#39 遠征
私は今、戦艦ヴィットリオに乗っている。
フェデリコさんを占った結果、この大型の船に乗船することになった。目の前では、連盟軍との戦いが続いている。
「敵艦隊、後退を始めました!」
「艦隊司令部より入電!敵艦隊の追撃戦に入る!全艦、前進せよ!以上です!」
ようやく、敵が逃げ始めた。1時間に及ぶ戦いも、ようやく幕を閉じようとしている。
「さあ、ここからが本当の戦いだ……」
フェデリコさんがそう呟いた次の瞬間、目の前で無数の光の玉が輝き始める……
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私は、ロミーナさんの占いをきっかけに、まるで吹っ切れたように占いを再開する。
昼休みには数人の女性士官を占う。皆、たわいもない光景であったが、そんな光景を見られたことが、私にとっては少し嬉しい。私らしい日常を、ようやく取り戻したのだ。
で、そのことは早速、フェデリコさんに知られる。
「貴殿が占いを再開したと聞いたが、本当か?」
「はい、本当です。ですから、フェデリコさんにしていた、週に一度の定期占いも再開したいと思っております」
「そうか……だが、大丈夫なのか?無理にとは言わないが……」
「いえ、大丈夫です!もう平気ですから」
私のことを心配するフェデリコさんだが、もう私は吹っ切れた。いまさら、占いを封印しようなどとは思わない。
そして、私はその場で久しぶりにフェデリコさんを占うことになった。私はフェデリコさんの右手を取り、目を瞑る。
◇
ここは、戦艦の中だ。今までに二度、訪れたことがある場所。ここは、戦艦ヴィットリオの艦橋だ。
その艦橋の正面にある大きなモニターを見ているようだ。そこには、真っ暗な宇宙空間が映っている。そしてその暗い空間には、無数の青白い光の筋が、光っては消えていくのが見える。
そのモニターの端には、時計が見える。時間は16時22分。
その時計が23分に変わった瞬間、目の前にたくさんの光の玉が現れた。
何だろうか、モニター中がその無数の光の玉に覆われて、前が見えなくなってしまった。艦橋内にいる人々は右往左往し、大騒ぎになっている……
◇
あれが戦闘中の光景だということは、私にもわかった。だが、最後のあの光の正体が何なのか、わからない。私もああいうのをみるのは、初めてだ。
「どうだ、何が見えた?」
フェデリコさんが、心配そうに聞いてくる。私は応える。
「戦艦ヴィットリオの艦橋の中にいました。目の前にあるモニターには、暗い宇宙と無数の青白いビームの光。時間は、16時22分」
「それだけか?」
「その時計が23分に変わった瞬間に、突然、たくさんの光の玉が現れました。モニター中に、びっしりと」
「どんな光の玉だったか?」
「はい、少し黄色味がかった白い玉でした。それが、前が見えなくなるほどたくさん」
「うーん、妙だな。ビームの攻撃を受けたにしては、奇妙な光景だ」
フェデリコさんは少しの間、考え込む。
「で、艦橋の様子はどうだったか?」
「光の玉が現れた瞬間、何人かが立ち上がって、モニターの前に駆け寄ったり、あるいはフェデリコさんの方に駆けつけたりしていました。かなり慌てていた様子です」
「うむ、そうか。ということはその光、味方が仕掛けたものではなさそうだな……」
占いが終わり、左官室を後にする。私と入れ違いで、母が入っていく。
「あら、占いは終わったの?」
「うん」
「どうだったの?」
「うん、それが……戦闘の光景だったんだけど、ちょっと妙な光景だったから、フェデリコさん、考え込んじゃって……」
「そう。でも、それがあの人の仕事だから、しょうがないわね」
そういって母は、佐官室へと入っていった。
少し気になるが、とにかく私はやれることをやった。あとは、フェデリコさん次第だ。
佐官室から主計科の事務所に戻ると、リリアーノさんやガエルさん、それにリーゼロッテさんにエリーザさんも久しぶりに占う。
皆、たわいもない内容ばかりだ。リリアーノさんは相変わらずマルティーノ少佐とのいちゃいちゃしたところが現れるし、リーゼロッテさんは最近始めたというショッピングモールの食材巡りで、美味しい物に当たった時の光景。そして、エリーザさんは何か面白い噂を手に入れたらしい光景が見えた。
ガエルさんだが、あのドナテッロさんとの夜の情事が見えてしまった。私にはあのドナテッロさんの容姿をあまり好きにはなれないが、この光景を見る限り、ガエルさんはベタ惚れのようだ。その光景の中で、何度もドナテッロさんに抱きついている。この占いの内容は、後でこっそりガエルさんに伝える。
なお、ヒルデガルドさんにも一応、声をかけてはみたのだが……
「私があなたの占いを快く思っていないことは、承知しているのでしょう!?あなた、首絞められたいんですか!?」
と言われて拒否される。私はあの酷い記憶を乗り越えて、占いを再開することができたが、ヒルデガルドさんはまだあの事件のことを引きずっているようだ。
「……でもまあ、良かったですわね。あなたが占いをしないなんて、チーズのないピザのようなものですわ」
彼女なりに私を心配してくれていたのか、それともただ私をピザ呼ばわりしたかったのかはわからないが、ヒルデガルドさんが私にボソッと呟く。
こうして静かに再開した占いだが、その翌日、私は駆逐艦6190号艦に乗り込むことになる。
早速、連盟軍が攻めて来ているそうだ。このままでいくと、私達の星である地球816から12光年離れた、白色矮星と呼ばれる星で出会うらしい。そこでこの司令部にも、緊急発進がかかる。
で、どうして私がそれに付き合う必要があるのか……占いの結果を見定めるためだという理由で、私はフェデリコさんに連れ出される。
「いやあ、私は嬉しいなぁ。ほら、いつも宇宙に出るときはオルガレッタさんとしばらくお別れだから、いつも寂しいんだよ」
「そうですね、キースさん。でも私、すぐに戦艦ヴィットリオに乗り換えることになってるんです」
「……えっ!?そ、そうなの?」
戦艦ヴィットリオと合流するまでの間だけ、私とキースさんは同じ船でその戦場へと向かうことになった。
で、私はキースさんの部屋で、あの占いの話をする。
「……ふうん、そうなんだ。光の玉か」
「キースさん、なんのことだか分かる?」
「眩光弾のことかな」
「げんこうだん?」
「艦隊が戦場を離脱したい時に、敵の目を一時的に眩ませる兵器のことだよ。ものすごい大きな光の玉を発生させて、その光と強烈な雑電波によってレーダーも光学探知も無効化するんだ」
「へえ、そんなものがあるんだ。でもフェデリコさん、私の見た艦橋の様子を聞いて、味方が仕掛けたものじゃなさそうだって言ってたよ」
「そうなんだ。じゃあ一体なんだろう?」
キースさんにも分からないようだ。ちなみに眩光弾は我々連合側にしかない兵器らしく、敵が使うことはないそうだ。
なんだか悶々としたまま、私はキースさんと別れて戦艦ヴィットリオに乗り込む。艦橋近くのドックから発進する駆逐艦6190号艦を見送りつつ、フェデリコさんについて艦橋へと向かう。
「ねえ、フェデリコさん」
「なんだ」
「今度の戦いは、どうなんですか?危ないんです?」
「貴殿の占いがなければ、かなり危なかった。だが、今は大丈夫だ」
「へ?そうなんです?」
「といっても、戦闘は避けられない。終盤が勝負だろう」
相変わらず、この人が何を言っているのか分からない。フェデリコさんって多分、頭はいいんだろうけど、こういう不可解なところがあるな。母は、そういうところが好きだと言ってたけど……私はキースさんのように、丁寧で分かりやすい人の方が好きだ。
で、艦橋に着く。が、相変わらずここは騒がしい。
「ワームホール帯まで、あと3000!」
「ワープ準備!各部、最終確認!」
「機関よし!各種センサーよし!進路上に障害物なし!ワープ準備、完了!」
相変わらず大きな声で号令を掛け合っている。で、どうやらこれから、ワープというものを行うらしい。とんでもなく遠くの場所まで、一気に跳躍する方法だと聞いているが、私は今回、それを初めて経験する。
そのワープによって、一気に12光年という距離を進んで白色矮星というところに到達する。光の速さで12年もかかる距離を一気に進むそうなのだが、ところで光ってどれくらいの速さなんだろう?すごく速いっていうから、キースさんの哨戒機くらいだろうか?
「まもなく、ワープに入ります!10……9……8……7……」
などと考えていると、カウントダウンが始まった。じわじわと数字を読み上げられると、少しどきどきしてしまう。ところで、0になった瞬間に、一体何が起こるのだろう?フェデリコさんを始め、艦橋にいる皆は冷静に突っ立っているが、大気圏脱出のあの喧騒の中でも冷静にしていられる人達だ。今度も何か、起きるのだろう。私は耳を塞いで、腰を落として構える。
「……3……2……1……ワープ!」
オペレーターの人がワープと叫んだ瞬間、目の前のモニターに映っていた星が消えて、真っ暗になった。
が、数秒ですぐにモニターに無数の星が現われる。その中央には、大きな白っぽい星が見える。
「ワープ成功!第11432白色矮星域に到達!」
あれ……?これだけ?地球のあの薄っぺらい大気を通り抜けるのに、いつもけたたましい音を立てるのに、12光年というとっても長い距離を進むことが、こんなにあっさりと終わっちゃうの?
せっかく構えていたのに、なんだか拍子抜けだ。
だが、ワープ直後から急に艦橋内は騒がしくなる。
「レーダーに感!距離1200万キロ!艦影多数!」
「光学探知!艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!」
「司令部より入電!敵艦隊捕捉!数、およそ1万!接触まで、あと5時間!艦隊、横陣形に移行!」
「警報発令!艦内哨戒、第一配備!」
「了解!警報発令します!艦内哨戒、第一配備!」
ウォーンというけたたましい音が鳴り響く。艦橋内では、慌ただしく人が動く。
フェデリコさんはというと、そんな状況でも黙って突っ立っている。が、不意に後ろに歩き出し、アルデマーニ中将の前にある大きな机の前に向かった。私もそれについていく。
その机、普段は真っ黒だが、今は何かが映っている。フェデリコさんがその机の上を指しながら、集まった人達に何かを話している。
「5時間後の予想陣形だ。互いに横陣形で対峙し、射程ぎりぎりの30万キロで撃ち合うという通常戦闘を行うことになるだろう。特に、これといって特別な作戦はない。各艦は通常砲撃にて戦闘に当たるよう、下令せよ」
「はっ!」
「ああ、そうだ。各艦にある指向性重力子装置を準備しておくよう、加えて命ずる」
「はっ!……って、何ですか、その指向性重力子装置というのは?」
「ここ最近は使われていないが、駆逐艦の重力子エンジンの横に付いている装置だ。各艦、これをいつでも発動できるよう、備えよ」
「はっ!承知しました!」
幕僚の1人がフェデリコさんの指示を聞いて、下に降りていく。通信士さんのいるところに向かったようだ。
「ここはしばらく、動きはない。貴殿の占いによれば、あと約7時間後にあの光景が起きることになっている。その1時間ほど前に、ここに戻ってくればいい。それまでは、下にある街で食事でもしていてくれ」
「は、はい」
フェデリコさんが私に言う。時計を見ると、9時31分と表示されている。
ええと、これは艦隊標準時で、確か帝都の時間は7時間進んでいるから……今、帝都は17時半か。
ということは、6時間後は帝都の時間で23時ってことになる。真夜中じゃん。そんな時間まで私、起きてなきゃいけないの?
下に向かうエレベーターに乗りながら、私は少し憂鬱になる。うう……だいたいなんで、私が戦場まで来なきゃいけないんだろうか?
で、エレベーターを降りると、ホテルのロビーに出る。すぐ脇には窓があって、戦艦ヴィットリオの街を見渡せる。
ここは街の地上から高さ150メートルのところ。400メートル四方の4層からなる街が眼下に広がる。戦闘前だと言うのに、ここはいつも通りのようだ。
私はホテルの一室に荷物を置いた後、街に出た。ここの2層目にある大きなピザ屋が、私お気に入りの店だ。私はそのピザ屋に向かう。
ああ、せめてキースさんと一緒なら良かったのに……そんなことを考えながら、私は街を歩いていた。
が、街に入ると、以前とは様子が違うことに気づく。明らかに人が少ない。そういえば今、戦闘直前だから、ここには軍人さんはほとんどいないんだ。
お気に入りのピザ屋も閉まっていた。店の多くは、シャッターが下りている。とはいえ、ところどころ開いている店があって、2層目で見つけた小さなピザ屋に入ることにした。
私はそこで、マルゲリータというピザを頼んだ。目の前でピザを作る店主。ミニトマトにバジルの葉を散らして、その上からチーズを巻いている。
店の奥にはテレビがある。今は戦闘前のため、ずっと陣形図が表示されている。
「まったく、戦闘のおかげで、お客さんが来やしない。さっさと終わらせてほしいものだぜ」
ピザを作りながら、店主がぼやく。
「他のお店は、閉まってるところが多いですよね」
「ああ、戦闘だっていうんで、みんなビビってるんだよ。こんな時こそ、店を開けて景気よくやらなきゃダメだってもんだ。だらしねえったらありゃしない」
変わったピザ屋だ。別にピザ屋が一軒、戦闘中に店を開けたところで、何かが変わるというものでもないだろうに。
「俺は元軍人だからよ。たとえ戦艦ヴィットリオが被弾したって、店を開けてやるぜ」
「へぇ~っ、頼もしいですね」
「おうよ!そこらのピザ屋たあわけが違うんだ!ところで嬢ちゃん、あんたのその格好はなんなのだ?」
そういえば私、雑用係のあのピンク色で大きなリボンの付いたあの制服を着ている。確かに、ここでは目立つ。
「ええと、私、帝都ラーテルブルクの宇宙港にある艦隊司令部で雑用係をしてるんです」
「へぇ、司令部付きなのかい。それがどうして、そんな派手な格好になるんだい?」
「これが、その雑用係の制服なんです」
「ああ、なるほど、仕事着なのか。しかし、随分と派手だねえ」
「あはは、よく言われます」
焼きあがったピザをもらい、そのままカウンターで食べる。
「ところで嬢ちゃんは、こっちの星の人かい?」
「ええ、ほうでふよ!ほっひのひほでふ!」
「そうかい。で、わざわざ戦艦に?」
「……はい、占いをやったら、ここに来ることになっちゃって……」
「えっ!?占いだって!?」
店主は私の顔をじろじろと見る。
「嬢ちゃん、もしかして、この星で有名な占い師のオルガレッタさんじゃねえか!?」
「はい、そうですが」
「おお!やっぱり!どっかで見た顔だと思っていたよ!」
「へ?どこかでお会いしました?」
「いや、あんた有名だから、あちこちに出てるよ!ほれ、例えばこの雑誌」
そう言って店主は、薄い本を見せてくれた。そこには、あのベージュの服を着ていた頃の私が映っている。
ああ、この服、あの拷問の時に破られたやつだ。今はもう制服以外はショッピングモールで買った服しか着てないから、この姿はもうしていないんだよね。
でも、どうしてこんなところまで私の姿が広まっているんだろう?
「何ですか、この本は?」
「ああ、戦艦内で売られてる雑誌さ。これは、少し古い雑誌だけどな。ええと、なになに?『占い師、オルガレッタ嬢、悪徳宰相に拷問を受けるも、信念を曲げることなく処刑台へ。だが司令部の決死の救出作戦により、無事生還!』だって!へぇ~っ、嬢ちゃん、見た目はひ弱そうだけど、案外たくましいんだな!」
「ええ~っ!そんなこと書いてあるんですかぁ!?」
なんだこの本は。勝手に私の姿を載せた上に、随分といい加減なことが書いてある。でも、こんな宇宙の片隅にまで、私のことが伝わっていたのか。
「うわぁーん、恥ずかしいぃーっ!もう思い出したくないのにぃーっ!」
私はつい、叫んでしまった。
「まあ、泣くなよ。人生には嫌な思い出の一つや二つ、あるのが当然なんだから、気にするこたあねえよ。それより嬢ちゃん!こんなところで会えたのも何かの縁だ、ピザを一枚、奢ってやるよ!」
「えっ!?ピザ一枚、くれるの!?」
「ああ、この店特製、スペシャル・ピザを作ってやるよ!待ってな!」
「はい!待ってます!」
嫌な思い出をほじくり返されたものの、このピザ屋の店主はピザを一枚奢ってくれるという。それを聞いて、私はさっきまでの嫌な気分が一気に吹っ飛ぶ。
店主がピザを作る。バジルにピーマン、ポテトにベーコン、エビやカニにソーセージ……この店主は、なんと8種類のピザを一枚の中に作り上げた。
焼きあがると、それを8等分に切ってくれる店主。皿の上に広がる、バラエティーに富んだピザ。こんなピザをいただくのは、初めて。
「どうせ今日は暇だからな、手の込んだものを作ってみたぜ!気に入ったかい?」
「はい!気に入りました!こんな色とりどりのピザは初めてです!」
私は早速、口にする。さっきも食べたマルゲリータ風なところから手を出して、シーフード、ビーフカルビ……などなど8種類をあっという間に食べる。
「うーん、美味しいっ!」
「いい食べっぷりだなあ、嬢ちゃん」
「はい、あまりに美味しくて……」
そのピザを食べ終えた直後のことだ。艦内に突如、ウォーンという警報音が鳴り響く。そして、艦内放送が入る。
『全住民にお知らせ致します!たった今、第11432白色矮星域において、連盟軍との戦闘が開始されました!』
私が小さなピザ屋でスペシャル・ピザを堪能していたら、ついに連盟軍との戦闘が開始された。




