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#24 争乱

 ヒルデガルドさんは、私がここで働き始めた時と同様に、1か月間は毎日、日当が支払われる。

 その額、60ユニバーサルドル。平民の私にとっては大金だったが、考えてみれば彼女は帝国で3本の指に入る公爵家の元令嬢。銀貨60枚程度の金など、はした金であろう。

 が、そんな彼女が、予想外のことで驚愕する。

 そのお金を持って皆でショッピングモールへ行った時のことだ。そのショッピングモールを見て、彼女は唖然とする。


「な……なんです、ここは……まるで宮殿ではないですか!」


 なんと、元公爵令嬢のこのお方は、ショッピングモールを知らなかったのだ。これは意外だった。

 ヒルデガルドさんがまだ令嬢だった頃には、ショッピングモールどころか、この街に来たこともなかったらしい。帝都のホルン大聖堂前に広がる市場には何度か行ったことがあるようで、ここもそういう場所だと思っていたようだ。が、ここはあの市場よりもはるかに大きく、品の種類も量も格段に多い。彼女にとっては、想像を遥かに超えた場所であった。

 このため、ここにあるありとあらゆるものが、彼女には珍しい。

 今日1日接して分かったことだが、ヒルデガルドさんはとにかく好奇心が強い。聞けば、お屋敷にいた時も、地球(アース)122から宇宙船や車、その他宇宙から持ち込まれる知識やものに関する動画や書物を取り寄せていたようだ。

 だから、ここで使われる統一文字もすでに読める。また、膨大な書物や動画に目を通していたおかげで、驚くほど地球(アース)122のことも知っている。


 だが、令嬢というのは不憫なもので、お屋敷を出ることがほとんどできない。いずれ政略結婚の駒として使われるため、屋敷の奥で大事に育てられる。そのため、外の世界を直に触れる機会がほとんどなく、書物でしか外の世界のことを知るすべがなかった。


 ショッピングモールで売っている食べ物や雑貨などの品に関する情報は、動画や書物からだけでは絶対に得られない。人々の暮らしなどという当たり前のことを、わざわざ動画や書物にしたりはしない。だからこの街の「普通」のことは、実際にその場に行かないと見られない。それゆえに、ヒルデガルドさんにとってこの「普通」というものに触れたのは、今日が初めてなのだ。


「オルガレッタさん、ここには一体、何があるのですか!?」

「はい、とにかくいろんなお店がありますよ」

「一体、どんな店があるのです!?」

「ええと、例えばあれはパン屋で、その隣が紅茶やジュースを扱ってて、その奥には服屋がずっと並んでて……」

「どうしてこんなに服の店が多いの!?それに、あそこの店は見たことのないものが売っているけど、あれは何屋なのかしら!?」


 好奇心があり過ぎて、次から次へと気になるものが目につくようだ。そんなヒルデガルドさんを見て、リリアーノさんが応える。


「まあまあ、ヒルデちゃん。あまりいっぺんに知ろうとしても疲れちゃうだけだよ。これから毎日来られるんだから、徐々に覚えていこうよ」

「あ……すいません。私、外出する機会が少なかったから、ついあれこれいっぺんに聞いてしまう癖があるんです」

「ま、今まではしょうがないわよね。それじゃあ、まずは食料品売り場で夕飯を買いましょうか」

「はい、行きましょう!」

「行きます……」

「行くっちゃよ!」

「何ですか!?その、食料品売り場というのは!?」


 皮肉なことだが、公爵令嬢でなくなったことで、ヒルデガルドさんはかえって自由を手に入れ、その好奇心を満たすことが可能となったのだ。

 主計科雑用係と呼ばれる私達の職場も、人が増えた。でも来月からいよいよ今の倍の、20隻の駆逐艦を常時受け入れることになっている。我々は、ますます忙しくなる。


「よっ!リリアーノと愉快な仲間たちじゃないか!」


 そんな私達の前に突如現れたのは、マルティーノさんだった。


「なによ、あんたは。せっかく職場の女子同士、お買い物を楽しんでるっていうのに」

「ふうん、そうなんだ。じゃあ私も、混ぜてもらおうかな」

「ええ~っ!?あなたもくるのぉ~!?」


 だが、そのマルティーノさんを見たヒルデガルドさん、小声でリリアーノさんにささやく。


「あの、リリアーノ中尉殿。こちらのお方の階級は少佐、つまり上官ですよ。そのような言葉遣い、失礼ではありませんか?」


 身分制度で慣らされて育ったこの元公爵令嬢には、上官にタメ口をきくリリアーノさんの態度が気になったようだ。


「ああ、大丈夫よ。これでも司令部内では、ちゃんとわきまえてるわよ。でもね、司令部を一歩外に出れば、こいつは私の身体目当てのただのエロ男。どうせ今夜も誘うつもりでついて来たんでしょう」

「やだなあ、そんなこと言ったら変な誤解を招くじゃないか。まったく、その通りなんだけどね」


 このやり取りを見て、ヒルデガルドさんは少なからず衝撃を受けたようだ。身分は絶対だと信じていた彼女にとって、この階級差も男女の差もなくタメ口をきける光景は、相当刺激が強かったようだ。


「じゃあ、マルティーノと愉快な雑用係達で、いざ、出陣!」

「ちょっと待って!何だって、あなたがここのリーダーになってんのよ……」


 ちょっと不満げなリリアーノさんと肩を組み、私達に号令をかけるマルティーノさん。ぞろぞろとついていく、我ら主計科雑用係の面々。


「そういえば、今日からみんな制服が支給されたんだって?」

「そうよ……私は軍属だから軍服だけど、この娘達のがね」

「はい、とても綺麗な服を頂きました!」

「そうだよね、綺麗な色だよね、あれ、司令部でも話題になってたよ」

「ていうか、あれ、決めたのは絶対、フェデリコ中佐でしょう!」

「さあ、どうだろう?」

「あんな変態趣味な服、他の人に選びようがないでしょう。軍の中枢を担うこの職場で、何考えてるのよ、まったく……」


 そういえば、今日の昼過ぎに「制服」というが届いて、リリアーノさん以外の皆がそれを着ることになった。

 今までは、各自がそれぞれの服を着て作業していたが、人も増えたことだし、一体感を出すため、全員決まった服を着ることになったそうだ。

 が、その服というのが、少し派手な色の服だった。

 形はメイド服のような衣装だが、全体的にピンク色で、襟は白く、スカートの先には刺繍が施してある。胸には、やや大きめの赤いリボンがつく。

 ヒルデガルドさんは、まるで貴族の衣装のようだと満足した様子。他の2人も概ね喜んでいるようだ。私はといえば、もうちょっと地味な色の方が良かったかなあと思うが、特に嫌というわけではない。

 ただ、リリアーノさんには気に入らないようだ。


「ちょっと派手すぎるのよ!おかげで、司令部の男どもが注目するのなんのって。はた目にも、恥ずかしいったらありゃしない」

「あははは、でも、本人達はまんざらでもなさそうだよ。いいんじゃないの」


 実はグッチオさんが着ているような作業着というものを制服にしようという案もあったが、私達はそれに反対だった。女がズボンというものを履くだなんて、地球(アース)122の人達ならいざ知らず、私達にはかなり抵抗がある。それで司令部が検討した結果、この服に決まった。

 ここは、私達の意見が通る事もある職場。たったそれだけのことでも、ここで働けることを嬉しく思う。

 ところでリリアーノさんはマルティーノさんのこと、私たちの前では言いたい放題だけれど、時折こんなやりとりも見せる。


「ちょっと……さっきから気になってるんだけど、あなた服の襟、乱れてるわよ。まさか今日1日、こんなだらしない格好で過ごしてたの?」

「えっ?いや、ごめん。全然気づかなかった」

「まったくもう……ほら、こっちも!」

「いやあ、ごめんね。いつも気遣い、助かるよ」


 うーん、これはもうすっかり夫婦だな、これは。リリアーノさんも、私の母のようにさっさと結婚しちゃえばいいのに。


 さて、その翌日。

 今日もそんなやりがいある職場で働いているはず……なのだが。

 私とヒルデガルドさんは、駆逐艦6190号艦に乗っていた。

 しかもこの船は緊急発進したため、空を飛んでいるところだ。

 例によって作業中に緊急発進がかかって取り残されて、そのままこの船に乗っているのだが、どうやら今回のは偶然ではなく、フェデリコさんに仕組まれたことであると分かった。

 緊急発進の直前に、急に駆逐艦6190号艦の補充作業を行えと言われた。それでヒルデガルドさんと一緒に作業をしていたら、こうなった。


「フェデリコさん、なぜそんな回りくどいことをするのです?いつものように同行する旨を連絡してくださればよかったのに」

「いや、それだと、貴殿のその制服姿が見られないと思ってな……」

「フェデリコ中佐殿、おかげで私まで同行することになってしまいましたが」

「それは私も想定外だ。まさかオルガレッタ殿とヒルデガルド殿が一緒に行動しているとは、考えられなかったものでな……」


 そりゃあそうだろうな。なにせヒルデガルドさん、あの時フェデリコさんの前でも私をぶっ殺す宣言をしていた。普通、この2人が一緒にいるとは思わないだろう。

 でもフェデリコさん、そういうことはちゃんと他の人に伝えておかなきゃダメですよ。私とフェデリコさん以外に、ヒルデガルドさんのあの「ぶっ殺す」発言を知る人はいないんです。そういう根回しが足りないから、ヒルデガルドさんは人が足りないとぼやいているリリアーノさんのところに回されるし、リリアーノさんは私に教育係を振ってくる。当然といえば、当然の結果だ。

 ともかく、今さらもう降りることもできない。すでに駆逐艦は帝都の遥か上空を飛んでいる。


「で、今からまた宇宙へと向かうのですか?」

「いや、これから行くのは宇宙ではなく、帝都から300キロ南西にあるランゲン平原だ」

「あ、もしかして……」

「そうだ。貴殿が昨日、占いで見たという場所だろう」


 そういえば昨日、私はフェデリコさんに呼ばれて、部屋に行った。

 その時はまだこの新しい制服が届いておらず、今まで通りの姿で現れた私を見て、なぜかフェデリコさんは不機嫌だった。が、定例の占いをする日だったので、占いだけして仕事に戻ることになった。

 その時見た光景は、こんな感じだ。


 ◇


 青い空が見える。周りは広い平原のようなところだが、たくさんの兵士に囲まれている。

 正面には、鎧を身につけた騎士が、ずらりと並んでいるのが見える。

 その間を、フェデリコさんは歩いているようだ。正面には、やや不機嫌そうな顔をした貴族らしき人物が、なにかに腰かけてフェデリコさんの方を見ている。

 フェデリコさんは、その貴族に向かって歩いているようだ。

 が、騎士達の列の中ほどを過ぎたあたりで、それは起こる。

 左側から、騎士の一人が突然立ち上がり、斬りつけてきた。

 フェデリコさんはその騎士の方を向いた。振り下ろされた剣は、フェデリコさんの頭をめがけて……


 ◇


 例によって、そこで目を開けてしまった。このあいだの反省を受けて、もうちょっと踏ん張ってその先を見るべきだったのだろうけど、迫る剣が怖くてどうしても目を開けてしまう。

 と、昨日はそういう光景を見てしまったのだが、それが今日の出来事となるようだ。


「この地を治めるモルトケ子爵殿が、隣接するシュタットフルト男爵殿の領地に突如兵を動かしたとの報が入ったのだ。それで、この軍事行動を止めるよう皇帝陛下からの要請を受け、我々に緊急発進の命令が下ったのだ」

「ええーっ!?でも、地球(アース)122との条約締結後には、帝国の支配下でむやみに軍を動かしてはダメだという決まりができたはずでは……」

「その禁を犯した奴が出てきたのだ。だからそれを阻止するため、我々が向かっているのだ。こちらは全部で10隻、相手はせいぜい2千。なんとかなるだろう」


 2千の兵って、結構すごくないですか?それをたった10隻の駆逐艦で食い止められるものなんです?自信満々なフェデリコさんだが、私には不安しか感じられない。

 でもフェデリコさん、これまでにもこういうことを幾度もやってるのだ。多分、なんとかなるのだろう。あの、騎士に斬りつけられる場面を除けば、だが。

 ヒルデガルドさんはじっとその話を横で聞いている。考えてみれば、彼女は元貴族だ。地方の争乱とはいえ、気になるのだろう。


「速力300、両舷前進半速!ランゲン平原まで、あと20キロ!」

「平原に展開する軍勢の前に出る!両舷減速!赤15!面舵10度!」

「両舷減速!おーもかーじ!」


 窓の外を見る。丘陵に囲まれた平原の只中に、方形に整列した軍勢が見える。そしてその向かう先には丘があり、その上に城があった。この軍団の目標は、あの城のようだ。

 この方形の軍勢こそが、モルトケ子爵の軍なのは間違いない。そして、あの城がおそらくシュタットフルト男爵のお城なのだと分かる。

 それにしても、シュタットフルト男爵って、何処かで聞いたことある名だな。そういえば、確か……

 そんな私の思考を、艦橋内に響くフェデリコさんの怒号がかき消してしまう。


「全艦に伝達!2千の軍勢の手前にて、駆逐艦10隻で縦列陣を敷く!その後、哨戒機隊、全機発進!艦隊と航空隊の2段構えによる威嚇で、2千の軍勢の足を止める!」

「了解!全艦に伝達します!」

「なお、軍勢停止後に軍勢の本陣に乗り込むため、本艦の哨戒機1機は待機!」

「承知しました!1番機を待機させます!」


 張り切ってるな、フェデリコさん。いよいよ、フェデリコさんの作戦が始まるようだ。駆逐艦はみるみる高度を下げて、あの2千の方形の軍勢の前に向かって飛んでいる。

 横には、ずらりと駆逐艦が並んでいる。先端をその軍勢に向けたまま、徐々に高度を下げている。

 並んだ駆逐艦から、哨戒機が2機づつ飛び出した。全部で19機。

 哨戒機は、その2千の軍の周囲をくるくると飛び回り始める。艦橋内が再び、慌ただしくなる。


「全艦、未臨界砲撃準備!」

「はっ!未臨界砲撃、準備!」

「駆逐艦10隻による威嚇斉射を行う!続いて、哨戒機隊も威嚇射撃!」

「はっ!哨戒機各機に伝達、威嚇射撃、準備!」


 横一線に並んだ駆逐艦が、軍勢の前で停止した。目前には綺麗な方陣形の軍勢がいる。現れたこの大きな10隻の駆逐艦にもめげず、ゆっくりと前に進んでいるようだ。

 その軍勢に向かって、駆逐艦が砲撃を加える。


「全艦より返信あり!未臨界砲撃、準備完了!」

「よし!半バルブ装填!」

「はっ!半バルブ、装填!」


 キィーンという音が、艦橋内に鳴り響く。それを聞いて私は以前のこれに似た状況をふと思い出した。そして、ヒルデガルドさんに向かって叫ぶ。


「ヒルデガルドさん!もうすぐ、ものすごい音がするよ!早く耳、塞いで!」

「えっ!?音!?」


 私も慌てて耳を塞ぐ。この甲高い音は、砲撃前に出る音だ。ということは、久しぶりにあのやかましい砲撃音を聞くことになる。


「全艦、装填完了!」

「よーし、撃てーっ!!」


 フェデリコさんの号令とともに、10隻の駆逐艦の主砲が一斉に火を噴く。ガガーンという落雷のような音が、艦内に鳴り響いた。

 が、今回、あのビームというものは出ない。目の前で青白い光が炸裂したものの、あの光の筋は出てこない。威嚇射撃と言っていたから、ビームは出さないで、その音と光だけであの軍勢を脅しにかけるようだ。

 それでもすさまじい音だ。ヒルデガルドさんも耳を抑えてはいるが、予想以上に大きな音で震えている。私も初めてこの音を聞いた時は、震え上がってフェデリコさんにしがみついたものだ。気持ちは、よく分かる。


「砲撃、完了!」

「全艦、砲撃戦闘、用具納め!そのまま待機。続いて第2段階へ移行、哨戒機隊全機、威嚇射撃、開始!」

「哨戒機全機に告ぐ!威嚇射撃を開始せよ!繰り返す!威嚇射撃を開始せよ!」


 今度は2千の軍の周りを回っている哨戒機が、一斉にその軍勢の周囲めがけてあの青白いビームを撃ち始めた。19機が放つビームは駆逐艦ほどの派手さはないが、それでもビームの当たった先の地面の土を猛然と巻き上げて、軍の四方が砂煙に取り囲まれる。

 これを受けて、2千の軍勢は動きを止めた。


「軍勢の停止を確認。密集し、陣形が崩れ始めています」

「よし、予定通りだ。哨戒機隊、および駆逐艦隊はこのまま待機。私はこれより、子爵殿の陣に乗り込む」


 そういってフェデリコさんは立ち上がり、私に向かって言う。


「貴殿も同乗せよ。これより、あの占いで見た光景の場所へと向かうぞ」

「は、はい」

「それとヒルデガルド殿、貴殿も同行せよ」

「はい。参りますが、私は一体……」

「相手は貴族だ。帝国の礼儀作法に関する助言を求めるかもしれない。同行し、待機せよ」

「はい、承知しいたました。ヒルデガルド、フェデリコ中佐殿に同行いたします」


 こうして、私とヒルデガルドさんは、動きを止めた兵を率いるモルトケ子爵の本陣へと向かう。


 まだ、地上では砂煙が上がっている。陣形も少し乱れたようだ。

 それを見定めてから、フェデリコさんと私とヒルデガルドさんは、格納庫に向かう。


「あれ?オルガレッタさん、どうしてここに?」


 格納庫の入り口で、キースさんに出会う。


「ええとですね、フェデリコさんのお供で地上に行くんです」

「ほ、ほんとですか!?それ、いくらなんでも危ないですよ!」

「はい、まさにその危ない光景を見定めるためにですね」

「中佐!いくらなんでも、非戦闘員の同行はまずいのではありませんか!?」

「大丈夫だ。連れて行くといっても、機内までだ。そこで待機してもらう」


 確かに、わざわざ危ないところへ私を連れて行こうとするフェデリコさんのこの行動は、異常に思える。

 だがフェデリコさんによれば、これは私に「第一衝撃」の先を見るための訓練だという。

 強烈な第一衝撃に慣れれば慣れるほど、私は占いの際に、その衝撃を乗り越えて、その先の光景を見ることができる。

 これは、そのためのいい機会だと、フェデリコさんは言うのだ。

 随分と無茶なことを言う。というか、この司令部の人は、私に無茶なことばかり言う。だけど、それを乗り越えたらいつも成長した自分がいる。だから最近は、その無茶振りについつい乗ってしまう。

 私とフェデリコさん、それにヒルデガルドさんにもう1人別の士官が、キースさん操縦の哨戒機に乗り込む。

 そういえば私、哨戒機に乗るのは初めてだ。ましてやキースさんの操縦する機体に乗り込むことになるとは……私はちょっと、嬉しくなった。


「1番機より艦橋、発進準備完了!発艦許可を!」

「艦橋より1番機、発艦許可、了承!ハッチ開く!」


 席のすぐ横にある窓から外を覗くと、天井が開き、空が見える。

 と同時に、大きな腕のようなものがこの哨戒機に迫ってくる。

 うわぁ……こんなに大きなロボットアームもあるんだ。ガシーンという音がして哨戒機を掴み、そのまま開いた天井に向かってぐいっと持ち上げた。


「駆逐艦6190号艦より1番機、周囲に障害物なし、進路クリア!直ちに発艦せよ!」

「1番機より6190号艦、発艦する!」


 キースさんのこの声の後に、ガコンという音と共に哨戒機が空に放たれる。そしてヒィーンという甲高い音が鳴り響き、哨戒機は前に進み始める。

 窓の外の風景が後ろに流れる。みるみるうちに、駆逐艦が離れていく。そのまま高度を上げて、くるりと旋回する。

 地上を見る。2千もの軍勢の中央やや後ろ側付近に、大きな旗が見える。あれはこの軍勢の将、すなわちモルトケ子爵のいるところを示しているようだ。

 その旗めがけて、哨戒機は降りていく。徐々に高度を下げて、2千もの兵の中に飛び込んで行く。

 上から見たら、点に過ぎなかった兵達の一人一人の顔が見えるほど、哨戒機は地上に接近していた。そしてゆっくりと、堂々と、ひるがえるあの大きな旗の前に降り立つ哨戒機。


「ギア接地よし、エンジン停止よし。ハッチ、いつでも開けます!」


 キースさんのこの合図で、フェデリコさんが立ち上がる。


「では、行くとしよう。ステファーノ大尉、援護を頼む」

「はっ!中佐殿!」


 フェデリコさんと乗り込んでいた士官とが、出入り口のハッチの方に向かう。

 私とヒルデガルドさんは、窓の外を見る。

 この哨戒機の周りには、剣と槍を構えた兵が多数、取り囲んでいる。こんなおっかないところに、フェデリコさんは出て行くと言うのか?


「ハッチ開け!」


 哨戒機のハッチが開かれる。と同時に、もう一人の士官は銃を構える。その横を、フェデリコさんが悠々と降りて行く。

 士官殿は銃を構えたまま降りて、バタンとハッチを閉じる。

 外では、フェデリコさんが何か叫んでいるようだ。だが、哨戒機の中からは全く音が聞こえない。


「ちょっと待ってください、今、機外音を流します」


 キースさんがそういって、何かを操作している。すると、外の音が聞こえてきた。


『……という者だ!陛下の伝言をモルトケ子爵殿に伝えるために参った!子爵殿に、御目通り願いたい!』


 あれは、フェデリコさんの声だ。どうやら、モルトケ子爵を呼びつけているらしい。すると、取り囲んでいた兵士らは剣と槍を引っ込め、道を開ける。その向こうには、まさに私の見た光景、10人ほどの騎士が2列に並び、その奥に踏ん反り返って座る貴族の姿が見える。


『わしが、ここの主人(あるじ)の、モルトケだ』


 その貴族はフェデリコさんに向かって、無愛想に言い放つ。


『モルトケ様に、陛下よりの伝言をお持ちいたしました』

『ふん!どのような伝言か!?』

『他の貴族の領地に、無断で兵を動かされた件にございましょう』

『何を言うか!わしはただ、自分の領地に自身の兵を連れてきただけのこと!陛下といえど、それに口出しなどできまい!』

『それは、その伝言をお聞きになられてから判断なさいますよう……』


 と言いながら、その子爵様の方に歩み寄るフェデリコさん。

 すると、騎士の一人が、フェデリコさんめがけて斬りつけてきた。

 ああ、まさにあれは私が見た光景だ。剣はフェデリコさんの頭上めがけて振り下ろされる。危うし、フェデリコさん!

 だが、その騎士の剣は、火花を散らして弾き飛ばされる。フェデリコさんは一瞬立ち止まるが、騎士がその場で倒れ、立ち上がるのを見届けると、まるで何事もなかったかのように歩き出す。

 ああ、そうか、いつものバリアってのを使ったのか。そういえば、あれがある限り彼らは手が出せない。


『私を斬りつけようなどと思わないことだ。我々には貴殿らの持つ武器を無効化する仕掛けを持っている。このように、無駄骨に終わるのがオチだ』

『ふん!何を言うか!どこの馬の骨かわからんやつが、偉そうに……』


 フェデリコさんに対し、不遜な態度をとり続けるモルトケ子爵。どうも貴族という人種は、無位無官のものに対し横柄な態度をとるよう教えられているのだろうか?そういう貴族は、本当に多い。


『何をいわれるか!子爵様!』


 と、そんなモルトケ子爵の態度を諌める人物が現れた。……って、あれ?私の横にいたヒルデガルドさんがいない。まさか……

 その、まさかだった。ヒルデガルドさんはあの子爵様の不遜な態度に腹を立てたようで、ハッチを開けて飛び出して行ってしまった。


「あわわ……ヒルデガルドさん、飛び出しちゃったよ」

「ええっ!?あの人って、もしかして元公爵令嬢で、最近司令部に飛ばされてきたっていう……」

「はい、そうです。その人ですよ、キースさん!」


 フェデリコさんの方に向かってずかずかと歩み寄るヒルデガルドさん。フェデリコさんも驚いた様子で、彼女の方を見る。


『なんじゃ、小娘。お前ごときがこのわしに、何ら言いたいことがあるのか?』

『大有りですわ、子爵様。帝国貴族とあろうお方が、使者に対しいきなり剣で斬りつけるなど、なんという無礼な態度!ましてや、陛下のお言葉を預かる者に対し非礼に及ぶとは、もしこのことが陛下に知れれば、お家断絶、一族皆殺しもありうる所業にございますぞ!』

『な、なにを……』

『42年前に、誤って陛下の使者を斬りつけ、お家断絶、一族もろとも自害に追い込まれた、ヨハン家の前例を、お忘れではございませぬな……』

『う、うぐ……』


 そういえば、好奇心旺盛で帝国の歴史を知り尽くし、しかも皇太子様に斬りつけるほどのお方だから、そういうことはよくご存知なんだよね、多分。まあ、それはともかく、子爵様がヒルデガルドさんのこの一喝で、黙り込んでしまった。


『ふ、ふん!そもそもこやつ、手ぶらではないか。だいたい、どこの誰だかもわからぬ者、本当に陛下の書状を預かっておるというのか!?』

『いや、伝言といっても、書状にあらず。私が持ち込んだのは、これです』


 フェデリコさんは子爵様に言いながら、ポケットからスマホを取り出す。それを子爵様の前に差し出し、立体画像を出す。

 そこには、フリードリヒ殿下の姿が現われる。陛下の伝言を、皇太子殿下が代理人として伝える立体動画だった。

 それは、子爵様に対し、直ちに兵を引き自国領に兵を戻るよう促す内容だった。

 それを見た子爵様は、顔色が変わった。まさか本当に陛下の伝言が、しかも皇太子殿下直々に話される映像を見せられるとは思ってもいなかったようで、愕然とした顔でフェデリコさんの方を見ている。

 ヒルデガルドさんは、続ける。


『宇宙艦隊、帝都司令部のフェデリコ中佐殿は、陛下はもちろん、フリードリヒ殿下の覚えもよろしく、今や帝国の3大公爵家さえもしのぐほどのお方。もはやお家断絶は、逃れられますまい』


 自分が殺そうとした相手の名前まで使って、ずけずけと子爵様をさらに追い込むヒルデガルドさん。それ以上言わなくてもいいのに、追及の手を緩めようとしない。ますます追い込まれる、子爵様。

 横にいるフェデリコさんは何か言いたそうだが、敢えてヒルデガルドさんの好きに言わせているような節がある。


『な、ならば小娘よ、どうすれば良い!?』


 彼女が、只者ではないと思ったのだろう。フェデリコさんを飛び越して、ヒルデガルドさんに助言を求め出す子爵様。するとヒルデガルドさん、少し笑みを浮かべて、こう言った。


『たった一つだけ、方法がありますわ』


 それを聞いた子爵様は、すぐに飛びつく。


『なんだ、その方法とは!?』

『簡単でございます。今日のうちに、兵を自国領に引き上げてしまえばよろしいのですわ』

『なん……だと!?』

『さすれば帝国に対し、そもそも兵など挙げてはいなかった、と言い張ることも可能でございましょう。なれば、この場での中佐殿への非礼も、なかったことになりましょう』

『な、なるほど、確かに……』

『そうとわかればモルトケ子爵様、直ちにお引き上げになられた方がよろしいと思いますよ。冬の日は短く、すぐに夜が来てしまいますよ』

『うっ!』


 その言葉を聞いてこのモルトケ子爵は、最後に尋ねる。


『のう、小娘よ。そなた一体……何者か?』


 その問いにヒルデガルドさんは、微笑みながら応える。


『私は、いずれ帝国最強の雑用係となる者にございます』


 その答えに満足したのかどうかは定かではないが、それを聞いた子爵様は、騎士達に命じて大急ぎで兵を引き始めた。

 あちこちで、兵達が掛け声をあげる。子爵様は兵の抱えるカゴに乗り込む。周りの騎士はそれを取り囲み、大急ぎで走り始めた。

 周りの兵も、まるで引き潮のように元来た道を戻り始める。哨戒機の脇を、無数の兵士が次々に走っていくのが見える。

 で、気づけばこの平原には、あの2千もの兵士の姿がなくなった。

 後に残ったのは、この哨戒機と、フェデリコさんとヒルデガルドさん、そして護衛の士官だけとなってしまった。


「……貴殿、随分とハッタリをかましたものだな」


 フェデリコさんは、ヒルデガルドさんに向かって言う。ヒルデガルドさんは応える。


「いえ、ハッタリなど、とんでもございません。中佐殿の威厳を利用させていただいただけのこと。私はただ、それを子爵様にわかりやすく、諭しただけでございますわ」


 まさに「虎の威を借る狐」という言葉通りの展開だったが、ヒルデガルドさんも元は公爵令嬢なわけで、その知識と風格があればこそ、子爵様を追い込めたのだろう。

 結果として、予想以上に早く、この争乱は収まった。


「さてと、子爵側は片付いたとして、もう一方のシュタットフルト男爵殿の方に、事の顛末を報告せねばなるまい」


 そう言って、フェデリコさんは哨戒機に乗り込む。ハッチを閉じて、キースさんに言う。


「キース中尉、あの丘の上にある城まで飛んでくれ。この争乱の、もう一方の側に経緯報告をする」

「了解、6190号艦へ連絡後、直ちに離陸いたします」


 フェデリコさんのこの言葉を受け、キースさんは駆逐艦に無線で連絡をしている。

 そして、この争乱の後始末のため、哨戒機は飛び立った。

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