#26 求愛
私の特技は、占いだ。
そのことは、すでにこの司令部内に広く知れ渡っている。おかげで、占いの依頼は多い。
だが、私の占いのことを理解している人は少ない。
「ねえ、オルガレッタさん、私の恋愛運、占ってもらえる?」
こういう相談が一番多い。本当に多い。でも、私の占いは何か特定の事象を占うものではなく、その人に近々起こりうる何か衝撃的なことを予め知るというものである。だから、その結果が恋愛関係かどうかは、まったく分からない。
大抵の場合は、日常に起きる出来事で、普通でないことが現れる。道で転んだとか、自販機で買った飲み物が選んだものと違うものが出てきたとか、ショッピングモールで思わぬ特価品を見つけたとか、ズボンのあそこが開きっぱなしだったとか、そういうたわいもない出来事ばかりが見えてくる。
が、次に多いのは、告白前にその結果を知りたいという相談だ。
まれに男性からこの相談を受けることもあるが、女性が大半だ。
確かに、失敗すると分かった告白などしたくはない。そう考えるのが普通だ。だから、一世一代のこの瞬間の結果を知りたいと考えて、私のところにやってくる。
これは私の占いの上手い活用法だ。ただし、事前に結果を知るというだけで、断られた時の精神的な傷の深さはさほど変わらない。
もっとも、断られる光景に出会うことがほとんどない。大抵は、うまくいく。なにせこの司令部は、女が少ない。男だらけだ。だから、告白されて嫌という男性はあまりいない。
だが連戦連敗の女性士官が、たった一人いる。
彼女の名は、デーボラさんという。すでにこの手の占い相談を、10回以上受けた。が、全て敗北という結果だった。
「そっか……また振られるんだね……でも、何もしないのもなんだから、アタックするだけしてみるよ」
と毎回そう言って、告白自体は諦めないデーボラさん。前向きな姿勢は評価するべきだが、結果は必ず占い通りとなる。残念だが、外れたことはない。
毎回、気の毒で仕方がない。私も、なんとかできるものならなんとかしてあげたい。にしても、そんなに彼女、ダメなのかな。
デーボラさんは、司令部付きの秘書科所属。母も同じ職場だから、よく知っている。性格は真面目で少しおっとりしており、それでいて細かいことは気にしない性格なようだ。
体形は少しぽっちゃりしている。だけど、その分胸も大きい。キースさんが以前見せてくれた動画に出てくる女の人の胸の大きさといい勝負、あれだけあれば、もっと好かれても良さそうな気もするが、どうやらこの司令部の男どもの好みは胸の大きさだけで決まるものではないらしい。
「やっぱり太ってるのがいけないのかな……もうちょっと、ダイエットしないとダメね」
と毎回ぼやいている。どうやら、少し太ってることがダメなようだ。
が、帝都の貴族の間では、少し太ってるくらいの令嬢が好まれる。その方が、子作りに適している人物だと思われるからだ。だから、むしろデーボラさんくらいはないとダメだ。ヒルデガルドさんは元貴族の令嬢にしては痩せているが、多くの貴族令嬢が少し太り気味なのは、そういう事情からである。
で、今日もまた、デーボラさんがやってきた。またある男性に告白するんだという。それでまた、占って欲しいと頼まれた。
この人、ほぼ毎週のように占っている。が、毎回残念な結果を話している。おかげでデーボラさんの顔を見るのが辛い。
「オルガちゃん、いつものお願い!今度こそ、うまくいく気がするの!」
といってくるデーボラさん。毎回こういってるが、結果はいつも同じ。おそらく、今回もそうだろう。
目を輝かせて、手を差し出すデーボラさん。その顔が何度も落胆に変わる瞬間を、私は何度も見ている。それを思うと憂鬱だが、頼まれた以上、断るわけにはいかない。
私は渋々デーボラさんの手を握る。そして、目を閉じた。
◇
司令部の、裏にいる。駆逐艦ドックと司令部を隔てる壁のすぐそばだ。
デーボラさんの告白の場面では、わりとよく見かける場所だ。相手は大抵司令部の人だから、司令部内での告白しているところが多いのは当然だろう。
今回もまた、告白された男が離れていくところを目撃するのではないか。そう思いながら、私は周りを見る。
……あれ?男の人が、目の前でしゃがんでいる。
そこにいるのは金髪の、わりと見目麗しき男性。こう言う人のことを、リリアーノさんは「イメケン」と呼んでいた。まさにそのイケメンな男性が、デーボラさんの前でしゃがんでいる。
というか、この人、騎士だ。何か行事でもあったのだろうか、鎧や剣だけでなく、マントも身につけている。
でも、どうして騎士がデーボラさんの前でしゃがんでいるの?これって、まさか……
そのまさかだった。その金髪の騎士は、デーボラさんの差し出す手をそっと受け取り、その手の甲に口づけをする。これってもしかして、帝都流の求愛ではないのか!?
◇
私は目を開けた。ものすごく刺激的な場面を目の当たりにしたせいで、心臓がばくばくしている。いつもと様子の違う私を見て、デーボラさんが声をかけてくる。
「どうしたの、オルガちゃん!?まさか私、暗殺されちゃったの!?」
まあ、そう言う時も似たような反応をするけど、デーボラさんを暗殺する人は多分、いないだろう。
「い、いえ、そうじゃなくて、デーボラさん、手の甲に口づけされてましたよ!」
「ええーっ!?じゃあ、告白、上手くいったの!?」
「ただですね、相手が騎士だったのですよ」
「えっ!?騎士?」
「そうです。金髪で、リリアーナさん風に言えばイケメンな、剣と鎧にマントを身につけて、司令部の裏でデーボラさんの前でひざまづいて、手の甲に口づけをしているんです!」
「ええーっ!って、あれ?金髪?私が今度告白する人は、金髪じゃないわよ?どういうこと?」
「えっ!?そうなんですか?じゃあ、あの人は一体……」
私もデーボラさんも、考え込んでしまった。金髪という時点で、デーボラさんの知っている人ではないという。
「……ねえ、オルガちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「オルガちゃんの占いって、ほっとけば必ずその通りになっちゃうんだよね!?」
「はい、今のところ、そうならなかった試しがありません」
「てことはさ、その占い通りになるとすれば、私の前にある日突然、金髪の王子様が現れるってことなの!?」
「いえ、王子様ではなく、騎士ですが……」
「どっちも同じよ!ねえ、私、告白するのやめる!1週間、その金髪の王子様が現れるのを待ってみる!」
「は、はあ……」
想定外の結果だったが、おかげで占いの後に初めてデーボラさんの喜ぶ顔を見ることができた。
だが、一体あれは、誰だ?
駆逐艦の補充作業をしながら、私はその金髪の人物のことを考えていた。そして、ふと思い当たる人物が一人いた。
だけど、あの人がなぜ、司令部の裏なんかに……司令部はおろか、この街に入ることすらなさそうな人物。しかも、礼装用の鎧を身にまとっていた。そういう場面が、まったく想像できない。
だが、意外に早く、その答えが分かる。それは、その翌日の午後のことだった。フェデリコさんに呼ばれて、私はとある式典に参列することになる。
先日行われた航空ショー、その時参加した帝国戦車隊を謁見し、ねぎらうため、フリードリヒ殿下が司令部にお越しになることになったのだ。
駆逐艦ドックの並ぶ宇宙港の敷地内で、フェデリコさんと私、そして母をはじめとする秘書の方々が出迎えのため、整列をする。
その横に、キースさんと帝国戦車隊の騎士達16名がずらりと参列する。キースさんは軍服だが、戦車隊の方々は皆、礼装用の鎧と剣、それにマントを身にまとっている。
そして皇太子様を護衛する衛兵が5人、その向かいに並ぶ。皇太子殿下の背後をお守りするため、同じく礼装用の騎士の姿で並んでいた。
その5人の中の一人に、あの金髪の騎士がいた。
あの方は、エヴァルト殿という。帝国最上位の騎士号をいただき、皇族の護衛を任されるほどのお方だ。
その方とはすでに数度、顔を合わせている。ブロイセン第4皇子暗殺未遂、マッケンゼン公謀略、その後のフリードリヒ皇太子暗殺未遂に関わる際に、衛兵の方々とは何度もお会いすることになった。
あまり会話をしたことはないが、顔はよく知っている。だが、まさかあちらからこの司令部にくることになるとは……
金髪で、騎士の姿をした人物は、この人しかいない。だから秘書の一人として並ぶデーボラさんは、おそらくこの方のことを気づいているだろうと思う。
皇太子殿下が到着されて、謁見が行われた。全員で敬礼し、皇太子様の訪問に感謝の意を表す。
短時間の行事も終わり、皆が解散する。するとエヴァルト殿が、私のところにやってきた。
「オルガレッタ殿!」
「は、はい!なんでございましょうか!」
デーボラさんじゃなくて私に声をかけてくるこの金髪の騎士は、私にささやくように尋ねてくる。
「あそこにいるご婦人は、どんなお方だ?」
「えっ!?もしかしてあの端から3人目にいる」
「そうだ。あの方だ」
「あの方はデーボラさん。秘書課の中尉さんで……」
「そうか、ならばすでにお相手はいらっしゃるのであろうな」
「い、いえ!その、お相手がいなくて悩んでいるほどですよ」
「そうなのか?あれほど美しい方だというのに、この司令部の者はなんと見る目がない……」
ちょうど皆で司令部に向かう途中だった。司令部と宇宙港を隔てる壁の出入り口を超えたあたり、そこでエヴァルト殿は向きを変える。
他の秘書の方々と一緒に、こちらに向かって歩くデーボラさん。そのデーボラさんに向かって、颯爽と歩く金髪の騎士。
秘書の皆は、びっくりしている。突如「イケメン」な騎士礼装の男性が近づいてくるのだ。中でも驚いているのは、間違いなくこの場面が来ることを知っていたデーボラさんだろう。
そして、エヴァルト殿はデーボラさんの前で立ち止まる。私も、航空隊の皆も、秘書一同も、そしてフェデリコさんも、このエヴァルト殿の方を注目する。
「デーボラ殿でございますか?」
突如名を呼ばれたデーボラさん。唖然とする秘書達を前に、応える。
「は、はい!そうでございます!」
するとエヴァルト殿、突然デーボラさんの前にひざまづく。
「あなたに一目惚れいたしました者です。もしよろしければ、私とお付き合いいただくこと、了承いただけませんか?」
昨日占ったばかりだというのに、心の準備も整わぬまま、もう現実が訪れてしまった。しかも、これだけ大勢の前でだ。だがデーボラさん、これだけ大胆で礼を尽くした告白、いや、求愛に応えないわけにもいかない。断る理由も、もちろんない。
「は、はい!あの、お受けいたし……ます」
といって、デーボラさんは思わず右手を差し出した。
するとエヴァルト殿はその手を受け取り、こう続けた。
「ならばこのエヴァルト、これよりあなたの愛に忠実なる騎士となり、私の愛を注ぐことをお誓い申し上げる」
といって、手の甲にそっと口づけをした。
デーボラさんの顔はもちろん、その横にいる秘書課の皆の顔も真っ赤になっていた。あの母でさえ、突如起きたこの求愛ドラマに驚いた様子だ。
フェデリコさんも、キースさんをはじめとする航空隊の皆さんも、この2人を見てその場で固まっている。帝国でも最上位騎士のこの大胆な行動に、皆、驚きを隠せない。
その後、エヴァルト殿は立ち上がり、デーボラさんの手をそっと引いて歩き出した。その後ろから、ぞろぞろとついてくる秘書科の皆さん。
司令部の前に着く頃には、もう大変なことになっていた。窓という窓からは人が覗き込み、地上にいる人々は2人に注目する。おそらく、秘書科か航空隊の誰かがスマホで知らせたのだろう。あちこちでこの2人を撮っているのが伺える。
司令部の出入り口付近で、少し話をする2人。おそらく、次に会う約束でも交わしているのだろう。そしてエヴァルト殿は他の衛兵と共に帰っていった。
「ちょ、ちょっと!なにあれ!?何が起こったの!?」
リリアーノさんがこの大騒ぎを見て、私に尋ねてくる。
「あのですね、デーボラさんが皇族の衛兵の一人であるエヴァルト殿に突然、告白、いや、求愛されてですね……」
「ええーっ!?さっきのあのイケメン騎士が、肉まんデーボラに!?どういうことよ、それ!?」
リリアーノさん、あのデーボラさんのこと、肉まんって呼んでたのか。あまりいい響きではないようだが、肉まんは美味しい。私は好きだ。
それにしても、モテない女として司令部内では知られていたデーボラさんのこの劇的な告白劇は、ここの女性陣に少なからず衝撃を与えた。秘書科でもしばらくはデーボラさんが質問責めに合うなど、仕事どころではなかったと、母が言っていた。
でも、帝都の価値観では、デーボラさんは決してモテない女ではない。むしろ、一目惚れされて求愛されてもおかしくない容姿だと私は感じていた。この価値観の違いが、今回のこの騒ぎの原因だろうと思う。
とまあ、司令部全体がまるで連盟の襲撃にでもあったかのように大騒ぎになっていたが、それも夕方ごろには落ち着きを見せる。
「いやあ、あの騒ぎ、すごかったねぇ」
その日の夕方、キースさんと私は、ショッピングモールに来ていた。
「昨日、占いで見たばかりの出来事が、突然起こったんですよ。私もびっくりです」
「でもさすがは帝国でも一流の騎士だよね。周りの目など気にすることなく、堂々とあんなことをできるんだもんな」
「そうですね、あれにはデーボラさんも、感激したでしょうねぇ」
今日は、クリスマスイブという日だそうだ。地球001という星から伝わったというこのお祭り、どういう由来の祭りなのかはよくわからないけど、とにかく男女が贈り物を贈り合うという、そういう日なんだそうだ。
そういうわけで、私とキースさんもこのショッピングモールにやってきた。イブには贈り物ではなく、少し豪華な食事をしよう、そう決めていたので2人でここにやってきた。
「ねえ、オルガレッタさん」
「なんですか?」
「この帝都の女性にとって、ああいうのって、とても喜ばしいことなのかな?」
「ああいうのって……今日のエヴァルト殿のあの行動ですか?」
「そうだよ」
「うーん、確かに嬉しいですけど、ちょっと恥ずかしいかなぁと……」
私がそう言いかけた時、突然キースさんは、私の前にひざまづく。
「私、キースは、オルガレッタにこれからも愛と忠誠をお誓い申し上げます」
といって私の右手を取り、そっと口づけをした。
周りが何事かと注目する。突然のこのキースさんの行動に、私は思わず恥ずかしくなった。
「ちょ……ちょっと、キースさん!?」
「あははは、それじゃあ、行きましょうか!」
まったく、キースさんも大胆だなぁ。それにしてもあの求愛も、恥ずかしいけど悪くはないな。ましてや告白しても連戦連敗だったデーボラさんに、なんとあちらから告白されたのである。嬉しさこの上ないだろう。
ちなみにこの後、結局私とキースさんは、いつものピザ屋で、いつもよりいいピザを食べた。他の店も覗いたが、ここが一番、私達らしいと分かった。




