育児用の便利な道具がいっぱいあるから、楽なものよね」
母はとても喜んでいるようだ。恐らく、フェデリコさんも喜んでいることだろう。だけど、私はちょっと複雑な想いだ。
20歳も離れた兄弟かあ……男の子かな、女の子かな。フェデリコさんとしては、嫡子の男の子が欲しいところだろうけど、私はできれば女の子がいいかな。でないと、3人兄弟で私だけ女ということになってしまう。
「うわぁ、俺にも弟か妹ができるんだな!俺は、弟がいいなぁ」
この点では、私は弟と正反対の意見のようだ。うーん、ここはなんとしてでも、母には女の子を産んでもらわないといけない。
「お母さんは、どっちが生まれて欲しいと思ってるの?」
「私は、男の子ね」
「ええっ!?なんでぇ!?」
「お父さんの生まれ変わりがいいなあって、思ってね」
ああ、そういう考えもあるんだ。お父さんの生まれ変わりかぁ。でもそれじゃあ、お父さんが私の弟になってしまう。やっぱり、複雑だなぁ。
その翌日、この話を雑用係の人達にする。
「ええーっ!?フェデリコ大佐に、あのロリエロ幕僚に子孫が産まれるっていうの!?」
リリアーノさんの驚きっぷりは、尋常ではない。
「ええ、私も驚いてるんですが……でも、結婚してますし、当たり前かなぁと」
「まあ、そうなんだけどさ。でもやっぱり、あのフェデリコ大佐の遺伝子を受け継ぐものが生まれようとは……世も末だわ」
「そういうリリアーノさんはどうなんですか?そろそろ結婚とか、子供とか、そういうことを考えたこと、ありませんか?」
「い、いや、私はまだ早いから」
「でも、もう27歳ですよね。あんまり早いほうだとは思えませんけど……」
「うるさいわね!こっちの星じゃ、別に遅い方でもないわよ!」
何をそんなにムキになっているんだろう?27歳で子供がいないなんて、帝都の常識じゃ遅い方だと思うのだが。
「まあ、リリアーノさんのことは置いておき、フェデリコ殿ほどの方となれば、やはり跡取りとなる嫡子が望まれますわね」
と、そこに口を挟んできたのは、ヒルデガルドさんだ。
「うーん、やっぱり男の子がいいのかなぁ……私は、女の子がいいと思うんだけど」
「何を申しますか!フェデリコ大佐殿はいずれ、この司令部の長となられるほどのお方。となれば、その家を継ぐ嫡男がいなくてどうなさるというのです!?」
「そうかなぁ。私もオルガちゃんと一緒で、女の子の方がいいと思うなぁ」
「な、なんですって!?」
突然、リリアーノさんが突っ込んできた。
「リリアーノさん!司令部の長といえば、公爵級のお方でございますよ!?その公爵並みのお方に、嫡男がいらないと申されるのですか?」
「いやあ、司令長官の座は世襲じゃないし、別にフェデリコ大佐の世継ぎなんてことまで考えなくったっていいわよ。なんといってもさ、マルガレッタさんの子供となれば、つまりはオルガちゃんの兄弟ってことになるじゃない?じゃあ、女の子の方がいいかなぁって」
「左様に簡単なものではございませんわよ!女子にとっては、世継ぎを産むことこそが本懐にございます!いくらオルガレッタさんの異父兄弟といえど、フェデリコ殿にとっては自身に血を引く唯一のお子様。なれば、まずは嫡子が産まれるよう願うのが、正妻としての務めでございましょう!」
ああ、この2人、全く意見が噛み合わないな。しかし、ここでいくら両者がいい争おうとも、実際にこの世に産まれてくるまでは分からないし、決められない。まずは母が、無事に産んでくれることを願うまでだ。
「あ、いや、産まれる前でも分かるよ、性別」
ところが、この話をキースさんにすると、こんな答えが返ってきた。
「ええーっ!?分かるんですか?男か女かが、産まれる前に!?」
「遺伝子検査をしてもらえば、男女どちらかが分かるよ。3か月ならもう、分かってるんじゃないかなぁ」
という話を聞いたので、早速母のところに向かう。
「なあに、オルガレッタ。急にやってきて、どうしたの?」
フェデリコさんの部屋に行くと、ちょうど母が派手な魔法少女のコスプレを着ているところだった。
「お母さん、まだそんなもの着てたんだ……いや、そんなことはどうでもよくて。あのね、キースさんに聞いたんだけど、今でも性別、分かるってさ。遺伝子検査っていうのを受ければ分かるらしいよ」
「ああ、それならもう受けている。結果は明日、分かるそうだ」
と、フェデリコさんが応える。私は、フェデリコさんに尋ねる。
「ところで、フェデリコさんは男の子と女の子、どっちがいいんですか?」
「私か。私は……女の子だな」
その答えを聞いて、私はなぜか納得してしまった。だいたい、身重の母にコスプレをさせているほどの人が、男の子で満足するはずがないだろう。見るからに派手で可愛らしい姿をさせられている母を見ながら、私はそう思う。
こうしてみると、随分と意見が分かれたな。だが果たして、どっちなのか?
翌日、ついにその答えが出た。
「男の子だって、分かったわ」
翌日、母と弟、それにフェデリコさんと夕食を食べながら、母が私と弟に告げた。
「やったぁ!弟だぁ!」
弟は、自分に弟ができると大喜びしている。母も男の子志望だったから、内心は喜んでいることだろう。
「ああ、男の子か……」
「がっかりなさらなくてもいいですよ、あなた。次は女の子にすればいいんですから」
「そうか、次か」
がっかりするフェデリコさんを慰める母。いや、お母さん、この先まだ産むつもり?
ともかく、この冬に産まれてくる子供は男の子だと分かった。やっぱり、お父さんの生まれ変わりなのだろうか?私はふと、そう感じた。
で、その翌日にこの結果を雑用係の皆にする。
「そっかぁ~!男の子かぁ!」
「よろしいのではありませんか?これでフェデリコ家も安泰というもの、喜ばしいことでございますわ」
「まあ、よく考えたら、女の子じゃなくてよかったかも。あの変態エロオヤジに女の子が産まれたら、何をするか分からないわよね」
ここにきて急にリリアーノさんは、男の子でよかったと言い出す。なんか適当だなぁ、この人。
「実は母が、この男の子が死んだ父の生まれ変わりじゃないかと言ってるんです」
「はあ?そんなことあるの?」
「さあ……でもお父さん、時々お母さんの夢の中に出てくるんです。フェデリコさんとの結婚を決断した時も、それを促してくれたのは夢の中に現れたお父さんなんですよ。だから、もしかしたらお父さん、天国から戻ってきてるかもしれないんです」
「うーん、そんな話あるわけない、と言いたいところだけど、占い師のオルガちゃんがそういうんだから、そうかもしれないわねぇ」
別に占いは関係ないと思うんだけど、ともかく雑用係の中では、男の子でよかったということになった。
さて、その翌日からさらに騒がしくなる。
フェデリコさんの部屋に、大きな荷物が届いた。
「な、なんですか、これは……?」
「フリードリヒ殿下からの贈り物らしい。ベビーベッドだそうだ」
まだ産まれてもいないのに、気の早いことだ。皇太子殿下から、ベッドが贈られてきた。
が、このベッド、私のベッドよりも大きい。本当にこれ、赤ん坊用?
だが、贈り物はこれにとどまらない。フェデリコさん宛てに、貴族達から次々と贈り物が届く。
最も多いのは、服だ。赤ん坊用の服が山と積まれている。他にも、おもちゃや絵本が大量に届く。
「うーん、困ったわね。さすがにこの部屋には収まらないわね。どうしましょう?」
あまりの数の贈り物に、母は苦悩している。広いとは言えないこの部屋に、次から次へと物が届く。住む場所が、どんどんと狭くなる。
が、それを察してか、陛下から極め付けの贈り物が届く。
「皇帝陛下からも、出産祝いを賜ったわ」
母が私に話す。
「ええ~っ!?陛下からも頂いたの!?で、何が届いたの?」
「……お屋敷」
「へ?お屋敷?」
「そう。貴族様のお屋敷街の外れにある、小さなお屋敷らしいんだけどね」
さすがは陛下だ。どの皇族、貴族よりも大きなものを賜って下さった。
だが、母もフェデリコさんもまだ実物を見ておらず、信じられない様子だ。で、フェデリコさんと私達家族は、揃ってそのお屋敷を見に行く。
でかい。やはり、屋敷というだけあって、とてもでかい。元々はとある男爵家のお屋敷だったが、子孫が絶えて断絶となったそうで、ここ数年は空き家だったそうだ。
生け垣で囲われたこのお屋敷、哨戒機が着陸できるほどの大きな庭があって、その奥にはゴシック様式風の3階建の建物がある。
これで小さい方だなんて……建物部分だけでも、私たちが住んでいるアパートの4、5部屋分はある大きさだ。
「ねえ、お母さん。やっぱりこのお屋敷に住むの?」
「うーん、そうねぇ。せっかく陛下から賜ったお屋敷だし、使わないわけにはいかないわよね」
「そうだよね、そりゃ普通は、そうだよね……」
ここはわりと宇宙港の街まで近いし、フェデリコさんもこれを機に車を買うそうだ。なんといっても、広い。母にとってはいい住環境だろう。
で、家族で話し合った結果、弟はこの屋敷に引っ越すことにした。で、私はあのアパートの一室に残ることになった。
やっぱり、キースさんと離れるのは心もとない。私ももう大人だし、これを機に独り立ちも悪くない。
母とフェデリコさんとの間に子供ができたら、予想以上に変化が訪れた。私は一人暮らしをすることになり、母は大きな屋敷に住むことになる。つい1年前までは貧民寸前の平民だったとは思えないほどの変化が、まだこの世にいない子供によってもたらされた。




