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#38 治癒

 私の通院は、まだ続いている。

 もうすっかり傷もなくなって、以前と同じように仕事をしており、一見するとすっかり完治した私だが、ひとつだけまだ治らないものがある。

 それは、心の傷とでも言うのだろうか。平静さを保つ私だが、依然としてあの時の出来事を、心の中では引きずっている。


 その証拠に、私は未だ占いを再開していない。そして、今でも時々、あの拷問の光景が夢の中に出てくるのだ。


「うーん、そうですねぇ……時が解決するのを待つしかないでしょう」

「はあ、そうですか」

「仕事は順調にこなせているようですから、生活に支障があるわけではないですし。占いをしたくないというのであれば、わざわざする必要もないことですから、なにも気にしなくてもいいですよ」


 医師は気軽に言うが、私は少し引っかかっている。

 フェデリコさんによれば、私のこの占いの力は、どうやらこの宇宙でも私くらいしかないらしい。それほど希少な特技を、私は今、自ら封印している。

 だがそれは、私自身を否定することにつながる。そのことに、心を痛めないわけがない。

 しかし私は、あの日以来、占いを封印し続けている。どうしても占いを再開する気にはなれないのだ。


 さて、私は病院で、ある少女に出会った。娘の名はロミーナ。12歳。

 随分と長く入院しているその女の子は、地球(アース)122出身で、親とともにこの星にやってきたのだという。

 あの傷で1週間入院している時に知り合ったのだが、私よりもずっと前に入院し、私の退院後もまだ入院し続けている。

 元々身体が弱い娘のようだが、風邪をひいたのをきっかけにこの病院に居続けている。


「あ~あ、私も外に行きたいなぁ」


 通院の帰りに、私はロミーナさんの病室に立ち寄ったのだが、私と会うや否や、いつものぼやきを聞かされる。


「ねえ、オルガレッタさん。私が退院できるかどうか、占ってよ!」

「ええとね……まだ私、占いの力が戻らなくて……」

「そうなんだ~、残念!じゃあ、力が戻ったら、絶対占ってね!」


 嘘をつかないことが信条だったはずの私は、このところ頻繁に嘘をつくようになった。それだけ、心が汚れちゃったのだろう。自分でも分かる。

 もう元には戻れないのかな。私はこのままずっと占いもせず、彼女に嘘をつき続けることになるのだろうか?

 私はしばらくロミーナさんと話し、病室を出る。廊下を歩き、エレベーターへと向かう私は、不意に呼び止められる。

 私を呼んだのは、ロミーナさんのお母さんだった。


「あの、オルガレッタさん」

「はい、何でしょう?」


 どうやら私に話があるようだったので、エレベーター横の談話室へと向かう。

 が、お母さん、談話室の椅子に座るや否や、泣き出してしまう。


「ちょ……ちょっと!ロミーナさんのお母さん!?どうしたんですか!」

「うう……ごめんなさい。どうすればいいか、分からなくなって……」

「何かあったんですか?私でよければ、話してください!」

「はい……実はロミーナの命は、もってあとひと月だと言われたんです……」

「ええーっ!ひ、ひと月!?」


 あまりに急な話だ。たった今まで話をしたあの娘が、あとひと月しか生きられない!?私にはとても、信じられない。

 が、お母さんは話を続ける。


「ですが、ひとつだけ、助かる方法があると言われたんです」

「ええっ!そうなんですか!?どうすればいいんですか!?」

「ある手術をすればいいんです。まだ地球(アース)001で生み出されたばかりの手術法、でも、うまくいけば娘は完治するそうなんです」

「それはすごいじゃないですか!じゃあすぐにでも……」

「ところが、絶対うまくいくわけではないんです。成功する確率が……70パーセントだと……」

「ええっ!?な、70パーセント!?」


 70パーセントという数字、決して低い確率ではない。むしろ、それだけあるなら、手術を受けるべき価値は十分あると、私も思う。

 だが一方で、失敗する確率も30パーセントある。これも低い確率と割り切れるほどの数字ではない。お母さんがこの話に躊躇してしまうのも当然だ。

 決断をするには、あまりに心許ない数字だ。だが、手術を受けなければ、確実な死が待っていると言う。選択の余地など、ない。

 だがその決断は、今日しなければならないと言うのだ。明日にはその手術を受けなければ、手遅れになるかもしれないと言われたらしい。


「受けるしかないってことは、分かってるんです。でも、それをどう娘に言うべきか……絶対に助かるとは言えない手術。多分、大丈夫だと分かっていても、とても娘に大丈夫だと言い切れないから、怖くて話せないんです。時間はないし、私もう、どうすればいいのか……」


 お母さんは再び泣き出してしまった。このお母さんの気持ち、私にも分かる。もしこれが私の母や弟、それにキースさんだったら……失敗の可能性が中途半端に高いことが、かえってこのお母さんの決断を惑わしている。


「分かりました!じゃあ、私が代わりに話してきます!」

「……えっ!?でも……」

「大丈夫です!任せて下さい!」

「……そういえばオルガレッタさんは、処刑前の皇女様を励まされたこともあったんですよね。おかげで皇女様は、命を救われたと感謝しているという話でしたよね。では、オルガレッタさん、ぜひお願いします。あなたに全て、おまかせします」


 私もすっかり嘘をつくのが上手くなったものだと実感する。何が任せて下さいだ、今、私は何の考えもなしにロミーナさんのお母さんに自信満々に言い切ってしまった。

 ただ、このままではいたずらに時間が過ぎるばかりだ。打開するしかない。そう思ったから、お母さんにロミーナさんの説得を願い出てしまった。

 そして、私はお母さんと別れて、ロミーナさんの病室に向かう。

 その病室の入り口の、白い引き戸の前に立つ。

 うーっ……まず、なんて話そうか。何も考えずに来てしまった。貴族に会うわけでもないのに、変な汗が出る。

 だが、ここで時間をかけるわけにはいかない。私は思い切って、その引き戸を開ける。


「……あれ?オルガレッタさん、どうしたの?」


 ベッドの上で本を読んでいたロミーナさん。突然現れた私を見て、驚いて目をパチパチしている。


「ごめん!」


 開口一発、私は謝る。


「どうしたの?なんで、オルガレッタさんが私に謝るの?」


 たいした意味はない。だが、大事な話をする前に、やはり今までのことを整理せずにはおられないと思った。


「私、あなたに嘘ついてた!だから、ごめんなさい!」

「えっ!?なに、嘘って!?」

「私、占いが出来なくなったって言ってたけど、多分もうできるはずなの。だけど、怖くてやらなかっただけなのよ」

「怖いって……なにが怖いの?」

「私ね……ある人を占ったおかげで、とても酷い拷問受けたの。殺されそうになるし、思い出したくないことばかり続いて……それで私、占いをするのが怖くなったの」

「そ、そうだったんだ……でも、怖くて当たり前だよね。死にかけたんでしょ?だったら、なおさらだよ」

「でも私、死んだお父さんの言葉を守らなかった。嘘をつくくらいなら、死んだほうがマシだって、お父さん言ってた。だけど私、このところずっと嘘ついてた。ほんと、死んだほうがマシだよね」


 なぜか私は泣けてきてしまった。説得しにきたはずなのに、説得相手から慰められる私。


「いいよ。でもオルガレッタさん、正直に話してくれたんだもん。それでいいよ」

「うう……ロミーナさぁ~ん……」


 ああ、もう、何しにここにきたんだろう?泣きだす私を、ロミーナさんが頭を撫でてなだめている。


「だから私、ロミーナさんにもう嘘をつかないって決めたの!どんなことでも、正直に話すって」

「うん、分かった。じゃあ、オルガレッタさんのこと、信じるよ」

「それでね、ロミーナさんに話しがあるの」

「えっ!?私に?」

「これから話すこと、多分、とても怖いことかもしれない。だからロミーナさんのお母さんは、怖くて話せないから、私が代わりに話すことにしたの」

「……なんのこと?」

「あなたの病気のこと。このままだとロミーナさん、死んじゃうかもしれない。もってあと、ひと月だって」


 ロミーナさんの顔が一瞬、暗くなる。何の前触れもなく告げられた自分の命の期限に、衝撃を隠せないようだ。


「でもでも!ひとつだけ助かる方法があって、それを受け入れるかどうかを今日、今すぐにでも決めなきゃいけないんだって!」

「そ、そうなんだ。でもそれなら私、受け入れるしかないんじゃない?」

「その方法っていうのは、ある手術を受けることなんだって。その手術を明日にでも受ければ、間に合うって!」

「なんだ、じゃあ私……」

「でもその手術、成功するのは70パーセントだって言うの。多分、大丈夫なんだけど、ほんの少し、危険を伴うの!だからお母さん、怖くてロミーナさんにこのことを話せないの!」

「そ、そうなんだ……つまり、30パーセントの確率で私、死んじゃうんだ」


 できればもう少し、この確率を上げられなかったのか?10回のうちに3回失敗する確率なんて、いくら成功する方が多いと言っても、たった一つの命を預けるにはあまりに心もとない数字だ。30パーセント死ぬと言われれば、たじろいでしまうのが当然だ。ましてや、相手は12歳の女の子。これだけ進んだ地球(アース)122の技がありながら、なんだってこんな中途半端な数字しか出せないのだろう?

 だが、ロミーナさんは決断する。


「ありがとう。でも、どう考えても私、その手術、受けるしかないよね。今決めなきゃ結局死ぬんだから、受けるしかないんだよね!」

「ロミーナさん……」

「だけどね、ひとつ、条件があるの」

「な、なに?条件って」

「オルガレッタさんが、私のことを占う。それが条件」


 彼女は突然、今の私には酷な条件を突きつけてきた。私は一瞬たじろぐ。だけど、ロミーナさんは自分の命のかかった賭けに手を出すんだ。私も、受けなきゃダメだろう、この申し出を。


「分かった。でも、どんな光景が出てきても私、正直にロミーナさんに話しちゃうよ。それでいい?」

「うん、いいよ。その方がいい」

「じゃあ早速、あなたのこと占うわ。手を出してくれる?」


 あの悪徳宰相を占って以来、何週間ぶりかの占いだ。私は今、自ら封印していたこの力を発揮することに決めた。

 私は、ロミーナさんの手を握る。そして、目を閉じた。


 ◇


 ここは、外だ。

 青空が見える。どうやら、車椅子に乗って外に出ているようだ。

 いや、青いのは、空だけではない。

 病院の脇の、花壇のような場所。そこには、たくさんの小さな青い花がたくさん咲いている。

 それほど広くはない花壇に何の変哲も無い小さな青い花、その花壇一面に咲くこの花は、春の風に吹かれて揺れている。


 ◇


 私は、目を開ける。少し心配そうな顔をして見つめるロミーナさんが見えた。


「どうだった?何が見えた?」

「……空のように青くて、小さな花が、たくさん咲いていたの」

「えっ!?青い花?」

「なんていうか、これくらいの花で、花びらが青くて真ん中が白い、背の低い花がたくさん咲いていたわ。まるで、青空のようだった」


 こうして話すと、実にたわいもない光景だ。どうしてこんなたわいもない光景が出てきたのかは分からない。だが、ロミーナさんは呟く。


「それ多分、ネモフィラって花だよ」

「ネモフィラ?なにそれ?」

「春先に咲く、小さくて青い花。そうなんだ、この星にも、あるんだ……」


 しばらく考え込むロミーナさん。そして、私の方を向く。


「ありがとう。なんだか、すっきりした。じゃあ私、約束通り、その手術受けるね」

「ロミーナさん……」

「手術終わったら、また私を占ってね。約束だよ」

「うん、分かった。約束する」


 私は手を振り、ロミーナさんの病室を出た。そして、談話室で待つお母さんにロミーナさんのこの決断を伝えて、私は家路につく。

 そして翌日。私は駆逐艦の補充作業をしながら、ロミーナさんのことを考えていた。そろそろ手術、始まってるかな。

 昼休みに、リリアーノさんにロミーナさんの話をする。


「……で、今日、その手術を受けてるんです、そのロミーナさん」

「ふうん、そうなんだ。で、オルガちゃんはそのロミーナさんの占いに出てきた、ネモフィラの花がたくさん咲いている光景を見たのか……」

「はい。何のたわいもない光景だったのに、ロミーナさんは満足してくれました」

「そりゃあ、満足するでしょう」

「へ?そうなんですか?」

「青空の元に出られたってことは、要するにその手術が成功したってことでしょう?だって今日はもう手術を受けてるんだから、失敗してたら青空なんて見られないわよ」

「ああ、そうですね。確かに」

「それに、オルガちゃんが見たのがネモフィラの花というのが、ミソね」

「はい、青い空のような花でした。昨日の帰りに病院の花壇を見たのですが、たくさん咲いてましたね」

「その花が見えたっていうことが、とっても縁起がいいことだったのよ」

「えっ!?そうなんですか?」

「ネモフィラの花言葉は、『どこでも成功』って言うの。手術を目前にそんな花がたくさん見えたなんて、縁起がいいことだとは思わない?」


 私はリリアーノさんの言葉にハッとする。ああ、だからロミーナさんは私の占いに満足したんだ。そんな意味のある花だなんて、今の今まで知らなかった。

 リリアーノさんによれば、この花は地球(アース)122で流行っているそうで、だからこそ花言葉もよく知られてるし、病院にも植えられている。もちろん、ロミーナさんもその花の意味を知っていたのだろうと、リリアーノさんは言っていた。


 そして、その翌日。私は、病院に向かう。手術に成功した、ロミーナさんに会うためだ。

 私はロミーナさんから、昨日のうちにメールをもらっていた。手術は短時間で終わったようで、その日の夕方にはもうロミーナさんは目を覚ましたようだ。

 病院の前に来ると、車椅子に乗って手を振るロミーナさんが見える。後ろには、ロミーナさんのお母さんもいる。

 そしてその後ろには、たくさんのネモフィラの花が咲いている。

 私は、もう二度と占いなんてできないと思っていた。だが、治らないと思っていた私の心の病と、ロミーナさんの病気とが同時に治ってしまった。

 2人の不治の病を克服させてくれたこの青い花は、爽やかな春の風に揺れていた。

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