#41 捕虜
駆逐艦6190号艦が、第1番ドックに入港する。
戦艦ヴィットリオの艦橋のすぐ脇にあるそのドックに、6190という数字の書かれた船が入ってくるのが見える。
私は、その第1番ドックの出入り口に向かって歩く。
その入り口で待っていると、ゾロゾロと乗員達が降りてきた。
「やあ、オルガレッタさん。キース中尉を待っているのかい?」
「はい、そうですよ。この後すぐ、キースさんと街にデートに行くんです」
「いいなぁ、キースのやつ……こんなに有名で、健気な彼女が待っててくれるんだからな」
ぶつぶつと言いながら、街に続くエレベーターへと歩く乗員達。私は、キースさんが現れるのを待つ。
「オルガレッタさん!」
すると、奥から手を振りながら私の名を呼ぶ声がする。ああ、キースさんだ。
駆逐艦6190号艦は傷ついているわけではない。だが、元気なキースさんを見るや、私はキースさんの胸に飛び込み、ぎゅっと抱きつく。
「ど、どうしたんですか、オルガレッタさん!?」
「ああ、キースさん、よかった。あの激しい戦闘で怪我していなくて……」
「当たり前じゃないですか、駆逐艦6190号艦の航海科と砲撃科は優秀ですよ。簡単に被弾したりはしませんよ」
そうはいっても、実際にこの目で見るまで無事かどうか自信がなかった。こうして本人に会って抱きしめることで、その無事を実感できる。周りはじろじろとこちらを見るが、私は構わずキースさんに抱きつく。
私はキースさんと共に、下に降りるエレベーターへと向かう。今夜はキースさんも、この戦艦の街に泊まることになっている。そして明日、私とキースさん、そしてフェデリコさん共々、駆逐艦6190号艦に乗って地球816に帰ることになっている。
ホテルにチェックインするキースさん。荷物を持ち、キースさんが泊まる部屋に入る。
「ねえ、キースさん」
「なんだい?」
「今夜……私もこの部屋に泊まって、いいかな?」
「もちろん、大歓迎だよ。今夜は一緒に寝よう」
こうして、今宵はキースさんの部屋で一緒に過ごすことが決定した。そんなほかほかの夜を迎える前に、この街でキースさんとデートだ。
私とキースさんはまず、食事をとることにする。私は昨日見つけた、あの小さなピザ屋へ行くことにする。
「へえ、そんな面白いピザ屋があったんだ」
「そうなんですよ。で、そこの店主さん、元軍人だって言ってましたよ」
「そうなんだ。じゃあ、行ってみようか!」
私とキースさんは、そのピザ屋へと向かう。
2層目の奥の方に、その店はある。戦闘が終わって多くの店が再開してはいるものの、まだ街には人がまばらだ。
「いらっしゃい。お、占い師の嬢ちゃんか」
あのピザ屋にくると、店主が声をかけてくれた。
「こんにちは、また来ました!今日はもう一人、連れてきちゃいました!」
「なんだ、恋人さんかい?熱いねぇ……」
店主がそう言いかけて、キースさんを見て言葉を詰まらせる。キースさんも、店主を見つめたまま動かない。
「……エツィオ大尉?」
キースさんが口を開く。あれ、もしかしてキースさん、この店主と知り合いなの?
「キース少尉じゃねえか。久しぶりだな」
「ええ、久しぶりです、大尉」
「よせやい、もう俺は軍をやめたんだ。今じゃただのピザ屋の店主だよ」
「それを言ったら、私も中尉になったんですよ。少尉じゃありません」
「そうか。出世したな。つい2年前までは、飛ぶのがやっとの哨戒機乗りだったっていうのによ」
どうやらこの人、キースさんの仲間だったようだ。私は尋ねる。
「ねえ、キースさん。この方は……」
「ああ、この人は元軍人で、地球122 遠征艦隊所属の複座機パイロットのエツィオ元大尉。我が遠征艦隊でも、1、2を争うほどのパイロットだよ」
「へぇ~っ!キースさんと同じ、パイロットだったんですか!」
「ああ、2年前まではな」
「でもエツィオさん、なんだって辞めちゃったんですか?」
「まあ、いろいろとあったんだよ。なんていうかな、パイロットなんて、いくら腕が良くったって評価されるものじゃねえからな」
「そ、そうなんですか?じゃあ、キースさんも……」
「うん、今の戦闘は砲撃戦が中心だから、パイロット軽視なところは確かにあるかな」
あまり考えたことがなかったが、パイロットっていうのはあまり優遇されていないんだ。言われてみればキースさん、戦闘中はあまり出番がないと言っていたっけ。
「でもエツィオ元大尉、今はこの地球816という新天地で、パイロットは引っ張りだこなんですよ。人材育成や資源探査、航空ショー、エツィオ元大尉ほどの腕なら、活躍できる場所はたくさんあるんです!戻ってくる気は、ないのですか?」
「よせやい。今はピザしか作れねえしがないピザ屋よ。それに俺は、もう軍隊には未練もねえしな……」
「そうですか!?未練がなければ、どうして地球122に戻らず、戦艦内でピザ屋をやってるんです!?」
なんだか少し、険悪になってきたな。雰囲気を変えないと。
「エツィオさん、私とキースさんに、ピザを焼いてくれますか?」
「……おっと、いけねえ。商売のことを忘れるところだった。嬢ちゃんはどれにするんだい?」
「うーん、そうですねぇ。私は、ビーフカルビで」
「あいよ!」
ピザを焼き始めるエツィオさん。具とチーズをまぶして、窯に入れたところでエツィオさんが尋ねてくる。
「そういえば嬢ちゃんは昨日、雑用係をしているって言ってたな」
「はい、そうですよ。司令部付きの栄えある雑用係です!」
「雑用係に、栄誉もへったくれもあるのかい?」
「ありますよ!私達が洗剤や電球を運ばなかったら、駆逐艦は動かすことも戦うこともできないんですよ!こんな栄誉のある職業はないですよ!」
「あはは、面白いことを言う嬢ちゃんだな」
私とそのエツィオさんという店主との会話に、キースさんが口を開く。
「彼女は、いつも前向きですからね。いままでもいろいろとありましたが、全部乗り越えてやってますよ」
「そうか……乗り越えて、ねぇ……」
さて、キースさんと私はその店でピザを食べた後、街を歩く。歩きながらキースさんが突然、私に話しだした。
「さっきのあのエツィオ元大尉だけど、軍を辞めたのは、事故のせいなんだよ」
「えっ!?事故?」
「そう。同じ航空科所属の複座機パイロットがこの地球816の探索中に、エンジントラブルで墜落したんだ。連日の出撃で、機体が損耗していたらしい。そこに整備ミスが重なって、それで……」
「その複座機に乗っていた人は?」
「海の上だったらしくて、未だ発見されていない。機体の一部とフライトレコーダーだけが回収されたんだ」
「そんな……」
「その事故を受けて、エツィオ大尉は軍をやめることにしたんだ。危険と隣り合わせのこの職業、一つ間違えば遺体も回収されない、おまけに軍の中では軽視されがちな兵科だというんで、そんな消耗品のような扱い、とても耐えられないって……」
「そうだったんですか。そんなことがあったんだ……」
「でも私は、エツィオ大尉に戻ってきて欲しいんだよ。あれだけの才能、ピザ屋の店主で終わらせるのは実に惜しい。でも、本人に戻る気がなさそうでね……」
突然聞かされた、あのピザ屋の店主の過去。パイロットといえば、帝都戦車隊が受け持つ花形の職場だと思っていたけど、裏ではいろいろとあるんだ。
私も、エツィオさんに航空科に戻ってきて欲しいな。そうすれば、司令部にあのスペシャル・ピザを作ることができる人がいることになり、私としても好都合だ。
などと考えながら、街をキースさんとデートしていた。雑貨屋にスイーツのお店、そして映画と、戦艦の街の一通りのデートコースを巡った。
で、ホテルへと戻る。が、キースさんは駆逐艦6190号艦に忘れ物をしたらしく、そのまま私とキースさんは、駆逐艦に向かう。
最上階にあるホテルのロビーからエレベーターに乗り、そこから上がって艦橋の前に出る。で、駆逐艦6190号艦がいる第1番ドックへと向かう通路に出る。
が、その通路の前で、2人の人を連れたフェデリコさんに会う。
「あ、フェデリコさん」
「ああ、貴殿か。こんなところで何をしている?」
「キースさんが、駆逐艦に忘れ物をしたというので……ところで、フェデリコさんは何をしているんです?」
「ああ、尋問を終えたところだ」
「尋問?誰をです?」
「連盟軍の捕虜だ」
私は一瞬、ぎょっとした。連盟軍の捕虜、つまり魔王の手先、悪魔のような奴らが、この船に乗っているってことになる。
「ど、どこにいるんです!?その連盟軍の捕虜って言うのは!?」
「貴殿の目の前にいるだろう。彼らがそうだ」
フェデリコさんはそう言うが、目の前には人しかいない。とても魔王の手先など、見当たらない。
いや、まさか……連盟軍の捕虜って、人なの?
「あの……もしかして、ここにいる人がそうなんですか?」
「そうだ。私はちょっと書類を取りに行ってくるから、彼らとここで待っていてくれ」
フェデリコさんは、私とキースさんに連盟軍の捕虜達を押し付けて、そのまま艦橋へと向かった。
そこに残ったのは、私とキースさん、それに連盟軍の捕虜が2人。残されたこの捕虜の2人は、私に向かってにっこりと笑いかける。私も、微笑み返す。
そういえば昔、帝国が近隣の王国を討伐し、騎士達が多数の捕虜を引き連れて凱旋したところを見たことがある。鎖で繋がれて、そのまま帝都の端にある収容所へと送られた。のちにこの人達は、奴隷として売られたのだという。
考えてみれば、ガエルさんも一種の捕虜だ。彼女もまた戦さに敗れて捕らわれ、奴隷にされた。
だから、ここにいる2人も同様に、奴隷にされてしまうんだろうか?
いや、それ以前に彼らはどう見ても魔王の手下には見えない。私はてっきり、映画「魔王」に出てくるゴブリンやオーガのように、醜い連中だとばかり思っていた。しかしどう見ても彼らは、私達とは変わらないように見える。
いやいや、もしかしたら人間に化けているだけかもしれない。警戒せねば。
私はキースさんに、小声で尋ねる。
「ねえ、キースさん」
「なあに?」
「この人達、どうなっちゃうの?まさか司令部に連れて行って、奴隷として売られちゃうとか……」
「そんなことしないよ。彼らは自分の星に帰されるんだ」
「ええ~っ!?帰しちゃうの!?」
「そういう協定があるんだ。戦闘終結後に、捕らえた兵士を互いに交換するという協定が」
「でもでも、そんなことしたら敵の兵力が増えちゃうじゃないですか。いいんです?そんなことしても」
「いいよ。別に。ここで相手の数が多少増えようが、ほとんど影響がないからね。収容所などを置いて養っても仕方ないし、かといって殺すのは忍びないし、せっかく生き残ったのなら、帰ってもらおうってことになってるんだよ」
うわぁ……帝国とは随分と扱いが違うな。宇宙での捕虜は、自分の星に帰れるんだ。でも、そうだよね。せっかく生き残ったんだし、帰ったほうがいいよね……って、いや、そうじゃない!
「ちょっと待って、キースさん。連盟軍って、魔王の手下じゃないの!?」
「えっ!?魔王!?」
「私、彼らは帝都を蹂躙しようと企む、悪魔のような連中だと聞きました!でも、どう見てもこの人達、人間にしか見えないんですよ!どうなってるんですか!?」
「どうもこうも、人間だよ。別に連合も連盟も、同じ遺伝子を持った人間同士。なんら変わりはないよ」
「ええ~っ!?そうだったんですか!?じゃあ私、もしかしてずっと勘違いしてたんです!?」
このやり取りを聞いていた捕虜の1人が、口を開く。
「あの~、さっきから何を話してるんです?魔王がどうとかって」
「ああ、気にしないで下さい。彼女ちょっと、勘違いしてただけなんです」
「そうですか。いや、まさか魔王の兵士だと思われていたなんて、光栄なのか、嘆かわしいのか……」
あれ、言葉も通じる。本当に私達と同じ、人間なんだ。私は捕虜の1人に尋ねる。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい、いいですよ」
「捕虜さんって、どこから来たんです?」
「私は地球477という、ここから300光年ほど離れた星の出身です」
「ええ~っ!?連盟でも、地球って言うんですか?」
「そうですね。連合も連盟も、人の住む星には共通の呼び名が付いてますね。地球075という中立の星で、その呼び名が管理されてるって聞いてます」
「そうですよ、オルガレッタさん。オルガレッタさんの住む地球816という呼び名だって、連合でも連盟でも使われてるんですよ」
「はあ、そうだったんですか……てことは、連盟の星でもピザやハンバーグを食べているんですか?」
「ええ、もちろんですよ。その辺りは似たようなものです、連合も連盟も」
知らなかった。連盟と言えども、普通の人が住んでいて、ピザやハンバーグを食べて暮らしてるんだ。
「てことは捕虜さんにも、家族がいるんです?」
「いますよ、妻と子供が1人。私の帰りを待っているんです。でも艦がやられて、宇宙空間を漂ってるところを保護されたんです」
「ああ、じゃあもしかして、ビームってやつが当たって……」
「いや、我々が機雷をばらまいた途端に爆発して、艦が巻き込まれたんです。機関をやられて動けなくなり、味方も爆発を見て離脱して、そのまま我が艦は宇宙に取り残されて……」
なんてことだ。連盟側の兵士達も、家族がいて、同じような駆逐艦に乗って戦っているんだ。まるで連合の人達と変わらないじゃないか。
「でも、これから帰るんですよね?家族には会えるんじゃないですか?」
「うん、そのはずだけど、いつ会えることになるのか……」
「えっ!?どういうことです?」
ここで、キースさんが私に教えてくれた。
「捕虜が自分の星に帰還する場合、2つの方法があるんだ。一つは、中立星である地球075を経由する方法、もう一つはこの近くの星系で捕虜引き渡しを行うという方法。前者の場合は、6000光年離れた地球075へ行くことになるため、半年以上はかかってしまうんだ」
「ええーっ!?半年も会えなくなるんですかぁ!?」
「まあ、生き残っただけでもありがたいから、文句は言えないですよ。私は帰れるだけ、マシだと思います」
捕虜の人はそう呟いた。だが私はちょっと、納得がいかない。
「捕虜さん!」
「はい」
「あなたを、占ってあげます!」
「えっ!?占う?」
「私、見えるんです。その人の、10日くらい先までに起こる一番印象深い出来事が!」
「なんですかそれは?」
「いいから、手を貸してください!」
「あ、はい……どうぞ」
私はその捕虜さんの手を取る。そして目を閉じた。
◇
ここは、船の中の通路のようだ。
数人の人とともに、その通路を歩いている。その向こう側から、数人の集団が現れる。
この両者は、お互いに駆け寄る。この捕虜さんも通路を走る。そして、ある人の前で止まった。
赤毛の長い髪の女性。横に、同じような赤い毛を持つ男の子がいる。
その赤毛の女性がこの捕虜さんに抱きついた。子供も、足にしがみつく。
その2人の頭を撫でる捕虜さん。通路の他の場所でも、同様に抱き合う姿が見える……
◇
私は、目を開けた。
捕虜さんが、心配そうに聞いてくる。
「あの……何か起こりました?」
「船の中の通路、そこであなたが、赤毛の長い髪の女性にしがみつかれていました」
「えっ!?赤い髪の毛?」
「はい。なんのことだか、わかります?」
「わかるも何も、私の妻は赤毛です。恐らくそれは……ところで、私に抱きついてきたのは、その赤毛の妻だけですか?」
「あと、同じように赤い毛の男の子が一人、足にしがみついてましたよ」
「ああ、間違いない。それは家族だ。でもどうして、私の家族のことが見えたんですか?」
「さあ、私にもよくわからないんですけど、見えるんです。だから、このままで行けば10日以内に、その赤毛の奥さんと子供に会えるってことですよ」
「そ、そうなんですか……でも、本当に見えるんですね。すごいですよ、あなたのその能力。会ったこともないのに、私の妻が赤毛だと分かるだなんて」
「はい。奧さんによろしく。向こうに戻っても、お元気で」
敵であるはずの相手を、私は占った上に励ましてしまった。でもその人は、魔王の手下でもなければ、悪人でもない。ごく普通の、妻と子を愛するお父さんだ。
「すまんすまん、貴殿らに押し付けっぱなしにして悪かった。ようやく書類が見つかったよ」
「あ、フェデリコさん。この人たちはどうなるんですか?」
「ああ、それなんだが、この先で明日、連盟軍と接触することになっている。そこで他の捕虜とともに、連盟へ引き渡すことになっているんだ」
「そ、そうなんですか?じゃあこの人達、早く帰れるんですね」
「まあな。中立星を経由していたら時間がかかるからな。さっさと引き取って欲しいから、連盟側に打診していたんだ。で、これがその捕虜引き渡しに関する書類だ。あっちの部屋で、これを書いてもらおうか」
そう言うとフェデリコさんは、2人を連れて行ってしまった。
「オルガレッタさん」
「なんです?」
「よかったんですか?連盟の人を占っちゃって」
「いいんです!だって早く帰れるかどうか、気になるじゃないですか!」
「そうですよね。でも、彼らは我々の敵なんです。この先には再び駆逐艦に乗って、我々に攻撃を仕掛けてくる人物でもあるんですよ」
「ううっ……そうですけど……」
「もっとも、我々も彼らも、相手を憎んで戦争をしているわけじゃないからね。ただ、仕事として撃ち合っているだけのこと。ああやって会って話せば、ごく普通の人ばかりなんだよね、きっと」
なんだかちょっと、複雑だ。確かに彼らは、ごく普通の人だった。でも一方で彼らは、あの機雷とか言うものを使ってキースさん達を殺そうとした人達でもある。帰れば当然、次は敵としてキースさん達の前に現れる。
キースさんによれば、連合と連盟はこんな争いを170年も続けているのだと言う。この間、私のように、お父さんを亡くして奥さんや子供が取り残されてしまうという悲劇が続いているのだ。
地球816の地上からは争いはなくなりつつあるが、この宇宙の果てしない争いには巻き込まれつつある。こうして会えば普通に会話できる者同士が、一体いつまで争い続けるのだろうか?




