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#30 断頭

 ここは、帝都の真ん中にある広場。

 大勢の群衆が見守るのは、断頭台だ。ギロチンの刃が、冷たく光る。

 その断頭台の前に、銀髪の女性が連れてこられる。

 その女性は、大衆の前でその長い髪を切り捨てられる。そして、その首が断頭台へと据えられる。

 そして、ギロチンの刃を支える一本の細い綱に、斧が振り下ろされようとしている。

 ああ、やはり奇跡は起きないのか……私はこれから起きる惨劇から目をそらすため、目を閉じてしまう……


 --------------


「そういえば、ヒルデガルドさん。ルチアーノさんとはその後、どうなんですか?」


 私のこの何気無い一言で、その場の空気は一瞬にして凍った。


「まったく!なんて無神経な人かしら!あの場にいたのならば、聞かずとも分かることでしょうが!まったく、その首掻き切ってぶっ殺しますわよ!」


 このところ思うのだが、ヒルデガルドさんのこの「ぶっころ」発言は、フェデリコさんの険しい顔と同じで、照れ隠しなのではないかと思えるようになった。


「それはそうと、本当に処刑される皇族が出たそうですわよ」

「えっ!?そうなんですか?」

「なんでも、陛下を毒殺しようとなさったそうで、今、帝都の外れにあるブロッセンベルグ監獄に幽閉されているそうですわ」

「へえ~……皇族にも、そんな悪い人がいるんだ」

「そうらしいわよ。でも、おっかないわ。よりによって、陛下の命を狙うだなんて」

「おっかねえっちゃね!しかも、毒を使おうとしたっちゅう話よ!」

「でも……なんで陛下のお命なんか……」

「さあ。私には、皇族の事情はよく分かりませんから」


 雑用係の中で話題になっているのは、皇族の一人であるアルベルティーナ第3皇女様による、皇帝陛下毒殺未遂事件である。

 アルベルティーナ様が陛下のために用意された食事を毒味役が食べたところ、その毒味役が突然倒れ、そのまま息を引き取ってしまった。これにより陛下殺害の疑いで、アルベルティーナ様は監禁される。

 ついこの間、皇太子殿下が殺されそうになったばかりだというのに、今度は陛下が狙われるとは……


「まったく!陛下のお命を狙うなどと大それたこと、よく思いつくものですわ!」


 皇太子殿下を殺そうとした張本人でさえ、これだけお怒りになるのだ。それはきっと、相当とんでもないことなのだろう。


「でもヒルデガルドさん。このアルベルティーナ様は、一体どうなるんです?」

「それはもう、ギロチンよ」

「ぎ、ギロチン!?」

「そ、皆の前で馬鹿でかい刃を使い、首をぶった斬るの。その首はしばらく広場の前に晒され、未来永劫その悪行を語られることになるのよ」


 ひええっ!ギロチン刑が公開処刑だとは知っていたが、そんな恐ろしい意味を持つ刑なのか。

 それにしてもその皇女様、どうしてそんな恐ろしいことを企んだのだろうか?皇女様にとっては、陛下はお父上。つまり、お父さんだ。娘がお父さんを殺そうとした。なんだか、とても信じられない。

 だが、この話はすでに帝都中に知れ渡っている。フェデリコさんもその事件の検証に関わり、実際にその食事から毒が検出されたのを確認したそうだ。地球(アース)122の技を使って判明した事実ならば、間違いない。

 しかし、ギロチンかぁ……私はその公開処刑、見に行きたくはないな。なるべく関わらないようにしよう。


 とまあ、このまま私はその事件とは無関係なはずだった。

 だが、そうもいかなくなってしまう。


「ええ~っ!?私が、ブロッセンベルグ監獄に、ですか!?」

「そうだ」

「私、そんな悪いことはしてませんが……」

「違う、貴殿が監獄に入るわけではない」

「えっ!?じゃあなんで……」

「先日起きた、陛下毒殺未遂事件を、知っているか?」

「はい、アルベルティーナ皇女様が食事に毒を盛って殺そうとしたっていう……」

「そのアルベルティーナ様が、最後に貴殿に占って欲しいと願い出たのだ」

「私に、占い?」

「相手は皇族だからな。死ぬ前には何か一つ、望みを叶えることになっているそうだ。その望みというのが、貴殿の占いだそうだ」

「はあ……そうなんですか。でも、意味はあるんですかね?」

「あろうがなかろうが、望みは望みだ。少々気が重いだろうが、頼まれてはもらえないか?」

「はい、参ります。皇族の方の願いならば、聞かないわけには行きませんし」

「そうか。ならば、頼む」


 フェデリコさんに頼まれ、私はブロッセンベルグ監獄へと向かうことになった。

 そこは帝都の外れにある大きな監獄。私は司令部の車に乗り、そこまでやってきた。

 石造りの高い塀と深い堀に囲まれたその監獄。そこには極悪人が収容され、決して出ることのできない鉄壁の監獄として知られている。

 たった一箇所だけ、帝都の地面と繋がれた場所がある。その細い道を行き、重く厳重な扉をくぐって、ようやくその鉄壁な監獄の中に入る。

 看守に案内されて、私は大逆の罪を犯したとされる皇女様のいる牢獄へと向かう。それは高い塔の上、何段もの階段を上った先にある、皇族専用の牢獄だった。


「約束通り、占い師のオルガレッタ殿が参ったぞ」


 看守はそっけなく、奥に座り込む女性に向かって言い放つ。長く銀色の髪を持つその女性は鉄格子のついた窓から外を眺めていたが、その声を聞いてこちらを振り向く。


「では、半刻ほどしたら、また来る」


 そう言って、私を中に入れたその看守は、そのまま牢獄の鍵を閉める。

 ああ、私、監獄の中に閉じ込められちゃったよ……ちゃんと出してくれるのかな……少し不安になる。

 目の前の女性は立ち上がり、私の方に来る。


「ごめんなさいね。私のわがままに、付き合ってくれて」

「い、いえ!大丈夫です!仕事ですから!」


 アルベルティーナ第3皇女、歳は20、近々ある伯爵家の嫡男のもとに嫁がれると言われていたお方だった。が、この一件を受けて、破談となる。

 それにしても、なんて綺麗な銀色の髪の毛。やはりこの方は皇族だ。貴族とも平民とも違う、なにか特別な何かを感じる。


「ところであなた。私のこと、怖い?」

「はい?」

「おそらく世間では、陛下を殺害しようとした稀代の悪女として噂されていることでしょうね。怖いと感じて、当然ですわ」


 皇女様がおっしゃる。だがその女性からは、とても大逆の罪を犯すような空気を感じない。こんな平民にさえ優しく労ってくれる皇女様が、どうして陛下を毒殺するというのだろうか?


「いえ、私、怖くありません!」

「えっ!?なぜ?」

「うーん、うまく言えませんが……その、皇女様が誰かを殺そうと考えた方には、到底見えないんです!」

「そう。やっぱり兄上から聞いていた通り、面白い人よね、あなた」


 兄上とは、皇太子殿下のことだろう。私、皇太子殿下から面白い女として触れ回られているのだろうか。うーん、複雑な想いだ。


「あなたの仰る通り、私は陛下を殺そうなどと考えたことはありませんわ。そんな恐ろしいこと、私がするわけがない。自分の父上ですよ?なぜその父上を、私が殺さなければならないのですか!でも、誰も私の言うことなど、聞いてはくれませんでした」

「そ、そうなんですか?でもなんで……」

「抗いがたい力が、私に陛下殺しの罪を着せてしまった。そうとしか、言えませんね」

「そんなの、酷いじゃありませんか!」

「そう、酷いわ……でも、しょうがないの。もはや私は、断頭台の露と消える運命。だけど、たった一人でいいから、私の真の姿を知ってくれる人を見つけたかった。だから私は、あなたを呼んだ。多分、私の期待通りの人だと思ったから……」

 淡々と語る皇女様。この方の言葉からは、やはり陛下を殺そうとなさったわけではないとわかる。


「さ、そういうわけで、私を占って下さい。でも多分そこに見えるのは、断頭台の上でしょうけど……」

「……はい、分かりました……じゃあ、手をいただけますか?」


 なんだか泣きそうになってきた。目がうるうるする。無実だと言うのに、その運命を受け入れる覚悟を決めたこのお方は、最後に私を頼ってくれたのだ。私はその想いに、思わず心を揺さぶられる。

 私は、皇女様の手を握る。そして私は、目を閉じる。


 ◇


 ここは、どこかの広場だ。

 周りには、すごい人だかり。ああ、やはりここは公開処刑の場なのだろう。

 目の前には、とてもおぞましいものが見える。断頭台だ。少し上を見上げると、頼りないほど細い綱で釣り上げられた大きな刃が見える。その刃の下に、押さえつけられるように首を差し出される皇女様。

 目の前には、斧を持った兵士がいる。その斧は、あの頼りない縄に向かって振り下ろされそうとしている。

 ああ……もうだめだ。この兵士が斧を振り下ろした途端、あの馬鹿でかい刃が落ちてきて……

 いやいや、もうちょっと、もうちょっと先を見よう。まだ、目を開けちゃだめだ。

 その気を失いそうになる恐怖と戦い、私はその先を見る。するとその視界に、群衆の中から飛び出すある人物が見える。

 あの人は、もしや……だが、そこで目の前が、真っ暗になる……


 ◇


 最後の光景が、よくわからない。

 首を切られたのか、単に私がその先を読み取れなかっただけなのか。

 だが、一つだけ分かったことがある。

 もしかしたらこの人、助かるかもしれない。

 なんとなくだが、最後に見えたある人物の影、あの人がこの人の運命のカギを握っている。

 そこで私は、皇女様に言った。


「皇女様!」

「はい」

「仰る通り、断頭台の光景が見えました。ですが、まだ殺されるかどうかは、わかりません!」

「えっ!?どういうこと?」

「光景が途中で途絶えたので、もしかしたらダメだったのかもしれません。が、上手く言えないけど、なんとなくそうじゃない気がするんです!」

「あの、どういう……」

「あの!ギロチンの刃の下にいても、最後まで希望を捨てないで下さい!私、なんとかしてみます!」


 私は叫ぶ。皇女様は、私をみてあっけにとられた顔をしている。


「……分かったわ。どうせここではどうにもできないし、私はあなたを、信じてみる。あなたも私を、信じてくれたのだから」

「はい!皇女様!信じて下さい!」


 と、ちょうどその時、看守が戻ってきた。


「出ろ!時間だ!」


 別に私は囚人ではないのだが、看守という人種は、檻の中にいる人に偉そうな態度を取ってしまうようだ。

 私は牢獄を出てその場を立ち去る時、もう一度皇女様の方を見る。

 直感に過ぎないが、やはりこの人は無実だ。誰かの策謀にはまって、ここに放り込まれている。そう感じた。

 そして私は、この監獄を後にした。


 司令部に戻り、私は6階に向かう。

 その階の一室に入る。そこには母もいた。


「あれ?オルガレッタ、一体どうしたの?そんなに勢いよく入ってきて」


 母が突然入ってきた私に声をかけるが、私はそれを無視して、奥の机に向かう。


「フェデリコさん!」


 先日、皇太子殿下の命を救った功績で昇進し、大佐になったばかりのフェデリコさんに向かって叫んだ。


「……なんだ」

「あのですね!やっぱりあの皇女様、無実だと思うんです!絶対おかしいですよ、あの事件!」

「なぜ、そう思う」

「皇女様にとっての陛下は、娘から見たお父さんですよ!?娘が、お父さんを殺したいなんて思いますか!」

「いや、そういう事件はこの宇宙ではよくあることだ」

「いやいや、世俗の話じゃなくて、やんごとなきお家の話ですよ!」

「皇室ともなれば、なおのことありうるのではないか?なにせ、陛下の死によって、巨大な権力や莫大な財産が動く。アルベルティーナ嬢が陛下を殺す動機は、十分にある」

「でも……」

「とにかくこの一件は、我々の管轄ではない。あちらの法律で解決される問題であるから、下手な口出しはできないんだ。諦めることだ」


 フェデリコさんは私の申し出を払いのける。私はその言葉を聞いて、引き下がってしまった。

 皇女様の最後の光景、あそこに登場した人物はフェデリコさんだとばかり思ったから、私はフェデリコさんのところに来た。もしかしたらこの人が今度も、何かをしてくれるかもしれない。そう思ったからだ。

 だが、この人からは何かを引き出すことができなかった。もはや無関係だと言い放った。これ以上、どうしようもないと感じた。

 ああ、私、皇女様にいらぬ期待をさせてしまった……どうしよう。もう一回、あの監獄に行って、謝りたい。

 でも、もう会う機会はない。次に会えるのは、あの断頭台の前。公開処刑の時だけだ。


 そして、その日はやってきた。


 ここは、帝都の真ん中にある広場。

 すでに大勢の群衆が集まっている。その人々の前に置かれているのは、断頭台だ。

 上には、巨大なギロチンの刃が、冷たく光って吊るされている。

 皆、その巨大な刃が落ちる瞬間を、今か今かと待っている。

 やがて、広場の端から、3人の兵士に抱えられる女性が見えた。

 断頭台の前に連れてこられた女性。長い銀色の髪が、まだ寒さの残るこの帝都の風になびいている。

 一人の男性が、その女性の前に立つ。その男は羊皮紙を広げ、それを読み上げる。


「皇女、アルベルティーナ!貴殿は自らの私利私欲のために、あろうことか陛下の殺害を図った!その大逆の罪により、ここに貴殿の皇女の称号を廃し、極刑に処す!」


 その言葉を聞いた群衆が、歓声をあげる。皇女様を罵る声や、陛下万歳の叫びも聞こえてくる。

 大きなハサミを持った兵士が、皇女様の後ろに立つ。そして大衆の前で、皇女様の長い銀色の髪を切り始める。

 首から下の髪をばっさりと切られた皇女様。だが、皇女様は嘆くことなく、前を見ていらっしゃる。

 私の言った言葉を、まだ信じていらっしゃるのだ。私は結局、何も成せてはいないのに、髪を切り捨てられるという無様な姿を晒してもなお、私の言葉を信じているのだ。

 ああ、なんてこと。私ったら、出来もしない約束をしたことを後悔する。

 断頭台に首を据え付けられる皇女様。その差し出された首と手首の上から木枠が下され、カギがかけられる。

 斧を持った兵士が、その断頭台に寄ってくる。巨大な刃を支える細い綱の前で立ち止まり、その斧を構えた。

 そして、刑の執行を宣言した男が、手を挙げる。

 この手が振り下ろされた瞬間、断頭台の上の皇女様の首が、斬り落とされる。

 ああ、やはり奇跡は起きないのか……私はこれから起きる惨劇から目をそらすため、思わず目を閉じてしまった。

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