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#3 予知

「へぇーっ!オルガちゃん、占い師をやってたんだ!」

「はい、そうなんです」


 私がこの司令部に来て、1週間が経った。今ではすっかり、駆逐艦の中の補充作業は一人でできるようになった。それに加えて、倉庫の中の足りないものを注文するという新たな仕事も覚えているところだ。


 おぼろげながら、この街の文字も読めるようになってきた。最近は毎日、ショッピングモールに出かけている。そこでいろいろな値札を読んでいるうちに、何となく読めるようになってきたのだ。

 他にも、司令部の掃除の手配や駆逐艦のいない時のドックの清掃まで覚えているところである。こうなったら、この宇宙港での仕事を徹底的に覚えてやろうと考えている。

 そんなある日の昼食時に、私は以前の仕事のことをリリアーノさんに聞かれた。そこで私は、占い師をしていたことを話す。


「で、どうやって占うの?」

「ええとですね、占いたい相手の手を握ります」

「それで?」

「そうするとですね、見えてくるんです。その人の、1日から10日先の出来事が」

「……えっ!?たったそれだけなの?」

「そうなんです。それだけです」

「でも、見えるって、どういうものが見えてくるのよ」

「その人がいずれ目で見る風景、そのものが見えてくるんですよ」

「ええっ!?本当に!?なんだか怪しいわねぇ……」

「本当なんですよ!これでも私、よく当たる占い師ってことで、それなりに買われていたんですよ」

「ふーん、そう……」


 あまり信じてもらえていないようだ。私はリリアーノさんに提案する。


「じゃあ、リリアーノさんを占ってあげますよ」

「ほんと!?いいわよ、じゃあ、占ってみてよ」


 なんだ、疑わしいと言いながらも、占って欲しかったようだ。ニコニコと微笑みながら、私に右手を差し出すリリアーノさん。


「なんだかよく分かんないけど、いいのを頼むわよ!」

「いえ、こればっかりは未来に起こることしか見えないんで……でも、もし災難が起こりそうなら、それを避けることはできるんです」

「そうなんだ。例えば?」

「例えば、戦さで死にそうになるとか……実は、私の父の死も、見えていたんです」

「ええっ!?そうなの!?何で止めなかったのよ!」

「止めたところで、兵役から逃げ出したらそれこそ死罪ですからね。結局、私の父は死ぬしかなかったんです。でも、今にして思えば、話せば良かったかなあと。そうすれば、何かできたかもしれない。父は生き残れたかもしれなかった……」

「そうか……そんな悲しい過去があったのね」

「ごめんなさい。過去の暗い話をしちゃって」

「まあいいわ。生き残った私たちは、明るい未来を見つめなきゃいけないのよ!だから、とびっきり明るい未来をお願いね!」


 私が見る占いは、絶対に明るいものを見せてくれるわけではない。どちらかというと、暗いものが多かったように思う。

 なればこそ、命を救われた人々がたくさんいたのは事実だ。だからもし、リリアーノさんに何か災いとなることが起こるならば、それを教えて阻止しなくてはならない。

 私はリリアーノさんの手を握る。そして、目を瞑った。

 リリアーノさんの、この先に起こる未来が、見えてくる。


 ◇


 暗い。そこは真っ暗な場所。うっすらと、何かが見えている。

 4つの数字が並んでいる。ああ、これは「時計」というやつだ。22時32分と書かれている。日付は……明日の日付だ。

 ここはリリアーノさんのお部屋だろうか。夜の22時過ぎだ。真っ暗な部屋で当然だ。

 だが、何だか様子がおかしい。リリアーノさんの腕や胸のあたりは、肌が露出している。

 一言で言えば、素っ裸だ。こんな真っ暗なところで、どうして素っ裸なのか?

 だが、さらに衝撃的なものが見えてくる。それは、男の人だ。突如視界に入ってきたこの男、何処かで見たことがある気がするが……

 その男も、上半身が裸だ。どんどんと、目の前に迫ってくる。その手は、リリアーノさんの胸のあたりを触っているようだ。そしてそのまま抱き寄せるように……


 ◇


 ここで私は、目を開ける。とんでもない光景を見てしまった。何ということだろう。私の胸の奥は、まだドキドキと激しい鼓動を打っている。


「どうしたの?なんだか、顔が赤いわよ?」


 私の様子を見て、尋ねるリリアーノさん。そのリリアーノさんに、今見て来た光景を伝えようとするが、とても口に出せない。

 ここは食堂だ。周りには大勢の人がいる。私はリリアーノさんに言った。


「りりりりリリアーノさん!ちょ、ちょっと倉庫に行きませんか!?」

「えっ!?まだ昼休みよ。どうして?」

「いいいいいいから、行きましょう!すぐに行きましょう1」

「ちょ、ちょっと!どうしたのよ、一体!?」


 私はトレイを持ち、食器を片付ける。そしてリリアーノさんの手を引いてエレベーターに乗り、8階にある主計科の倉庫に向かう。


「どうしたのよ、突然。こんなところに連れて来て」


 まだ心臓がドキドキしている。私は深く呼吸をして、少し落ち着いてから話し始める。


「あの、リリアーノさん。私が見たことを、ありのままに話します。聞いて下さいね」

「え、ええ。分かったわ」


 私は、つい先ほどリリアーノさんの手から見えた光景を話した。時計は、明日の22時32分と書かれていたこと、そして、リリアーノさんが素っ裸だったこと。極めつけは、上半身裸の男に抱き寄せられたこと。

 私の話が進むに連れて、リリアーノさんの顔はどんどんと赤くなっていく。私がどうして動揺していたのか、ようやく理解したようだ。


「ちょ、ちょっと!なんていう光景を見てるのよ!」

「い、いや、そんなこと言っても、私だってまさかそんな光景が出るだなんて、思いもよらなかったんですよ!」

「そりゃそうよね……あんた、男の裸を見たことなさそうだし」

「えっ!?見たことありますよ、男の裸くらい」

「なによそれ。弟やお父さんの裸のこと言ってるの?」

「いえ、他人の男の裸です」

「はあ!?どこで見たのよ、そんなもの!」

「だって、男の人の裸なんて、公衆浴場に行けば見られるじゃないですか」

「ええっ!?そんなわけないでしょう!浴場は普通、男女分かれてるわよ!」

「いえ、帝都の公衆浴場は普通、男女一緒ですよ」

「はあ!?そんなバカな!男女混浴だなんて、どういう破廉恥な浴場なのよ!」

「いや、浴場で男女分けるだなんて、しないでしょう。朝早く、日が登ってすぐに開かれる公衆浴場に、週に一度行くんですよ。そこでは普通に男女一緒ですって!」

「はあ……まあいいわ、どっちでも。今は、帝都の公衆浴場の話をしている場合じゃないわね」


 倉庫の片隅にある椅子に座るリリアーノさん。しばらく頭を抱えて座っていたが、私に聞いてくる。


「ねえ、その時計の数字の色、何色だったか覚えてる?」

「はい、緑色でした」

「そう……」

「あの、それが何か……」

「多分それ、私の部屋の時計の文字盤の色よ」

「ええっ!?じゃあ、私が見たのは……」

「私の部屋の中よ。そしてそこには、見知らぬ男が一緒にいた」

「はい。でも、どこかで見た覚えがありますね……多分、この司令部にいる人じゃないかと」

「おかしいわね……私はまだ、付き合っている彼氏なんていないわよ。それなのに、明日の夜22時に誰かと寝ているだなんて……」


 腕を組んで考え込むリリアーノさん。目を閉じて、しばらく考え込んでいたリリアーノさんだが、急に顔を上げて私の方を見る。


「ねえ!ちょっと!」

「は、はい!?」

「私について来て!私が心を許してもよさそうな相手なんて……そんなの、たった一人しかいないわ。今から、確かめにいくわよ!」

「えっ!?あ、ちょっと!リリアーノさん!?」


 私の腕を引っ張るリリアーノさん。ちょうどその時、昼休みの終りを告げるチャイムが鳴る。

 私とリリアーノさんはエレベーターに乗り込む。そして、6階でエレベーターを降りる。

 そこは、幕僚たちのいる階だ。フェデリコさんも、普段はこの階で仕事をしている。

 私の手を引いてずんずんと早足で歩くリリアーノさん。ある部屋の前で立ち止まり、扉を叩く。


「どうぞ」


 中から声がする。それを聞いたリリアーノさんは、中に入る。


「失礼します!」


 私の腕を引いたまま、扉をあけて中に入った。

 そこには、3人の軍人がいた。軍服についた階級章から、佐官だとわかる。

 その一人を見て、私はハッとなった。

 ああ、あの人だ。あの人こそ、さっきリリアーノさんを抱いていた男性だ。

 その男性に向かって、リリアーノさんは尋ねた。


「マルティーノ少佐!この部屋の電球が切れたとの通知があって参りましたが……おかしいですね。どこも切れてないようですが?」

「リリアーノ中尉、見ての通りだ。どこも切れてはいないよ」

「そうですか。センサーの故障でしょうか?失礼いたします!」


 そう言うとリリアーノさんは、再び私の手を引いてエレベーターに乗り込む。

 8階を押し、倉庫のある階に到着する。エレベーターを降りるや、私に尋ねる。


「ねえ!」

「は、はい!」

「……さっき私が話しかけた男。あなたが見た男って、あの男だった!?」

「はい!間違いありません!あの方でした!面長で、短めの少し薄い金色の髪!私の見た通りの方です!」


 それを聞いたリリアーノさんは、その場でへなへなとしゃがみこんだ。


「ああ……なんてこと。でも、本当なのから……」


 なんだかとても信じられないようだ。私はリリアーノさんに尋ねる。


「あの、リリアーノさん。もしかして、そんなに嫌いな方なのですか?」

「いや、そんなことないわよ!そんなことないけど……でも私、あんなことしちゃったし、もう脈があるとは思えないけど……」


 どうやら、リリアーノさん自身もその気がある相手のようだ。だが、かなりの衝撃を受けている様子だ。


「ねえ、一つ聞くけど、あなたのその占いって、単なる妄想や願望が見えてしまうってこと、ない?」

「いえ、私が見るのは、実際に起こりうる出来事、そのものです。その方がどんな願望を抱いていても、それが見えたことはありません!」

「ええっ!?じゃ、じゃあ、本当に私、あの人と寝ちゃうの!?しかも、明日の夜に!?し、信じられない……」


 頭を抱えたまま、通路のど真ん中でしゃがみこんでしまったリリアーノさん。


「あのーっ……リリアーノさんと、あのマルティーノさんと言う方は、どういう関係なんですか?」

「……あのね、実は一度、誘われたことがあったの」

「何にですか?」

「デートよ、デート!ちょうどショッピングモールができた時に、デートに誘われたのよ!」

「なんですか、でーとって?」

「ううっ……そこから話さなきゃ行けないの?」


 リリアーノさんは私に、デートというものを教えてくれた。要するに、仲の良い男女が、一緒に買い物をしたり、美味しいものを食べたりすることのようだ。


「そうなんですか。で、リリアーノさんはどうされたんです?」

「……断っちゃった」

「ええっ!?誘いを断ったんですか!?」

「だって、恥ずかしいじゃない!私なんかが男の人と一緒に街を歩くだなんて……なんだか、柄に合わないようでさ」

「そうですか?そんなことありませんよ。リリアーノさんは女性としても魅力あるお方ですし」

「そそそそそそんなことないでしょう!」

「でも、私が見たそのマルティーノさんの顔は、なんていうかとても満足げなお顔でしたよ。あれは魅力のない人を見ているような、そんな感じは全くなかったですねぇ」

「そ、そうかしら……」

「だって、一度は誘われているんでしょう?ならば、相手にその気があるってことじゃないですか」

「うっ……そ、そうかしら……」

「ということはですよ、リリアーノさん。あとはあなた次第、ということになりますよね」

「ううっ……そ、そうなのかなぁ……」


 その日のリリアーノさんは、ほとんど仕事らしい仕事が、できなかった。

 で、その翌日、リリアーノさんは……どうなったのか、よく分からない。

 というのも、この日は土曜日。そしてその翌日は日曜日だ。

 この2日間は、司令部での仕事はお休み。リリアーノさんに会えないから、どうしているのか知りようがない。

 土曜日は、私と母と弟の3人でショッピングモールに出かけた。以前行った時は、入り口付近で尻込みして引き返してしまったけれど、今は違う。

 この1週間のうちに、私は何度もこの店に来ているから、どこにどんな店があるかも分かってきた。リリアーノさんに教えてもらった安いお店で、私は美味しいものを買い、服も買った。

 以前では考えられないことだ。こんな宮殿のようなお店に平然と出入りして、しかも買い物までしている。美味しいものを、お腹いっぱいに食べられる。幸せだ。

 父が戦死したと聞かされたあの日、明日からどうやって食べて行こうかと、母と一緒に悩んでいたのが嘘のようだ。今は、帝都でも貴族か金持ちしか来られないお店で、私は買い物をしているのだ。

 それもこれも、リリアーノさんのおかげだ。仕事の時は、私に無理難題なことをどんどん押し付けてくる厳しい人だけど、根はいい人だ。

 そんなリリアーノさんが、今はおそらく、悩んでいることだろう。


 そして、その日の夜。


 私はなかなか寝付けなかった。時計がないから、今が何時だか分からないけど、まもなく22時だろう。もし私が見た光景通りのことが起こっていれば、今ごろはリリアーノさんは、マルティーノさんと一緒に、いるはずだ。

 だとしたらリリアーノさん、今はどういう気持ちでこの夜を過ごしているんだろう?私は気になって、しばらく寝付けなかった。


 そして、月曜日になった。

 いつも通りに出勤した私は、司令部の8階に向かう。

 そこには、リリアーノさんがいるはずだ。結局、土曜日はどうなったのだろう?

 倉庫に入ると、そこにはもうリリアーノさんがいた。

 だが、パイプ椅子に座って、頭を抱えたままうつむいている。なんだか、様子が変だ。


「リリアーノさん!」


 私は心配になって、リリアーノさんに声をかける。顔を上げるリリアーノさん。


「あ……オルガちゃん……」


 いつになく暗い表情。一体、リリアーノさんに何かあったようだ。私は尋ねる。


「ど、どうしたんですか!?なんだかちょっと変ですよ!?」

「……最悪だわ……」


 ああ、何かまずいことになっているらしい。私はリリアーノさんの手を握る。


「何があったのか、話して下さい!まさか、マルティーノさんと上手くいかなかったとか……」

「いえ、それはないわ。それどころか、上手くいきすぎちゃったのよ」

「えっ!?」


 リリアーノさんによれば、あの土曜日の夜は、私の見たとおりの光景のことが起きたそうだ。

 話は、金曜日の夕方に戻る。動揺して仕事が手につかなかったリリアーノさん。その日は私とショッピングモールにもいかず、早々に帰ろうとしていた。

 すると司令部の出口で、マルティーノさんとばったり出会ってしまったらしい。あまりに様子のおかしいリリアーノさんを見て、心配そうに声をかけてきたそうだ。

 そこでマルティーノさんとたわいもない話をしているうちに、再びリリアーノさんをデートに誘ってきたそうだ。明日の土曜日に、一緒にショッピングモールに行かないか、と。

 で、リリアーノさんは今度はその誘いにのった。そして翌日、マルティーノさんとリリアーノさんは、ショッピングモールへとやってきた。

 ああ、あの時、リリアーノさん達もショッピングモールにいたんだ。でも、リリアーノさん達は主に映画館やゲームコーナーのある4階にいたため、1階を巡っていた私達とはすれ違わなかった。


 で、一緒になってショッピングモールをめぐり、すっかり意気投合した2人。

 その時、恋愛ものの映画というものを観たそうだ。大きな画面で、男女が愛し合うというそんな映画だというが、それを観てなんとなくいい感じの雰囲気になってしまったという2人。

 その映画の後、屋外に座席のあるカフェへに行き、そこで2人、さっき観た映画や司令部での話をしていた。

 そこで、私の話が出たらしい。


「そういえばあの新人さん、どうなんだい?」

「ええ、よく働いているわよ。たった1週間で、もう駆逐艦の補充作業を一人でこなしているわ。でもね、すごい能力があるのよ」

「へぇ、なんだい、すごい能力っていのは?」

「占いができるらしくって、これがよく当たるというのよ。なんでも、司令部で働く前は占い師をやっていたそうなの。でね、私も占ってもらっちゃって……」

「そうなんだ。で、どうだったの?」

「何が?」

「占いだよ。占いの結果。当たったのかい?」

「いや、それがね……当たるかどうかは、これから分かるのよ」

「えっ!?どういうこと?」


 そこでリリアーノさん、マルティーノさんに私が見たという光景の話をする。


「ええっ!?それって今晩、僕が君の部屋にいるっていうのかい!?」

「そ、そうなのよ!おかしいでしょう?私みたいなガサツな女のところになんか、あなたが来るわけないし……」


 などと応えたリリアーノさんに、マルティーノさんがちょっと真顔になって言う。


「そうかな。僕は君といると、楽しいけどな」


 それを聞いたリリアーノさんは、思わず反論する。


「そそそそんなことないわよ!多分、私のことを知れば、きっと嫌な女だなぁって、そう思うわよ!きっと!」

「そうか。そうなんだ」


 マルティーノさんは、リリアーノさんのその言葉を特に否定はしなかった。だが、その後にこう切り返されたそうだ。


「じゃあ、もっと君のこと知りたいな。僕はまだ、君の嫌なところ、知らないんだ」

「ええーっ!?し、知りたいの!?そんなことが!?」

「そうだよ」

「で、でも、そんなこと知ったら、きっと私のこと嫌いになって離れていっちゃうだけじゃない!?」

「そうかな。だってそのオルガレッタという新人さん、多分僕よりも、君の嫌なところをたくさん見ているみたいだけど、離れるどころか、占いまでしてくれたんだろう?だったら、嫌いにはならないんじゃないかな?」

「……えっ!?」


 この一言が決め手になり、リリアーノさんはマルティーノさんと夕食を共にする。そこでリリアーノさんは、マルティーノさんから告白されたそうだ。


「あの……告白って、何ですか?」

「ええとね、私と付き合ってください、って言われることよ」

「へぇ〜っ!マルティーノさん、そんなことをリリアーノさんに言ったんですか!?」

「そ、そうなのよ!いやあ、あの時はほんと、顔から火が出そうだったわ」


 で、結局、そのまま2人はリリアーノさんの部屋に向かい、その夜……一緒に寝たそうだ。

 その翌日も、マルティーノさんと一緒に過ごす。その日もショッピングモールに食事や買い物に出かけたとのことだ。


「なんだ、上手くいってるじゃないですか。なのに、何だって落ち込んでるんです?」

「いや、だってこんなに上手くいったのは、あなたからあの占いの話があったからだって、そう思ったのよ。そしたら私、なんかすごい罪悪感に襲われてね……」

「えっ?なぜです?」

「上手くいくって分かってたから、私は彼の誘いにのって、こうなったのよ?でもさ、もしオルガちゃんの話を聞かずにいたら私、どうしていたことか……未来を知ったからできた行動。でもそれって、許されることなのかしら!?」

「いいんじゃないですか?私が見たのは、何もしなければ訪れる未来なんです!だから、それが見た通りそのまま起きたということは、リリアーノさんは何もしなかったことと同じなんです!訪れるべくして訪れた運命なんですよ!だから、私はリリアーノさんの未来を変えたわけじゃないんです!」


 それを聞いたリリアーノさんは、顔を上げる。


「それ、ほんと?」

「本当です!今までだってそうでした!私の占いの話を聞いて、その人にできることは、私の話をその通り受け入れるか、それとも避けるために何かをするか、その2つしか選べないんです!」

「そ、そうだったんだ。運命……か……」


 私の話を聞いた途端、リリアーノさんはガラリと態度が変わる。


「そうよね、あれは運命だったのよ!何も私が落ち込む必要なんてなかったんだわ!はぁ~!なんだかスッキリしたわ!」

「そうです、リリアーノさん!」

「ええっ、ほんと良かったわ!じゃあ、今日も仕事、やるわよ!」

「はい!」

「じゃあ、オルガちゃんもせっかく字を覚えてきたから、今日から帳簿チェックもやってもらおうかしら!?」

「はい……って、ええーっ!?私が、字を読むんですかぁ!?」


 元気になったのはいいが、途端に無茶振りするリリアーノさん。やれやれ、今日も大変だ。


 そんなことがあってから、少しづつ私の占いの話が広まっていった。さすがにリリアーノさんは、自分の占いの結果起きたことはちゃんと話していないようだけど、よく当たると吹聴したらしくて、おかげで特に女の人からの依頼が増えた。


「アナリタさん、ショッピングモールで、大きなぬいぐるみを抱えてます。目の前に『当選』って書いてあるので、もしかして、何か大当たりを引いたんじゃないですか?」

「ええっ!?ほんと!?そういえば、明日から始まるショッピングモールの抽選券持ってたわ!早速行ってみるね!」


 大抵はたわいもない光景しか見えないけれど、時々、こんな幸運が見えることがある。このアナリタさんのくじ引きのことも実際にその通りになったので、ますます私に占いの依頼がやってくるようになった。

 どうもこの街の人たちは、女の人の方が占い好きらしい。だから、頼んでくるのは今のところ、女の人ばかりだ。

 だけど今日、初めて男の人から占いの依頼がやってきた。


「あの~オルガレッタさんというのは、あなたですか?」

「はい、そうですけど」

「あの、私、ロベルトって言います。駆逐艦の整備をやっている者です」

「はあ、そうですか」

「で、その整備員の間で、オルガレッタさんが占いをやられていると聞いたので、ちょっと興味があって、ぜひみてもらいたいなぁと思ってやってきたんです」

「そうですか。よろしいですよ」

「ところで、占いって、何をするんですか?」

「はい、占う人の手を握って、この先の出来事を見るんです」

「ええっ!?て、手を握られるんですか!?オルガレッタさんに!?」

「はい、そうですが……嫌ですか?」

「ととととんでもない!嫌どころか、むしろ願ったり叶ったり……い、いえ、なんでもありません!じゃあ、お願いできますか?」

「いいですよ。では、手を出してもらえます?」

「は、はい!どうぞ!」


 このロベルトさん、妙に顔が赤い。どうしたというのだろうか?まあ、いいや。とにかく、占ってあげよう。

 私はロベルトさんの手をそっと握る。そして私は、目を瞑った。


 ◇


 高い。ここは、とても高い場所だ。遠く、帝都の平民街のあの迷路のような複雑な道の模様が見えている。

 その横には灰色の壁が見える。ああ、これは駆逐艦の外壁だ。

 足元には狭い足場があって、ロベルトさんはその上に立っているようだ。ふと後ろを振り向くと、宇宙港にいる他の船も見える。その向こうにひときわ大きな建物も見える。あれは、ショッピングモールだ。

 ロベルトさんは駆逐艦の整備をしていると言っていた。多分、これはその仕事風景なのだろう。私がここにいたら多分、目が眩んでしまいそうだ。

 が、その直後だった。

 突然、足元がぐらっと揺れる。そのまま落っこちながら周りがぐるっと回り、上に街が見えて、下に空が見える。逆さまになっているようだ。

 と思ったら、どんどんと地面が近づいてきて……


 ◇


 私は、はっとして目を開く。

 全身から、どっと嫌な汗が出てくるのを感じた。なに、この感覚は?かつてないほど不快な感覚が、私を襲う。

 思わず手が震える。その震えを、ロベルトさんも感じたようだ。


「ど、どうしたんですか!?オルガレッタさん!顔が真っ青ですよ!?」


 私の異変を感じたロベルトさんは、私の手を握って叫ぶ。しばらく声が出なかった私は、深呼吸して、ロベルトさんに語り始める。


「あ……あの、ロベルトさん……」

「はい!」

「私には、見えました。あれは駆逐艦の外、足場の上に乗って、何かをしている時に……」

「艦の外壁検査のことですか!?確かに、足場を組んで駆逐艦の外を検査することがあります!でも、それが何か?」

「その足場が崩れて、ロベルトさんが逆さまになって地面に吸い込まれていくのが見えて……ええと、その辺りで光景が、途絶えました」


 ロベルトさんには、私が何を見ていたのかを理解したようだ。


「つまり、私が落っこちるところを見たと、そう言いたいんですね!?」

「はい、多分、そうです。怖かった……体がふわっと浮いて、全身の感覚がすっと抜けちゃったような、そんな気味の悪い感覚が襲いかかってきたもので……思わず私、震えちゃって」


 私は、自分の体がまだ震えているのを感じる。寒いわけではない。今は夏だ。ここは冷房が効いていて涼しいが、震えるほど寒いわけではない。ただあの気味の悪い感覚が、私に底知れぬ恐怖を与えているのだ。


「大丈夫ですよ、オルガレッタさん。私もあなたも、落っこちたわけではありませんから。でも、私はどうすればいいんですか?」

「はい、よく分かりませんが、高いところに登った時には、何か気をつけたほうがよさそうですね。それくらいでしょうか」

「そうですか。分かりました。ありがとうございます」


 そう言って、ロベルトさんは持ち場に戻っていった。

 駆逐艦の一番高いところは、70メートルあるとリリアーナさんは言っていた。あんな高いところから落ちたら、おそらく死んでしまうのではないか?

 私が見たのは、ロベルトさんが落っこちる風景。その通りのことが起これば、ロベルトさんは死んでしまうだろう。

 これが現実にならないことを、私は願いたい。ロベルトさん、大丈夫だろうか?


 そんな占いを見た翌日のことだ。

 私はいつものように、トラックから降りてきた台車を受け取っていた。

 そこは駆逐艦6645号艦。この駆逐艦の周りには、足場が組まれている。

 ああ、これがロベルトさんの言っていた外観検査というやつか。ああやって駆逐艦の表面にひび割れがないか、丹念に調べるのだという。

 その足場に、誰かが立っているのが見える。遠くて、誰かはよくわからない。頼りない足場の上を歩き、表面を調べているのが分かる。

 私はその駆逐艦の出入り口に向かって台車を押していた。

 その時だ。

 突然、ガガーンという音が鳴り響く。私は、その音のする方へ振り向いた。

 隣のドックに、別の駆逐艦が降りてきたところだった。でもその駆逐艦、ちょっと衝撃が大きい。その衝撃がここまで伝わってきたのだ。だが、船自体はなんともなく、直後に繋留ロックがかかる音が鳴り響く。

 下手くそな運転だ。びっくりしたじゃないか。心の中で悪態をついていると、それは起こった。

 突然、この駆逐艦の上の方から、ガラガラという音が鳴り響いた。

 なんだ?何が起きたの?私は上を見上げると、上から何かが降ってくるのが見える。

 板だ。おそらくあれは、足場の板だ。板だけではない。その板に紛れて、人が落ちてくるのが見える。

 まさかあれは、ロベルトさんではないのか?私が見たままの光景の出来事が、目の前で起こっている。そして真っ逆さまに人が落ちてくる。私は、血の気の引くのを感じる。

 私のすぐそばに、足場の板が降ってきた。ガシャーンという大きな音を立てて、板が地面に叩きつけられる。

 ああ、ついに起きてしまった。私が見た光景が、現実になってしまった。私はその板を見て、そう悟った。

 が、板は落ちてきたが、人は落ちてこない。不思議に思って、私は上を見上げる。

 すると、誰かがぶら下がっているのが見えた。駆逐艦の中ほど、かろうじて一本の綱で結ばれたその人物。その綱を掴んで、上に登ろうとしているのが見えた。

 まだ生きている。あれは多分、ロベルトさんだ。確かに足場は崩れて落っこちはしたものの、地面に叩きつけられるのを免れた。

 この大きな音を聞きつけて、たくさんの人が駆けつけてくる。


「おい!哨戒機だ!哨戒機を出せ!」

「誰か!クッション材を持ってこい!」


 下は大混乱になった。大声をあげて、ぶら下がるロベルトさんを救い出そうとしている人々。私も上を見上げて、ロベルトさんの様子を見る。

 白い哨戒機がやってきた。ロベルトさんのところにゆっくりと接近している。ぶら下がったロベルトさんは、その哨戒機によってなんとか救い出された。

 そのまま、哨戒機は降りてくる。救い出されたロベルトさんが元気な姿で降りてくる。皆が駆け寄ってくる。

 私もその人混みの中に向かう。その集団の真ん中にいたロベルトさんは、私の姿を見るや、私の手を握って叫んだ。


「オルガレッタさん!助かりましたよ!いやあ、あの占いを聞いてから、命綱をちゃんとするよう心がけていたんです!おかげで、死なずに済みました!」


 歓喜の中、私はロベルトさんから何度も何度もお礼を言われ続ける。私も、助かったロベルトさんに微笑んだ。

 こうして私は、この司令部で一人の命を救うことになった。私は自分の父親は救えなかったが、その代わりロベルトさんの命を救うことができた。笑顔のロベルトさんを見て、私は彼を占うことができた幸運に感謝していた。

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