#22 補完
吹き飛ばされた赤色のドレスの令嬢は、そのまま床に倒れる。そこに衛兵ではなく、宇宙艦隊の軍礼服を着た数名の軍人が駆け寄り、その令嬢を捕らえる。
何が起こったのか?私には大体分かった。
あれは、バリアってやつだ。皇太子殿下の椅子に、あの仕掛けを仕込んでおいたのか。
「やはり、予想通りだったな」
フェデリコさんが私の横に現れて、つぶやいた。
「ど、どういうことですか!?」
「言っただろう。貴殿の占いには欠点、いや、盲点といった方がいいか、そういうものがあると」
「はあ、確かにおっしゃってましたが」
「それを今回の主犯者は突いてきた。だから、その備えをしておいた。ただ、それだけだ」
よく分からないが、フェデリコさんは予めこのことを予想していたようだ。
とにかく、そのフェデリコさんの備えのおかげで、助かった……
そして、皇太子殿下が立ち上がる。
「はっはっは!皆よ、驚かれたか!?なかなか楽しい余興であっただろう!さて、皆の肝も冷えたところで、温かい料理を振る舞うとしようか!」
といってフリードリヒ殿下は立ち上がる。それを聞いて、会場は笑いに包まれる。
ここにいる誰もが、あれが余興だとは思っていない。特に2度目の方は、明らかに危なかった。皆、それを知った上でフリードリヒ殿下の言葉を受けて、社交界での食事を続けた。
フェデリコさんと母は揃って、他の貴族との会話に興じている。まるで先ほどの事件など、なかったかのように振る舞っている。
ポカンとした顔で、辺りを見渡す私。皇太子殿下も壇上から降りて、料理を口にしつつ貴族と談笑されていた。
夢でも、見ていたのだろうか?あれは、私の白昼夢だったのか?
こうして社交界は、何事もなかったかのように幕を閉じた。
だが、その翌日。あの事件に関するレポートが、司令部に届く。
私はフェデリコさんの部屋に呼ばれて、そのレポートの内容を知る。そこで、主犯者の名が明かされる。
そこで知った。赤いドレスを身につけたあのご令嬢こそが、あの事件の主犯者だというのだ。1人目はその主犯者に使える家来だったようだ。
そして、その令嬢の正体を聞いて、唖然とする。
彼女は、先日2人の公爵を貶めようと画策した挙句に自害したマッケンゼン公の、4人目の娘、ヒルデガルド嬢だったのだ。
昨晩の取り調べで、ヒルデガルド嬢の計画が明らかになった。
動機は、極めて単純なものだ。
死んだ父の仇。無念にも亡くなった父に、せめて報いてやりたい。たった、それだけのことだという。
と言っても、肉親の死への想いは深くて重い。この令嬢にとっては、どうしても耐え難いことだったのだろう。
だが、そこからがこのご令嬢の凄まじいところだ。なんと彼女は、父のマッケンゼン公のあの一件のことを調べ上げ、私の占いによって悪事を暴かれたことを知る。
そして、その話をなんとヴュルテンベルク公とリッペントロップ公にまで聞き込みに行ったというのだ。
大罪を犯した父のことを知り、反省したいといって訪れたらしい。それで両公爵共、洗いざらいあの時のことをしゃべってしまったようだ。
そこで、私の占いの話も聞いたのだろう。だから、私の占いを分析してその欠点を知るに至り、その対策をしたというのだ。
「あそこは立食パーティーに使われるテーブルなどが運びこまれていた。その中に、今回犯行に用いたマントやナイフといった道具を紛れ込ませて、持ち込んだようだ」
「はあ、そうだったんですか」
「ナイフは、料理を切るナイフに紛れ込ませ、マントや顔を隠す布は、テーブルクロスとして持ち込んでいた。これでは、事前に調べることはできなかったな」
「でも、一つ疑問があります。なぜ、1人目の犯人は、顔を隠す必要があったのですか?」
「それは簡単だ。貴殿の占いで、顔がばれないようにするためだ」
「あ……」
「1人目の犯人は、あの場に給仕係として紛れていたそうだ。犯行直前に顔に布を巻き、マントを羽織って襲いかかったらしい。だがもし、顔を隠していなければ、貴殿がその給仕係を見つけるか、あるいは貴殿の証言で作られた似顔絵から、事前に見つかってしまうかもしれないと踏んだからだろう。だから、顔を隠して襲いかかった」
「そ、そうですね。確かに私、占いの光景から顔を見ることができませんでした」
「もしフリードリヒ殿下が占いをせず、あの社交界に望んでいたならば、1人目の時点で殿下は刺されていたかもしれない。だが、占いにより、その犯行は手前で防がれてしまった。しかしこのご令嬢、その場合の対策まで考えていたのだ」
「と、いいますと?」
「本人自らが、殿下を切りつける。まさかドレスを着た令嬢が犯行に及ぶなど、思いつきもしないだろう。意表をついた上に、貴殿の占いの欠点をもついたこの作戦。危うく成功するところだったが、私の助言により、防ぐことができた」
「あの、私の占いの欠点とは一体……」
「以前から薄々気づいていたことだが、貴殿の占いには2つの欠点がある」
「2つ……ですか?」
「まず1つ目は、音がしないこと。貴殿の占いは光景のみ。その場の音や声が一切聞き取れない」
「そうですね。全く音がしません」
「だが今回突かれたのは2つ目の欠点だ。それは、貴殿は第一衝動の前後の映像しか、見ることができないことだ」
「第一衝動?」
「貴殿の映像は、その人の近い未来に起こる衝撃、衝動的な場面を映し出す。だが、最初に大きな衝撃がくると、その衝撃に驚いて目を開いてしまうため、続く2度目の衝撃を知ることができない」
「あ……そうですね。確かに」
フェデリコさんに言われて気づく。確かに私は、何か衝撃的な場面に出くわすと、そこで目を開いてしまう。
そういえば、イェシカが襲われた場面を見た時もそうだった。私は、その後に起きるランベルトさんの救出劇を見る前に、目を開けてしまった。だから私は、彼女があのまま捕まってしまうと思い込んでいた。
「だから、あの令嬢は顔など隠さず、殺傷に及ぼうとした。2度目の衝動を貴殿は事前に見ることはない、だから、事前にその顔を知られることがないと分かっての犯行だったのだ」
「そ、そんなことまで探ってたんですか!?なんて鋭いお方なのでしょう……それにしても、どうしてフェデリコさんはその2度目があると考えたのですか?」
「貴殿が殿下を占った時の話、犯人が顔を隠していたと聞いて、その用意周到ぶりになんとなく貴殿の占いの欠点を探られたような気がしたのだ。それで私は殿下に進言し、あの椅子に2度目の犯行を防止する策を施した」
「それがあのバリア装置だったんですか」
「犯人はおそらく、2回仕掛けてくる。だからフリードリヒ殿下には1度目の犯行の後、席を立たずにしばらく待って欲しいと願い出た。殿下はその通りにされて、結果救われたのだ」
「それにしても、よく思いつきましたね、2度目があるなんてこと」
「貴殿の能力は極めて有用だ。だが、万能というわけではない。しかしその欠点を、私が補完すればいいだけのことだ。今回はそうしたし、それで殿下は救われた。それだけのことだ」
淡々と話すフェデリコさんだが、この人の知恵がなければ今ごろ、この帝国はどうなっていたか……
「そうだ、オルガレッタ殿」
「はい」
「これから私は出かける。貴殿にもついてきて欲しい」
「えっ!?母ではなく、私ですか?」
「今から、ある人物に会うのだ。良い機会だ、貴殿も会っておいたほうがいいだろう」
「誰なのですか?その、これから会う人というのは」
「ヒルデガルド嬢だ」
なんと、私はその主犯の人物に会うことになった。
おっかない話だ。私の力を知り、その隙を突こうとした人物に会うなどとは……だけど、なんとなく私もその人に会ってみたいと思った。数少ない情報から私の占いを喝破し、しかしフェデリコさんの知略に敗れてしまった悲運のご令嬢。一体、どんな人なのだろうか?
彼女は今、この街の刑務所に収監されているという。車ですぐのところに、その刑務所はあった。
一度だけ、私はここに来たことがある。リーゼロッテさんを引き取りに来た時だ。だがリーゼロッテさんは犯行時、単に操られていただけで、犯行をする意思はまったくなかった。ところが今回の相手は、自らの意志で殺る気満々だった人。まるで勝手が違う。
面会室に入る私とフェデリコさん。透明な壁に仕切られ、向こう側には椅子が一つあるだけ。
その透明な壁の向こうの扉が開く。そこに、あの犯行当時の赤いドレスを着たままのヒルデガルド嬢が現れた。刑務官が椅子に誘導し、私達の前に座る。
事前に聞いた話では、このヒルデガルド嬢は私と同じ18歳。マッケンゼン公は3人の息子、4人の娘に恵まれ、その一番末の子だということだ。
それにしても、随分と暗い顔だ。まあ、当たり前だろう。多分、昨夜はそれほど眠れなかっただろうし、あれだけのことをやらかした後だ。明るくなれる要素など、まったくない。
「……あなた方は、誰?」
ヒルデガルド嬢は尋ねる。フェデリコさんは応える。
「私はフェデリコ中佐、そして、横にいるのはオルガレッタ殿だ」
そういえばフェデリコさん、この間、中佐に昇進してたんだよね。給料が増えて、お母さんの暮らしも裕福に……いやいや、そんなことを考えている時ではない。
「……占い師、オルガレッタって、あなたのこと?」
そのお嬢様は、私の方を見て尋ねてくる。
「はい、そうですが」
するとそのお嬢様、少し笑みを浮かべ、つぶやくように言った。
「そう。もっと早くあなたの顔を知っていれば、フリードリヒ殿下ではなく、あなたを狙っていたのに……守りも薄く、願いは成就できたかもしれないわね」
それを聞いて、ゾッとした。私を殺すべきだったと、このお嬢様は言っている。初めて向けられた殺意。変な汗が出てくる。
「そんなことをしたところで、貴殿の父上は浮かばれないだろう。誰を殺したところで、貴殿も天国の父上も何も得るものはない。賢明な貴殿ならば分かっているはずだ。そんな下らない考えは、捨てることだな」
「下らないってなによ!分かってるわよ、そんなことくらい!でも、私を可愛がってくれた父上を亡くして、私、生きる希望も、何もかもなくなってしまったのよ……この気持ち、あなた方にはわからないでしょう!」
そういって机に伏せって、このお嬢様はワーワー泣き出してしまった。だが、それを聞いて私はカチンときた。
「そんなことないわよ!私だって、お父さん亡くしてんだから!しかもあなた貴族と違って平民だから、悲しんでる暇もなくすぐに苦しい生活が待ってたのよ!それでもなんとか生きようって、誰かを恨むことなく、母と私が働いてここまで毎日必死に生きてきたの!お父さん亡くなっても、満足にご飯食べられて、めそめそしている暇があるくせに、何もかもなくなっただなんて、どうして言えるのよ!」
泣きじゃくる令嬢の前で、思わず私はキレてしまった。それを見てフェデリコさんは、面会の中断を決める。面会室から出る私は、もう一度ヒルデガルド嬢の方を見た。
お父さんを亡くした時の私も、一晩中泣いた。だから今、あの面会室のテーブルの上で泣きじゃくるお嬢様の今の気持ちは、よく分かるつもりだ。
だけど、乗り越えなきゃならない。死んだ人の分も、生きなきゃならない。少なくとも私と母と弟は、そうした。だから今、私はここにいる。
面会室の扉が閉まるまで、そのお嬢様の姿を見続けた。あの光景は多分、一生忘れられないだろう。私はそう思った。




