#31 謀略
群衆から、歓声と罵声があがっている。
だが、それ以上に大きな声が、広場に響きわたる。
『待て!!』
聞き覚えのあるその声を聞いて、私は目を開く。この大きな声に驚いたのか、群衆は静まり返る。私も群衆も、その声のする方を向く。そこにいたのは、数人の特殊部隊に囲まれ、拡声器を持ったフェデリコさんだった。
「な、何だ、貴様は!?」
『私は宇宙艦隊 帝都軍司令部所属のフェデリコ大佐だ。この刑の執行に、異議あり!』
フェデリコさんは拡声器で叫びながら、断頭台の方へと向かう。
「どういうことだ!お前ら自身も鑑定で、毒があると認めたではないか!その毒を盛った罪人の処刑であるぞ!」
「そうだ、確かに毒の存在は認めた。食事からヒ素という即効性の毒が出たことは確認している。だが、アルベルティーナ皇女が毒を入れたなどとは、一言も言っていない!」
「何を言うか!あれは今、この断頭台に据えられた娘が用意した食事だったのだぞ!?この娘以外には、考えられぬではないか!」
「論理的にも、科学的にも、皇女様が毒を入れるなど考えられない。だから、異議ありと言っているのだ!」
「なんだと!?」
突然現れたものの、不可解なことを言い出すフェデリコさんに、群衆がざわめき出す。
「ではまず、論理性の検証からいこう。まず、陛下の食事には毒味役が付いている。そのことが、そもそも皇女様が毒殺など考えるはずがないという証拠だ!」
「……は?何を言っているのだ……」
「皇族であれば、陛下に毒味役がいることは常識として知っている。だから、その陛下の食事に即効性の毒を入れて殺害しようなどとは、考えるはずがない。そんな毒を使えば陛下殺害の前に、毒味役の死によってバレてしまうからだ。毒味役がいると分かっているのなら、遅効性の毒を用いるか、あるいは毒以外の手段に頼るはずだ!」
ああ、確かに。毒を盛ったって、まず毒味役が死んじゃうよね。それを分かってて毒を使うなんて、普通はやらないだろう。
「そ、それがなんだと言うのだ!この娘が、そこまでの考えに及ばなかったと言うだけの話ではないのか!」
「もう一つ、科学的な根拠もある。陛下の食事は通常、銀食器が使われる。毒味役の遺体、それに回収された食事からは多量のヒ素が検出された。だが、ヒ素が入っていたなら本来、毒味役が真っ先に気づくはずだ。それが、そうはならなかった」
「どう言うことだ!?」
「ヒ素が入っていたのなら、通常は銀食器が黒ずむため、すぐに毒の存在に気づくからだ。ヒ素など毒物の混入を見分けるためにわざわざ銀食器を使っているのに、毒味役が気づかなかった。つまり、銀食器はヒ素によって黒ずんでいなかったのだ。だから、毒味役は出された食事をなんの疑いもなく食べたのだ」
「何が言いたいのか、さっぱり分からん。それはお前らの鑑定とやらが、おかしかったと言うことに過ぎぬのではないか?」
「いや、たった一つだけ、この矛盾を説明できる。ヒ素が検出されたこと、銀食器が黒ずまなかったこと、この両者を成り立たせるのはたった一つの方法しかない」
「ほう、なんだそれは?」
「この星にはない精製方法で作られた、純度の高いヒ素を使うのだ」
これを聞いた刑執行人の顔が曇る。私には、フェデリコさんの言ってる意味が分からない。どう言うこと?
「この星では、ヒ素は硫砒鉄鉱から精製して作っている。こうして作られたヒ素が入った食事を銀食器に乗せると、不純物である硫黄成分が銀と反応し黒くなる。だが、純度の高いヒ素ならばそれが起こらない。それだけのことだ」
「ならば、簡単なことだ。純度の高いヒ素とやらを、この娘が手に入れて使ったというだけの話なのだろう」
「いや、そんな単純な話ではありませんよ。ブランドル子爵殿」
フェデリコさんは、その刑執行人の方へと向かう。
「繰り返すが、この帝国、いや、この星の持つ技術では、銀食器に反応しないほどの高純度のヒ素は、絶対に作れない。手に入れるには、地球122から買い付けるしかない」
「だから、この娘がそれを買い付けただけのことで……」
「ところが最近、地球122からこの帝都に、この高純度のヒ素を買い付けた者がたった一人、いるんですよ」
それを聞いた刑執行人の顔色が変わる。フェデリコさんは続ける。
「それは、あなたなんですよ。ブランドル子爵殿」
「な……」
「ヒ素は劇薬ですから、どこの誰にどれだけの量のヒ素が持ち込まれたか、我々は全て記録しているんです。ブランドル子爵殿が1週間前にサンプル用と称して1キロのヒ素を購入したこと、アルベルティーナ皇女お抱えの料理人に、子爵殿の使いから多額のお金が渡されたこと、その料理人の手から微量のヒ素の反応が出ていること。全て調べはついてるんですよ」
「馬鹿な!わしが陛下暗殺を図ったと申すか!?そんなことをしても、わしにはなんの得もない!だからそのようなことを、するはずがないだろう!」
「そうですよ、子爵殿。あなたが陛下を殺害なされても、なんの得もない」
フェデリコさんが突然、刑執行人であるブランドル子爵様を追い詰め始めた。
「だが、あなたの目的が、アルベルティーナ皇女を消すことだったとしたら?」
群衆の目は、すでに刑執行人であるブランドル子爵に向けられていた。皆静かに、フェデリコさんの言葉に耳を傾けていた。
「アルベルティーナ皇女の嫁ぎ先である某伯爵家には、この事件による皇女様破談ののちに、すぐにブランドル子爵殿の娘との縁談が持ち込まれたと伺っております。あえてその伯爵のお名前は出しませんが、その伯爵様との縁が成れば、あなたには相当な権威が得られることになる。代々、刑執行人ばかりの不名誉な家柄のブランドル子爵殿には、その権威が喉から手が出るほど欲しいものであったはず。そんな子爵殿にとって、まさに皇女様こそが邪魔な存在だったのですよ」
すっかり生気が失われた顔をしたブランドル子爵に向かって、ズカズカと詰め寄るフェデリコさん。だがその子爵様は突然、叫び出す。
「で、デタラメだ!すでに判決は下されたのだ!おい、さっさとこの罪人の刑を執行しろ!」
ブランドル子爵はそばにいる斧を持った兵士を急き立てる。だが、フェデリコさんは続ける。
「おっと、やめた方がいいですぞ、子爵殿」
フェデリコさんは、兵士の前に手をかざす。
「ただでさえ陛下暗殺、皇女様謀殺未遂の罪を抱えているというのに、この上、無実の皇女を殺害したとあっては、あなただけでなく、子爵家一族にまで罪がおよび、お家断絶、一族もろとも死罪になりますぞ。それでも、よろしいのですか?」
それを聞いたその刑執行人の子爵殿は呆然と立ち尽くし、何も言い返すことができなかった。
ようやく断頭台から、アルベルティーナ皇女は解放される。皇女様の無実を証明し、真犯人を追い詰めたフェデリコさんは、群衆から喝采を浴びる。一方の子爵様はその場で捕らえられ、いずこかへと連れ去られる。ここに留まれば、間違いなくここにいる群衆になぶり殺される。事件解明のためにまだ殺されては困るから、予め控えていた特殊部隊らがブランドル子爵殿をその場から連れ去り、別の場所で帝国側にその身柄を引き渡したらしい。
私はアルベルティーナ皇女の元に駆け寄る。やんごとなきお方だけど、私は御構い無しに抱きつく。皇女様も、そんな私を抱き寄せてくれた。
奇跡だ。いや、フェデリコさんに言わせれば、当然の結果だというが、あと数秒フェデリコさんの登場が遅れていたら、皇女様の命はこの世にはなかった。やっぱり私は、奇跡だと思う。
「フェデリコさん、先日、私が皇女様の件で怒鳴り込んだ時には、もうすでに動いていたんですよね」
「当たり前だ。状況を考えると、私もこの事件には不審を抱かずにはいられない。だが、それを周りに悟られては刑の執行を早められるかもしれない。それであの時、私は貴殿にああいう態度をとったのだ」
「そうですか。じゃあやっぱり、皇女様の手から見えたあの光景の人物は、フェデリコさんだったんですよね」
「そうだ。だが、貴殿が私の姿を皇女様の占いから読み取ったということは、もしかして、最初の衝撃を超えられたということか?」
「そうですよ。斧を構えた兵士を見たときのあの恐怖の衝撃に耐えて、その先を頑張って見たんですよ。すると、フェデリコさんらしき人物が見えた。だから私、皇女様に希望を捨てないでって言っちゃったんです」
「そうか……」
フェデリコさんは、特にそれ以上、私に何か尋ねることはしなかった。
ところであのブランドル子爵だが、この1週間後に同じ場所、まさにご自身が皇女様を殺めようとなされた、その断頭台の露と消えた。