#23 贖罪
事件の処分が、決定した。
それは、予想以上に軽いものだった。
というのも、表向きは社交界の余興ということになっていたため、あまりおおっぴらに処分できないという事情もある。
皇太子殿下の誕生日を祝う祝宴が、帝国貴族の一族によって乱されたとあっては、帝国の威信に関わる。そういう意味で、あの場は「余興」ということにしなければならない。
そういう大人の事情が、通常ならば死罪となってしかるべきところを、軽い処分にとどめさせた。
まず、黒いマントを着て現れたあの人物だが、彼は帝国の南方に飛ばされることとなった。そこで新たに作られた新しい農場の従業員として働くこととなる。
さて、主犯のヒルデガルド嬢はというと、貴族令嬢の地位剥奪となった。その日のうちに、マッケンゼン公爵家を追放される。まあ、それは当然だろう。
それに加えて、労役が課せられた。
それがまあ、なんというか、この司令部で働けというものだ。
ここならば、監視がしっかりしている。変な行動もできまい。まだ18歳であり、年齢も考慮しての処分だ。そういうことで、司令部で働くことに決まったのだ。
で、今、まさに私の目の前に、そのヒルデガルド嬢がいる。
「はぁい!今日からみなさんと一緒に働く、新しい仲間でーす!こちら、ヒルデガルドさんって言います!略して、ヒルデちゃん!みんな、よろしくねっ!」
リリアーノさんのばかに明るい言葉で紹介されたヒルデガルド嬢……いや、今は私と同じ平民階級だから、ヒルデガルドさんと呼ぶべきか。ともかく、私に殺意を向けた張本人が今、私の目の前に立っている。
彼女は平民の着る、木綿のベージュのワンピースをまとい、再び私の前に現れた。リリアーノさんの紹介の後に続いて、ヒルデガルドさんはこう言った。
「ヒルデガルドと申します。歳は18。よろしくお願いします」
なんと、貴族の元令嬢とあろうお方が、私たちに向かって頭を下げる。彼女にとっては、とても耐え難い屈辱ではないのだろうか?だが、彼女はその後も平然としている。
もしかして彼女、私を殺すつもりで、ここにいるのではないか?それと悟られることなく、あのような態度をしているのではないか?考えてみれば、彼女は皇太子殿下暗殺の前に、素知らぬ顔で元政敵だったヴュルテンベルク公やリッペントロップ公に頭を下げて、父上が殺された時の事情を探ったと聞く。ということは今も……私は思わず、ゾッとした。
「じゃあ、オルガちゃん。あとはよろしくね」
「あとはって……あの、もしかして……」
「そう、教育係。ヒルデちゃんの」
「ええーっ!?わ、私がですかぁ!?」
「なによ、もうオルガちゃん、あなたもう一人前じゃないの。大丈夫よ、すでにガエルちゃんもロッテちゃんもここまで育てたんだしぃ、自信持ちなさい!」
教える自信はあるのだが、命永らえる自信がない。なにせ彼女は、つい3日前に面会した時には、私を殺る気満々だった。私をぶっ殺す気でいる相手の教育をしろと、そうおっしゃるのか、リリアーノさんよ。
無茶だ、過去最高の無茶振りだ。しかも、私の人生最後の無茶振りになるかもしれない。誰かと変わってもらいたいところだが、リリアーノさんはそのままどこかに行ってしまった。
後には、私とヒルデガルドさんだけが残された。
「オルガレッタさん」
「は、はい!」
「……あの、仕事、教えてもらえるかしら?」
「は、はい、承知しました……」
先日、ショッピングモールで売られていた加湿器とかいう仕掛けのように、私の身体から変な汗がたっぷり出てくる。手も少し、震えている。だが、冷静さを装う彼女を前に、拒絶することはできない。
私はまず8階の倉庫へと向かう。そこでタブレットの使い方や、持ち込む荷物のことを教える。
だが、さすがは貴族の元令嬢だ。しかも、私の占いを喝破できるほどの賢いお方。あっという間に作業を覚えてしまう。
「オルガレッタさん、なぜ、これらのものをあの灰色の船に運ぶ必要があるのですか?」
質問の質も、全然違う。仕事の中身だけではなく、その意味まで知りたがる。
「ええと、洗剤は服を洗うため、電球はその下を照らすために必要なの。でも……」
「でも?」
「ヒルデガルドさんは、あの船がどういう船か、ご存知です?」
「宇宙から侵入しようとする連盟軍の侵攻を止めるために、日々戦っていると聞いたことがあります」
「うわぁ……やっぱり、よくご存知ですねぇ。でも、その連盟軍と戦うためには、この洗剤やタオルが必要なんですよ」
「そんなことはないでしょう。ビーム兵器というものを用いると聞いていますが、それには洗剤やタオルは必要ないはずです!」
いやあ、やっぱり賢い人だ。生半可な説明じゃ通用しない。私は続ける。
「で、でも、ヒルデガルドさんは、服が汚れたらどうします?そのまま、着続けますか?」
「いや、そんなことはしないわ。当然、着替えるわ」
「兵士の方々もそうなんです。汚れたままでは、集中できないし、何よりも不衛生だと病気になっちゃうらしいです。だから洗剤やタオルといった汚れを落とすものがないと、みんな病気になって戦えないんです」
「なるほど、兵士の衛生状態を保つため、というわけですね……」
どうにか納得してくれた。やっぱりこの人、賢すぎるわ。私、耐えられるのだろうか?
荷物を載せた台車を押して、駆逐艦へと向かう。エレベータに乗って、補充品を次々に置いていく。
最後に、電球を交換する。15階の艦橋に行き、その船最後の電球を取り付けた。
「はい、これでおしまいです。これを1日に5から10隻ほどこなすんですよ」
「そうなんですね」
「さ、続いて、隣の駆逐艦に……」
「あの、オルガレッタさん!」
艦橋を出て、次の駆逐艦の補充作業へと向かおうとする私を呼び止めるヒルデガルドさん。
私の顔を、じーっと見つめている。なんというか、とても冷たい視線。その視線に、私は底知れぬ恐怖を感じた。
「あああああの、ひ、ヒルデガルドさん?ど、どうしました!?」
変な汗が噴き出し始めた。かつてない恐怖、これは間違いなく、私を殺る気だ。
コツコツと、ヒルデガルドさんの足音が響き渡る艦橋。殺意丸出しの元貴族令嬢は、私のそばに静かに歩み寄ってくる。そういえばここには、監視カメラはあるのだろうか?あったところで、私が殺られる前に、誰か駆けつけてこられるのだろうか?
「毎日、必死に生きてきたって……」
「はい?」
「お父さんを亡くした後も、毎日必死に生きてきたって、あなたそう、私に言ったじゃない」
「は、はい、確かにそのようなこと、言いました」
と、急に妙な話を振ってくるヒルデガルドさん。拘置所の面会室を出る直前に私が言った言葉。泣き崩れ、まるで聞いていなかったと思っていた私の言葉を、この人はしっかりと聞いていたのだ。
「私は父上を亡くし、生きる希望をなくしてしまった。でも、あなたがいうように、食べ物や暮らしに困ることはなかった。家も安堵され、家来もいて、フリードリヒ殿下を殺害する計画を立てられるほどの余裕が私にはあった。確かに私は、必死に生きてはいたとはいえないわ」
「は、はあ……」
「でも、今日から私も平民階級。あなたと同じで、生きようと思わなかったら明日にでも死んでしまう儚い身。だから私、あなたのいう通り、必死に生きてみようって考えたの」
窓の外には、帝都が見える。ラーテブルグ宮殿と、その近くにある大きなお屋敷街。ついこの間まで住んでいたその場所を見ながら、彼女は私に語りかけてくる。
が、ここで再び私に緊張が走る。
「そしていつか、私はあなたを倒すわ!」
再び彼女は私を睨みつける。な、なんなの!?やっぱり私の命、狙うつもりなの!?その言葉に、私の心臓が再びドキドキと激しく脈打つ。
だが、ヒルデガルドさんはこう続ける。
「……でもそれは、命を奪うのではなくて、この司令部であなた以上の地位を得ること、それが私の、当面の目標。いずれ私は、この帝国になくてはならない人になる。それが多分、父上と私が犯した罪の、せめてもの償いになると思ってる」
ああ、なんとこの人は賢明なのだろう。ついこの間まで自暴自棄なご令嬢だったのに、今は帝国の未来のことを考えていらっしゃる。
「じゃ、じゃあ私、ヒルデガルドさんにいろいろ教えます!私なんて、明日にでもさっさと超えて、帝国最強の雑用係になって下さい!私、手伝いますから!」
「うん、そうね、わかったわ。私、必ず帝国最強の雑用係になるわ」
いつの間にか、変な汗は出なくなっていた。私に殺意を抱いていた貴族のご令嬢は、今日から一緒に働く仲間になった。
と、いうわけで、彼女の教育が始まった。しかし彼女、とてつもなく頭がいい。
だが、良すぎて、とてもついていけない。
「ねえ、これってどういう意味!?なんでこんなことしてるの!?あなた、ちゃんと分かってるんでしょうね!?」
「あわわわ……いや、それはですね……」
仕事の意味や背景まで知りたがるヒルデガルドさん。でも、私だってここにきてまだ半年ほど、全てを知り尽くしているわけではない。答えられないことだって、たくさんある。
すでに帝国最強の雑用悩ませ人となりつつあるヒルデガルドさん。この先、私はこの人と上手くやれるんだろうか?




