#40 辛勝
私はその小さなピザ屋を後にし、艦橋へと向かう。
街にある時計を見ると、14時59分を示す。私が見た光景の時間まで、あと1時間半ほどだ。
エレベーターで上に上がって艦橋に入ると、そこはまさに戦場だった。
「敵艦隊、さらに前進!」
「味方艦艇は!?」
「陣形を維持しつつ、敵の猛攻に耐えています!」
「秩序を保ちつつ、撃ち返せ。我々の目的は、敵の前進意欲を削ぐこと。我々の鉄壁の守りで、敵を後退に追い込めばそれでいい」
フェデリコさんはあの大きな机を指差して、周囲にいる幕僚の人達に指示している。
街にいると全く気づかなかったが、目の前のモニターには、ビュンビュンとあの青白いビームが飛び交っている。本当に戦闘が始まってるんだ。
ただ、この戦艦ヴィットリオは駆逐艦よりも後方にいて、敵のビームが届かない。前線の駆逐艦は必死になって戦っているけど、ここはまだ戦場という雰囲気ではない。
「敵の前進により、艦隊同士の距離が詰まっています!まもなく、当艦も敵の射程内に入ります!」
「うむ、やむを得まい。当艦も砲撃を行う。艦内全ての砲塔に伝達!砲撃戦用意!」
「全砲門開け!砲撃戦用意!」
ああ、やっぱりこの船も戦うんだ。この艦橋の中に、キーンというあの砲撃前の音が鳴り響く。
「撃てーっ!」
アルデマーニ中将の号令とともに、あの落雷のようなビームの発射音が鳴り響く。
ただし、音自体は小さい。駆逐艦と違って、すぐそばに主砲身があるわけではないからだ。ただし、その砲撃音が同時に何発も鳴り響く。
この戦艦には、全部で30門もの主砲が装備されているそうだ。モニター上からは、たくさんのビームの筋が、戦艦のあの無骨な岩肌から伸びていくのが見える。
が、それ以上の数のビームが向こうから飛んでくるのが見える。あれ一本一本が、帝都の半分を灰にできるほどの威力。私は恐怖のあまり、思わず身震いする。
そして、あのギギギギッという不快な音が時々聞こえてくる。敵のビームが、この船のバリアシステムによってはじき返された音だ。不快な音には違いないが、この音は私達の船が守られたということでもある。
じゃあ、あのビームが跳ね返せなかったら、どんな音が鳴るんだろう……フェデリコさんに聞いてみたい気もするが、今のフェデリコさんはそれどころではない。それにそんなことを知ったところで、余計に怖くなるだけだろう。
しばらくの間、ビームの飛び交う中、戦闘は続く。落雷のような砲撃音と、時々ギギギギッという音が鳴り続ける。
そんな恐怖と隣り合わせの時が進む。随分と長い間、戦闘が続いているように思う。どれくらい、時間が経っただろうか?
私には、とても長い時間が経ったように感じたが、時計を見るとまだ15時40分だった。私がここに来て、まだ1時間も経っていない。
だが、ここでようやく変化が訪れる。
「敵艦隊、後退を始めました!」
艦橋にいるオペレーターの人が、フェデリコさんら幕僚の人達に大声で知らせる。
「そうか……ならばそろそろ、追撃戦に入る頃だな」
フェデリコさんがそう呟く。と、その直後に別の人が叫ぶ。
「艦隊司令部より入電!敵艦隊の追撃戦に入る!全艦、前進せよ!以上です!」
ようやく、敵が逃げ始めたようだ。1時間に及ぶ戦いが、ようやく幕を閉じようとしている。
だが、モニター上ははまだ撃ち合いが続いている。しかし、状況は動いているようだ。
時刻は、16時になろうとしている。
「さあ、ここからが本当の戦いだ……」
フェデリコさんが呟く。そして、続けて叫ぶ。
「全艦に伝達!指向性重力子装置、作動!」
フェデリコさんが指令を出したその直後、目の前のモニターには無数の光の玉が輝き始めた。
「こ、光点、多数!位置、敵艦隊直上!」
私は、そのモニターに映る光の玉を見る。
だが、どうもおかしい。明らかに私が占いで見た光景とは違う。
今の時刻は、16時1分。私の光景では16時23分だった。まだ、20分以上前だ。
時刻が異なるだけではない。光の玉の見え方も随分と違う。
何というか、一言で言うと、遠い。たくさん見えるが、それが遠く離れており、モニターいっぱいに広がるほどではない。
不可解に思う私は、フェデリコさんに尋ねる。
「フェデリコさん……あの光は……?」
「ああ、あれは敵の浮宙機雷だ」
「浮宙機雷?なんですか、それは?」
「機雷とは、駆逐艦などが接近するとそれを感知して、爆発する仕掛けのことだ。炸裂時には、ああやって光の玉として見える」
「はあ、そうなんですか。でも、なんだってそんなものがあそこに?」
「敵は撤退すると見せかけて、後退しながら機雷をばらまく。我々は後退する敵を追撃し、彼らの巻いた機雷原に突っ込んでいくことになる。何もしなければ、まさに貴殿が見たように、我々の目の前いっぱいに光の玉が広がることになる」
「そ、そうだったんですか……でも、光の玉は今、目の前にはないですけど……」
「その機雷原を、敵がばらまいた直後に炸裂させたからだ。我々が見たはずの光景を、今、彼らが目の当たりにしているところだろう。このまま進んでいれば、20分ほどで我々はあそこに突入していたことだろう」
「でも、どうしてフェデリコさんはその機雷の存在に気づいたのですか?」
「60年前までは、連盟軍がよく使っていた手だと気付いたからだ。だが、今はもうこの手は使われていない。が、貴殿の占いの話を聞いて、その手を使ってくるのだと確信した」
「でもなぜ、敵は60年間も使わなかったのですか?」
「60年前に、我々がその手を封じる策を講じたからだ」
「策、ですか?」
「それは、指向性重力子装置を使うというものだ」
フェデリコさんによれば、機雷というものは駆逐艦や戦艦の放つ重力子というものに反応して追尾、爆発するようになっているらしい。
だから、その機雷がある場所に多量の重力子を「撃つ」と、駆逐艦が近づいたのだと勘違いして、機雷が爆発してしまう。
敵はその機雷をばらまいた直後だから、その時にこの指向性重力子装置を使って重力子を撃つと、自分達のばらまいた機雷に巻き込まれてしまうことになる。
まさに、目の前で起こっているのはそれだ。あれは、連盟軍のすぐ前で爆発しているのだという。
あまりに近くで爆発したものだから、連盟軍の何隻かはその爆発に巻き込まれているだろうとフェデリコさんは考えている。
「……連合側がこの対策を講じて以来、連盟軍は浮宙機雷の投入をやめてしまった。自身の兵器で自身がやられるという馬鹿馬鹿しい手を、続けるわけがない。それで60年前を最後に、この手を取らなくなってしまった」
「はあ、そんなことがあったんですね」
「だが、ほとぼりが冷めた今なら、もう一度使えるのではないかと考えて繰り出してきたのだろう。今ではもう、連合側も浮宙機雷対策などとっていないからな。敢えて60年前に使っていた手を持ち出したのだ。だが……」
フェデリコさんは、私の方を向く。
「貴殿の占いがなければ、してやられるところだった。貴殿が占いを再開してくれたおかげで、我々の多くの兵の命が助かった。そのことは、忘れないでいてくれ」
この話を聞いて、私は思わずぞくっとした。もし私がまだ占いを再開していなかったら、キースさんをはじめ多くの人が、あの機雷というやつにやられていたかもしれないのだ。
さて、そんなものをばらまいたがゆえにやられてしまった悪魔の連盟軍。自業自得なところもあるけど、なんだか少し可哀想に思えてしまう。
光の玉はしばらく光り続けたが、やがてモニター上から消えていく。
モニターにはビームの青い筋もなく、静かな真っ黒な宇宙の闇が、ただ広がっている。
「レーダー回復!敵艦隊、さらに後退!距離、33万キロ!」
「艦隊司令部より入電!追撃戦中止!その場で待機せよ!以上です!」
こうして、ようやく戦闘が終わった。最後の機雷爆破であちらの被害は大きいようだが、地球122の方も何隻か沈んでしまったそうだ。さすがに、無傷ではなかったらしい。
「さてと、もう帝都の時間では真夜中だ。貴殿も、眠くなってきたのではあるまいか?」
フェデリコさんの言う通りだ。私は、とても眠い。艦隊標準時では、17時を過ぎていた。つまり今、帝都ではちょうど日付が変わった頃だ。
「ふわあぁぁ……ではフェデリコさーん、私、ホテルに戻ります……」
「その方がいい。私はまだやることがある。もう戦いは終わった。早くホテルで休め」
眠い目をこすりながら、私はホテルへと向かう。
エレベータを降り、ホテルの部屋へと向かう。鍵を開けて中に入り、ベッドの上に寝そべる。
と、そのまま私は寝てしまった。
私の占いによって、連合側のたくさんの命が救われた。
だが一方で連盟側はといえば、最後のあの攻撃でたくさん船が沈んだようだ。
だけど、悪魔がたくさん死んだだけ、正義である我々が勝利したのだから、問題はない。この時の私はまだ、そう思っていた。




