#42 貧民
宇宙から帰ってきた私は今、帝都の北の外れにある街に来ている。
ここには、石造りの建物などない。今にも壊れそうな簡素な木造の家が並び、悪臭が漂い、疲れ切った顔をした人々が道端に座り込んでいる。
ここは通称「貧民街」と呼ばれる場所。
つまり、平民街の家も借りることができず、その日暮らしもままならない人々が暮らす街。1日に銅貨1枚でも得られればマシだという、そんな人々が暮らしている、そんな場所。
その貧民街に、私はやってきた。手に持ったメガホンを握りしめて、私は叫ぶ。
『みなさーん!聞いてくださーい!』
突然現れ、聞いたこともないくらい大きな声を出すこの私を、驚いた顔で見る人々。
私は、続ける。
『私は、宇宙艦隊司令部で働く、オルガレッタって言いまーす!みなさーん!お仕事と、美味しいご飯、要りませんかぁ!?』
私がここにきたのには、理由がある。
それは3日前のことだ。私は、フェデリコさんに呼び出され、佐官室にいた。
「えっ!?工場ですか?」
「そうだ」
「なんですか、それは?」
「物を作るところだ。このほど、帝都の北にある森を切り開いて、大きな家電工場が作られたんだ」
「ああ、家電って、もしかして……」
「そうだ。電子レンジや冷蔵庫、調理ロボットまでを作り出すところだ」
「でも、それが私とどういう関係が……」
「貴殿に、その工場で働く人をたくさん集めて欲しい」
「えっ!?人を集める?でも、どうやって……」
「ちょうど、帝都の北には、貧民街があるだろう」
「はい、ありますね。行ったことはありませんが、とても貧しい人が多いと聞きます」
「その貧民街から、2千人ほど集めて欲しいのだ」
「ええっ!?に、2千人も!?」
「あそこには数千人もの人々がいると聞いている。2千人くらい、どうにかなるだろう」
「それはそうですが……それって、司令部主計科、雑用係の仕事なんですか?」
「いや、主計科は関係ない。これは、貴殿だからできる仕事だ」
「ええと、なぜですか?」
「貴殿は、この帝都で最も有名な平民だ。貧民街とはいえ、貴殿の名は轟いているらしい。自分たちと同じ身分の有名人が呼びかけたとなれば、皆振り向くだろう。こういうところでの人集めには、絶好の人材だ」
「はあ、分かりました。やってみます」
で、その工場というところにも昨日、行ってきた。
「ここで皆さんにやってもらう仕事は、こういう仕事です」
「はい……って、なんですか、この印は?」
私の目の前には、赤い三角と黄色い四角が描かれているパネルがある。
「ここでの作業は、このパネルと同じ模様の箱を見つけて、寄り分けるんです」
「えっ!?この模様の箱?」
「では一度、やってみましょうか」
工場の人がスイッチを入れる。すると、奥から大小様々な箱が流れてきた。
よく見ると、その箱には2つの図形と色からなる模様が付いている。
「ええと、赤の三角と黄色い四角……あった!」
同じ模様の箱を見つけたので、それを取り上げて手前のベルトコンベアに乗せる。
他の箱には、赤の四角や緑の丸……などなど、三角や四角、丸といった図形と色を組み合わせた様々な箱があった。
「部品の仕分けなんですけど、これを帝都の人にやってもらおうと思ってるんです。これなら、字が読めなくても、簡単にできるでしょう?」
「はあ、そうですね。でも、見落としたりしないんでしょうか?」
「大丈夫です。同じ模様は2人1組で担当しますし、もし見逃したら、カメラで察知して機械が止めてくれます」
「そうなんですか?でも、機械が認知するんなら、その機械で仕分けたほうが早くないです?」
「それがですね、見つけるだけならカメラさえあればできるのですが、見つけた物を取り出すという作業をさせるには、ピッキング用のロボットを導入しなきゃいけません。でも、そのロボットを並べるよりも、1人1日10ユニバーサルドルで雇うほうが安いんですよ」
「ああ、そうなんですか」
「それに、これは貧しい人の就業プログラムでもあるんです。特に貧民と呼ばれる人の収入を確保してあげないと、いつまでも帝都の貧民の方々の生活は向上しませんからね」
「ああ、なるほど、そういうことなんですか」
「この工場では朝昼晩の3食、それに10ユニバーサルドルの賃金を支払います。食事は5種類ほどのメニューから選ぶだけの簡素な食堂ですけど、その日の食べるものもない人々からすれば、これでもかなり良い環境ではないですかね?」
「そうですね、分かりました。じゃあ私、たくさん集めてきます!」
「お願いしますね、占い師さん」
というわけで、私は人集めのために、この貧民街にやってきたのだ。
もちろん、私一人ではない。とても治安がいい場所とは言い難い街だ。私の護衛に、数人の特殊部隊の人がついている。その中にはあの髭男のトゥリオさんもいる。
「おい、あんた!本当か?食事と仕事をくれるって!」
「はい、本当です!この帝都の外れにできた大きな工場が、皆さんを雇いたいそうなんです!」
「でも、食事って……」
「工場に行けば、3食の食事が出ます!賃金も1日で10ユニバーサルドル、ええと、こっちのお金で銀貨10枚分が出るんですよ!」
「ええっ!?食事が3食も出て、銀貨10枚も!?」
「本当かね、その話。とても信じられんが……」
「大丈夫です!このオルガレッタ、嘘は申しません!」
「そうだ、オルガレッタって……あの、悪徳宰相に屈しなかった占い師、オルガレッタのことか!?」
「はい!そうです!皆さんのために、ここまでやってきました!」
私の名前を聞きつけて、ぞろぞろとたくさんの人が集まってくる。
トゥリオさんは、集まった人々の数を数え出す。
「500、600、700……750人ってとこかな」
「はあ、まだ半分もいないんですね」
「まあ、これをあと3回やりゃあ目標人数が集まるってもんだ。頑張れよ!」
「簡単に言いますね、トゥリオさん」
「あははは、あの拷問を思えば、これくらい楽なもんだろう?」
「……あまり思い出させないでください。あの時のことはもう、忘れたい……」
たくさん集まった人達は、係員に連れられて工場へと向かう。私とトゥリオさんをはじめとする特殊部隊の皆様は、貧民街の別の場所へと向かう。
で、人集めを3回やった。ようやく、目標の2千人ほどが集まった。
多くは大人の男だったが、中には老人や子供もいる。貧民街では、親のいない子供が多数暮らしているらしい。
本当なら子供に労働をさせちゃいけないのだが、まだ孤児院といった施設が整っていない。地球122政府も、しばらくはここで働いてもらい、暮らしが安定したところで擁護施設に移ってもらおうと考えているようだ。
「はい、皆さんに仕事の説明をする前に、まずは腹ごしらえといきましょう!」
工場前の広場では、私が2、3人くらいはすっぽり入るくらいの大きな鍋がいくつか並べられている。鍋の縁にはあのロボットアームが付いており、できた料理を配膳してくれるようだ。
この鍋で作られているのは、ラーメンという料理。簡単に食べられて、大量に配るには最適な料理らしい。早速、ここに集まった2千人もの人々に料理が振る舞われた。
「ええと、これ、どうやって食べるんだか?」
「このフォークってやつを使ってですね、こうやって引っ掛けてすくい取るんです。それでずるずるって吸い込むように口に入れるんですよ」
私もこのラーメンの食べ方を教えて回る。と言っている私も、実はまだラーメンを食べたことがない。これが初めてだ。
で、私も食べてみる。お椀の中に入れられた薄黄色の細長いパスタのようなものが、茶色い液体の中に無造作に投げ込まれている。具は、豚肉や野菜が使われているようだ。
そのラーメンを、恐る恐る食べる。ずずっとすするようにラーメンを一口食べた。
……なにこれ、美味しい。奇妙な形だけど、歯ごたえがあり、とても食べやすい食べ物だ。
肉は豚肉のようだ。帝都のそばに大きな養豚場ができたらしいけど、あそこの豚肉を使っているらしい。とても柔らかくて、濃厚な味だ。
私が以前、平民街のそばの広場で占い師をして暮らしていたあの時の食事より、ずっと贅沢な料理だ。実際、あちこちでこのラーメンを食べた人が、歓声を上げている。
「お姉ちゃん!これとっても美味しいよ!」
10歳そこそこの子供だろうか、たくさんもらったラーメンを私に見せびらかしながら、喜んで食べている。
おかわり自由なので、何度でも並んで食べる人もいる。味もそうだが、おなかいっぱい食べられることが、彼らにとっては何よりも有難いようだ。
「みんな、いい顔してるな」
「ええ、そうですね」
「ここにも親のない子供が、たくさんいるようだな」
「そうですね、帝都にはほとんど孤児を受け入れるところがないですから、貧民街に来てその日暮らしをするしかないようですよ」
「そうか……まあ、俺も親がいなくてよ。弟と2人で、必死に暮らしたんだよな」
「ええっ!?そうだったんですか?」
「俺がまだ学生やってた時に、両親が乗ってる船が、海賊に襲われてな……そのまま、帰ってこなかった」
「じゃあ、トゥリオさん、どうしたんですか?」
「俺は学校やめて、すぐに働いた。弟はなんとか学校に行かせたんだが、結局やめちゃってよ。工事現場なんかで働くようになった」
「はあ、そんなことがあったんですか。私も父が死んで、母と私で働いて……」
「知ってるよ。あんたのお母さん、フェデリコ大佐の奥さんだろ?」
「はい、そうです。今ではフェデリコさんと一緒になって、やっと幸せになりましたね、母も。でもそれまでは、結構苦労したんですよ。一つ間違えば、私達家族はこの貧民街で暮らしていたかもしれないんです」
「そうか。あんたも案外、苦労してるんだな」
ラーメンを食べ、明日への希望をつないだ人々を前に、トゥリオさんの過去を垣間見る。まあ、銀行強盗をやったくらいだから、それは大変な生活を送っていたんだよね、きっと。
地球122は、我々よりも進んだ文化を持つ星。その星は、この貧民街にいるほどの貧しい人は少ないという。が、そんな星でも闇の部分はあるのだということを、私はトゥリオさんの話から垣間見ることとなった。




