#32 山賊
この司令部の前には、似つかわしくないものが停まっていた。
それは黒塗りで、2頭立ての馬車。紛れもなくそれは、皇族の馬車である。
突如現れたこの馬車に、司令部は騒然となる。それはそうだろう。皇族の誰かが、この司令部に来たということなのだから。
皇族の方がこの司令部に来ることは何度かあったが、大抵は門のところでお迎えの車に乗り換えて、お忍びで来ることが多い。ここまでおおっぴらにやってくるのは珍しい。
御者が降りて、扉を開ける。中から降りてきたのは、銀色の髪を持つ人物。
そう、それはアルベルティーナ皇女だった。
だが皇女様は、皇女様らしからぬ姿で現れる。
そもそも皇女様はあの断頭台の前で髪を切られた。が、その髪をさらに短く切りそろえている。まるで、この宇宙港の街にいる地球122の人のように短い髪、ここではショートボブと呼んでいる髪型をされている。
さらに皇女様は、なんと地球122風のカジュアルな姿で現れる。すらりとした足の形がわかるほどの身体に密着したズボンに、長袖のシャツを身につけていらっしゃる。
帝都では、女性は皆、スカート姿で長い髪。それが常識だ。女が乗馬以外の時にズボンを履くなど、男装の女として奇異の目で見られてしまう。だが、皇女様はあの日を境に変わられた。常識と反する姿だが、皇女様は御構い無しだ。
そして、皇女様は司令部に入られる。で、私は皇女様のいる応接室へと向かっている。
「いい!まずはスカートの裾を持ち上げて、軽く会釈をしつつ『本日は、お日柄もよろしく、ご機嫌麗しく存じます』って言うのよ!」
「は、はい!分かりました、ヒルデガルドさん!」
「分かってるんでしょうね!ここでしくじったら、あんたが断頭台行きよ!」
「ひえええぇ!」
私は、皇女様とご対面することになってしまった。一度会っているが、あの時は監獄の中だった。だが今日は、皇女様としてこの司令部へ訪問された。このため、皇族への礼儀作法をヒルデガルドさんに聞きつつ、私は応接室へと向かう。
応接室の前に着く。私は扉をノックする。中から、返事が来る。
「あ、あの!オルガレッタ、入ります!」
扉を開くと、向かい合うソファーの手前側にフェデリコさんが、奥のソファーにはアルベルティーナ皇女がいらっしゃる。
あのズボン姿のまま、紅茶を飲んでいらっしゃった。私はさっきヒルデガルドさんに聞いた挨拶を実践する。スカートの裾を軽く持って頭を下げ、挨拶をする。
「ええと、あの、ほ、本日はお日柄も麗しく……じゃない、ご機嫌よろしく……」
「なにかしこまっているの?いいのよ、オルガレッタさん。そんな硬い挨拶などなさらなくても」
「は、はあ……失礼します」
私は中に入り、フェデリコさんの隣に座る。すると母が現れて、私の前にティーカップを置き、紅茶を注いで退室する。
「あなたには本当に助けられたわ、オルガレッタさん」
皇女様がおっしゃる。私は応える。
「い、いえ!助けたのはフェデリコさんです。私はただ、断頭台の下で見ていることしかできませんでした」
「そんなことはないわ。あなたがブロッセンベルグ監獄で私のことを励ましてくださらなければ、私はおそらく断頭台で気を失っていたか、下手をすればそのまま心臓が止まっていたかもしれません。あの場で最後まで正気を保っていられたのは、あなたのあの一言のおかげですよ」
ああそういえば、私の見た皇女様の占いの光景は、途中で途切れていた。本来ならあそこで、気を失っていたということか。いや、もしかすると、心臓が止まって死んでいたかもしれない。
「私はあなたに励まされたことを、本当に感謝しています。あなたとの出会うきっかけを作って下さった兄上にも、私は感謝申し上げました。そしてフェデリコ大佐、あのぎりぎりの状況で、あの発言。一つ間違えば、集まった大衆から集団暴行を受けかねないあの場所で、私を擁護する発言をなされたその勇気。本当に、なんとお礼を言えば良いのか分かりません」
頭を下げる皇女様。私も思わず頭を下げた。
「こ、皇女様、私などに頭など下げずともよろしいです。でも、本当に良かったです。こうして生きて再びお会いできたこと、私、嬉しく思います」
私のこの応えに、微笑む皇女様。
「ところで皇女様、これからどうなさるのですか?伯爵家との縁談、再びお結びになるのでございますか?」
「いえ、縁談は断りました。父上にも申し上げたのです。私は、あの断頭台で死んだ身。これより先は、自由にさせていただきます、と」
「はあ……そうなのですか」
「せっかく短くなった髪の毛です。いっそ、この街の方と同じように振る舞うことにしたのです。それで私、最近はこの街に出入りして、あのショッピングモールでこの服を買ったのですよ」
「ああ、そうなのですか。とてもお似合いです、皇女様」
「うふふ、ありがとう」
微笑む皇女様は、紅茶を少し口にされた。そして、私に向かってこうおっしゃる。
「お二人には、なにかお礼をしたいと思っております。フェデリコ大佐には陛下より、特等大栄誉勲章を送らさせていただくことになっております。オルガレッタさんには、別のものを考えているのですが」
「えっ!?わ、私などにお礼なんて、勿体なくございます!いいですよ、そんな、お礼だなんて!」
「いえいえ、ぜひ贈らさせていただくわ。兄上の時は、たくさんのピザを贈ったそうですが、私は……そうだ、オルガレッタさん」
「はい」
「あなた、恋人がいらっしゃるのよね」
「えっ!?いや、あの、その……」
「隠さなくても、フェデリコ大佐からも聞いているわ。私からの贈り物は、あなたと恋人さんのお2人に贈ります。喜んでいただけるといいのですが」
「はい、なんでしょうか……?」
そして、皇女様が司令部にいらして、2日後のこと。
私とキースさんは今、宇宙港の街の門を出て、帝都の中を走っている。
キースさんは最近、車を買った。その新しい車に乗って、帝都の南東にある港町、ボウレーアへと向かっている。
そこには皇室の別邸がある。近くには、キースさんの故郷にあるという海岸に負けないくらい綺麗な海岸があり、夏には保養のため訪れた皇族の方々が、海辺で泳ぎを楽しまれるという。
その別邸に、私とキースさんは向かっているのだ。アルベルティーナ皇女があの時のお礼として、特別にその別邸を貸していただけることになった。
「どう?新しい車の乗り心地は」
「いいですね、しかもこの車、キースさんの思いのままなんですよね!まるで貴族のようです!」
「そりゃあ、私が買った車だから、当然でしょ!」
キースさんも私も上機嫌だ。なにせ、2人で帝都の外を車で走るのは初めて。しかもその行き先は、海がとても綺麗だと評判のボウレーアの港町。皇族の方の別邸が建てられた場所だとなれば、なおいいところなのだろう。
帝都を走り抜け、森の中の道に出る。ここではキースさんは、ハンドルを握ってはいない。ここはまだ自動運転が可能な場所らしい。
こんな森の奥でも、自動運転できるんだ。改めて地球122からもたらされた技の便利さに感心する。
ここは通常、交易商や旅人の馬車が走る道、宇宙港の街とは違って、まだ舗装されていない。だが、キースさんの車はSUV車といって、車高が高い。多少のガタガタ道でも、難なく走れる車だ。
馬車ならば、ここはかなり揺れる場所。皇女様もボウレーアへ行くのは相当難儀しているといっていた。
だが、それほど難儀してでもたどり着きたい場所なのだろう、そのボウレーアという街は。そう思うと、とても楽しみだ。
そんな場所へ、私達2人は周りの風景を楽しみながら向かっている。道の凹凸も、この車ならば吸収してくれる。多少揺れはあるものの、とても快適だ。
が、しばらく走ると、急に車内に警告音のようなものが鳴り出す。
『まもなく、自動運転エリア外です。運転を継続される場合は、ハンドルを持ち、自動運転を解除して下さい』
なにやら機械が喋り出した。それを聞いたキースさんは呟く。
「あ、いけね」
すかさずキースさんはハンドルを握る。それまで楽しく喋りながら過ごしていたが、ここから急にキースさんに余裕がなくなる。
急にそこからは、曲がりくねった道が続く。帝都とボウレーアの街の間には山地があり、その山道にさしかかっていた。その山は、馬車で越えるのは一苦労な場所。本来ならこの山の手前にある宿場町で一泊し、翌日に1日がかりで山を越えるというのが普通。だが、この車おかげであまりに楽にここまできてしまったため、その宿場町には寄らずに山に入ってしまった。
「ちょっと揺れるけど、我慢してね」
キースさんは私に言う。揺れは我慢できるが、お喋りができない方がちょっと寂しくて、我慢ならない。だが、話しかけようにも、キースさんはこの山道で車を操るのに必死だ。
馬車なら1日かかる道も、この車ならばすぐに超えられる。が、やはり話ができないこのつまらない時間はとても長く感じる。早くこの山を越えて、余裕のある場所に出て欲しい。
そして、山のてっぺんを超えて、下り道にさしかかった直後のことだ。
急に車が大きく揺れる。と思ったら、そこで停まってしまった。
「しまった!」
キースさんが叫ぶ。なにが起きたのか?
「どうしたんですか?」
私はキースさんに聞いたが、キースさんは何も言わず外に出る。
私もドアを開けて外に出た。見ると、前のタイヤが大きなくぼみにはまっている。
「困ったな……脱輪してしまった……」
「ええーっ!?これ、動かないの!?」
「うん……ちょっとやってみる。オルガレッタさん、ちょっと下がってて」
キースさんは車に乗り込み、くぼみから出ようと試みる。が、タイヤが空回りするだけで、抜けられない。
勢いをつければ出られないことはないらしいが、ここは急な坂なので、無理に抜けようとすると車がその先にある崖から落ちてしまう恐れがあると言う。そこでキースさん、おもむろにスマホを取り出して、何かをし始める。
「どうするんです?」
「ああ、ロードサービスを頼むんだ。しばらく待ってて」
スマホで何かを操作している。キースさんによれば、これで誰かがやってきて、助けてくれるという。
「じゃあ、しばらくここで喋りながら待とうか」
「はい」
運転中は黙って見ているしかなかった私だが、かえってこの待ってる時間はお喋りができて、私としては楽しい。そこで司令部の仕事のことや、ヒルデガルドさんのことで盛り上がる。
「でね、ヒルデガルドさんったら、また私に『ぶっ殺してやる!』って言うんですよ~!」
「あははは、そうなんだ。相変わらずだねぇ、あの人は」
そういえば、そのヒルデガルドさんは、あの帝都宇宙港の街から出ることができない。
街の中は地球122の法が及ぶ場所だが、一歩外に出ればそこは「帝国」だ。
そして、帝国ではヒルデガルドさんは、皇太子様を殺そうとした「大罪人」。だから、一歩でもあの街を出てしまえば彼女は捕まり、おそらくはギロチンの刑となるだろう。
まあ、3年間限定だそうだから、その間だけあの街にこもっていればいい。宇宙にも自由に行けるし、特に困る事はない。
でも、今から行くボウレーアの街には行けないんだよね……不便がないと言っても、やはり不自由だ。帝国内の美しい場所を見に行くことができないというのは、やっぱり寂しいことだと思う。
だから、ヒルデガルドさんの分まで、楽しんでいこう。
そう考えていると、森の木々の間から、誰かが出てきた。
ガタイの良い男、腰には剣がある。見るからにやばそうな人物だ。
「誰だ!」
キースさんは男に向かって叫ぶ。男は応える。
「俺たちは、山賊だ」
ああ、露骨にやばいやつだった。自分から堂々と山賊って名乗ったよ。
奥の木々から、続々と男たちが現われる。皆、腰に剣をつけている。それを見て私は、血の気が引くのを感じる。
「おい、野郎ども!やっちまうぞ!」
15人はいるだろうか?2人は、このたくさんの山賊に囲まれる。キースさんは、腰にある拳銃を握る。私はキースさんの後ろについた。
ところがである。山賊らは私達ではなく、くぼみにはまった車の方に向かう。
「ありゃー、完全にはまってますぜ」
「なあに、これだけいりゃあすぐ済むさ。さて、とっとと片付けるぞ!」
といって山賊らはキースさんの車を抱え、道の上に戻す。
あっけにとられる私達に、あのガタイのいい男が近づいてきた。
「あんちゃん!ちょっとここに、あんたのサイン貰えねえか!?」
「はあ?」
「あんた、ロードサービス頼んだ者だろ?」
「はい、そうですが……」
「作業完了したっていう証明が欲しいんだ。ここに書いてくれりゃあ、俺らの仕事は終了だ」
「えっ!?あ、はい」
渡された書類にサインをするキースさん。私はその男に尋ねる。
「あの~……」
「なんだい?」
「あなた方、山賊なんですよね?」
「そうだ」
「山賊って、馬車を襲って、品を強奪するのがお仕事なのじゃ……」
「ああ、以前はそういうこともしていたが、今はあんたらの政府と契約して、ここでこうしてロードサービスやら道案内やらをやっとるんよ」
「へ?」
とても山賊らしくない山賊である。聞けば、地球122政府と契約した「正規の」山賊だそうで、この道の安全を守っているんだそうだ。
「わしらはあの山のてっぺん付近にある集落に住んどるんよ。じゃが、見てん通り作物も取れん、売り物になるもんもあらへん、そいで仕方なくここを通る行商人らを襲って暮らしを立てておったんじゃがな。そしたら、あんたらの政府の使いが現れて、わしらにここらのことを任せる代わりに、金や品を払うっちゅうてきたんや」
「はあ、そうなんですか」
「ここらに詳しいから、うってつけじゃろうゆうて、声をかけてきてくれたんや。お金やええ食べもんをたくさん送ってもろうてな。まあ、わしらも好きに物盗りをしとったわけじゃねえから、こうしたええ仕事がもらえて喜んどるんよ」
「へぇ~、それはよかったですね」
なお、「無許可の」山賊というのもいるそうで、彼らと出くわした時のために剣を持っているという。
「なんですか、その無許可の山賊というのは?」
「よそもんの山賊じゃよ。わしらが暮らしとるこの山地に勝手に現れて、旅人や行商人を襲っとるんよ。まったく、とんでもねえ奴らじゃて」
これを聞いて思わず、目糞、鼻糞を笑うという諺を思い出してしまった。
「でな、ゆくゆくはここに道の駅っちゅうもんを作って、旅人らをもてなそう思うとるんや。この先の峠から眺める海や星は、めっちゃ綺麗やぞ。そん時はまた、来たってや」
「ええ、ぜひ!」
こうして山賊さん達とは別れる。その後は順調に進んで、夕方にはボウレーアの街に着いた。
まあ、皇族の別邸だと聞いていたので、それなりに覚悟はしていた。
が、想像以上の建物だった。まるでそこは、宮殿であった。
唖然として建物に入る私とキースさん。その2人を、10人もの召使いが出迎えてくれる。
料理は軽め、といっても、たくさんのピザが届けられた。港町だけに、エビやカニ、タラといったシーフード中心のピザだ。
それを、司令部の食堂よりもずっと広い部屋で、10人もの召使いたちに囲まれながら2人だけで食べる。
いや、あまりに虚しいから、その召使い達も一緒にそのピザを食べることにする。
おかげで、その10人の召使いさん達とすっかり和んでしまった。あの港町のこと、そして皇族の方々の話も聞けた。
「この上に乗っているエビやカニは、この港町に水揚げされたものばかりなんですよ」
「へぇ~!そうなんですか!?」
「フリードリヒ殿下は特にこのカニがとても好物でいらして、いつもたくさんのカニを食べていかれるんです。明日、街に行かれた際は、たくさん食べて行かれるとよろしいですよ」
食事の後は、果てしなく広いお風呂。しかも、キースさんと一緒だ。2人で入っても、まだ余るほどの広いお風呂。だが、さすがにここへ召使い達を誘うわけにはいかない。とてつもない大きさで、装飾だらけのベッドに、私とキースさんは寝ることになる。あまりに豪華な装飾に、2人とも落ち着かない。その晩はただただ、寝てしまった。
翌日は別邸を出て、あの綺麗だと評判の砂浜へと向かう。
春が訪れたばかり、まだ肌寒い海であったが、白い砂浜に透き通った青い海が出迎えてくれた。
「これだよ、これ!私の故郷にある海と同じだ!いやあ、まさかこの透明な海に、こんなところで出会えるとは……」
ショッピングモールの2階にあるあのバーチャルリアリティの店でも、キースさんの故郷の海を見せてもらった。だが、やはり本物にはかなわない。ここは奥行きもあり、風もあり、砂の感触もあり、匂いもある。
街の市場へ行って、そこでもエビや魚の料理を食べる。貝殻のお土産も、いくつか買った。ここに来られないヒルデガルドさんには、特に大きな貝のお土産を買うことにする。
こうして1日かけて、この港町を堪能する。その後車で再び山を越えて、帝都宇宙港の街についたのは真夜中であった。私はそのまま、キースさんの部屋で寝てしまった。
豪華な別邸、海の香りのする港町、綺麗な海岸。慌ただしくも、充実した楽しい旅行であった。
だがこの時、私にとてつもない試練が訪れることなど、知る由もなかった。
このわずか3日後に、私の2度目の生命の危機が訪れる。




