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#33 拷問

 人生2度目の、そして今度こそ私にとって最後の瞬間が、やってきた。

 足元には、たくさんの薪。油が撒かれる。

 私はその薪の真ん中に建てられた十字架に、縛り付けられている。

 朦朧とする意識の中、私は前を見る。松明を持った兵士が一人、こっちに近づいてきている。

 その向こうには、たくさんの群衆。私は今、その群衆の目の前で、神を冒涜した「悪女」として、焼かれようとしているのだ。

 だが、もはや私に恐怖心や後悔はない。私の脳裏に浮かんだのは、たった一つのことだけだ。


 ああ、やっと私は楽になれる……


 ---------------


 私はとある人物に呼び出され、帝都の中心部に向かう。

 そこはお役所。宰相様が私に会いたいと申されるので、ここまでやってきた。

 その宰相様とは、ブッフバルト公爵。最近、マッケンゼン公爵家に代わり宰相の地位を得て、新たに3大公爵の一つとしてのし上がってきた貴族である。

 その宰相様と会うため、私はその役所の建物に入る。


「ほう……お主が、あのオルガレッタか」


 また、身分の高いお方が現れた。変な汗を出しながら、私は挨拶をする。


「ご、ご機嫌麗しゅうございます、宰相閣下」

「賎民の下手な挨拶など要らぬ。お主の占いとやらを、我に見せてみよ」


 というので、早速私は宰相様の手を握って、目を閉じる。


 ◇


 ここは、役所かお屋敷か、大きな階段が見える。

 宰相様は、階段を降りているようだ。何やら急いでいるのか、駆け足で降りている。

 が、その時、階段から足を踏み外す。

 6、7段を落っこちて、階段の踊り場に倒れこむ。周りの家来や召使いらが寄り集まってくる。


 ◇


 たわいもない出来事だが、このままでは宰相様は怪我をしてしまう。そこで私は、この光景を宰相様に申し上げる。すると宰相様は、急にお怒りになられる。


「馬鹿にするでないわ!わしが階段などから落ちるものか!」


 逆鱗に触れてしまったようで、大急ぎで私はその役所を後にする。ああ、おっかない宰相様だ。でも、階段で走らないようにさえすれば、あの事故は防げるだろう。申し上げることは、申し上げた。あとは宰相様の心がけ次第だ。

 ところがその翌日、風の噂ではどうやら宰相様は階段から落ちてしまったらしい。幸い大したことにはならなかったそうだが、階段から落ちたことを悔やんでいたという。うーん、もう少し落ちいて行動されればよかったのに……

 と、この時まではさして大事だとは捉えていなかった。


 が、これが全ての始まりだった。


 ある日の仕事帰り、私はイェシカに会うため門の外に出た。平民街に入り、イェシカの家の前あたりに来た時のことだ。

 突如、私の周りを3人の男が取り囲む。ただならぬ気配に、私は尋ねる。


「だ、誰ですか!?」

「……お前、オルガレッタだな?」

「そうですけど、何か?」

「我々と共に、来てもらおう」


 そういうと、2人の男に両脇を抱えられる。そのまま私は、ベーゼホルンの手前辺りまで連れていかれる。

 そして、そこにあった馬車に乗せられる。私と3人の男が馬車に乗り込むと、馬車は走り出す。


「あの!どこに行くのですか!?」


 私の問いに、3人の男らは答えようとしない。ただ黙って、私を取り囲んだまま馬車に揺れている。

 この辺りから、かなり嫌な予感がしていた。私、とんでもないことに巻き込まれたんじゃないかと。

 だが、私のこの予感をはるかに上回る事態に陥っていることを認識したのは、馬車を降りた時だ。

 目の前には、見たことのある場所がある。

 そこは帝都の外れにある、ブロッセンベルグ監獄だった。


「さあ、進め!」


 私の腕を抱えて、監獄の中へ連れ込もうとする男たち。私は抵抗する。


「い、いや!」


 だが3人の男に抱えられて、私は門の奥に連れ込まれてしまった。硬く重い門の扉は閉じられる。もはや私は、外に出ることはできない。そのまま男らの連れていかれるまま、奥へと進む。

 すっかり、日は暮れていた。静かで薄暗い監獄の通路を歩く。ある部屋の扉の前に着くと、男の一人はその扉を開く。


「ふん!やっと来おったか!」


 奥には誰かがいる。この声には聞き覚えがある。太くしゃがれた声。紛れもなく、宰相様だ。


「お主が下らぬ占いをしたおかげで、わしはとんだ目にあってしまった!まったく、どうしてくれようか!」


 宰相様が私に向かって抗議する。いや、あれは占いを聞こうが聞くまいが起こること、むしろ私の占いを信じて慎重になれば起こらなかったかもしれないと思うのだが……ところで、憤慨するその宰相様の横に、この監獄には似つかわしくない人物がいる。

 大きな僧衣を身にまとった人物。頭には、紫色のの被りもの。この人、聖職者だ。

 その聖職者が、私に尋ねる。


「わしは、帝都大聖堂につとめる司教である。オルガレッタよ、汝は占いと称し、人の先の出来事を見通したかのごとく話し、それにより人々をたぶらかしておると聞いているが、まことか?」


 その問いに、私は応える。


「占いはしています!ですが、人をたぶらかすようなことはしておりません!」


 すると、宰相様が怒鳴り散らす。


「黙れ小娘!貴様がしていることは、神への冒涜行為なのだぞ!」


 えっ!?冒涜!?そんな大それたこと、私のような平民がするはずがない。何を言いだすんだ、この宰相様は。

 だが、司教様は私に再び問う。


「もう一度聞く。神の言葉を預かった預言者でないものが、先の出来事を予言するがごとく行為を行うのは、神に対する冒涜行為である。それを為すものは、大罪人である。汝は予言を行い、人々をたぶらかした大罪人であることを認めるか!?」

「み、認めません!そんな大それたこと、私がするはずがありません!」


 一瞬、その場が静まり返る。司教様は続ける。


「ふむ……認めぬと申すか」


 それを聞いた2人の男が、私の両手を押さえつける。


「な、何を……」


 もう一人の男が、私の口に布を巻きつける。


「んん~!んー……!」


 私は、言葉が出せなくなる。両足も縛られ、身動きも取れなくなった。


「やむを得まい。あまりやりたくはなかったが……」


 司教様は、私を押さえつける男らに相槌を打つ。すると男らは、私を部屋の奥に連れて行こうとする。

 その奥には、小さな扉がある。男の一人が、その扉を開ける。奥は薄暗くて、どうなっているのかよく分からない。


「まったく……さっさと認めればよかったものを……」


 宰相様は、ほくそ笑みながら呟いた。私は男らに抑えられ、その奥の薄暗い部屋へと連れていかれる。

 その部屋の中に入って、私は愕然とする。

 そこは石で囲われた、窓のない部屋。天井からは鎖が1本ぶら下がっている。

 部屋の奥には、トゲのついた椅子、棍棒など、明らかに怪しげな道具が並んでいる。

 間違いない、ここはいわゆる拷問部屋だ。

 私は、とんでもないところに連れてこられた。一瞬、気が遠くなるのを感じる。


「では、宰相閣下に司教様。しばしお待ちください」


 男の一人がそういうと、宰相閣下と司祭様は、部屋から出ていく。

 ろうそくが一本だけ灯された薄暗いこの部屋に、3人の男と私だけが取り残される。


「さて、始めるとしようか」


 何を始めるというのか!?不安に襲われる私の手首を男が2人がかりで掴み、天井からぶら下がる鎖の先につけられた手枷に手首を繋ぐ。

 足には足枷がつけられ、その足枷を床から生えた鎖に繋ぐ。そして天井の鎖を巻き上げ、私は引っ張り上げられる。私は手足と身体を引き伸ばされて、まるで弓の弦のようにピンと張られる。

 手首が痛む。だが、そんな私にかまうことなく、私の前にいる男がナイフを取り出す。

 まさか、それで私を刺すの?恐怖のあまり、さらに気が遠くなる。男は私の服を掴むと、そのナイフで私の服を切り刻み始めた。


「んんーっ!」


 叫ぶが、声が出ない。動こうとしても動けない。そんな私を見て、男は言う。


「おい、あまり動かないほうがいいぞ。このナイフの刃が、お前の身体に刺さるだけだ。じっとしてりゃあ、すぐに終わる」


 そういいながら、私の服と下着を切り刻んでいく。そして私は、この3人の男の前で素っ裸にされてしまった。

 私のこの屈辱的な姿を、男の一人がまじまじと見て言う。


「やはり平民だな……貧相な身体だ、やりがいがない」


 そういいながらその男が持ち出したのは、鞭だった。その鞭を床に向けて、ピシッと振り下ろす。

 私は血の気が引くのを感じる。かつてないほどの恐怖が、私を襲う。


「まあいい、その身体に聞くとしようか。お前が、大罪人であるか否かを」


 そう言って男は、私に向けてその鞭を振る。

 バシッという音と共に、私の身体に激痛が走る。私は叫ぶ。


「んー!んんーっ!!」


 だが、声にならない。口に巻かれた布が邪魔で、どんなに叫んでも声を出すことができない。


「この強情そうな娘だ、それだけにいたぶり甲斐があると言うもの。さて、どこまで耐えられるかな?」


 この男、明らかにこの状況を楽しんでいる。他の2人も同様だ。ニヤニヤしながら、私の方を見ている。

 さらに続けて何度も鞭が飛ぶ。私の胸やお尻、背中に向けてその冷たい鞭を振り下ろされた。

 鎖が繋がれ、ピンと伸ばされた身体は、その鞭をただ受けることしかできない。声にならない叫びをあげながら、私の気力が、襲いかかる痛みと羞恥心と葛藤している。

 が、気力が持たない。どんどん気が遠くなる。やがて私は、気を失いかける。

 しかしその時、突然全身に冷たい水がかかる。男の一人が私に向けて、桶の水をかけてきた。


「まだ寝てもらっちゃ困るな。ちゃんと大罪人と認めてもらうまでは、しっかりと起きておいてもらおうか」


 そして、再び鞭が振り下ろされる。身体中に走る激痛。私が恥ずかしさと痛みで気を失いそうになるが、その度に水をかけられる。


「なかなか強情はやつだな!さっさと認めれば、こんな目に合わずに済んだものを!」


 などと言いながら、鞭を振るう男。認めるも何も、私は今、話すことも叫ぶこともできない。理不尽な仕打ちが、延々と続く。

 鞭で打たれ、水をかけられる。それを何度、繰り返しただろうか?いつ果てるともない拷問が続く。

 冷えた身体のあちこちに、無数の筋状の痛みを感じる。だがすでに痛みや羞恥心よりも、無気力さの方が勝り始めていた。

 早く、ここから逃れたい……もはや私には、それしか考えられなくなっていた。


「ようし……もういいだろう」


 ようやく男が、鞭を下ろす。私の口に巻かれた布が取られる。奥の扉が開き、再び宰相様と司教様が入ってくるのが見える。

 そして、司教様が言った。


「汝に再び問う。汝は身勝手な予言を行い、神を冒涜し、人々を惑わした悪女であると認めるか?」


 私は、絞り出すように言った。


「はい……認めます……」


 この直後、私は気を失った。

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