#28 強盗
人生最大の危機。私はまさにそういうものに今、遭遇している。
命を狙われる人を占い、実際にその人が危うく死にそうになった瞬間を、何度か占いの中で目にしたことがあるが、私自身がそれを経験するのは初めてだ。
そして、それが人生最後の経験になるのかもしれない。
目の前には拳銃、それを握っている男は、今にもその引き金を引こうとしている。
ああ、もうダメだ。お父さん、もうすぐ私、そっちに行くから、よろしくね。
そして、カチャという引き金に指をかける音が聞こえる。人生最後の瞬間が、迫っていた。
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「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、お願いね」
リリアーノさんからの依頼で、私は銀行に行くことになった。
司令部の業務では、たくさんの銀貨や銅貨が必要とされる。帝都内、特にベーゼホルンでの諜報活動では、帝都のお金がよく使われる。
帝都でも徐々にユニバーサルドルや電子マネーが使えるようになってきたが、まだまだ帝国銀貨、銅貨の方がよく使われている。このため、司令部でも相当な量の銀貨や銅貨を準備しておく必要がある。
そこで、司令部では時々、銀行にてユニバーサルドルをこっちの貨幣に交換している。その両替作業はもちろん、雑用係の仕事だ。
宇宙での石拾いから、駆逐艦の洗剤の補充、電球交換、そして両替まで、この職場は本当にやることが多い。でも、それだけやりがいもある。
さて、今日は金曜日。仕事が早く終わったら、キースさんと一緒にショッピングモールでお買い物をすることになっている。そしてその後は食事して、そのままキースさんのお部屋でほかほかの夜を……
いけない、顔がにやけちゃってるのが自分でも分かる。こんな顔をヒルデガルドさんにでも見られたら、またぶっ殺すとか言われそうだ。
司令部を出て、そのままショッピングモールの方に向かう。ショッピングモールのすぐ横に、その銀行がある。
ここはお金を預けるところだが、車や家を買うときにお金を貸してくれるところでもあるらしい。この街にも、自分の家や部屋を買う人が増えてるそうだ。
そういえばこの街の中の車が増えてきた。それもきっとこの銀行のおかげなのだろう。そういえばキースさんも近々、自分の車を買うと言っていたな。
銀行に入る。中は3人ほどの銀行員と、5、6人ほどのお客さんがいた。私はカウンターの方に向かう。
「いらっしゃいませ、オルガレッタさん」
私はここの銀行員さんに、すっかり顔を覚えられていた。私の知らないうちに、私の名前があちこちに知られてるらしい。まあおかげで銀行員さんも優しくしてくれるし、私はあまり気にしていない。
「ええと、今日も銀貨と銅貨の両替、お願いします」
「はい、かしこまりました。では、念のため身分証明書の提示をお願いします」
銀行というところは、基本的には無人だそうだ。いてもせいぜい2人まで。お金の貸し借りは、銀行内に置かれた機械が行う。電子マネーが当たり前のこの街では、お金に関する大抵のやり取りが、人を介することなく済んでしまう。
ところが、この銀行には3人いる。帝都の通貨とユニバーサルドルの両替を伴う仕事が多いからだ。ここには時々、貴族のお使いの人も来ているほどだ。電子化されていないお金がある以上、人手が必要になる。
「それでは、貨幣を準備しますので、椅子に座ってお待ちください」
銀行員さんに言われて、私は椅子に座る。そこで、スマホを見ながら待っていた。
これが終わったら、その銀貨、銅貨を持って帰って主計科の事務所に渡し、それで今日の仕事はおしまい。そのあとは、キースさんとほかほかした夜を過ごすんだぁ……私は、すっかり週末気分で舞い上がっていた。
だが、そういうときに限って嫌なことが起こる。
突然、銀行内の明かりが消える。中にいるお客さんも銀行員さんも、何事かと天井の明かりを見上げる。
「動くな!」
そこに、2人の男が現れた。1人は髭面の男で、もう1人は筋肉質の大男。2人とも、手には銃を持っている。
な、なんなの?何をするつもり?銀行ってまさか、銃も預かってくれるの?だが、この2人がこの銀行のお客ではないことは、その直後に分かった。
「強盗だ!ありったけの金貨と銀貨を出せ!」
ああ、この人達、お金を脅し取るために来たんだ。まるで山賊や野盗のようだが、こういうのを「強盗」と呼ぶのだということを、たった今知った。
その強盗さんは、ある銀行員さんに銃を向け、お金を用意させている。奥から金貨と銀貨をいっぱい持ってくる銀行員さん。
「あ、あの、銅貨はなくていいんですか?」
「いらん。重いだけで価値がない貨幣など、邪魔なだけだ。早く準備しろ!」
銀行員さんは袋を用意する。それにたくさんのお金を流し込んでいる。
ああ、あんなに銀貨を持って行ったら、私が受け取る分がなくなるじゃない。どうしよう、これじゃ今日の仕事が終わらない。
でも、ここにはユニバーサルドルもある。なんだってあんなに重い帝国通貨を集めさせるんだろう?電子マネーをチャージさせれば、それで終わりだろうに。
もしかして、帝都の人なのかな。だから、金貨や銀貨を欲しがるのかも。そんなことを考えていたら、急に外が騒がしくなってきた。
「兄貴!け、警察が来ちまいました!」
大男が叫ぶ。髭男も窓の外を見て、悪態をつく。
外にはたくさんの車。赤い光がチカチカしてるのが見える。そして警官がたくさん、店の周りを囲んでいた。
「クソッ!いつの間に通報しやがった!?」
髭男は、銀行員さんの一人に銃を向ける。するとその銀行員さんは応える。
「て、店舗の電源を止めたら、自動で通報されるんだ!そういう仕組みだから、しょうがないだろう!」
「ちっ、そんな仕掛けがあったのか……しまったな」
「ど、どうすんだよ、兄貴!」
「待て。まだやりようはある」
髭男は、窓の方に銃を向ける。そして、その銃を撃つ。
バンッバンッと2発撃つ。銃で打たれた窓ガラスは割れ落ちる。外にいる警官は、一斉に身構える。
そしてその髭男は、私のところに来て、私の手を掴む。
「ひええっ……」
「おっと、お嬢ちゃん。妙な抵抗をするんじゃない。大人しくしてれば、命は奪わねえ」
そう言って髭男は、私をその割れた窓のそばまで連れて行く。
そして私を片手で抱えて、頭に銃を突きつける。警官も一斉に銃を向けてきた。
「撃つな!さもなきゃ、こいつの頭が吹っ飛ぶぞ!他に5人の客と、3人の銀行員の人質もいるんだ!下手なこと、するんじゃねえ!」
ひええっ!私に銃を向けてきたよ、この人。私のこの様子を見た警官達は、誰も撃ってこない。でも、もし誰かが1発でも撃てば、私の頭には大穴が開くことになるかもしれない。私は初めて命の危機を感じた。
私を抱えたまま、ジリジリと後ろに下がる髭男。そして男は、私を床に放り投げる。
「だ、大丈夫ですか!?オルガレッタさん!」
そこには他の5人のお客さんと3人の銀行員さんが皆、集められていた。大男が、こちらに銃を向けている。
「ん?オルガレッタ……だって?」
髭男が、不意に私の名前を口にする。そして、振り向く。
「おい、オルガレッタといえば、皇太子殿下や艦隊を救ったっていう、よく当たる占い師のことじゃねえか!?そうなのか!?」
「は、はい!そうです!」
思わず応える私。
「なんだ、こんなところにそんな有名人がいたとは、俺も運がいいな。最高の人質じゃないか!はっはっは!」
ひええっ!この男、私を見て笑ってる!しまった、すっかり目をつけられてしまった。
というわけで、髭男が外に向かって叫ぶ。
「おい!こっちには占い師のオルガレッタ嬢がいるんだ!帝都一の占い師を殺されたくなければ、100万ドルのマネーと、宇宙港までの車を用意しやがれ!」
警官がざわついている。強盗がいきなり法外な要求を突きつけてきたため、動揺してるようだ。
「さっさとしねえと、占い師以外の人質を、30分に1人づつ殺す!分かったか!」
うわぁ……殺しちゃうの!?私以外を!?ちょっと、いくらなんでもそれは、残酷すぎない!?
するとその髭男、私の方にやってくる。
「さてと、占い師のお嬢ちゃん。あんたには逃亡中も人質でいてもらう。このまま宇宙港に行き、一緒に船に乗り、遠くまで逃げるんだ。いいな?」
ええーっ!いいわけないでしょう。私はどうなっちゃうの?お母さんや司令部のみんな、それにキースさんとお別れなの?
それどころか、もしかしたら私、何かの拍子でお父さんの元に行っちゃうことになるかもしれない。この人達は銃を持ってるし、ヒルデガルドさんよりもはるかに気が短そうだ。ぶっ殺すといったら、本当にぶっ殺しそうな雰囲気がプンプンする。
とんでもないことに関わってしまった。ああ、本当に私、自分を占えないことがもどかしい。どうしてこうなった?
ところで、さっきから見てると、どうやらあの髭男が頭領で、あの大男が手下のようだ。確かに、あの髭男の方が頭の回転が早そうだ。あの大男だけだったら、もう捕まっているかもしれない。
外の警官と髭男が会話している。警官は、この2人の強盗を説得しようとしているみたいだ。
「おい!お前達!そんなことをしてもいずれ捕まる!今ならまだ罪は軽い!すぐに投降しろ!」
「うるさい!それよりも車と金はどうした!?」
こういうやりとりがさっきから続いている。だが、一向に話がまとまらない。平行線が続く。
そんなやりとりをしている時に、あの大男がこんなことを言い出す。
「おい、お前!占い師だったよな!?」
「は、はい、そうです」
「じゃあ、俺を占ってみろ!ここを脱出できるかどうか、知りたいんだ」
ひえええっ!こんな時にこの大男を占うの?変な汗が出る。手が震えてしまう。
「おい、どうした!できねえっていうのか!?」
「は、はい!や、やります!」
「で、どうやって占うんだ!?」
「て、手を出してください」
「なんだと!?お前、おかしなことを企んでるんじゃないだろうな!?」
「ひええっ!私、手を握ると、その人の少し先に起こることが見えるんです!だから、手を握らないとダメなんですよ!」
「くそっ!まあいい、分かった。その代わり変なことしやがったら、ただじゃおかねえからな!」
髭男よりもこっちの方が気が短そうだ。仕方がない、とにかくこいつを占うとしよう。
あまり握りたくない大男の手を握る。なんていうか、キースさんよりも大きくて、硬い。おまけに汗臭い。最悪な手だ。
その不愉快な手を握り、私は目を閉じる。
◇
ここは、今と同じ場所。銀行の中だ。窓ガラスが割れている。これは今と同じだ。
銀行員さんとお客さんが見える。まだ、誰もやられていない。だけど、この男の視界の中に私だけいない。どういうこと?
そこに突如、上から警官が降りてきた。銀行のカウンターのあたりからも、たくさんの警官が入ってくる。そして、大男は数人に腕を掴まれて……
◇
私は目を開ける。それを見た大男が叫ぶ。
「おい!今、変なことしようとしたな!?」
「い、いえ、してませんって!占いが終わったんです!」
大男のくせに、気が小さいな。私が目を開けただけで、何をそんなに怯えているんだ?
「で、どうなんだ!?占いの結果は!?」
「ひええっ!い、今話します!」
こっちを睨みつけてくる大男。ああ、やっぱり怖い、この人。
「て、天井から警官が降りてきます。そのカウンターの奥あたりからも、たくさん。そして数人があなたの手を掴んでですね……」
「な、なんだとこらっ!それは俺達が警察に捕まるってことじゃねえか!ふざけやがって!」
ありのままを話したら、突如この大男はキレてしまった。私は大男にはたかれて、後ろに倒れる。
「くそっ!このエセ占い師め!ぶっ殺してやる!」
占いの結果を話したがために迎えた、人生最大の危機。大男は、銃を向けてきた。
今にも引き金を引きかねないほどの怒り顔で、こちらを睨む大男。
ああ、私、もうすぐお父さんの元に行くんだ。もはや回避不能なようだ。
男は引き金に指をかける。私の人生最後の瞬間が、迫っていた。
お父さん、これからそっちに行くから、よろしくね。お母さん、私、天国から見守ることになるね。そしてキースさん、今日の夕食一緒に行けなくてごめんね……
引き金を引く瞬間がとても長い時間が過ぎたように感じる。走馬灯のように、いろいろな人への想いが頭の中を通り過ぎる。
そして引き金を引く指が動き始めたのが見えた、その時だった。
「おい、待て!」
髭男の叫び声が、聞こえた。
「お前、馬鹿か!一番大事な人質を殺してどうする!?」
「だけど兄貴、こいつ俺たちが警察に囲まれて捕まるって言いやがるから……」
「所詮は占いだろ!何を本気にしてやがる!とにかく、銃を引け!」
髭男の制止で、私は間一髪のところで助かった。大男が銃を引っ込めて他の人質のところに行くが、それでもまだ胸がドキドキしている。
だが今度は髭男が私の腕を引いた。一難去って、また一難、髭男の横に、私は連れて行かれる。
「大事な人質を、あんな脳筋野郎に任せられねえや。俺の横に座ってろ」
そういうとこの髭男、私をすぐそばの椅子に座らせた。そして髭男も座る。
「占い師の嬢ちゃん、あんた正直なのはいいが、あまり馬鹿正直なのも困りものだ。危うく、死ぬところだったぜ!?」
私に向かってこんなことを言う髭男。私は応える。
「そ、そうですけど私、嘘はついちゃいけないって、死んだお父さんから言われたんです!嘘をつくくらいなら、死んだ方がマシだって、そう言われて育ったんです!」
ついムキになって言い返してしまった。それを聞いた髭男、私の方を睨む。
ひええっ!つい言い過ぎちゃった。また銃を向けられちゃうの!?だがその髭男は、こんなことを言い出す。
「へぇ、そうなんだ。俺は正直に生きたら、何もかも奪われちゃったぜ。おかげで、この有様だ」
「そ、そうなんですか?でも、なんで……」
「まあ、いろいろあってな。地球122じゃ、正直ならいいってわけじゃねえんだよ」
「あの、髭男さん、もしかして地球122の方ですか?」
「そうだよ。こっちの星じゃまだ、銀行強盗なんてものは存在しないだろう。こんなことするやつは、心の汚れた地球122の人間だけだよ」
この人、やっぱり地球122の人だったんだ。それにしても、ちょっと会話した限りではどうやらいろいろとあったようだ。あまり人のことを信用していないみたいに感じる。
だけどこの人、あの大男と違ってどこか優しさというか、そういうものが垣間見える。口では強がってるけど、なぜかあまり怖さを感じない。
私はじーっとその髭男の顔を見ていた。さっきからこの髭男、座ったまま動かない。もう30分は経っているけど、誰も殺さない。大男はそわそわしてこの髭男にどうすればいいかを尋ねているが、うるさいというだけで動こうとしない。
どうしちゃったのだろう?警官の呼びかけにも応えなくなった。ずっと、座ったままだ。
何か考え込んでいるみたいだ。私は尋ねる。
「あの、髭男さん」
「なんだ!」
「あ、あのさっき、帝都のお金を要求してたじゃないですか。地球122の方なら、ユニバーサルドルを要求した方が……」
「それはな、ユニバーサルドルを持ってったら、足がつくからだよ。電子マネーならもちろん、紙幣でもそのナンバーが控えられるから、どの店に使われたかが瞬時に追っかけられて、いずれ捕まっちまう。帝都のお金を一旦ベーゼホルンに持って行き、ユニバーサルドルに変えて逃げようって算段だった。ま、もうそれは無理だから、今は電子マネーを要求してるんだがな」
「はあ……そうなんですか。でも、お金もらって、どうするんですか?」
「ああーっ!?なんだって!?」
「ひええっ!いや、別に応えなくてもいいです!」
「……どこか、知らねえ星に行こうかって、思ったんだよ」
「えっ!?よその星にですか!?」
「どこの星でも、人気のない、暖かい綺麗な海がある場所があるものだろう。そういうところに行って、のんびり暮らすのさ」
およそ人を殺しかねない強盗とは思えない答えが返ってきた。私はさらに尋ねる。
「どうしてそんな場所になんか行くんです?人のいないところって、美味しいものにも食べられないし、暮らすのも不便じゃあ……」
「いや、俺は人と関わりたくないんだよ。できれば無人島にでも行って、まったく人のいない静かなところでボーッと一日中、海を眺めて過ごすんだ。まあ、ある程度の生活用品を買い込んで、核融合炉も一つあれば、ほとんど買い出しに行かなくても俺とあいつ、それにもう一人くらいなら慎ましく暮らせるだろうよ」
「あの、もしかして……そこまで私を連れてくつもりですか?」
「そうだな、大事な人質だし、嬢ちゃんも連れて行った方が俺は、楽しいかな」
「あはは、そうですね。それはきっと楽しそうですね」
多分、私は人生で初めて、明確な嘘をついた。強盗と一緒に暮らすそんな未来が、とても楽しいとは思えない。だけど、なぜかこの髭男さんの夢を、少し励ましたくなってしまった。
「だが、その楽しい生活を迎えるのは、ちょっと無理そうだな……」
急に髭男さんが、ボソッと呟く。
と、その時、上からバカンという音が響いた。
上から、縄が落ちてくる。数人の警官が降りてきた。
立ち上がる髭男、大男も慌てて立ち上がる。
カウンターの向こうからも人が大勢押し寄せる。裏口から入ってきたのだろう。20人以上が一斉に入ってきた。
数人が髭男の腕を掴む。銃を取り上げ、遠くに投げた。
同様に、大男も捕まる。力の強い男だが、数人の警官には逆らえなかったようだ。あっという間に取り押さえられた。
私と他の人質だったお客さんと銀行員さんは皆、警官によって外に連れ出される。私はやっと、店の外に出られた。
「オルガレッタさん!」
誰かが叫ぶ。振り返るとそこに、キースさんがいた。
「き、キースさぁん!」
私は泣きながら、キースさんの方に駆け寄る。キースさんも、私を抱きしめる。
「よ、よかった~!オルガレッタさんが人質になってるって聞いて、飛んできたんだよ」
「こ、怖かった~!ほんとに死ぬかと思った~!」
泣きじゃくる私、抱き寄せてくれるキースさん。こうして私と銀行にいた他の人も皆、助かった。
向こうを見ると、2人の強盗が連れて行かれるのが見える。2人は別々の車に乗せられるようで、ちょうど髭男さんが車に乗せられるところだった。それを見た私は、キースさんに言った。
「お願い!ちょっと行かせて!」
「あ、ちょっと、オルガレッタさん!?」
その車の方に駆け寄る私。髭男は手に何かをつながれて拘束されていた。まさに車に乗り込むところだった。
「髭男さん!」
乗り込もうとする髭男さんは、私の方を見る。
「なんだい、占い師のお嬢ちゃん」
「教えてください!髭男さん、どうして突然、しゃがんだまま私と話をし始めたんですか!?私がいうのも変ですが、なんだか急に抵抗するのをやめちゃったみたいで、変だなあって思って……」
すると髭男さんは、すこし笑みを浮かべてこう応えた。
「あんたの占いは、絶対に当たるんだろ?あの結果を聞いたら、これ以上抵抗しない方が罪が軽くなると思ってな」
「へ?そ、そうなんですか?」
「ま、ほんの少しの間だけど、夢を見させてもらって楽しかったよ。じゃあな!」
そういうと、その髭男さんは、てっぺんに赤い光がくるくると回っている警察の車に乗り込んだ。そしてそのまま、車は髭男さんをどこかに連れて行ってしまった。
「どうしたんですか?急に犯人のところへなんか行って」
「ええ、実は殺されそうになったんですが、命を助けられたというか……」
「ええーっ!?どういうことです!?」
「いろいろとあったんですよ。まあ、いいじゃないですか、私はこうして生きてるわけですし」
「そ、そうですね。じゃあ、司令部に戻りますか」
「あ!そうだ!銀貨と銅貨!まだもらってませんよ!」
「いいですよ、そんなもの。また取りに来ればいいですから。今はそれどころじゃないですよ。オルガレッタさんが巻き込まれたって、司令部じゅう、大騒ぎです。まずは無事を知らせるのが、今のオルガレッタさんの仕事ですから」
「はあ、そうですか……では、帰ります」
「はい、お供いたします」
お父さん、私、まだ当分そっちには行けないわ。お母さんや弟、それにキースさんとしばらくこっちで頑張るね。
私とキースさんは、司令部に向かう。危うく天国へ行くところだったけど、それにしても不思議な人と出会ったものだ。
私の今までの人生でもっとも危険な瞬間を迎えた事件は、こうしてあっけなく幕を閉じた。




