#4 出撃
「オルガレッタ殿。貴殿に、頼みたいことがある」
睨みつけるように私の顔を見つめてくるのは、フェデリコさんだ。この人、それほど怖い人ではないのだけれど、何気なくこういう表情をするから、きっと怖がられるんだと思う。
「な、何でしょうか?フェデリコさん」
棚から下ろしたばかりの電球を抱えたまま、私はフェデリコさんに応える。
「貴殿は、占いが得意だと聞いたが、それは本当か?」
「は、はい。以前、帝都の広場の端で、占い師をしていました。フェデリコさんに助けていただいた、あの場所です」
「そうか。なんでも、駆逐艦整備をしていた整備員が、貴殿の占いで助かったと聞いたが」
「ああ、ロベルトさんのことですね。本当に危なかったです。でもあの時はちゃんと命綱をつけていて、助かったんです。いつもはあまり安全に気を遣わなかったそうですから、いつも通りだったら綱が取れてまっ逆さまに落っこちていたかも、とおっしゃってました」
「そうか。なるほどな」
腕を組んで、私の話をじっと聞くフェデリコさん。
「そこで頼みなのだが、私のことを占ってはもらえないだろうか?」
突然、私に占いを依頼するフェデリコさん。
「はい、いいですけど……突然、どうしたんですか?」
「貴殿に占いを頼むと、手を握ってくれ……いや、司令部付きの幕僚として、この先に起こることを把握せねばならない。そのため、貴殿のその能力を試させてもらいたい」
「はあ、そうですか。分かりました。では、早速」
「う、うむ。お願いする」
そこで私は、フェデリコさんの手のひらにそっと触れる。するとフェデリコさんの手がピクッと動く。
「あの……どうしました?」
「あ、いや、なんでもない!気にしないでくれ!」
心なしか、フェデリコさんの顔が赤くなっているように見える。が、気をとりなおし、私はフェデリコさんの手を握って目を閉じる。
◇
……見覚えのある景色だ。ああ、ここは艦橋だ。
人が大勢いる。窓の外は真っ暗、夜なのだろうか?
すぐそばにモニターがあって、そこに時計が表示されている。13時2分とでているが、外はどう見ても夜にしか見えない。変な時計だ。
その時だった。
突然、青い光が窓の外で光るのが見える。とても眩い光だ。あれは一体、なんだろう?
それを見て、中の人々は混乱しているようだ。フェデリコさんも腕を振り上げて、何か叫んでいるように見える。だがその直後、目の前が真っ白な光に包まれた……
◇
何が起きたのかは、分からない。ただ私は、今見えたことをそのまま、フェデリコさんに伝える。
「……そうか、最後は光に包まれたか」
「はい、でも、それがどういうことか、私にはさっぱり……」
「そういえば、オルガレッタ殿。貴殿は宇宙に行ったことがあるか?」
「い、いえ、私はまだ、ドックにいる駆逐艦の艦橋やこの司令部よりも高いところすら行ったことはありません。ましてや、宇宙なんて……」
「そうか。だが、貴殿の話は宇宙の砲撃戦そのものの光景だ。艦隊戦を目の当たりにしたことがあるのではないかと思うほど、かなり正確な描写だ。貴殿はおそらく、砲撃戦を見たのだろう。そして最後に真っ白になったというのは多分……」
そう言いかけて、フェデリコさんは考え込んでしまった。さっきよりも険しい顔つきだ。どうしたというのだろうか?
「最後に聞きたい。時計は、13時2分を示していたのだな?」
「はい、13時といえば昼間なのに、お外が真っ暗なので変だなあと思ったんです。だから、違和感を感じていました」
「なるほど、そうか。だから時計に注目したのか」
そしてフェデリコさんは、腕を組んだまま歩いて去っていく。
艦隊戦だとか言っていたが、何のことなのだろうか?ただ、さっきのフェデリコさんの話からすると、あれはどうやら宇宙での出来事のようだ。
宇宙。それは、空よりもずっと高い場所。その宇宙に浮かぶ星の一つから、リリアーノさんやフェデリコさんはやってきたという。
でも、そこがどんな場所なのかは分からない。ただ、宇宙というところは息ができず、寒いところだから、頑丈な空飛ぶ船が必要だと聞いたことがある。
宇宙というものについて私が知っているのは、せいぜいそれくらいだ。ここにきてまだ2週間ほど。この街についてようやく知り始めたばかりだというのに、遠く空の上のことまで覚えてはいられない。
そんな私だったが、宇宙というもの、そしてこの駆逐艦という船がどういうものなのかを、嫌というほど知らされることになる。
それは、フェデリコさんを占った翌日の出来事だ。
その日最後の船である駆逐艦6190号艦に私は乗り込んでいた。台車を押して補充部品を運び込み。あとは電球をつけるだけになっていた。
6階の通路の電球を交換し終えたところだ。あと一箇所、最後に15階の艦橋の電球を交換するため、台車を押してエレベーターに向かう。
と、突然、艦内が騒がしくなる。たくさんの人が、エレベーターに向かって一斉に走りこんできた。
な、何が起きたの!?私は台車とともにその人たちを避ける。
『達する!艦長のジャンピエロだ!本艦はこれより、緊急発進する!各科の上長は自身の持ち場のメンバーが揃い次第、直ちに報告せよ!』
何があったのか?私しかいないと思っていた艦内は、いつのまにかたくさんの人で溢れかえっていた。
「砲撃科より艦橋!砲撃科全員、揃いました!」
私は6階にある砲撃管制室の横を歩いているところだった。中から、誰かが何かを報告しているようだ。通路にはまだバタバタとたくさんの人が走り込んでくるので、私はそれを避けながら台車を押して、エレベーターに向かう。
やっとエレベーターの前に着いた。が、エレベーターが開くたびにたくさんの人が降りてくるので、私は乗り込むことができない。
何が起きたの?こんなの初めて。事情が飲み込めないまま、ようやくエレベーターに乗り込んだ。
なにやら穏やかではない雰囲気、さっさと電球を交換して、司令部に戻ろう。そう思って私は、15階の艦橋へと向かう。
15階に着いてエレベーターを降りた時、また通路の中で声が鳴り響いた。
『達する!艦長のジャンピエロだ!全員の乗艦を確認、直ちに緊急発進!機関始動!両舷、微速上昇!駆逐艦6190号艦、発進する!』
は、発進!?発進って、空に向かって出発するってこと!?それは困る、私はまだ乗ったままだ。
私はエレベーターに乗り込んで下の階に降りる。急いで1階から出ようとすると、すでに出入り口は閉まっていた。
不味い。これは非常に不味い。私は駆逐艦の中に、取り残されてしまった。
そういえば、周りがいつもより騒がしい。グオングオンと、低い音が鳴り響く。多分この音は、機関音だ。
ああ、どうしよう。引き返してもらわないと、私は家に帰れない。私は再び、15階に上がる。
エレベーターを降りると、フェデリコさんにバッタリと出会う。私はフェデリコさんに尋ねる。
「あ、あの!この駆逐艦、どうなったんですか!?私、降りれなくなっちゃったんですけど……」
するとフェデリコさんも、少し困った顔で応える。
「ああ、緊急発進の命令が下り、皆、一斉に乗り込んだのだ。すでに駆逐艦6190号艦は発進し、現在は地上1万メートル以上まで上昇したところだろう」
「そ、そんな~っ!私、まだ補充作業の途中なんです!司令部に帰らないと、仕事ができませんし、家にも帰れません!」
「仕方がない。いまさら引き返せない。この星に、敵が迫っているのだ」
「ええっ!?ど、どうしよう……」
「私から司令部には連絡しておく。家にも連絡してもらうよう、お願いしておこう」
フェデリコさんはそう私に話してくれた。なんということだ。つまり今日はもう、家には帰れない。
いや、そもそもいつ帰れるんだろう?敵が来たって、どこにいるの?この駆逐艦は、どこに向かっているの?
色々と聞きたいことが頭の中に次々に沸き起こる。だが、フェデリコさんは一言、私につぶやく。
「いや、もしかしたら貴殿が乗ったのは、幸いかもしれない。貴殿が見たというあの未来に、貴殿自身が立ち会うのだ。見ているがいい、私はその未来を、変えてみせる!」
そう一言私に言うと、フェデリコさんは気合を入れながら早足で艦橋に向かっていった。
そして私は一人、取り残された。困った。これからどうしようか。
とりあえず、私にはやることが一つ残っている。艦橋の電球の交換だ。
相変わらず、通路には人が走り回っている。私はその人たちを避けて、艦橋に向かう。
艦橋内に入った。だがそこには大勢の人がいる。皆、ぴりぴりとした雰囲気で何かを叫んでいる。
「高度23000(ふたまんさんぜん)!上昇速力、毎秒240(ふたひゃくよんじゅう)!」
「前方300万キロ以内に障害物なし!進路クリア!」
「僚艦、6181から6189号艦、全艦集結しました!」
「機関出力15パーセント!機関良好!異常なし!」
「各種レーダー、センサー、異常なし!大気圏離脱準備よし!」
「艦隊司令部より暗号入電!『敵艦隊300隻は、地球816から1200万キロの場所に移動せり!座標は、地球816基準で12334、329、4117……』」
何をみんな血相を変えて叫んでいるんだろう?ここは私の知る、いつもの静かな艦橋じゃない。ここは普段、こんなに騒がしい場所だったんだ。
それ以上に私を驚かせたのは、窓の外の風景だった。
暗い。空が暗い。変だな、まだ日は沈んでいないはずだ。なのにもう、空は真っ暗だ。
いや、よく見ると地面の方が明るい。遠くにはうっすらと青白い層のようなものが見える。その下は、茶色いものが見える。
私は台車を置いて、窓の方に駆け寄る。下を見ると、すごい高さにいることがわかった。
ここはもう空の上。帝都と思われるところは、小さくてよく見えない。帝都の周りに広がる森や山、その向こうにある海まで見える。
海がとても青い。そして、その向こうは心なしか曲がって見える。とても美しい光景だが、これは私が司令部や家からずっと遠くに来てしまったことを暗に知らせている風景だ。
窓にへばりついたまま、私は絶望した。ああ、とても遠くにきちゃったんだ。電球を交換したら、私は何をすればいいんだろうか?
だが、艦橋内を見ていると、とても電球を交換しているどころではない。電球の切れてる場所の真下には、すでに誰かがいてモニターをにらみながら何かを叫んでいる。はしごを立てて上に登ろうなんてこと、とてもできる雰囲気ではない。
窓から台車を置いた場所に戻ると、フェデリコさんが声をかけてくる。
「貴殿は8階にある主計科に立ち寄れ。そこがこの艦における、貴殿の職場だ」
「は、はい。わかりました。行ってきます」
フェデリコさんにそう言われたので、私は台車を押してとぼとぼとエレベーターへと向かう。
今頃、リリアーノさんはどう思っているんだろうか?私がいなくなって、仕事増えちゃったかな。申し訳ない気持ちで、いっぱいだ。
それよりも家族の方が心配だ。今日もハンバーグを買って帰ると約束したのに、買いに行けなくなってしまった。弟は悲しむだろうな。
なんだか泣けてきた。家に帰りたい。フェデリコさん以外に知る人がいないこの艦内で、突然寂しさが襲いかかってきた。
と、その時、正面から誰かが声をかけてきた。
「あれ?オルガレッタさんじゃないですか。どうしたんです?こんなところで」
顔を上げると、そこにいたのはキースさんだった。そういえばこの人とは、この6190号艦で出会ったんだった。キースさんもこれに乗っていたんだ。
「あ、キースさん。実は私……」
私は補充作業をしていて、この駆逐艦に取り残されてしまったことを話す。
「ええっ!?じゃあ、何の準備もなしにこの艦に乗っちゃったんですか?」
「はい。とりあえず8階の主計科事務所に行くようにとフェデリコさんが言うので、主計科に向かうところです」
「そうですか。わかりました。私もお付き合いします」
「で、でも、キースさん。今とてもお忙しいのでは……」
「いやあ、パイロットはこういう時、とても暇なんです。忙しいのは艦橋にいる連中と機関科、砲撃科くらいのものですね。私はただ、乗っているだけですよ」
「そうなんですか?では、お願いします」
私はキースさんと共にエレベーターに乗り込む。私はエレベーターの中で、ちらっとキースさんを見る。
ああ、良かった。この親切な方がこの艦内にいてくれた。それだけでも心強い。この人を見ていると、私の胸の奥がホカホカと暖かくなるのを感じた。
8階でエレベーターを降り、キースさんと一緒に通路を歩く。
洗濯室では、あのロボットアームが動き始めていた。せっせと洗濯物をたたんでいる。私は洗濯室のあの不気味な腕が動くところを初めて見た。
食堂にはまだ人がいない。その人気のない食堂の向こう側に、主計科があった。
「あの~……すいませ~ん。司令部主計科の雑用係見習いの、オルガレッタと申しますが……どなたか、いらっしゃいますか?」
「はーい、ちょっと待っててくださーい!今いきまーす!」
その狭い事務所で声を掛ける。すると中から、誰かが応じる。
中から出てきたその人を見て、私は驚く。
「あ、あれ!?アナリタさん、ですよね?」
「あれっ!?なんでここにオルガちゃんがいるの!?」
驚いた私は、アナリタさんに事情を話す。
「……そうだったのね。それで、主計科へ」
「はい……もう司令部には戻れないって言われたので、仕方がないからここにきました」
「そうか。まあいいわ、ここでもやることはいろいろあるし。せっかくだから、ちょっと仕事、していきましょうか」
「はい!お願いします!」
「でもその前に、あなたの部屋をどうにかしないといけないわね。でなきゃ、寝泊りできないし」
「ええっ!?寝泊りって、何日くらい宇宙に出るんですか!?」
「そうね、星域内の敵だから、短くて3日ほどかしら」
「み、3日!?3日間も宇宙にいるんですか!?」
「そりゃそうよ。一旦宇宙に出たら、そう簡単には帰ってこられないわよ」
「ええーっ!?じゃあ私、家族に3日も会えないってことなんですか……」
「仕方がないわね。諦めなさい。じゃあ私、空いている部屋の鍵を探して取ってくるわね」
何ということか。私は3日間も宇宙にいなければならないのか。
アナリタさんの話を聞いて落ち込んでいると、突然艦内放送が入る。
『高度4万メートル!規定高度に到達!これより、大気圏離脱を開始する!』
大気圏離脱って……なんとなくだが、宇宙へ向かうことを言ってるんだろうな、きっと。
だが、何気なく聞いていたその放送の直後。突然、艦内にけたたましい音が鳴り響く。
ゴーッという大きな音と共に、壁や事務所の机の上のものが、ビリビリと揺れ始める。
「えっ!?な、何!?」
音はどんどんと大きくなる。揺れも激しくなってきた。立てないほどのものではないが、なんだかとても怖くなって、私は思わずキースさんにしがみついた。
宇宙に行くのって、こんなにうるさいことなの?普段は静かな駆逐艦しか知らないから、人が大勢いて騒がしいこの駆逐艦の姿に、私は戸惑うばかりだった。
けたたましい音が、私に襲いかかる。が、しばらくするとだんだんその音も小さくなってきた。そして、揺れは収まり、随分と静かになった。
「あの、オルガレッタさん」
「はい」
「……そろそろ、離れてもらっても、大丈夫です?」
「えっ!?あ、はい!」
そういえば、キースさんにしがみついたままだった。しまった。すっかりキースさんに頼ってしまった。私はすぐさまキースさんから離れる。
よく見ると、その様子をにやにやしながらアナリタさんが眺めている。
「ふーん、キース中尉、すっかりオルガちゃんに気に入られちゃってるわねぇ……じゃあ、3人でオルガちゃんの部屋に行きましょうか」
ああ、何だか知らないけど、私はキースさんに迷惑をかけてしまったようだ。
で、そのまま3人でエレベーターに向かって9階に向かおうとする。が、その時、アナリタさんが私に言う。
「ねえ、オルガちゃん」
「はい」
「……まさかその台車も、部屋に持っていくの?」
「へ?あ、でも、置くところないですから」
「いや、ここに置いていけばいいよ」
「はい、でも私、他に何もないですから、連れて行きます」
結局、私はその台車を部屋に連れていくことにした。共にこの駆逐艦に残された仲間同士、どうせなら、一緒に過ごしたい。
というわけで、3人と台車でエレベーターに向かう。一つ上の階なので、すぐについた。
そこは、通路に沿ってずらりと同じ扉が並んでいる。ここは普段、乗員の部屋だと聞かされているところだ。
「ええと、オルガちゃんの部屋は038号室だから……」
ぶつぶつと言いながら、扉の数字を見ながら進む3人。038と書かれた扉の前で止まった。
「じゃあ、しばらくの間、ここがオルガちゃんの部屋ね。はい、これ、鍵」
「あ、ありがとうございます」
「寝る時は、ちゃんと鍵をかけるの忘れないでね!でないと、キース中尉のようないやらしい男が入ってきて、いいようにされちゃうかもしれないわよ!」
「ええっ!?わ、私はそんなことしませんよ!」
「あははは、冗談よ冗談!じゃあキース中尉、あとはお願いね。あ、お風呂だけは私が付き合うから、その時はまた声をかけてちょうだいね」
「はい、分かりました」
「ちなみに私の交代時間は、艦隊標準時で1500、お風呂に入るなら、その時ね」
「あと5時間後ですね。分かりました」
そう言って、アナリタさんはエレベーターの方へと向かった。
「じゃあ、オルガレッタさん」
「はい」
「オルガレッタさんって、この部屋を使うの、初めてですよね」
「そうですね。初めて入ります」
「じゃあちょっとだけ、部屋の使い方を話しておきますね」
私は、さっきアナリタさんからもらった部屋の鍵を渡す。鍵と言っても、それはカードのようだった。
「このカードを、ドアのここに差し込むんです。するとカチャっと音がなるので、それでロック解除です。ドアノブをひねると、開きますよ」
「あ、本当だ、ドアが開いた」
「で、この鍵をここに差し込むんです。すると、部屋の電気がつきます」
壁にある細い穴にそのカードのような鍵を挿し込んだ。すると、部屋の電気がついた。
「部屋は机とベッド、それにテレビがあるだけです。壁には収納場所がありますけど、オルガレッタさんは荷物がないですからね。使うことはないでしょう。寝る時にはここをひねって、鍵をかけてくださいね」
「はい」
「トイレは、この通路の突き当たりにあります。司令部と同じですから、分かりますね」
「はい」
「お風呂はこの9階の奥にあるんです。ここから向かって右側が男性用。左が女性用となっています。アナリタさんが案内してくれるので、分かるでしょう」
「えっ!?お風呂って、男女分かれてるんですか?」
「えっ!?それはどういう……」
「リリアーナさんにも言われたんですけど、やっぱりここは浴場が男女分かれてるんですねぇ」
「いや、普通は分かれているでしょう。一緒だったら、大変なことになりますよ!?」
「でも、帝都の公衆浴場は分かれてませんよ」
「ええっ!?そ、それは本当ですか!?」
なんだかお風呂場の話をすると、会話が噛み合わない。なぜいちいち、男女分かれているのか?私はこれがあまり理解できない。
聞けば、駆逐艦の乗員はほとんどが男だという。ならばなおのこと女用の風呂場など勿体無いのではないか?
だがキースさんによれば、男女分かれているのはもはや宇宙の常識だと言う。いずれこの星もそうなると言われた。そう言うものなのだろうか。
「……お風呂の話はともかく、食事に行きましょうか」
「はい」
「食堂の場所はご存知ですよね」
「はい。8階ですよね」
「そうです。しかも司令部と同じですから、これも分かるとは思います」
と言いながら、私は鍵を抜いて台車を部屋に入れ、キースさんと2人、食堂に向かう。
食堂に着くと、すでに何人もの人がいた。
入り口には、あのメニュー用の大型モニターが置かれている。そこで乗員達は何かを選んでいる。
「さ、もうすぐ戦闘域に入るようなので、早めに食事を済ませましょうか」
「はい、キースさん」
私とキースさんはメニューを選び、トレイを持って奥のカウンターに向かう。
私はピザを頼んだ。キースさんはラザニアだ。食事が出てくるのを待っていると、妙に後ろから視線を感じる。
振り向くと、なぜか皆、私の方をチラチラと見ている。なぜ、私は見られているの?なんだかちょっと、恥ずかしくなる。
その様子を見たキースさんは、私にこう言ってくれた。
「ああ、気にしなくていいですよ。多分、その格好が珍しいんじゃないかな。駆逐艦内にはそういう格好をする人、いないからね」
そういうえば私は普段着である、ベージュのワンピースを着ている。働くようになってから服を新調したが、平民街で暮らす以上、この格好でないとあの街は歩けない。ショッピングモールで買った服は帝都の中で着ると目立つ上に、金目のものを持っていると思われてかえって危ない。だから私は、結局いつものワンピースを着ている。
「でも私、これ以外の服を持っていないんです。どうしましょう?」
「いや、大丈夫です。そのうちみんな、慣れるでしょう」
そうなのかな。でも今はまだ、ちらちらと見られている。気にするなと言われても、気になってしまう。
「やあ、キース中尉。誰だい?この人は」
不意に知らない人が現れて、私のことを見ながら、キースさんに声を掛ける。キースさんは応える。
「ああ、オルガレッタさんという方だ。司令部付き主計科の補充員さんなんだけど、緊急発進で艦内に取り残されちゃってね」
「なんだ、それで見慣れない人がいるなあって思っていたんだ。でもどうしてキース中尉は彼女のこと、知っているんだ?」
「実は3週間ほど前、6190号艦の停泊時に哨戒機のチェックのため乗り込んだ時に、艦内でばったり出会ったんだ」
「へぇ、そうなんだ。いいなぁ、そんな出会いがあって」
その人は、キースさんの横に座る。そして、私に向かって話し出す。
「さて、ご挨拶が遅れました!俺はトニーノ中尉っていいます!歳は24歳で、独身!こいつと同期で、この艦でレーダー担当やってます!で、今は非番なので、戦闘前に食事を取りに来たというところなんですよ!」
「そうですか、私はオルガレッタと申します。ちょっとの間だけ、この駆逐艦でお世話になります。よろしくお願いします」
とてもニコニコとしている人だ。ちょっと笑顔を振りまきすぎな気もするが、きっと明るい人なのだろう。
で、3人で食事をとる。そういえばもう日が暮れている頃だろう。家族は夕食を食べているんだろうか?私は食堂にある時計を見る。
ところがその時計は、10時33分を示していた。あれ?変だな、司令部で昼食を食べたし、とっくに昼を過ぎているはずなんだが。
「キースさん、あの時計、おかしいですよ?」
「ああ、あれね。いや、あれはあれで正しいんだよ」
「えっ!?そうなんですか?でも、もう日が暮れるころのはずでは……」
「あれは、艦隊標準時といって、我々地球122遠征艦隊の共通の時刻なんです。人や場所によって時間がぜんぜん違うから、それを揃えるために使う時計なんですよ」
「ええっ!?そうなんですか?でもどうして……」
「帝都が昼間の時に、同じ星の上でも朝のところもあれば、夜のところもある。この1年でいろいろな国と同盟を結んだから、同じ艦隊でも住む地域によって使う時計が違うんです。でも、艦内ではこの時計にある時間に合わせて行動するんですよ」
「ええっ!?じゃあ、今から朝にしなきゃいけないってことですか?」
「いえいえ、生活時間を変える必要はないですよ。あの時計は、例えば攻撃開始とか集結時間とか、艦隊の行動を決める時に使う共通の時間というだけで、別にあれに合わせて生活をしなくてはいけないわけではないんですよ」
「はあ、そうなんですか。そういうものなんですね……」
分かったような分からないような、そんな説明をキースさんから聞いた。その奇妙な時間の時計を見ながら、私はもしゃもしゃとピザを食べる。
それにしてもピザって、やっぱり美味しいなぁ。特にこの上に載った熱々のチーズが口の中に濃厚な味を届けてくれるので、とても気に入っている。美味しいだけじゃない、食器を使わず食べられるから、とても手軽だ。最近、私のお気に入りの食べ物である。
そして食事を終えて、キースさんと別れて部屋に戻った。
今はもう、夜だろうか……そんなことを考えつつ部屋に入って、ベッドに座った時のことだ。
突然、艦内放送がかかる。
『達する!オルガレッタ殿、至急、艦橋にこられたし!』