#20 恩人
3人はバスに乗って、高層アパートにたどり着く。それにしても、2週続けてここが舞台となる出来事が続くことになるとは、私の人生は今、波乱の時を迎えているのだろう。
「ランベルト大尉は、確か4階に住んでるんだ。ええと……」
エレベーターで4階に上がって、部屋を探す。とある扉の前でキースさんが止まり、呼び鈴を鳴らす。
「はい、どなた?」
「キースです、ランベルト大尉」
「はいはい……なんのご用?」
扉が開くと、かなりだらしない姿の、背の高い男が出てきた。その男、キースさんのみならず、私とイェシカがいるのを見て、かなり焦る。
「お、おい!おおお女の人もいるって、言ってくれなきゃダメじゃないか!ちょ、ちょっと待って!」
バタンと扉を閉めて、中に入ってしまったランベルトさん。
「まったく、だらしない先輩だなぁ……」
それを見てぼやくキースさん。だが、その姿を見てイェシカが確信する。
「間違いありません!あの人です、私を助けてくれた人は!」
「そ、そうなの!?やっぱりあの人だったんだ!」
などと話していると、少しはマシな姿になったランベルトさんが出てきた。
「お待たせ……ってあれ?オルガちゃん……じゃないの」
「あれ?ランベルトさんって、私とお会いしたことありましたっけ?」
「いや、いつも遠くから見ているだけだから、話すのは今日が初めてかな……」
「そうなんですか」
「キースの恋人さんだもんな、今日もご一緒とは、楽しそうだねぇ……」
「いや、ランベルトさん!そ、そんなことよりもですね!この人に、見覚えありませんか!?」
「えっ!?この人?」
私はイェシカの方を指す。ランベルトさん、イェシカを見て、眠そうだった目が見る見る覚めた。
「ああ……こ、この人確か……」
「あの!3日前に助けてもらった、イェシカって言います!」
「イェシカさん……ていうんだ。いや、あの時はどうも」
「おかげさまで、五体満足、こうして無事、家で暮らしています!あの時は本当に、ありがとうございます!」
「イェシカは私の友人なんです。名前とここの軍人さんということしかわからなかったんですけど、キースさんがご存知だったので、ここまで連れてきたんですよ!」
「あー……そ、そうだったんだ……それはそれは、ご苦労様」
なんだろうか、妙に歯切れが悪い男だな。もうちょっと感動しても驚いても良さそうなのに、なんというか少し冷めすぎている。
「ランベルト大尉!」
突然、キースさんが大きな声をあげる。
「な、なんだ中尉、急に……」
「ちょっとお尋ねしたいんですけど、さっきから気になってたんです!どうして3日前に、大尉はあそこにいたんですか!?」
「う……」
「どう考えても、大尉があそこに用事があるわけがないんですよね!私だって、行ったことありませんよ!さっきから妙につれない態度を取っているのは、何かやましいことがあったんじゃないですか!?」
「うっ……それは……」
なぜかキースさんがランベルトさんを追い詰める展開になった。どういうこと?私もイェシカも、2人のやりとりをただ見るしかなかった。
「実は……あの時、あそこに行ってたんだよ」
「あそことは、どこです?」
「……ベーゼホルンの街だ」
「はぁ!?先輩、あそこは麻薬や犯罪を売買する街ですよ!?まさか、先輩……」
「違う違う!麻薬なんかやってない!俺は別の目的であそこにいたんだよ」
「なんですか、別の目的って」
「うん、実は……奴隷市場だ」
「ど、奴隷市場!?」
「そうだ」
意外な言葉が、ランベルトさんから飛び出した。
「どうして先輩、奴隷市場なんかに行ったんですか?」
「そりゃあお前……決まってるだろう」
「まさか、人を買うために……」
「まあ、そういうことだ」
「って、先輩!なんてことしたんですか!それって非合法ではないですが、かなりヤバイことですよ!?」
「わーかってる!そんなことくらい!だから結局、眺めただけで何もせずに帰ってきたんだ。その帰り道で、彼女が襲われているのを見て助けたんだよ」
「そ、そうだったんですか」
「そ、そういうわけだからさ、堂々と名乗れないわけなのよ。人助けできたのは良かったけど、なんていうか、俺ってば最低だなぁって……」
そうだったんだ。ランベルトさん、それであの時間、あそこにいたんだ。
でも、一つ疑問がある。私はランベルトさんに尋ねる。
「でも、ランベルトさん。どうして奴隷市場なんかで人を買おうだなんて、考えてたんですか?」
「う……」
普通、奴隷を買う目的には2つある。一つは使用人として働かせるため。もう一つは、性的な欲求をする相手を得るため。
ロボットアームや自動掃除機があるこの街で、個人で使用人を雇うためとはあまり考えられないから、やっぱり後者が目的じゃないのだろうか?
「……話し相手だよ」
「はい?」
「ほら、俺って休日になるとこの通り、だーれも話す相手がいないんだよ。以前はさ、男同士つるんでたんだけどさ、最近は男ばっかりも虚しくて、部屋に閉じこもっちゃってるわけなの」
「はあ」
「それで、キースみたいに、女の子の友達が欲しいなぁって思ったわけよ。だけど、どこで探せばいいのかわからない。すると、雑用係に最近入ってきた2人が元奴隷だっていうじゃない?それで情報集めてたら、ベーゼホルンという街にあるその奴隷市場ってところがわかったのよ。で、興味が湧いて行ってみた、というわけ」
「そうだったんですか……」
「それで、あのベーゼホルンって街の奴隷市場の入り口でずっと悩んでたんだけど、やっぱり友達を金で買うのは間違ってるよなぁって考えて、結局、今日もこうして部屋の中でゴロゴロしているってわけさ。あーあ、最悪なこと考えちゃったなぁって、後悔してるんだよ」
なんてことだ。せっかく人助けをした人だというのに、なんだかちっとも英雄っぽくないな、この人。これにはイェシカもがっかりだろう。
と思ったらイェシカのやつ、こんなことを言い出した。
「じゃあ、私が話し相手になります!」
……えっ!?イェシカよ、突然、何を言い出すの?
「あの……それはどういう……」
「私、あなたの話し相手になります!それなら奴隷市場で誰かを買うなんていう、後ろめたいことをしなくて済むじゃないですか!」
「いや、そうだけど……」
「それにあの時、助けられていなければ、私が今その奴隷市場にいたかもしれないんです!それを思えば、心優しいランベルトさんの話し相手になるなんて、はるかに幸せなことですよ!」
「は、はあ……そ、そうですか?」
「心優しい」のところで、キースさんは思いっきり吹いていた。だけどイェシカのやつ、こうだと思ったらきかない性格だ。
「いいんですか?俺は見ての通り、ずぼらな男ですよ?」
「別に男の人なんて、みんなずぼらじゃないですか」
「でもほら、俺、そんなに話すことないし……」
「じゃあ、この街のこと、教えてください。私は平民街に住んでて、ここの街のこと、全然知らないんです。あのショッピングモールのお店のことや、食べ物のこと、馬もなしに走る馬車のこと、それに核融合炉っていうやつのこと。ランベルトさん、ご存知なんでしょう!?」
「はあ、それくらいなら……」
「じゃあ、決まりですよね。私、ランベルトさんの話し相手になります。それで恩返しができるのなら、安いものです」
「はい、いや、ありがとう。よろしくお願いします」
なんてことだ、助けた方がお礼を言っている。変な状況だ。
「そういうわけでさ、オルガレッタ。私、ランベルトさんと一緒にこれからショッピングモールに行くことにするわ」
「そ、そう……分かった。じゃあ、頑張ってね」
「うん、ありがとう」
何を頑張るのかわからないが、私はランベルトさんとイェシカと別れ、キースさんと一緒に歩く。
「なんだか、おかしな展開になっちゃいましたね」
「そうですね。でもまあ、イェシカも無事だったわけだし、やる気満々だし、ランベルトさんにしても話し相手ができたわけだし、ちょうど良かったんじゃないですか?」
「そうだね、まあ、結果オーライといったところかな」
「というわけで、キースさん。我々もいざ、行きますか!」
「どこへ?」
「いや……ショッピングモールしかないでしょう」
「うーん、そうだね。あそこしかないね。ではいざ、参りましょうか!」
ちなみにその日は、ちょっと羽目を外しすぎてしまった。
いろいろな店を回り、いろんなものを食べた挙句、そのままキースさんの部屋になだれ込んでしまった。
それならまだいいのだが、あろうことかそのまま、キースさんの部屋に泊まってしまった……
弟のこと、すっかり忘れてた。大丈夫だろうか?まあ、子供じゃないし、いいか。




