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#35 病院

 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 私は、目を開く。

 目の前には白い天井が見える。私はそこで、柔らかいベッドの上で、柔らかな布団をかけて寝ている。

 辺りを見回す。見たことのない部屋だ。ここは一体、どこだろう?

 腕には、細い管のようなもの付いている。その先には、水のようなものが入った透明な液体と、見たこともない機械が取り付けられている。

 私はといえば、水色の服を着ている。上下一体の、なんというか、ただ羽織っただけの服。簡単にめくれる。私は胸のあたりをめくってみると、たくさんの白いものが身体のあちこちにべたべたと貼り付けられている。


「あら、気づいたようね」


 部屋に誰かが入ってきた。私のベッドの横に来たのは、母だった。


「あれ、お母さん……?ここは、どこ?私、どれくらい寝ていた?」

「ここは宇宙港の横にある病院、あなたがここに運ばれてから、そうね……もう5時間くらい経つわ」

「ご、5時間!?じゃあ、何日も経っているわけじゃないんだ……」

「昨日の夜から大変だったのよ。あなた、キースさんのところはおろか、街中どこを探してもいないから。門の外に行ったことはすぐに確認できたけど、それっきり帰ってこないというんで、すぐに司令部が動いたの」

「ああ、そうだったんだ……でもお母さん、私、昨日ね……」

「いいのよ、昨日のことは。思い出したくないことでしょうし。とにかく、ゆっくり寝てなさい」

「うん……ところでお母さん。この細い管のようなもの、なに?」

「点滴っていうんだって。それで痛みを和らげる薬や、水分や栄養を送り込んでいるから、しばらくつけていなさいって」

「そうなんだ……」

「別に、それをつけたまま歩いてもいいらしいわよ。だけどあなた、まだ動けそうにないわよね」

「うん、身体中がまだ痛い」

「ここに来た時は、全身傷だらけだったから、大変だったわよ。で、傷の一つ一つに、白いものがたくさん貼ってあるでしょう。あれをつけていれば、1週間もすると治るんだって」


 どうやら私は、病院というところにいるらしい。母によれば、1週間はここにいることになりそうだという。


「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「フェデリコさんやキースさん、他の人はどうしているの?」

「みんな司令部で大忙しよ。帝都の上空に300隻もの船を呼んじゃったでしょう。だから、帝都中の貴族達や豪商達から司令部に問い合わせがたくさん来ていてね。その対応に、てんてこ舞いしてるわ」

「お母さんはいかなくてもいいの?みんな、忙しいんじゃ……」

「私はあなたを看るのが仕事。誰かあなたの知っている人がいないと、あなた不安になっちゃうでしょう」

「そうなんだ……皆さんに、迷惑かけちゃったな」

「いいわよ、そんなこと。あとでその分、お返ししなさい」

「うん、分かった」


 私はベッドに横になる。昨日の夜から、本当に色々とあった。思い出したくないことも、たくさんある。

 目を閉じると、どうしてもその思い出したくないことが脳裏をよぎってしまう。私は母に言った。


「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「私、少し歩きたい」

「大丈夫?」

「うん、寝てるとね、どうしても昨日のこと思い出しちゃうの」

「そう。じゃあ、ちょっと待ってて」


 母は、ベッドの上にあるボタンのついたものを持ち、そのボタンを押した。しばらくすると、真っ白な服を着た女性が現れる。


「どうしましたか?」

「あのですね、娘が少し、歩きたいというのですが……」

「わかりました。ちょっと待ってくださいね」


 その白衣の女性は、一旦部屋を出る。そして、からからと車のついた杖のようなものを引いてきた。

 白衣の女性は、それに点滴と機械を取り付ける。そして、私に言った。


「では、オルガレッタさん、ゆっくり両足をこっちに向けてください」


 私は、白衣の女性に言われた通りベッドの脇に足を向ける。足を下ろすとそこにはスリッパがあり、その女性はスリッパを履かせてくれた。私は、ベッドの下に降りる。

 酔いはもうほとんど醒めていた。点滴に入っている痛み止めのおかげか、少しぼーっとしているものの、立ち上がっても痛みがほとんどなく、足にも力が入る。


「ではオルガレッタさん。この点滴を手で押しながら、歩いて行ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「また何かありましたら、ナースコールを押してください」


 そういうとその白衣の女性は部屋から出て行った。ああ、そうだ、そういえば駆逐艦の医療室にもいたけど、ああいう服を着た人を看護婦というんだ。


「じゃあ、オルガレッタ、どこに行きたい?」

「うーん、どこと言われても、何があるのかわからないし……」

「そうよね。じゃあ、お母さんが少し、案内するわね」


 私は立ち上がり、母と一緒にその部屋を出た。

 廊下には、同じような扉が並ぶ。その横にはカーテンがあり、診療室と書かれた場所も見える。ああ、この雰囲気、まさにこれは駆逐艦の医務室だ。病院とは、あれの大きいやつなんだと実感する。

 廊下を歩くと、看護婦さんが数人集まった場所が見える。その脇にある大きなガラス扉を抜けて、外の広い通路へと出ることができる。

 その広い通路に出ると、横にひらけた部屋が見える。ここは談話室というらしい。入院している患者と家族らが話をする場所のようだ。私はそこに入る。

 自動販売機が並んでいる。ここはジュースを買えるようだ。それを見て私は、ふと思い出した。


「ああ、そうだ。お母さん、私、身分証カードもスマホも、全部なくしちゃった……」

「それならもうあるわ。帝都の平民街に捨てられていたところを、昨日発見したの。そこであなたが、3人の男に連れ去られたって発覚したのよ」

「そ、そうだったんだ……なんだ、私よりも先に見つかっていたんだね」


 私は電子マネーの入った身分証のカードを受け取る。それを自販機に当てて、オレンジジュースを買った。

 そういえば昨日から、何もろくなものを口にしていない。あの時、飲まされたワインだけだ。1日ぶりに口にするまともな飲食物が、このオレンジジュース。何の変哲もないこのジュースが、今はとても美味しく感じる。

 私がジュースを飲んでいると、ずかずかとこっちに歩いてくる人物がいる。


「オルガちゃん!こんなところにいて、大丈夫なの!?」


 リリアーノさんだ。訪ねてきてくれたんだ。


「リリアーノさん、私のためにわざわざきてくれたんですか?」

「あったりまえじゃないの!だってオルガちゃん、あの監獄でめっためたに切り刻まれて、危うくローストチキンにされるところだったって聞いたわよ!」


 誰だ、そんなことを言ったのは?考えられるのはヒルデガルドさんだが、彼女はそんなことを言わないだろう。おそらく、ガエルさん、リーゼロッテさんに伝わった後に、リリアーノさんの耳に入ったのではなかろうか。


「めっためたには切られてませんてば。ところで私、1週間はここにいなきゃいけないらしいんです。ごめんなさい、仕事滞っちゃって」

「いいわよ、そんなの気にしなくても。私もいれば、ガエルちゃんにヒルデちゃん、リーゼロッテちゃんもいるのよ。あとね、もう一人加わることになったのよ」

「えっ!?もしかしてまた、奴隷市場で……」

「違うわよ!ちゃんと求人出してるわよ!で、その娘ね、オルガちゃんに憧れて入ってきちゃったの!昨日、突然司令部に現れて、オルガちゃんのいる帝国最強の雑用係の一員になりたいって、わざわざご指名でやってきたのよ!で、明日から司令部で働くことになっているわ」

「そ、そうだったんですか。でも、なんだって帝国最強の雑用係だなんて……私、そんなこと言ってましたっけ?」

「何言ってるのよ。帝都中で大騒ぎしてるわよ。オルガちゃん一人のために、300隻もの駆逐艦が帝都に集結したって。あれを見れば、オルガちゃんを敵に回そうっていう帝国貴族はいないわね。だから帝都では、帝国最強な雑用係って言われてるわけよ」

「はあ、そうですか……変なところで私、有名になっちゃいましたね」

「ま、そういうわけだから、ゆっくり休んでなさい。その代わり1週間後には、じゃんじゃん働いてもらうわよ!」

「はい、わかりました、リリアーノさん」


 リリアーノさんのこの無性に元気な顔を見て、私は少し元気をもらったような気がする。と同時に、司令部の雑用係に1人、人が増えたことを知った。新しい仲間か、どんな人なんだろう。1週間後が楽しみだ。

 窓の外を見ると、もうすっかり夕方になっていた。つい今朝方、この空一面に300隻もの駆逐艦が埋め尽くしていたのだと思うと、まるで嘘のように静かだ。今は時折、駆逐艦と民間船が通り過ぎるだけの、普通の空に戻っている。

 日が沈むまで、私は窓の外を眺めていた。しばらくして、部屋に戻ろうと立ち上がり、点滴を押して歩き始めた。

 談話室を出る。その談話室のすぐそばにあるエレベーターから、誰かが降りてきた。


「あ!オルガレッタさん!」


 私は振り向いた。そこにいたのは、キースさんだった。


「あら、キースさんじゃないですか。司令部の方は、もういいんです?」


 母が声をかける。キースさんは応える。


「はい、ようやくおさまりました。ところでオルガレッタさん、歩いたりしてもいいんですか?」

「ええ、ベッドで寝てるとね、憂鬱になっちゃうから、ちょっと気分転換に歩いていたんです」

「そうなんだ。いやあ、それにしても、思ったより早く元気になってよかった。ここに運ばれた時はもう傷だらけで、どうなるかと思ったよ」

「ごめんなさいね、キースさん。私、今回とても迷惑かけちゃったみたいで」

「いいよ、別に。それに今度のことは、オルガレッタさんに恩返しするんだって、艦隊の人達はむしろ張り切っていたからね。気にすることはないさ」


 再び談話室に戻り、キースさんと話をする。


「へぇ、リリアーノ中尉も来ていたんだ」

「はい、なんでも一人、新人を雇ったとか言ってましたけど」

「そうなんだ。そういえばリリアーノ中尉、あのドタバタの中で一人、誰かと面接していたな。うちの求人を見て、雇って欲しいっていう人がやってきたとかなんとか」

「そうなんですか。どちらの方なんでしょうかね?」

「さあ……ただ、宇宙港の街の外から来たと言っていたよ。帝都の人だね、きっと」


 そうなんだ、帝都の人なんだ。そうだよねぇ。地球(アース)122の人がわざわざ、雑用なんてやりたがらないし。

 それからキースさんとしばらく話す。昨日、私の失踪が明らかになってから、今朝のあの騒ぎまでの間に、一体何があったのか?私は聞かされる。

 夕方、私がまだ帰らないと、弟から母に連絡があったらしい。それで母はキースさんに連絡をする。

 ところが、キースさんのところにもいない。それでキースさん、スマホの位置情報で私を探したそうだ。

 で、その位置情報の示す方へと向かうと、スマホや身分証を入れたポーチが丸ごとそこに捨てられているのを見つける。近くで聞き込みをすると、3人組の男のことが浮上する。

 すっかり夜になったが、キースさんは急いで司令部に戻り、帰り際のフェデリコさんに会う。

 フェデリコさんはベーゼホルンにいる部隊に、私の足取り追跡を依頼する。直ちに部隊が動くが、私の場所を見つけたのは翌朝になってからのことだったそうだ。

 その時、司令部は私が公開処刑されることを掴む。

 そこでフェデリコさん、アルデマーニ中将の元へと行く。事情を話すと、アルデマーニ中将は麾下の艦隊300隻に出動命令を出す。

 そして、フェデリコさんは駆逐艦6190号艦で緊急発進する……


 という具合に、一晩がかりで私を探し出したらしい。もうちょっと早く探し出せなかったのかと、キースさんは悔やんでいた。


「もっと早く私が、司令部に知らせていたらよかった。そうすればオルガレッタさんがこんな酷い目に会う前に、なんとか見つけられてたかもしれない」

「もういいですよ、済んでしまったことですし。そういえば、宰相様や司教様はどうなったんです?」

「ああ、宰相だったブッフバルト公爵はあの場で宰相を罷免され、その後、屋敷に戻る途中で亡くなったらしい。どうやら、どこかで毒を手に入れて、そのまま自害したそうだ」

「ええーっ!?じゃあ、司教様は……」

「大聖堂にて、かなり叱責されたらしいよ。おそらく、司教の座は失うだろうと言っていた。地方の教会にでも飛ばされて、そこで神父を続けるのではないかと言っていた」

「そうなんですか」

「個人的には、その司教にももう少し厳しい罰を与えてやりたいよ。なんだってあれだけのことをして、その程度のお咎めで済むのかって」

「いいですよ、キースさん。ああいうことを2度としないというのなら、私はそれでいいですから。ところで、キースさん」

「なんです、オルガレッタさん」

「あの、変なお願いなんですが……私のこと……抱きしめてください」

「ええっ!?こ、ここでですか?」

「今はちょうど、母しかいませんし」

「はい、でも、触ったら痛くないですか?」

「ちょっと痛くてもいいです。私、キースさんの感触がないと、今夜とても眠れそうにないかなぁって」

「は、はい。じゃあ……」


 そういうとキースさんは、椅子の上で私と向かい合う。そして、両手でそっと私を抱き寄せてくれた。

 ああ、温かい。キースさんの人肌の温もりを、私は感じた。と同時に、私は生きていることを実感する。

 しばらく抱き合っている2人。私はふと、目を談話室の入り口の方に向ける。

 そこで、私はハッとする。

 そこにいたのは、リリアーノさんにヒルデガルドさん、そしてガエルさんとリーゼロッテさん。雑用係が全員、私とキースさんが抱き合う姿を見て唖然としていた。


「あ、あれ?リリアーノさん……いつのまにそこに……」

「えっ!?リリアーノ中尉だって!?」


 キースさんも振り返る。私達2人も、唖然として4人の方を見る。


「まったく……心配して来てみれば、こんなところで何してるんですか!ぶっ殺されたいんですか、あなた達は!」


 ヒルデガルドさんが叫ぶ。


「ああ……でも、羨ましい……私も恋人、作りたいなぁ。私みたいな奴隷大好きな男の人って、どこかいないのかな……」

「いやあ、でもよかったっちゃね、オルガさん!こんなところで堂々と抱き合えるほど、元気になったっちゅうことなんやね!」


 随分と恥ずかしいところを、雑用係の皆に見せびらかしてしまった。私とキースさんは恥ずかしくて、顔が赤くなる。高鳴る心臓が、私の点滴を逆流しそうな勢いだ。たとえこの奥があの拷問部屋だったとしても、入ってしまいたいと思うくらいくらい私は恥ずかしかった。

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